お昼の決闘

ここは常春の緑で知られる涙断(なみだち)草原。
どんなに悲しい涙も、この広い広い緑の美しさに泣くのをやめて見惚れるという由来から付けられた名だ。
彼らはそこでキャンプをしていた。
魔王城を目指す勇者一行、そのメンバーは珍妙奇天烈。
勇者が二人に半龍人。さらには魔王という混沌ぶりだ。

もともと二つのパーティがひとつになった形で、テントも二つ並んでいる。

そして、そのうちのひとつ。
勇者ジョン・ディ率いる賢者の石組は――――――作戦会議をしていた。



力量に勝る相手に正面から突っ込んでも勝機は薄い。というか、無い。
ならばどうするのか。簡単だ。戦わなければいい。
そう、肝心なことは『戦わないこと』なのだ。何せ向こうはこっちより強いのだから、戦いになってしまったら勝てっこない。
戦わなければ勝つことはできないと憤る彼女をなだめすかして大人しくさせて、続ける。
『戦わない』とは、何も尻尾を丸めて大人しくしていろという意味ではない。一方的に攻撃できる手段を取れ、ということなのだ。
あらゆる武器も、武具も格闘技術も兵法も、結局のところはそこに焦点を置かれているといっても過言ではない。
つまり―――それこそが勝利への道を掴むということ。


彼女が挑むは、最強の剣士。


だがどれほど強い剣士であろうと、剣士である以上攻撃の届かない場所や距離は簡単に想像がつく。
ようは間合いの外から攻撃すればいいのだ。
平面の戦いでは駄目だろう。相手は身の丈ほどの大剣を持ち、なお目で捉えられないほどの速度で動くことができるのだから。
どんなに遠く離れていようと、まばたきする間に接近されてそれまでだ。
彼女は、接近戦ではとても彼には敵わない。
……殴られようが噛み付かれようが涙目で睨まれようが、そこは認めてくれないと困る。

だが、考えてみて欲しい。
もし―――空中なら?

空高く飛び、そこから攻撃すればどうだろうか。
彼は一切の魔法は使えないという。
魔法使いなら地上からでも氷弾や火球を放ち狙撃されることもあろうが、
剣を振るうしか能のない剣士相手ならまさに一方的な戦いとなる。

勿論、灼炎龍ですら致命傷を与えられなかった彼だから、その強靭な肉体の前に有効な攻撃手段を持たない彼女が彼を倒すことは難しいだろう。
実戦と同じ、命のやりとりなら。
しかし、試合形式なら話は別だ。
例えばお互いの頭や首、実戦なら致命傷となる急所にアクセサリーをつけて、それを壊されたら負け、とか。
それなら彼がどれほど頑丈だろうが関係ない。一方的に攻撃できる彼女の勝利は揺るがない。

彼は仮にも勇者だ。
それに朴訥で生真面目な性格とは言え、今まで数々の魔獣を倒し魔王すら従えて、多少たりとも自尊心が芽生えないはずがない。
それを、元・火龍だろうが実戦でなかろうが、少女に負けたとなればどう思うだろうか?
少なくとも、言い訳くらいは聞いて―――


「―――みたくはないですか?」
「―――みたいですね」

リオルとジョンは顔を突き合わせてグッと腕を組みあった。



で。

「ふはははははッ!!ダメ勇者ヒロトよ、ここで会ったが百年目。私必殺・火龍天比翼(デラ・フューウ)の前に手も足も出まい!!
 SO!私は独りで戦っているに非ず!ジョンの作戦、リオルの力!二人で掴め勝鬨(かちどき)の声!!」

美しい大草原―――波立つ涙断草原を、
いや静かな眼を見上げてくる勇者ヒロトを逆に空中から見下ろして、リオルは高笑いしていた。
必殺と言ってもリオルがやったのは龍化して飛んだだけだが。
まだ試合開始してから、双方相手に攻撃は繰り出していない。
ヒロトもリオルの自信に何か秘策があると悟ったのか、街ではついぞ抜かなかったその大剣を抜き払っているが、それだけだ。
本番は、ここから。
そしてリオルの口上が終わり、いよいよ一方的な戦いが幕を開けた。

「新必殺ッ!!火龍焔華吼(デラ・センリィン)!!!!!」
「!!」

リオルが放ったのは、たった一発の火球。
火龍烈火吼(デラ・バーン)のように直線状の全てを焼き尽くすような炎の柱ではない。見た目もただの火球魔法と同じだし、
実際威力にしても、ヒロト相手にどれほどダメージを与えられるものか。
だが………今、試合中、狙うのはヒロトではない。
ヒロトの胸、心臓の位置に留められた魔よけのバッヂである。
それを壊せば、この試合はリオルの勝利なのだ。

リオルが放ったのは、この試合のために編み出した新技である。
ヒロトのことだ、生半可な攻撃では避けもしない。ただ弾かれておしまいだろう。
なら、それを逆手に取ってはどうか。
そう、例えば、着弾と共に――――――

(広範囲に拡散し、それぞれ爆発を起こして辺り一帯を襲う……。
これなら、いくらヒロトさんとといえども避けきれるものではない………ッ!!)

ジョンはすでに小さくガッツポーズをしていた。
なるべく早く、一撃で。
それはリオル自身の魔力を無駄使いを防ぐことであり、
何より最強の勇者のプライドをへし折ってやるのに効果的な勝ち方なのだ。

ヒロトは思ったとおり避けようとしていない。
剣を下げ、昇り龍のように上空のリオルを見据えている。

「え?」

呟いたのは、ジョンとリオルの両方か。
―――なんで目の前に迫る火球を見ていないのだ、この男は?


踏み込んだ足は地に穿たれた楔。呪文より早く確かな、大地との契約。
沈んだ腰は発射台。初めから跳ね上がっている投石器(カタパルト)に、巨岩を投げることが叶うものか。
黒い瞳は炎を見ない。龍人の少女を、その首に巻かれた炎蛇の首輪を、その先に広がる天空を映す。
しなやかだが筋肉で固められた両の腕に魔力の奔流が奔り、
振り上げられる“豪剣”は神速で空気を、風を、嵐を巻き起こし、さらにそれを斬り裂いて――――――


「覇ぁぁああぁぁああああああッッッ!!!!!!」


――――――まずはじめに襲ってきたのは突風だった。
気を抜くと全身が引き千切られそうになるほどの暴風に、リオルは体勢を整えようと必死にもがく。
そんな彼女のすぐ隣。
首筋に薄皮一枚隔てた距離を、
とてつもない“斬撃”がかすめていった。

吹き飛ばされて上も下もわからない視界の中で、切り裂かれて空中を舞うチョーカーと、割れた雲が見えた。
地面に叩きつけられ、暗幕に沈む意識が最後に認識したのは敗北したこと―――。

一撃で、最短で。
勝負は決したのだ。

決闘の終了を告げるゴングの代わりか。
真っ二つになった新必殺技が、その機能通りのド派手な爆発を起こしていた。


「んむ。何やら面白いことをしているな。くふぁ」
「……魔王さん。もう昼ですよ」

テントからやっと起きてきたリューが目をしょぼしょぼさせながら大きな欠伸をする。

「魔王とは呼ぶなと言うたはずだが?ま、どう呼ぼうがかまわんがな。
 それに魔力の回復には睡眠が一番なのだ。で、何をやっている?」
「決闘……というか、試合ですよ。お互いにアイテムを身につけて、それを壊せたら勝ちっていう。
 でもさっきリオルが負けちゃいましたよ。空飛んでたんですけど、一撃で」

きゅ~~、と目を回しているリオルをおぶって、ヒロトが歩いてくるのが見える。
それにしても剣を振ってあんな風を起こすなんて、魔法は使えなかったんじゃないのか、あの人は。

「使えんぞ。だがヒロトは剣圧によって衝撃波を出せるからな。貴様が見たのは“豪剣”の派生技よ。
 まあ、この我の魔法障壁を砕くのだから大気くらい易々と斬ってのけるだろうさ」

……本当に人間ですかあの人。

「………ふん。だいたい、空を飛んだだけで勝てる相手ならこの我が負けるはずなかろう。
 ヤツはこと戦闘に関してのみでは歴代勇者でも最強だろうしな」
「……まぁ、そうかも知れませんね。まっすぐすぎて政治方面には向かなそうですけど」
「同感だ。だいたい、最前線で戦いたがる王など王ではない。王とは特に何もせぬのが一番なのだ」

………それはお昼まで寝てた言い訳ですか?
とは思っても言えないジョンであった。言ったら最後視界が暗転して、目を覚ますのが明後日辺りになりそうな気がする。

と、ふと違和感を覚えてジョンは何気なく尋ねてみた。

「我が負けるはず………ってリューさん、わざと負けたんじゃないんですか?」
「ぬ?何故我がそんなことをせねばならん。魔王の名に懸けて、あの決闘を手心で穢したりはせぬ」
「だって、リューさんヒロトさんのこと好きじゃないですか」



………………………。
斬られた雲が千切れて流れ、新しい二つの雲になっていった。
風がそよそよと草原を揺らす。
ぽかぽかそよそよ。
足元ではバッタが静かに草を食んでいる。
………………………………………………………………。



「ば、バババババババばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!
 馬鹿を申すにゃッッッッ!!!!!!!!きさ、ききさささきさききっきさ貴様にゃ、あにゃにゃにゃ何を、
 よま、まよよマヨ、世迷言を!!!!!」

わたわたと空中を引っ掻き、ぷるぷると首を振った後草を千切っては投げ千切っては投げ。
顔は熟れたトマトよりなお赤い。
ぷしぅうううう、と狼煙のような湯気を立ち上げ、リューはおそるおそるといった感じにジョンを見上げる。

「……………………………………………………………………………何故知っておる」

「すいません、それ、本気で言ってます?見てれば誰だってわかりますよ。口で言わなくったって、
 口より多くモノを語るものもあるってことです」

「………………………ヒロトも知っているのか」

「いえ、あの人とはそういう話をしたことがないので」

「………気付いておらんだろうな。あの超弩級阿呆は」

「でしょうねぇ」

こちらに向かって歩いてくる影に目をやると、
何やらリオルの意識が戻って、またヒロトに襲い掛かっているようだった。
例によって剣は使わず、格闘でいいようにあしらわれているようだ。

「告白、しないんですか?」
「まさか。そんなことはせんよ」
「何故」

振り回される爪を受け流し、足払いで重心を崩して放り投げる。
躱し、伸びきった腕を掴んでまた放り投げる。
その顔は静かで、まるでこの草原を波立たせるそよ風のよう。

「ヤツは阿呆なんだよ。ひとつのことにしか集中はできん単細胞だ。
 最近の戦い方を見てもわかる。
 “豪剣”はヤツの生き方そのものだった。
 ひとつのことしかできぬのならば、せめて全力を尽くす…そういうことらしい。
 だがこの間少し失敗したらしくてな。それで、受け流す戦いなんてものを模索しているのさ。
 ………流石に届かぬ相手にはまだ方法が見つからぬらしいがな。

 そんな馬鹿者に、我の気持ちを伝えてなんとする?無駄に混乱させるだけさ。
 ヤツが求めているのは魔王としての我だ。女としての我ではない………」

「リューさん」

「何、さっさと世界を変えればヤツもすることがなくなって、我の魅力に気付くだろうよ。
 それまではせめて魔王としてヤツの傍にいながら、女を磨いているとするさ」

リオルは焦れて炎を使い始めたようだった。魔力消費が体術の比ではないというのに、仕方の無いことだ。
ヒロトも生身では捌けないと悟ったか、剣で次々と炎球を斬り刻んでいく。
彼なら簡単に避けられるだろうに、流れ弾で草原に穴が開かないようにとの配慮だろうか。

「………ちっちゃな女の子の姿で言われると違和感しかないですけどね」
「うるさいな。この恰好だって、己の“女”を抑えるための我なりの工夫なのだぞ」
「そうだったんですか?」
「うむ。魔力そのものは八割方回復しておる。まだしばらくはこの姿でいる予定だがな」
「子供の姿で女を磨いて、大変ですね。じゃあ、今日のお昼ご飯作るの手伝ってもらいましょうか」

途端にジャコウアゲハの幼虫を噛み潰したような顔をするリュー。
くすくすと笑いながら、ジョンはキャンプする時に作った簡単な竈に向かう。

「大丈夫ですって。何も爆発したりなんかしませんから」
「いやその、我は―――」

遠くの方で、でらばーん、とか女の子が叫んだ気がした。





うらうらうららか、さわやかな初夏の涙断草原。

双塔の爆風でたんぽぽが綿毛を飛ばす、そんな昼下がりであった。



            お昼の決闘~新ジャンル「たんぽぽ」英雄外伝~ 完

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最終更新:2007年08月13日 01:54
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