THE ENVY,THE PRIDE

「こいつはローラ。俺が元々いたヴェラシーラの王女で、何かと世話になったヤツだ。
 そっちはローラの付き人で、えーと名前は」
「爺、と呼んでくだされば」
「ふふ、嫌ですわヒロト様。お世話になったのはこちらも同じこと。
 貴方なくして今の私はありませんもの」
「それはこっちの台詞だ。お前が城に置いていてくれていなかったら、
 俺はきっと“選定”を受けられもせずにこの剣を錆付かせていただろう」
「お役に立てまして、何よりですわ」

リオルも手伝って彼の知り合いらしい二人組を谷底から引き上げたあと、
ヒロトは機嫌良さそうに仲間たちに紹介した。
勇者は基本的に使命を終えるまで自分の国に帰ることができない。
本来ヒトが為に在るべき勇者を国が所有することを防ぐためだが、その制約はつまり、
国に残したものとはもしかしたら一生会うことができなくなるかもしれないということを示していた。
そんな彼らにとって、こうやって『再会』することは稀も稀である。
そりゃあ懐かしくて顔が綻ぶのも無理ないことではあるが。

「………………………………………………………………………………………………………………」

立ち上る黒い焔は本当に錯覚か。
ヒロトの手をしっかりと握って引き上げたリューの眼は険悪な三白眼で、
最早敵意が収束してレーザーとなっても不思議ではない。
そしてその標的はローラと呼ばれた金髪ツインテールの少女である。
それもそうだろう。今までヒロトの隣はリューの指定席だったのだ。
世界各地を回って魔獣を斃し、その過程で数多くのファンを作ってきたヒロトだが、
そんな彼を受け入れるだけの器を持った女性がどれほどいるのかは定かではない。
いや、独り戦場で剣を杖に立ち続ける彼にとってそんな者の存在は必要ないのかも知れない。
そもそも真にヒロトが必要としたのはこの魔王リュリルライアが最初の一人だった。
そしてもしかしたら、最後の一人かも知れないのだ。
それも拠り所としてではなく、世界を変えるためのパートナーとして。
自分にできないことをより円滑に進めるための、悪く言えば道具として求めただけにすぎない。
それでも、それはリューの役目だった。リューだけの役目だった。
ヒロトの隣に立つ権利を持っているのは彼女の他にいなかったのだ。
だが。
それでも、ある日の記憶がリューの心に言い知れぬ泥を沸き立たせる。

『ローラには本当に感謝しているんだ―――』

およそ未練だとか懐古だとかいう言葉とは無縁としか思えなかったヒロトから発せられた、
ある一人の少女の思い出話。
愛情―――恋愛ではなく、親愛という意味合いではあるが―――
彼の言葉のひとつひとつには、確かにそれが滲んでいた。

そのときの彼の口調を、表情を、仕草を思い出すだけで胸の奥が切なくなる。

あんな優しい顔を、リューは今まで見たことがない―――。

だから、今、こうして奥歯を噛み締めているのだ。
必死に敵意を感じていないと、泣いてしまいそうになるから。
馬鹿な。取るに足らない、こんな人間如きこの魔王の敵になるはずもない。
しかしこの華奢な少女こそが、生まれて初めて感じる脅威なのだった。

そうか、お前が。オマエガ。

「お前が、噂のローラ姫というわけか。遠いところわざわざご苦労なことだな」

ここで折れるわけにはいかない。
ここで一粒の涙でも流してみろ。
おそらくリューはヒロトの傍らに立つ資格を一生失ってしまうことだろう。
己を奮い立たせ、か弱い少女の心を魔王の紅で押し隠す。

「しかしここはヴェラシーラではないぞ?どうしてこんな辺境に姫君がいるのかわからんな」
「………ヒロト様、この方は?」

そんなリューの心情を知ってか知らずか、ローラはすぐには答えずにピッタリとくっついているヒロトを見上げた。

「―――ああ、そうか。こいつらは今俺と一緒に旅をしている仲間たちだ。
 この眼鏡がジョンで、そこのツノがリオル。朱いのはリュー。
 みんな一癖ある連中だけど、お前も似たようなもんだからきっと仲良くなれると思う」
「ジョン・ディ・フルカネリです。お会いできて光栄です、ローラ姫―――っていうか、
 王城にいたってヒロトさん、何者ですかホント」
「わたしリオレイア……えーと、スレイヤー。リオルって呼んでね。
 でも青勇者はさっき馴れ馴れしかったからあとでワンパンね」

「ヒロト様のお仲間でしたのね。私はローラ。ローラ・レクス・ヴェラシーラと申します。
 ヒロト様の親友にして一番弟子、元盟主……そして婚約者ですわ」


空気が、

凍った。


「こ!!」
「ん!!」
「「約者ぁぁぁぁぁああああああああ!!!?」」

ジョンとリオルが同時に叫ぶ。リューも流石に敵意の仮面を落としたようで、驚いて目をまん丸にした。
口をぱくぱくさせるもなにも喋れずにいるようだ。声も出ないとはこのことか。

「………あのな。初対面のヤツにそれ言うのやめろって。信じてるだろうが」
「あら、私は本気でしてよ?戯言と受け取られるなんて心外ですわ」
「お前はそういうところ、ちっとも変わってないな」
「ええ、ヒロト様を想う気持ちに変わりはありませんわ。
 いえ、この胸の裡で益々膨らんで、見ての通り身体は成長しましたが」
「だー、当たってる当たってるぞローラ」
「あててんのよ、ですわ」

絶句する一同の前でヒロトは全く動じる事無くローラをあしらっている。
城暮らしの中でもこの調子だったようだが、なるほど。
ジョンはヒロトが恋愛感情に疎い理由がわかった気がした。
きっとこの王女のアタックをこんな調子で相手をしている内に、
自然と『想いを躱す』術が身についていったのだ。ニブチンはその副作用といったところか。
などと妙に感心しているジョンを尻目に、ヒロトはじゃれついてくるローラの頭をのけながら
硬直しているリューに向かって肩をすくめてみせた。

「お前も何本気にしてるんだ。どーせコイツのことだ。
 俺が勇者になって世界中を旅してるから、羨ましくなって飛び出してきたんだろうぜ」

ホントに変わってないなぁ、なんて。
その口調は、その顔は、いつかのように優しくて。
――――――その笑顔を向けられているのは紛れもなくリューだ。
 しかし、ヒロトをその笑顔にさせているのは――――――


――――――魔法陣が、展開された。
円を描くそのひとつひとつは、それぞれリューが放出した超高密度の魔力の結晶である。
光を孕み闇を浮かび上がらせるその禍々しさは例えるなら狂気の月か。
闇を切り裂いて描かれた円は陣となり、陣は門となって相手を闇に還すだろう。
魔法陣は描くことそれそのものが術式となる。つまり詠唱無くしても魔法を発動できるのだ。
しかしそうは言っても一瞬にして、それも空中に法陣を描くことができる術者などそうはいまい。
それもこれだけの数を―――空間を埋め尽くす魔法陣は百、二百、
いや千は超える―――描くものなどこの世界が天と地に隔たれてから数えてもリューを除いて他にいようものか。

刮目せよ矮小なる人間。

これが魔王リュリルライアが持つ絶対方陣“天輪”。

世界を破壊する彼女の『槍』である。

千の“天輪”が一斉にローラの方を向く。
おそらく、憐れな姫君は何が起こったのか理解もできなかったに違いない。
無双なる魔力波が身体を穿ち、貫き、破壊し、消し飛ばし、消滅させた。
一瞬のこと。そこに女がいたことさえ夢かと疑ってしまうほどに、綺麗に昇華する――――――




――――――ことが、彼女にはできる。
が、できない。
そんなことをしたら、ヒロトに嫌われてしまうから。
かつての決闘どころの話ではない。その時ばかりは、ヒロトは勇者として己の使命を果たすことだろう。
怒りと殺意と、そしてきっと……とても深い悲しみを瞳に湛えながら。
そんなことは耐えられない。
そんなことは、許せない……!

だから。

「ふん、王女というのも随分と暇なのだな。こんなところでウロウロしてていいのか?」

できるだけ、普段通りにふるまうのだ。

「それをお前が言うか?」
「……?というと?」

苦笑するヒロトに、ローラが小首を傾げる。
ヒロトは答えようと口を開けて、しかし声は出ずに困ったように口をもごもごさせた。
まあ、それはそうだろう。外見からは全然信用できないが、この少女は魔王なのだから。
いわば人類の天敵であり、流石のヒロトでも躊躇ってしまうのは無理からぬことである。
いくら気さくでヒロトに懐いているからといって、ローラは王族だ。
何でもかんでもぺらぺらと喋っていいとは、いくら政が苦手なヒロトでも思えなかった。

「それはな、我が魔王だからだよ。ローラ・レクス・ヴェラシーラ」

……その判断を、リューがブチ壊しにする。
一体何のつもりなのか、魔王と勇者が行動を共にしているなどあってはならないことなのだ。
―――少なくとも、今の世界では。
それがわからない彼女ではないだろうに………!

「おい、リュー」
「良いではないか。どうせ繕っても綻ぶだけだ。ならばこちらから破ってやるほうがすっきしていい。
 どうせお前に隠し事は無理だろう、ヒロト?」
「………む」

そりゃそうだが、なんて呟いて、

「……ん、まぁそういうことだ。訳あって行動を共にしてる。
 魔族の手に堕ちたとかそういうこと考えてくれるな、頼むから」

ローラの性格からいって、そんな事態に陥ったらそれこそ魔族と人類の戦争になりかねない。
こう、ヒロト様の弔い合戦ですわー、とか薙ぎ払えー、とか高笑いしながら。
………とか若干、いや割とズレたことを考えていたヒロトだったが、ローラの様子を見て目を瞬かせた。
多少なりとも驚いていると思っていたその顔は鋭いという一言に尽きる。
目は冷たく細められ、口は真一文字に結ばれていた。
将来国を背負う者の強さか、この出会いを少しでも利になるよう頭を回転させているのだろうか。
なるほど、長らく会っていない間にこの少女も成長していたのだ―――なんて、ヒロトは一人納得した。
やっぱりそれはズレていたのだけれど。

「―――魔王、ですか。随分と可愛らしいのですね。でも、その魔王がどうしてヒロト様と一緒にいるのですか?
ヒロト様は勇者で、貴方の天敵とも呼ばれる存在なのですけど。不思議ですわね」
「ヒロトが言ったろう。訳があるのだよ。貴様も王族ならば『知らぬこと』の重要性を理解することだな」

ローラはニコニコしているが、それは見るものが見れば決して笑っていないのだとわかる。
一方のリューはといえば、こちらはもう不機嫌なのを隠そうともしていない。
言葉だけなら唯の牽制とも取れるのでその手のことに鈍感なヒロトやリオルはきょとんとしているが、
常識人でありそこそこ上流の『作法』にも覚えがあるジョンは二人の背後に竜と虎が咆哮をあげているのを幻視した。
本当に、世の中には『知らないこと』がどれほど役に立つことか。
と、ラルティーグの勇者らしからぬことを考えてみたりする。

「しかし知っていれば力になれることもありますわ。
 貴方の仰る通り私は王族ですから、魔族である貴方よりは融通が利くと思うのですけど?」
「小娘、この世は人間のみによって治められていると思うな。
 それともその傲慢さは流石は人間といったところか?器が知れるな」
「勇者は世界を救うのが使命ですわ。世界とは即ちヒトが為の世のこと。
 勇者は貴方の抑止力、相容れぬ存在ですわ。
 それがひとところにある危険性を歯牙にもかけぬ者などどこにおりましょう」
「それが余分だというのだ。姫は姫らしく塔の中で大人しく眠りにでもついていればよかろう」
「起こしてくれる王子様を自ら探しにきたのですわ。
 貴方こそお城の奥に隠れていてはよろしいのではなくて?
 勇者に倒されるその日まで、ずっと」
「どうにも察しの悪い女だな。ヒロトとはもう闘う必要などないというのだ。
 共に旅をしていると先刻ヒロトが言ったのが聞こえなかったか?」
「あら、そうでしたわね。しかし勇者の軍門に下る魔王もそうはいないでしょうね。
 まあ、ヒロト様なら魔王を打ち倒し従えることもできましょう」
「その勇者を追って旅をしてきた王女など稀にも見ぬものだろうがな。
 それから訂正するが我とヒロトの間柄はあくまで対等だ。従っているわけではない」
「――――――あら、敗けたということは否定しないのですね」

ローラはきゅうっと唇を吊り上げた。
ぬ、とリューは一瞬だけ口をへの字に曲げ、言葉を詰まらせる。
それで充分だった。
それはこの上ない肯定の証。
ヒロトがこの魔王と決闘し、そして勝利したことを示している。
そう、彼女にとってリューが何者なのかは、実はどうでもいいことである。
魔王と関係が持てればその利益は計り知れないだろうが、それも今は関係のない話だ。
ローラはただヒロトの隣に立ちたくて、彼の傍にいたくてここまで来ただから。
そもそも、彼女自身が言った言葉である。

『―――ここにいるのはただのローラなのですから―――』

だから、これでいい。
彼女はやっと、姫に戻る。


「なら、ヒロト様はもう勇者の責からは解放されますわ。

 なぜって、ヒロト様はもう『魔王退治』という使命は果たしているのですから。

 ヒロト様、凱旋です。ヴェラシーラに帰りましょう―――一そして」


そうなのだ。
ヒロトはもう勇者としての使命を果たしている。
彼はもう、何もしなくていいのである。
勇者となった者が凱旋するということは、張子の勇者ではない、
真の英雄として祀り上げられるということを意味している。
望む全てを与えられるということ。
王族との婚姻もあって当然、いや王になることさえ手の届かぬ話ではない。
ローラはそのために、出会ってからずっとずっと言いたかったことを伝えたくて旅をしてきたのさだ。


「私と一生を添い遂げましょう。ヒロト様。
 私の良人、ヴェラシーラ王になり、共に良き国を治めてはださいませんか?」


ここにヴェラシーラ王女ローラ・レクス・ヴェラシーラは、
勇者ヒガシ・ヒロトにプロポーズをしたのだった。


              THE ENVY,THE PRIDE~新ジャンル『チェックメイト』英雄伝~ 完

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最終更新:2007年09月15日 16:27
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