湖である。
湖水は鏡のように穏やかである、そこに一艘の船が水面を割ってすすんでいる。
小さな船、漁船だろうか、甲板の一番うしろに男がひとり。
舵をとり、帆を操っている、良く日に焼けた顔のいかにも漁師といった風情、
この男が船の持ち主の漁師なのだろう。
「まったく鵜案臭い連中だで…お師さんも物付きなこった…」
顔を顰め漁師甲板の方を見た。
いつもなら魚を載せるのだろう甲板に、奇妙な一団が乗っている。
舳先には年の頃なら11、2の少女、同じ程の少年が並び船の進路を眺めている。
その横には男、縁の大きな帽子を被り生地の荒いだぶっとした服を着ている。
奇妙なのはその肌には布が巻かれていおり、顔のあたりもマフラーの様な物で
巻かれてその表情は見えない。
尤も奇妙なのは異常な程に身体が細いという事で有る。
その後ろ、旅装束の中年の男が一人、その身に付けているものから聖職者だと思われる、
多分旅の行者といったところか。
これが漁師の言うところの「お師さん」なのだろう。
その男と話しをしているのは若者、これも細身だががっしりとした身体を持っている。
目に付くのが身体に対して異常に発達した前椀と脹ら脛を持っていることで、服装も
それに合わせたと、いうかサイズが合うものが無いのだろう、ハーフパンツに半袖という姿だ。
顔の半分が隠れるくらいの巻き毛を生やし、首の後ろで一つ括りにしている。
これが行者の話し相手をしている、もっとも行者が一方的に話していて、この若者は
ただ相づちを打っているだけだ。
その若者の横には甲冑が座っている。
今時珍しい古い形の全身を被うプレートアーマーである。
バケツをひっくかえした様な兜の載せている。
勿論中に人がいるのだろう、たまにコクンとその兜が動く。
これも同じ様話しを聞いている様であり、その実は寝ている様でもある。
子供はともかく、男三人とも顔をはっきりと曝け出していない。
漁師の言う通り胡乱である。
ただ、舳先の子供、とくに少女は大きく美しい瞳を持っていた。
その少女に「賢者」と話し掛ける「お師さん」態度も恭しい物だった。
「まぁお師さんのこった、何か考えがおありなんだろうさ…」
漁師は軽く被りを振ると帆走に集中する事にした。
波が.おかしい
「なんじゃ橋が落ちたとは聞いたがこのうねりは…それに」
空を見上げる。
妙な風が出て来たからだ。
その舳先。
「むーむむむむー」
少女が船の進路を指差し何かを叫ぶ。が、口を開けないので何を行ってるのか分らない。
「ああ、あれがそうですかねぇ、結構賑やかそうな街じゃないですか」
少年が相づちを打つ、この少年は彼女の言う事が分る様だ。
「まったく感心するぜ、口の中に飴玉3つも入れるチビスケもそうだが、お前もちゃんとこの
チビスケの言う事聞き分けてんだからなぁ」
呆れた様子で細身の男が口を鋏む。
「まぁ長い間お世話させていただいてますから」
「むーむむ♪」
「長いって、そういやお前等どれくらいの付き合いなんだ」
「そうですねぇ…」
と少年が答えかけたときであった。
「ぐ、グフッ」
バラバラっっと少女の口から大振りの飴玉が転がり出る
「お、お嬢様!」
「うわ、何やってんだ!きたねぇなぁ。飴そんなに入れるから…おい?チビスケ?」
「あっ…んん…痛っ…いたい」
ぎゅっと少女は胸をつかみ背中を丸める、その顔は青ざめ、うっすらと汗が浮き出ていた。
「お、おいワン公、こりゃヤバくねぇか」
「お嬢様?しっかり!どこが痛いんですか?」
「うう..この辺...イタ、イタタッタ痛い...あ、ダメ、だめだよ...痛っ..」
ぎりぎりと歯を食いしばり胸の辺りを掴むその姿、かなりの痛みが彼女を襲っているのだろう。
「お嬢様、しっかりしてください、」
少年は少女に声をかけ、丸めた背中をさする。
「おい、とりあえず痛み止めを」
…たしか鎮静の式を書いた符があったはずだが…などと呟きながら傍らに立つ男が懐を探る、
「スりムさん、忘れたのですか駄目なんです、お嬢様にお札は効きません」
「う、そうか、そうだったな」
そうなのだ、どう言う訳かこの少女にはあらゆる魔法、呪術、幻術、薬物などが効かない。
それは実際にこのスリムと呼ばれた男も何回か目にしていた。
「おい、薬も駄目だったか?」
「はい」
「しかし..このまま放っておく訳にはいかねぇだろ?」
「大丈夫です、一応お嬢様をお助けする方法はあります…」
「じゃ早くそれをやってやれよ」
「ここじゃ…だめなんですよ、こんな場所じゃ」
「おお、賢者様如何なされた」
「お嬢さん?」
「む、リトルミス、どうかしたのか」
やがて舳先の異変に気が付いたのか後ろの三人も舳先に集まって来た。
「おお、これは一体何が」
「向こう岸にはあとどれくらいで着きますか?!」
「ううむそれは…おーいゲンさん!、あとどれ程だ」
行者が振り向き漁師に問う。
「ううーんお師さん、それがなぁ風が妙になりおってなぁ。あと半時ほどかかりそうじゃぁ」
「半時」
少年が絶望的な思いで呟く
「ふぎっ…つっ…んぁ…」
この状態をそれだけ絶えねばならないのか、それはあまりに酷な事だ。
「ち、なんとかならねぇのか、おい、親父!櫂とかねぇのか!」
「あるが無駄じゃぁ!人の力でどうこうなるもんじゃねぇ!」
「うるせぇ!有るなら出せ!このデカブツとモジャ公ならなら百人力だ!おい!」
「む、親父櫂を出せ」
甲冑男が立ち上がり漁師に腕を突き出す。
「…櫂ならそこにあるが」
「む、ではフラフィ-殿いくぞ、
「はい、ではグリッティーさん合図を」
む、心得た。せぃのお!」
「せイ!」
ざざざ
細身のー文字通り『スリム』の言う通りその二人の膂力たるや凄まじい物があったのだろう
今や船はぐんぐんと速度を上げつつあった。
「こ、こりゃぁ、なんちう…こりゃぁ驚きじゃ縮帆せにゃならん」
「ははっ親父!舵取りよろしく頼むぜぇ!」
そう言ってどかっと甲板の上に座り込んだスリムの尻の下に、何時の間貼ったのか符があった。
波止場に突撃しそうな勢いできた船が何故か突然減速したのと、スリムが立ち上がったのとは
ほぼ同時だった。
数分後
街の旅籠の一室の寝台に少女は横たわっていた。
傍らには少年。
少女を途中から痛みを訴えなくなっていた、痛みが収まった訳ではない意識が朦朧としているのだ。
只、鋭い痛みでは無くなっているようだ。
「だめ…だめだよう…」
朦朧としている所為かたまにうわ言を言う。
息が荒い、熱が出たのだろう顔は紅潮し、額に汗を浮かべている
「お嬢様…失礼します…」
そういって少年は少女の服を脱がしていった、汗で衣服はぐっしょりである。
編み上げのビスチェと一緒になったスカートを脱がす、
「もう少しの…辛抱です…」
ブラウスとシャツを脱がす、薄い少女の胸が露になった。
「これは…こんなに…御可哀想に…」
少年の視線の先、少女の白い胸には黒い痣の様な物がうねうねと蠢いていた。
少年は腰のポーチから小さな石をとりだす。
小さな宝石のような赤い澄んだ石だ、それが細いちいさな金属製のピンで2つ繋がっている。
んべ
っと少年はやにわに舌を出す。
長い舌である
その中央あたりに金ぶちの穴があり、少年はその中央にその小さなアクセサリーを取り付けた。
『…aqwertyu;weryui,.sdfhklp;.edwenupm,ewimo,/crvtbhynjukimlo…』
そして着ているものを脱ぎながら呪文を口の中で呟く。
まる裸になるとサイドテーブルのカップをあおり、下着一枚の少女の上に被い被さる。
「ん…」
幼い主人の藻色の唇に自分のものを重ねる、舌が唇を割り、少女の口に入り込む。
「んん…」
僅かに少女の咽が上下する、少年の口から流し込まれたものを飲んでいる様だ。
「んあ」
唇を外し、少女の様子を確認する、少女の表情が少し和らいだ様に見える。
「さて…」
そういう少年の息が白い。
再び少年は少女の顔に覆いかぶさると、
ぺろり
と、舌で顔を舐めあげた。
べきべき
少年の口が裂ける
もわりと舌の宝珠と呪文によって体温以下にさがった口から白い息が漏れる
ぺろりぺろり
べきべきべきべき
少年の肩が膨れ上がり、背骨が曲がる
ぺろり
ざわり
全身に蒼い毛が生え、髪の毛が鬣のように伸びていく。
ぺろりぺろり
ざわざわべきべき
少女の顔を舐め上げ汗を舐め取り終わる頃、少年の姿は蒼い獣に変わっていた。
「すまねぇな宿まで世話してもらって」
「いやいや申されるな、ここも某の古い知り合いでしてな、言わば常宿みたいなもの、
これくらいの融通は何時でも聞きます故」
旅籠の地階、所謂飲み屋、酒場である。
その一隅でスリム、フラッフィーと呼ばれた男達と行者が陣取っている。
スリムと行者の前にはエールらしき物が入ったカップ、それと何か豆の炒りもの。
フラッフィーの前には肉シチューと硬パン。
相変わらず行者がしゃべり、それにスリムが相手をしている。
フラッフィーは...熱いのが苦手なのがゆっくりと、実にゆっくりとシチューをパンに付けながら
食べている。
『常宿か、坊主の宿にしちゃぁいやに俗な所だぜ』
心の中でそう呟き、スリムは何気ない風で廻りを見渡す、雑多な風体の者が多く目に入る。
戦士、武者、武器商人、旅の-芸人、占い師-、流しの職人、下級詩人であろう少女の一郡、
それなりに大きな街であるために実に多才な、だがやや胡散臭い者が多い。
まぁ、そのお陰で自分の様な風体でも浮かずにすんでいる。
恐らく何人かは人間では無いのだろう
自分の様に。
「しかし珍しいものを見せて頂き申した、あれは…かわった術ですな?」
「何の話しだ」
カップを口にする、室内だが帽子もマフラーもしたままだ、カップを口にもっていってはいるが
果たして飲んでいるのか真似だけなのか分らない。
「昼間の船ですよ、如何にあの方達に膂力がろうとあそこまでの速度は出るものでは有りますまい」
こちらもカップの縁をちびと舐める様に口にする、終止笑顔ではあるがその細められた目の奥が探る
かの様似動いた、かのように見えた。
「ああ、黙ってて悪かったな、実は俺は魔術師なんだ。御明察の通りこぉチチンプイプイ、てな」
布を巻かれた異様に細長い指を振りながらやや投げやりに答える。
この男、肌には全て布を巻いている様である、見えないが恐らく顔もそうなのだろう。
先にこの行者を前に問わず語りで『全身に酷い火傷の跡がある』と説明はしている。
「ほほぉ、やはりそうでしたか。それにしても鮮やかな術ですな、全く魔道の波動を感じませなんだ」
「ソコが玄人ってヤツさ、俺に言わせりゃ使ったのが分かったんじゃ魔術とは言えないって、訳さ」
「ほぉ、隠業を持って成すと言う訳ですか。
いやはや昨今、やれ魔術師じゃ錬金術じゃなどという者が肩で風切る世上でありますのに」
「まぁあれだ、偽者が幅を効かすのは世の常だぜ」
「しかしあそこまでの力を使いながら、いや見事。どちらで学ばれましたか」
「ああン?自己流だよ」
ジロリ、と睨め掛く
「ほぉ…御自分で編み出された、という事ですか…」
笑顔でその目を受け止める、いや笑顔なのかそれは。
「…20年程前ですかな、さる国の王立魔法院の若き天才が、失われた術を復活させたと…」
「20年前かー生まれて無ぇとは言わないが、俺がまだガキの頃の話しだねぇ、それで?」
「…そういう者がおったそうです、多分あなたの様な方だったんでしょうなぁ…
尤ももう亡くなられておるそうですが」
「そりゃぁ…残念だったな」
外される視線
「…符術、という物だそうです」
「へぇ?何が」
「いえ…何でも有りませぬ、忘れてくだされ」
僅かな沈黙
「あのー、お嬢さんは大丈夫なんでしょうかねぇ」
その沈黙を破るかのように突然場違いな声でフラッフィーが声をかけた。
空気が緩む
「さぁな、でもあの小僧が大丈夫って言うんだから信じるしかねぇよな」
「そうでけど…」
「…そうですな…」
行者がそれを受け、カップの中身を眺めながら呟くように続ける
「しかし某も諸国を廻って色々世間を見てきたつもりでしたが、あの様な方は初めて見ました」
「ふうん、そうかねぇ」
「只物では無いからこそ-」
行者は相変わらずカップを見たまま続ける。
「-無いからこそ、あなた方はあの方と一緒に旅をされているのでは無いですか?」
僅かな沈黙
「あれだ、話せば長い話ってヤツでな、さてとそれじゃちょとその『只物じゃない奴』の様子を…」
スリムは言葉を途切れさせ、すっと身を屈めゆっくりと振り向く。
酒場の空気が、変わった
ざわめきのトーンが落ちたのだ。
恐らく酒場の何人かも気が付いたろう、「そちら」に見るとはなしに視線を向けている。
酒場の入り口に黒衣の青年が立っていた。
黒衣に朱の線が走る長い外套、背はそう高い訳ではないが細身の身体、まだ少年の面影を多く残した
その風貌は凛としてどこか影があった。
彼はぐるりと酒場の中を睥睨すると、カウンターの親父に一言、二言、言葉を交すと去っていった。
ざわめきあ戻る。
キャーと下級詩人の少女達のトーンが上がる、大方青年の風貌で盛り上がっているのだろう。
「ほうあの服は…ナルヴィダートの…珍しいですな、こんな所で」
行者が呟く。
「スリムさん…」
振り向いた姿勢のまま動かないスリムにフラッフィーが声をかける。
「なんだ」
答える声が硬い。
「お嬢さんの様子を見に行くんじゃなかったんですか?」
静かだがやや緊張を含んだ声で訪ねる。
「ああ、そうだな、モジャ公、後は頼んだぜ」
そういってスリムは席を立った。
最終更新:2008年02月10日 14:42