ここにある咎

悪気はなかったんです。反省しています。
間違いを犯してしまったとき、そんなことを口にする人がいるけれど、
そんなことは罪の重さにはまったく関係のないことだとわたしは思う。
何故って、彼女(もしくは、彼)がしたことで被害を被った人は、確実に存在するのだから。
その人にとって、どんな言葉も意味を持たない。届かない。
いくら御託を並べようとも、その人の受けた傷が消えるわけじゃないのだから。

――――――だから、わたしは償わなければならないのだ。

あの時のことは、今でもはっきりと覚えている。
忘れようがない記憶。わたしの原始にして、最も罪深い記憶。
そう、わたしはひどいヤツなのだ。
彼に償わなくてはならない。
一生をかけて。
この罪が赦されるまで―――――


――――――その時まで、わたしは彼と一緒にいられる。



ちゅる。
唇を吸い続けて、歯の裏側をなぞりあげる。
絡まる二人の舌先は、まるで蛞蝓のようにおぞましく、
ぞくぞくするような興奮が、わたしの脳髄を蕩けさせていく。
迸る稲妻は背を伝って腰からあらゆる強張りを消し去り、同時に身体のどこかで―――脳みそ?心臓?
まあ、どこでもいいか―――がちり、とスイッチが入る音がした。
本当に、キスって不思議だ。
学校では生徒会長なんかをやっている、真面目な優等生で通っているわたしが。
こんな淫らに変身してしまうスイッチを持っているなんて、いったい誰が想像しているだろう?
ううん、きっと男の子の何人かはそうやって妄想して、
自分に奉仕しているわたしを思い浮かべて悦に入っているのかもしれないけど―――。
残念ながら、この時のわたしはたった一人の男の子の所有物になってしまっている。
ああ、この言い方は適切ではないか。
正確にはこちらがあるべき姿。
このキスでわたしは、本来の自分、
みんなの憧れの生徒会長からたったひとりに尽くすために生きているわたしに戻ることができる。

「……ぷぁ」

唇を離し、舌先を離し。唾液が銀の橋を作り……それすらも途切れてしまう。
少し、名残を惜しむ。
でも、だからこそ。
火照ったわたしの身体は、さらに繋がりを求めるのかも知れない。

「………葛葉(くずは)」

償うべき彼がわたしの名を囁く。
わたしの身体はじぃんと痺れてしまう………でも、それに溺れてしまうわけにはいかないのだ。
彼の指先がわたしの乳房をなぞろうとも、
その腕が背中を引き寄せようとも、その鼓動が心臓と響き合おうとも。
わたしは抗わなければならない。
この行為を償い以上にしてはならない。
それが、わたしに架せられた罰なのだから。


起こったことのそれ自体はきっと、珍しくもなんともない。
日本全国、探せば似たようなことは毎日のように起きているのだろう。
多くは語るまい。語る必要もなければ、語りたくもないことだからだ。
………………以前その話をして、変に慰められたことがある。
葛葉ちゃんは悪くない、仕方のないことだったんだ、と。
そんなに自分を責めるのはよくない、と。


虫唾が走る。


一体何様のつもりで、わたしと文武(ふみたけ)の間に踏み入ろうというのか。
わたしはもう文武の傍にいなくてもいい、だって?
ふざけるにも程がある。
わたしのせいで文武は轢かれてしまったんだから、
わたしの不注意がなければ文武は腕を無くさずに済んだのだから。
わたしが彼の片腕の代わりになるのは当たり前の話だろうに。
無論そんな無責任なことを言った女はあとでこっそりと階段から突き落としてやったが。
確か右だか左だかの足を折ったとか折ってないとか……よく覚えていないけど、
なにかの怪我はしていたと思う。

いい気味だ。
だって、そうだろう。
わたしは文武の腕なのだから、そのわたしを文武から離そうということは、
すなわち文武の腕をもいでしまおうというのと同じこと。
そんなことが許せるわけがないじゃない。ね、文武。


「大丈夫。文武はいつも通り、わたしに任せていればいいから」

――――――だから、これも当然のこと。
文武が困るようなことは、代わりにわたしがやってあげる。
それがわたしの償いだから。

「葛葉………」

いつもの声をそれ以上聞かないように指先を唇にあてがい、柔らかくなぞる。
ああ、舌先で味わうのもいいけれど、こうやって触れるのもいいものだ。
でも、勘違いしてはいけない。これはわたしにとって過ぎた行為だということを忘れるな。
わたしはあくまで、文武に奉仕するだけ。
溺れるな。求めるな。甘えるな。
足蹴にされて罵られることを喜びとしよう。
そんなわたしがよりにもよって文武を舐ろうだなんて―――おこがましい。
文武の首筋にキスをする。
触れるだけの口付け。決して吸い付いて跡なんか残さないよう、充分に気をつけて。
舌で温めるようになぞって、キスを下へ下へと下げていく。
何回も繰り返したこの行為、首筋から下腹部にかけて唾液で線路ができてしまいそう。
だから、文武が悦んでくれるコツもわかってきたのだ。
彼のためだけに存在する乳房を押し付けて、
その存在を目一杯アピールしながら行うのがポイントらしい。
文武ははっきり言ってはくれないけど、反応をよく見ていればわかる。
文武に悦んでもらうためには日々研究に余念があってはならないのだ。

胸を擦りつけるようにして身体を下半身にまで下げていくと、文武のその部分に到達した。
無論、ここは奉仕の代名詞。
そそり立つ仕置き棒の先からはすでに甘い蜜が湧き出でて、
その相反しながらも矛盾はしない在り方がわたしの精神を麻痺させる。
なるほどこれが飴と鞭という奴かな?
それは飴で鞭をつくるという意味だったかしらん。
そんなことはどうでもいいか。
憐れな雌蜂を誘う先走り液を啜りこむと、比喩でも誇張でもなく意識が揺らぐ。
一滴、たった一滴の雄の体液がわたしをすっかり酔わせてしまうのだ。
あっという間に文武の剛直はわたしの口内に納まってしまった。
いやいや、これはわたしがもっと文武を味わいたいからじゃない。
文武に、もっと、気持ちよく――――――

あ、ああ。
頬張ったモノから文武の濃厚な匂いが溢れ出て、
鼻腔を、脳内を、犯していく。

なんていやらしい、淫らで、キモチイイ味………世界で一番好きな……な………。

――――――なって、ほしい、から。

否応無しに興奮を高めてしまう文武の嬌声をできる限り意識して聞こえないようにして、
わたしは唯文武を悦ばせることに専念する。
あるいは口の中で舌を回転させるように、
あるいはちろちろと蛇のように細かく震わせて、
あるいはゆっくり、ねっとりと、溶かすような艶かしさで、
わたしは文武を愛撫する。
それも全ては文武のためであって、わたしが味わいたいがためじゃない。
……そう、自重しなくてはならない。

いけないな。
最近、上手くなったと自身が出てきたからか、どうにも自分勝手になってきたようだ。
わたしは文武の手にならなきゃいけないんだから、いわばこれは文武の自慰の延長。
間違ってもわたしの意志の関与しない、秘密の自家発電なんだから。
そんな恥ずかしいところを幼馴染みの女の子に知られたら、
年頃の男の子にとって致命的な記憶になってしまうに決まっている。
だからこれは、わたしの知らない行為にしないといけないのに。
そのわたしが文武と触れ合いたいと思ってしまうなんて、なんておぞましいんだろう。
いけない子だ――――――文武に罵ってもらいたい。
でも、文武にそんな汚い言葉を使わせることはできないので、帰ったら自分を存分に戒めるとしよう。

わたしは今にも破裂してしまいそうな文武の肉欲から口を離すと、ぺろりと唇をなぞりあげた。
文武はあんまり精力旺盛なほうじゃないから、
一度放ってしまうとしばらく待たなきゃならない―――何を?
文武を満足させることだけが、この行為の目的じゃないのか?
待たなきゃいけないって、それじゃまるでわたしが文武と繋がりたいみたいじゃないか。

「………うるさい」
「え?」

雑念に反応して思わず舌打ちしてしまった。
文武が怪訝そうな顔をするけど、そこは何事もなかったように流して欲しい。
文武が思い悩むことじゃない。文武は、何にも困らなくていいんだから。

「大丈夫、わたしが、なんでもしてあげる………なにもかも、わたしにさせて欲しいんだよ………」

文武は何故か悲しそうな顔をして、でも抵抗はせずに優しくわたしの頭を撫でてくれた。

「うん………お願いするよ、葛葉………」

おかしいね。
なんで、文武の手はこんなに優しいのに、
こんなに、悲しそうなんだろう?

わたしは文武を押し倒すような形で圧し掛かる。
文武の胸はじんわりと染み入るような暖かさで、
同時に心臓を一突きにされたみたいに罪悪感を刺激される。
この暖かなひとの人生を、わたしは壊してしまったのだ。
ごめん。
ごめんね。
ごめんなさい。
謝っても、謝っても足りないけれど―――わたしは言葉には出さないと決めている。
だって、謝ってしまったらきっと。
優しい文武は、わたしを許してしまうから。
わたしはひどいヤツだから、許されてしまってはもう―――文武の傍にはいられない。
だから、わたしは――――――。
あれ?
これって、わたしが文武の傍にいたいからってこと?
わたしは文武に何一つ望んではいけないのに?
あれ、あれれ?


………よく、わかんないや。

まあいい。わからないことは後で考えよう。
明日か、明後日か、何年もあとのことになるのか。それは、わからないけど。
とにかく、今は文武と気持ちよくなるのが一番大切なのだから。

わたしは文武のペニスを自らの秘裂にあてがい、一気に刺し入れた。

「~~~~ッ!!」

ぞくりと腰から下が快感に溶かされる。

「~~~~あ、ふぁ、」

その快楽に流されないよう必死でしがみついて耐える。
これはわたしの身に余る行為だ。
わたしは文武のモノ。もの。物体。
なんだっけ、オナ……オナホール。そう、文武はわたしで自慰をしているのだから。
わたしが文武を求めるなんて、そんなことは許されない………!!

「………もういい葛葉、俺は」
「ひ―――大丈夫!大丈夫だから!!」

がん、と頭にハンマーで殴られたような衝撃が走る。
文武は今何かを言おうとした?
何か聞こえた……ううん、何も聞いてない!!
わたしは、わたしは―――そうだ、動かないと。
文武が、気持ちよくなれるように、しないと。

抜けそうな腰を奮い立たせて、まずはお尻を回して円を描くように動かしていく。
それからゆっくりと、段々と大きく激しく、上下に身体を揺さぶる。

「ひ、ぁあ、うンっ!くぅ、あ、あぅう……っ!」

気持ちいい。
なんて浅ましく、貪欲な身体なんだろう。
これだけ言うのに………まだ快楽を求めるのか。
汚らわしくて涙が出る。自己嫌悪のままに自らの腕に爪を立て、
そのまま皮膚を突き破って血を滲ませる―――その下にあるのは、もちろん無数の爪痕だ。
勝手に声が出そうになるのをかみ殺して、殺して、殺して―――

「きゃふっ、あ、はひ、ふみたけ……ふ、ぁ………っ!!やだ、やだ、わたし……違うのに…!
 こんなの、だめ、駄目なのにぃ………っ!!」

殺せ!殺せ……いいから、こんな娼婦のような声は、自分のものではない………!
これは男女の営みなんかじゃない、そんな資格は、わたしにはない………!!



ただ、ボールが道路に転がっていったから。
何も考えずに、取りに走った。

「ごめんなさい」

やっと追いついて、にっこり笑ったわたしを、
フミちゃんは、ぐい、と引っ張ったのだ。

「ごめんなさい、」

スリップ音と、何かが潰れるような音。
悲鳴は聞こえなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

顔を上げたわたしの目の前に広がっていたのは、
ぐったりしたフミちゃんと、広がる血の池。

「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

わたしは、わたしは、わたしは怖くなって、

―――――――――その場から、逃げ出した。

フミちゃんを、置いて。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、
 ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい………………!!」


わたしは償わなければならない。
わたしは、ひどいヤツなのだから。
一生をかけて、無くなってしまった文武の腕の代わりをしなければならない。

文武の腕がまた生えてきでもしない限り、わたしが赦されることはない。

そんな日は、こない。
――――――絶対に、こない。


「あ、あ、あああああああああぁぁぁぁあああああッッッ!!!!!」
「……ぅ、くぁあっ!!」

――――どくん、どくん…どくん―――

膣内に広がっていく快楽を伴う烙印を感じながら、わたしの意識は薄れていった………………。





「………葛葉」

文武はそう囁いて、くったりと身体を預けてきた愛しい少女の背をやさしく抱きしめた。

「………フミ……ちゃん…………」

葛葉の頬が濡れている。
彼女は彼と交わるたびにこんな涙を流すのだ。
もう、そんな必要はないというのに。
この少女は、とっくに許されているというのに。

文武は葛葉を抱いたまま、こぼれる涙をぬぐってやった。
―――ぬぐった?
文武の腕はずっと前にトラックに潰され、医師の判断によって切断されているのに?
そう、確かに生来母親から貰った生身の腕は、この折れてしまいそうな少女を救うために犠牲になった。
しかし無くなったからといって、今の医療技術をもってすれば取り繕えないことはない。
文武はもうずっと前からこの義手を第二の身体の一部として扱っている。

「なあ、クズちゃん………」

それを、葛葉は認めようとしなかった。

いや、認識するのを拒んだ、というべきか。

まるでそうなった瞬間、自分の存在価値がなくなるとでも言うように。
半狂乱になり暴れ出し、一時期手のつけられない状態にまで陥ったため、
彼女の周りの大人たちはとうとうそれを理解させることを諦めてしまった。
そもそも文武が絡まないことには極めて理性的で健康そのものなのである。
葛葉の両親も無理にそれを抉って取り返しのつかないことに陥るのなら、
このままそっとしておいたほうがいいと考えたのだろう。

以来葛葉は普通の少女として成長し、一方で文武にべったりになっている。
年頃の女の子だ。色恋に身を委ねるのもいいだろう。
しかし。
こうやって身体を重ねると、よくわかる。
文武の存在は、未だに葛葉を苦しめている、と。
葛葉の世界では文武はまだ隻腕であり、生活に不自由しているのだ。
だから葛葉は罪悪感に苛まれ、こうして身体すら文武に捧げているのだろう。

………それは、いいことでは、ない。

「俺さ、クズちゃんのこと……」

とっさのことだったから、よく覚えていないけど。
こうやって好きな女の子の体温を感じていると、あれは自分の成すべきことだったんだと心から思う。
勿論、初めからここまで穏やかな心境だったわけじゃない。
無くなってしまった腕のことで、葛葉を恨んだこともある。
随分酷いことも、沢山言った。
弱音も吐いた。
それ以前の、めちゃくちゃな暴言も振りかざした。
でも。

「もう、とっくに赦してるんだよ………?」

だから、そんなに苦しまなくいいんだ。




優しく頬を撫でる義手のかざされた先で。






虚ろな眼が、かっと、











                           開く。







             ここにある咎~新ジャンル「ヤンデレ」妖艶伝~ 完

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最終更新:2007年09月28日 18:38
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