いつかのさんにん

「疾ッ!」

ローラはすぐさま身体を返し、足払いを放った。
しかしそれを受け止め、ヒロトは逆に足を絡ませて逃げ場を奪う。
ここまで超接近されては剣も意味を持たない。そもそも捕まれでもしたらそれで終わりだ。
退けないローラは素早く背を丸め、大胆にもそのままヒロトの脇をすり抜けた。
ごろごろと地面を転がり、これで再び間合いをとる。

「勢ッッ!!」

起き上がったそこに突きが迫っていた。
身体を回転させコロのように衝撃を受け流す。そしてそのまま回転の勢いを殺さず、
剣の柄でこめかみを殴りにかかるが―――

「沸ッ!」

紙一重でそれも届かない。
また、傍目には紙一重でもそれは山脈のような分厚い隔たりがあることをローラは悟っていた。
ならばせめて、全身全霊をかけてこの師に向き合うのみ―――!!

「遮ァァッッ!!!」
「応ォォッッ!!!」

―――まだ、届かない?
いや届く!届く!もう一歩、この足を踏み出して――――――届け!!!!

「耶ァァーーーーーーーッッッ!!!!」
「覇ァァーーーーーーーッッッ!!!!」

閃、と音が響くようだった。二つの影はひとつになり、そして動きを止める。
ローラの突剣は高々と宙を舞い、くるくると回って地面に突き刺さった。
対するヒロトはローラの腕を捕らえ逆関節に極めている。

「……参りましたわ。武器なし“豪剣”なしのハンデですら届かない実力差。
 私、腕を落としましたかしら」
「いや、それを言うならお前だって“雷刃”は使っていなかったじゃないか。
 それに動きはむしろ良くなっている。俺がいない間にも鍛錬を欠かさなかったんだな。偉いぞ」
「ふふ、ありがとうございます。ですわ」
「…………む」

先刻までの鬼気迫る勢いはどこへやら、微笑む弟子と思わず視線を逸らす師。
ああ、辺りに幸せの花でも咲きそうなひと時だが―――。

「 何 を や っ て い る 、 貴 様 ら 」

邪魔は入るものである。
いつの間に接近したのやら、ジトーッとした半目で我らが魔王は二人を睨みつけていた。

「………何って、組み手ですわ。何か妙なところがあって?」
「ああ、あるね。我の目から見るとヒロトはローラを押し倒しているように見えるのだが?」

確かに……まあ色気には多分に欠けるが、形としては確かにローラはヒロトに押し倒されている。
ヒロトにしてみれば、空いた片手で色々することも可能だろう。当身とか。

「………いや、これは相手を制するためであって」
「そんなことはわかっている!大体なんだ、こんな人気のないところに二人きりになって!不健全だ!」
「ローラが新しく突剣買っただろ。一回慣らしておきたいっていうから」
「貴様ァァァァァ!!」
「あら、私の剣を折ったのはリューさんじゃありませんか?」

そう、ローラの剣は湖を渡る前、廃墟の町での大喧嘩(というより、なぶり殺し)
のときにリューによって砕かれてしまった。
幸いローラのフルーレはそう高い剣ではなかったが、完膚なきまでにバラバラにした手前リューにも負い目があり、
今日ローラの剣を新調するのにヒロトがついていくのを黙認することになったのである。
なにせ相手がヒロトであるためにに色気も何もないデート(リューは断じてそこは認めていない)になったが、
それでもローラは楽しそうだったし、ヒロトは優しい眼差しを浮かべていたし、
リューは跡をこっそり尾行しながら知らずに“天輪”を展開するのを堪えていたのだ。

「そういえば今日ジョンさんたちはどうしたんですの?」
「ジョン・ディとリオレイアは工房を借りてアイテムの練成に行ってる。
 そろそろ資金が足りなくなってきたそうだ」
「………私、ばっちり剣買いましたけど。しかも前のフルーレより格段に上等のボルテックを」
「いや、俺たちの仕事はもう見つけてある。荒事だから一応剣がないとな」

和気藹々と話をし始める師弟。
それでもぼくらの魔王は泣かない。めげない。くじけない。
ローラとの約束は新しく剣を買うまでである。もう剣は買ったあとなのだから、独占タイムは終了なのである。

「は、話を逸らすなァァァーーーーーーーッッッ!!!!」
「なんですか。五月蝿いですわね」
「五月蝿いとか言うな!その組み手とやらがそんなに重要だというのなら、我も混ぜてもらおうではないか!」
「………えー?リューさんがぁ?」

胡散臭そうな顔でリューを見るローラ。
その腹立たしい顔に、リューのこめかみがさらにひくつく。

「おい無理するなよ。ローラはこう見えて結構な使い手なんだぞ」

ヒロトまでそう言い出す始末である。
しかも何気にローラを褒めているから、ちょっと照れてるこの姫君がまた気に食わない。
……だが、舐めてもらっては困るのだ。
リューは自分の髪を一本プチンと切ると、それに魔力を通した。
紅のオーラを纏った髪はびいんと張り詰め、一瞬にして形を変えて槍となる。
鮮血を研ぎ澄ましたかのような紅。
禍々しい気配を放つそれは、一目見ただけでそんじょそこらの槍とはレベルの違う業物とわかるほど。

デ・ミ・ジャルグ。

高位の悪魔のみが扱えるそれは魔王の骨を削って創られたと伝えられ、
使い手が持てば星をも貫くとされる魔槍である。

おおー、と声をあげる二人にリューは自慢げにふふんと無い胸を反らした。

「魔王は生まれながらにして歴代魔王の経験地を刷り込まれているのでな!
これはかつて暇つぶしに地上に降りて山を谷にして帰っていった父上の愛用した槍よ。
そこいらの阿婆擦れ姫など相手にもならぬわ!」
「………カッチーンときましたわ。
 確かに槍は凄そうですが使い手がへっぽこ魔王ではただの棒と変わらないでしょうね!」
「なんだとこの野郎!」
「ヤロウではありませんわー!」
「やるか!?」
「ヤロウではありませんか!」

また額をぶつけていがみ合う二人の首根っこを掴んで引き離す。
抱えられながら、それでもキイキイと威嚇しあうのをやめない二人はまるで獅子の子がじゃれあっているようだ。
二人とも友達という等しい関係になれる存在がいなかったから、この喧嘩も見ていて微笑ましい。
もう少し仲良くしてくれたら―――と、他ならないヒロトは思う。
どこからかツッコミが入るような気がしないでもないが。

そういえば。
ふと、ヒロトは気が付いた。

(父上……そうか、こいつにも親がいるのか………)

しかし。
ヒロトの頭に、同時にあの城のことが思い返される。

(でも、家族とか、そんな存在がいたとも思えない……)

誰もいない城。
出払っている、という感じではなかった。
そもそも、もとより誰もいない―――人々が街へ出て行ってしまったがために棄てられた村をいくつか見たが、
そこと同じ空気が流れていた―――魔王の棲む城。
あまりに広大な城にたった独り暮らしていた孤独な王。
その、父親……?

聞いてみるべきか。
デリケートな話だが、今の関係なら話してくれそうではある。
聞かなくてはならないことでは、決してないけれど……。

「ヒロト離せ!やはりこの女一発殴らないと気が済まぬ!」
「魔法なしの体術のみならこちらに分がありますわ!勝ったらヒロト様一日使用権でどうです!?」
「望むところだ!」

「っておい!勝手に望むな!」

抱えた少女たちが当人に無断で賞品に仕立てていたため、それ以上の思考を中断しなくてはならなかった。
………まあ、いい。
そろそろ風景も覚えがあるものに変わってきた頃だ。
魔王城は決して遠くない。
あの城に着けば、また何かわかることもあるだろう。
ヒロトはそう思い、ふうと息をついた。

「ボッコボコにしてやんよ」
「泣きを見るのはそちらですわ」

睨み合う二人。
街の外とはいえ、ここはまだ人々の生活圏内だ。
せめて、地形を変えるようなことはないように。

「それじゃー、はじめ!」


結果だけ言うと、やはりインドア派のリューの体術はたいしたものではなく、
ローラに軍配があがることになった。
ただし魔槍デ・ミ・ジャルグの破壊力は凄まじく、余波が辺りを襲うたびヒロトがそれを相殺するはめになった。
ヒロトはリューと、煽ったローラを正座させて説教した後、当面の魔槍の使用を禁じたという。


「………まあ、勝ちは勝ちですわね?一日使用権……」
「ダ、ダメ!!」
「俺の意思は無いのかよ」


                 いつかのさんにん~新ジャンル「日常ノベライズ」英雄伝~ 完

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最終更新:2007年10月14日 17:00
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