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堕天

―――テイリーが脱走したそうだな。
―――抑止力は無色の力。意思を与えたのは誰の責任だ?
―――今はそれを論じている場合ではないでしょう。かの者を止めなくては。
―――しかしそうは言っても事は簡単には行くまい。なにせ……。
―――かの者は数々の闘神が造り上げた傑作中の傑作。
―――なまじ力を持ったが故、捨て置くわけには行かぬ。
―――なんとしてでもかの者を拘束せよ。場合によっては殺してしまってもやむを得ぬ。

「そんな、彼はただヒトのために戦おうとしているだけです!どうか、どうかお許しを―――!」

―――ルヴィシス。テイリーの教育係であった貴殿がそれを言うのか。
―――よもや貴殿がかの者に余計な思想を吹き込んだのではあるまいな?
―――ヒトの世のことはヒトに任せておけばよい。しかし秩序と混沌の均衡は我々が保たねばならぬ。
―――感情に流されるな、ルヴィシス。己の使命を考えよ。
―――我らは神族。世界の秩序を司りし者……。


「ゆめゆめ、忘れるでないぞ……か」

ルヴィシスは白磁の柱に身を寄せ、ぽつりと呟いた。
世界各地に点在する神々の神殿のうち、ここは彼女にあてがわられたものである。
人間で言うところの家のようなものだが、つい最近までここにはもうひとり同居人がいたのだった。


テイリー・ベルゼェル・セノ・パトロクロス・ピースアロー。


彼女にとって息子であり、弟であり、また弟子でもあった存在。
神に選ばれ、鍛え上げられた正義の剣。
勇者。
聞くところによると地上には七人の勇者が闊歩しているようだが、そんなものは張子の存在に過ぎない。
魔王侵攻の際彼女の祖先らが使わした騎士こそが勇者なのだから、
神にも選ばれていない彼らなど所詮は単なる旅人なのである。
テイリーこそ、本来勇者と謳われるに相応しい存在なのだ。
もし再び魔王が世界の均衡を崩そうものなら、共に剣を取り戦うこともできたろうに。

しかし、その彼はもうここにはいない。

―――人間の為に戦いたい―――

そう言って、彼はここを去っていった。
ルヴィシスも止めなかった訳ではない。
むしろ剣を抜き払い、多少の怪我をさせてもやむなしの覚悟で彼の前に立ちはだかったのだが。
テイリーの剣の前に、膝をつくことになった。
修練中には一度も彼に遅れをとったことなどなかったというのに、
その時のテイリーの剣さばきはまさに神さえ凌駕するものだったのだ。
テイリーはそのまま逃走し、そして。

神々を敵に回すことになってしまった。

もともと勇者に選定された彼は魔王侵攻時の切り札として育成されていた。
いわば天災に対する備えであり、彼をどう扱うかは神の意思に拠るものだったのだ。
しかし、鍛え上げられた剣は持ち主の意に反して勝手に鞘から抜け出し、その刃を振るい始める。
そうなればもう神さえうかつには手を出せない狂刃と変わらない。
事実、勇者の暴走を知った神々は一刻も早くテイリーを捕らえるよう全ての闘神、全ての神兵隊に伝えた。
ルヴィシスは必死にテイリーを弁護したが、それが通るはずもない。
そもそも話すら通じないといってもいい相手なのだから、抗議のしようもないというのが事実なのだ。
一口に神族といっても彼女のようにより生物に近いというか、はっきりとした自我を持つものだけではない。
より古く、より高度な神族は最早半分『現象』になってしまっている。
そこには意思があるのみで、思考も思想も何もあったものではないのだ。

よって、決断されるのは早かった。

「私は―――」

朝霧のような儚さと美しさを持つルヴィシスの外見からは信じられないことだが、彼女も戦の神の一員である。
つまり、テイリーを狩る立場にあるのだ。
………しかし、あまりにも気が進まなかった。
立場はわかる。
使命もわかる。
考えなくても、自分が何をすべきなのかわかってしまう。
そう、自分がかの勇者を取り逃がしたのだから―――本来なら自分こそ神兵隊の先頭に立って地上に赴かなくてはならないのに。

気が、進まない。

「テイリー……」

ほう、とため息をつくと同時に少しだけ身をよじる。
おかしなことはもう一つあった。
こうやって彼の名を呼んだだけで、身体の奥が不自然に熱くなるのだ。
彼女が生きてきた中で、こんな感覚は経験したことがない種類のものだった。
こんな、絡みつくような、ぬらりとした―――淫らな疼きは。
あの時、生まれた……。


―――ルヴィシス様……ぅ、うぁ、ぁぁああああああ!!!!
―――な、なにをするのです!?やめ、や、きゃぁぁああああああああっ!!!


戦いに敗れ、もはや立ち上がることもままならなかった自分はそのあと―――テイリーに蹂躙された。
神といえど、女には違いない。
普段毅然としているルヴィシスが屈服している様。そのはだけた肢体がいかに扇情的で、少年の情欲を乱したか。それは想像に難くない。
高揚収まらぬ少年がルヴィシスを襲ったのも、まあ、状況としては理解できる。
だが………それなら。

(私はどうなのでしょう……?)

それが憂鬱の原因なのだった。
確かに自分は破れ、剣を折られてどうしようもなかったのかも知れない。
しかし、それでも抵抗しようとすればできたのではないか?
仮にも闘神だ。剣を持たずとも相手を捻じ伏せる術は心得ている。
テイリーには決定的なものにはならないかも知れないが、
それでも一握の抵抗を……この乳房にむしゃぶりつく雄の首を掻っ切ることなど造作もなかったはず。

それすらできずにいたのは、何故か。
怖かった?それもあるだろう。
混乱していた?確かにそうかも知れない。
いや、もしかしたら……………抵抗できなかったのではなく。
しなかったのか。

ぞくり、と身体が震える。
女神として。
生まれながらにして他の種族よりも光に近い存在として、そんな浅ましいことを思ってはならない。
自らの存在意義すら揺らぐ……この熱は少し腹に堪えるようだ。

(はぁ―――はぁ、ぁ、はぁ―――は、)

どこからか、荒い息が聞こえた。

「あ、ンぁっ、やだぁ、あ、あひぃぃっ!!」

響く嬌声、肉と肉がぶつかり合う。弾け飛ぶ水音。
ぎくりとして振り返ると―――そこに、自分がいた。

「な……?」

テイリーに組み敷かれ、犯されて喘いでいる自分の姿があった。
馬鹿な―――ありえない、これは夢?幻……?

「ひぁ、ゆるひて、もぉ……や、ぁあああっ!!」

ああ、あんなに苦しそうに、目を潤ませて、だらしなく口の端から涎を垂らして……あんなに太く逞しいものを咥え込んで。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あぁ……こんな……ぁ」

快楽に徐々に侵されていって。

「ひゃうッ!だめぇ、らめなのにぃ……ン、ちゅぱ…くぷ」

自ら舌を出して、はしたなく求めて。

「すご…い、イィ…ッッ!!あふ、ひゃあああぁ…ぅ……あンっ!そこぉ、そこなのぉ……すごいのぉ……」

ああ、なんということだろう。ついには自ら、こ、腰、腰を―――。
―――――――――。

「ご、ぶ………っ!!?」

喉元にこみ上げるものを感じて、ルヴィシスは反射的に口元を押さえた。
しかし堪えきれない。胃の中の物が逆流し、たまらずぶちまけた。
咳き込み、嘔吐し、吐瀉物に塗れた口元をぬぐって顔をあげると、もうそこには浅ましい自分の姿はない。
がくがくがく、と身体が震える。
あれは幻でもなんでもない。ただの事実だ。
あの時、確かに自分は―――あろうことか、肉欲に溺れていた……!!

雄を受け入れ、よがり声をあげ、娼婦のように腰をくねらせて白い汚濁を舌で拭って……。
あんな、ことが、許されるのか……?
女神である自分が、快楽に屈するなど……ありえない。ありえない。ありえない……!!

「何故、私は、あんな―――」

性交自体はいい。
神族といえど生き物だ。性交渉をしなければ種として存在することは不可能である。
子を宿す目的以外での交わりも、まあいいだろう。
男性と女性がお互いの愛を確かめ合う手段として身体を重ねあうというのもわかる。
しかし……あれはそうではなかった。
ただ溺れ、貪りあう。あんな行為を、よりにもよってこの自分が行ったということなんてありえない……!!

「違う、私は………」

愛に、身を捧げたのだ。
そうとも、自分は彼を………愛しているのだ。
それなら話は通る。
私はいつしかテイリーを弟子としてではなく、ひとりの男性としてみてしまっていた。
だから彼に組み敷かれたとき、抵抗できなかった。
抱かれたことに喜びを覚え、行為に答えようとした。
違うか、ルヴィシス?

「そうです―――私は……」

テイリー・ベルゼェル・セノ・パトロクロス・ピースアローを……愛している。

なら、これからどうするかは決まっている。
愛するひとが神族に狙われているのだ。
確かに自分も女神ではあるが、そんなことは愛の前には些細な問題である。

助けなければ……。

「助けなきゃ………彼を。彼の行く道を………」

ルヴィシスはふらりと立ち上がった。
逆流した胃液で口の中が気持ち悪い。
まずは口をすすがないと、などとルヴィシスはぼんやり考えていた。



                 堕天~新ジャンル「道連れ」英雄伝~ 完

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最終更新:2007年10月14日 17:04
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