「ジョン」
数日たった。
一行はまだこの国に留まっていた。
再興の手伝いではない。そもそも彼らはあくまでも勇者であり、ジョン自身が言うように、
危機を防いだらもの言わず去る者だからだ。
なのに、まだこんな、広場にぼんやり腰掛けているのはどういうことか。
「………リオルですか」
「リオルですよ」
ジョンの目の下には色濃い隈ができていた。
ジョンは医者として、あの地下室の後始末をしていたのだった。
リオルも何も出来ないなりにその様子をずっと見守っていたのだが。
「……結局。大勢、助けられませんでした」
「………………」
そうなのだ。
あの地下施設で歯車としてマナの搾取に使われていた女性たち。
幻惑によって無限の快楽を押し付けられ、魂をすり潰されていった彼女たちの大半は―――もう、帰らない。
命が助かった者のさらに大半も、普通に生活するのは難しい者ばかりだ。
「リオル。ボクは、」
何かを言おうとして、言葉にできなかった。
そもそも、何を言えるというのだろう。
この、隣にいてくれる少女に。助けられなかった女性たちに。この国に。
何も、言えやしないじゃないか。
「………」
「………すん」
黙り込むジョンの隣で、鼻をすする音がした。
リオルである。
「う、ふぇ、……ぐす、すん、うゎああああ………」
泣いていた。
あの、いつも陽気な少女が。
「リ、リオル?」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええん!!
うわぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!」
大声で泣き出す、涙がぼろぼろとこぼれて頬を伝っていく。
ジョンはどうしていいかわからず、とりあえずおろおろした。
リオルは感情豊かな娘だが、泣くなんて滅多にないことなのだ。
というか、初めてではあるまいか。
「リオル、落ち着いてください。リオル」
「うぅ……ぐす、だって、ジョンが、ジョンが……」
「ボクが?」
「ジョンが、泣いてたから」
………。
ジョンが、泣いていた?
泣いてなんかない。ふがいない自分に腹を立ててはいたが、泣いてなんか、ない。
「泣いてませんよ。ボクは大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ!」
間髪入れずに否定するリオルに、……二の句を告げることができない。
「ジョン、辛いじゃん!本当は泣きたいんだよ!わかるもん!!だから、あたしが泣いたんだよ!!
ジョンの代わりに、ジョンの分も!!でも、ジョンは頑張ったじゃん!
誰がどう見ても、この国を救ったのはジョンだから!だから……!」
リオルの言うことは、支離滅裂で―――とても、どこかに響いた。
「………だから、泣いちゃったんだよ………」
「――――――ありがとうございます、リオル」
リオルの手を取って、その温かさに感謝した。
そして指を絡めて、触れるだけの優しいキスをした。
この少女が傍にいてくれたら、自分は、大丈夫だと。
「………もう夕暮れですね。みんなが待っています。宿に戻りましょうか」
「ん………」
手を繋いで歩き出す。
と、広場の出口に、車椅子に乗った少女がいた。
少女には意識があるのかないのか、虚ろな目でどこを見ているかもわからない。
だが、その顔には見覚えがあった。
あの施設にいた少女の一人。
心を壊され、自分を失った……ジョンが『助けた』一人である。
少女の後ろには、車椅子を引く男女がいた。
歳から考えて、少女の両親らしい。
「………昨晩、娘が口をききまして」
男が、ジョンに―――目を合わせないまでも、確かにジョンに話しかける。
女はずっと目元を押さえて肩を震わせていた。
「蚊の鳴くような声でしたが、父さん、母さん、と。俺たちを呼んでくれました。
それまでは正直、こんな娘は見たくなかった。
どうして一思いに、あの不思議な術で楽にしてくれんかったのかと、貴方を恨んだりもしました。
ですが―――。
呼んでくれたんですよ、俺たちを。父さん、母さん、と」
男の目から雫が落ちる。
「娘を、助けてくれてありがとうございました。勇者様」
――――――ジョンは、少しだけ、会釈を返した。
――――――リオルは、強くなった手の力を、ただ包んでいた。
渇きの国のソラは赤く、
灼熱の太陽はやっと、沈んでいく。
静かな夜の帳が落ちれば、
月が、焼けた大地を癒してくれるだろう。
渇きの国のソラは赤く~新ジャンル「 」英雄伝~[後日談] 完
最終更新:2007年11月06日 07:14