白い岩と緑の草。荒野と森の境にある小さな草原に、三つのテントが並んでいた。
ひとつには手のひらサイズの錬金術師(言いすぎ)と、その相棒で元気印の龍娘の二人。
ひとつには剣一閃のもと斬れぬものなし、最強の勇者である青年が一人。
そして、もうひとつ。
そこには一国の王女であり、つい先日世界の危機を感知した金髪の少女と、
魔道に於いて並ぶものなし、最強の魔王である赤髪の少女の二人組みがそれぞれ、寝息を立てていた。
空には星の天幕。地には虫の声が響き、涼やかな夜を静かに奏でていた。
彼らの周囲には結界が張ってあり、敵意を持つものが近づいたら大きなアラームがなる仕掛けになっている。
よって、この静かな睡眠は決して誰にも邪魔されないはずだった。
が。
それが、突如破られる。
なんと結界内に大きな炎の柱が立ち昇り、テントのひとつが吹っ飛ばされたのだ。
轟音に目を覚ました青年と少女ふたりが神速で、または慌てて、または目を擦りながら駆けつけた。
「敵襲か?」
「魔獣ですか?それとも盗賊?」
「我の眠りを妨げる者は誰だ……」
普段身につけている蒼い鎧は今回は無し。
剣のみを携えた青年と、自慢の縦まきロールを下ろしたままの少女は目を丸くした。
目を擦りながら魔王っぽいこと言ってる若干一名は、少し遅れて。
そこにいたのは頭を掻いてテントを建て直している龍娘と黒焦げになった錬金術師の少年だった。
龍娘の話によると、どうやら寝ぼけて火を吹いてしまったらしい。
寝ぼけて火ィ吹くかよ。
おそらく一人を除く全員がそうツッ込んだことだろう。
彼女は龍としての能力を使うためにはそれ相応のマナを消費しなければならないためだ。
しかし誰もそうは口にせず、少女たちは揃って大きくあくびをした。
「そうか……気をつけてな」
「ヒロト、騙されてる騙されてる」
しょぼしょぼと目を擦りながらテントに帰る。
やれやれ、なんでこんな夜中に起こされなくちゃならんのだ。
ぼんやりと回らない頭でテントに潜り込もうとし、いきなり後ろから蹴られた。
ごす、と毛布に頭から突っ込み、鼻をしこたま打ちつける。
「リューさん、ナチュナルにどこ入ろうとしているんですの?そこはヒロト様のテントでしてよ?」
「………………………」
蹴られた赤髪の少女、リューはしばらくお尻を高く上げて倒れこんだ姿勢のままでいたが、
やがてギギギギと錆びた金属のような音をたてて振り返った。
「ローラ貴様ァ……!!」
その形相は般若もかくやというものである。
しかしリューのお尻を蹴った金髪の少女、ローラはすましたものだ。
「真夜中に殿方の寝床に忍び込むなんてはしたない真似、よくできますわね?
貴方それでも魔族で最も貴き血の持ち主ですか?」
「人間の常識なぞ知るか!それより貴様、よくも我の尻を蹴ってくれたな!」
「あら、ヒロト様の貞操の前に貴方のお尻に何の価値があって?」
「く……!それは己に言ってやるがよい!一向に使い道の無いその無駄乳になぁ!!」
「な、なんですってぇ!?」
「なんだ!?」
一方で闇が渦巻き、一方で稲妻が迸る。
あわや人と魔族の大戦か、という両者の睨み合い。
しかしそれは、唐突に終わりを迎えた。
「いい加減にしろ」
「きゃ!?」
「あたっ!?」
ゴゴン、と二人の頭の上に星が瞬く。
ヒロトが二人に拳骨をお見舞いしたのだ。
うずくまる二人の首根っこを猫の子を摘むようにして持ち上げ、さらにお説教をする。
その姿はまさに保護者そのもの。
まあ、リューもローラもヒロト目当てで旅に同行しているのだから
ヒロトが言うことを聞かせるのは行き着く先としてはむしろ当然か。
「朝までそうやって喧嘩してるつもりか?それもいいけどそうやって騒いでいられると眠れない。
喧嘩するならどうぞ、森の奥に行って存分にやってくれ。
ちなみに明日の朝はウサギのスープにする予定だが、喧嘩する元気があるなら別に食わなくても平気だよな?」
「う」
「ぐ」
ぷらん、と吊られる二人が口をつぐむ。
ちなみに子犬の躾として、こうやって吊るして飼い主の方が優れていると解らせる方法があるとかないとか。
それを知ってか知らずかはわからないが、
普段身長差の所為で同じ目線に立てないのがこうやって吊られているとどうにも目を逸らさずにはいられない。
それに彼女たちにはヒロトにとある大きな大きな、途方も無く大きな弱みがあるのである。
―――それすなわち、惚れた弱み、というヤツが。
「わかったら寝ること。返事」
「………う、うむ」
「………はい」
ヒロトはリューとローラを降ろすと、自分のテントに戻っていってしまった。
「貴様の所為で怒られたではないか」
「何を言っていますの?もとはといえば」
「………………………」
テントの隙間からヒロトが覗いている。
「「寝ます」」
ヒロトは今度こそ、引っ込んでいった。
「………」
「………」
釈然としないながらも、こうなってはテントに戻るしかない。
リューとローラは互いに睨み合いながらも、すごすごと寝床に戻った。
「………」
「………」
しかし、眠れない。
さっきの一件で目が冴えてしまったし、何よりケチがついたままだ。
二人とも、そういうことを放っておいたまますやすや眠れるようなおおらかな性格をしていないのだ。
いや、これが他の者なら別にこうも気にならなかったろう。
いつか酷い目にあわせてやると毛布に包まって、それで朝を迎えるだけだ。
だがこの女。
リューにとってはローラ、ローラにとってはリュー。
お互いがお互いには、どうにも過敏になってしまう。
なにせ、ヒロトの隣というポジションを争っている日々火花を散らすライバル同士なのだから。
「……抜け駆けしようとしましたの?」
テントに吊るしてあるカンテラ―――火は灯っていない―――を見つめながら、ローラはぽつりと呟いた。
リューが咳き込む。
「ち、ち、違う。寝ぼけていただけだ」
「本当に?」
「本当だ」
「………」
「………」
少しの間、沈黙する。
かさこそと衣擦れの音がやけに大きく響いた。
寝返りを打ち、リューが背を向けたのがわかる。
それを横目で見て、ローラはトーンを落とした声で、言った。
「わかってはいるでしょうけど。ヒロト様は器用なタイプじゃありませんわ。
むしろ誰より不器用と言っていい。たったひとつのことしかできないお方ですもの。
もし貴方が、ヒロト様におかしな真似をするようなら、その時は」
その時は―――どうするというのだろう?
ローラではリューにどう足掻いても敵わない。それはあの廃屋の町で解っているはずである。
もしあの時のように一計を巡らせてヒロトとリューが相対するように差し向けようにも、
それはヒロトに無用の混乱を招くだけにしかならないだろう。
ローラにとっても望むことではないに違いない。
――――――だが、この女は大真面目だ。
リューは、そう悟っていた。
本気でリューを殺しに来る気だ。
ヒロトの道を阻むなら、それがヒロト自身にはどうしようもないことなら、
ローラはあらゆる手を使ってそれを破壊する。
この女は本気でそう思っているし、そしてそれを実行するだろう。
――――――もっとも、それはリューも同じなのだが。
「……………」
とはいえ。
「………も少し、何だ。褒美があってもいいとは思わんか」
「え?」
リューはぼそりと呟いた。
それはローラに向けた言葉というよりは、独り言―――ぼやきに近いものであった。
「貴様とてそうは言うが、まったく悟りきっている聖人ではあるまい。
なにせここまで追いかけてくるくらいだからな。
そりゃ、確かに『偶然』ドキッとすることはあるさ。行水をするときに上着を脱ぐだろ。
……その、む、胸板とか」
「濡れた髪でいつもと髪型が変わっていて、張り付いた前髪の隙間から目が覗いていたり?」
すぐに食らいついてくるローラ。
しかも何気にいいトコロを見ている。同じ男にココロを奪われた女はときめくところも同じなのかっ。
「朝、稽古で演舞のように剣を振るときがあるだろ」
「ええ、ええ。ありますわね」
「剣を見る奴には不覚ながら見とれてしまうことがある」
「恰好いい、とはあのことですわね。戦闘中は怖いくらいですが」
「そのくせ、飯を食べていると何気に米が頬にくっついていたりな」
「くしゃみとか『っくし!』ですのよ。可愛い!」
「恰好いいくせに可愛いなどと!けしからん!けしからんぞまったくもぉ!!」
「隙がないように見えてたま~に見せるちょっとした仕草がたまりませんわ!」
きゃいきゃいと盛り上がる女の子二人。
―――ローラもリューも、こうやって対等に語り合える者など今までどこにもいなかった。
ローラは生まれながらにして王女であり、誰も彼女を敬わない者などいなかったし、
リューに至ってはそもそも周りに誰もいなかった。
二人とも当然と思って知らずに諦めていたその状況をヒロトによって変えられたのだが、
そのヒロトでさえ、二人をただの女の子として扱ってくれたことはない。
あくまで幼馴染みとして、剣の弟子として、魔王として、旅の仲間として。
こうやって『女の子』を共有できる存在は、今まで二人の人生にいなかったのだ。
それは不思議な、決して不快ではない感覚だった。
同じ気持ちを、想いがこうやって通じるだけでこんなにも気分が高揚するのか。
好いた相手について話しているだけだからではない。リューもローラも、今、確かに『楽しい』と感じていた。
………しかし、心せよ。
夜中。若者。テンション最高潮。
それはおよそこの世に於いてロクなことしない三連コンボだということを。
「サービスが足りんのだ!我らはヤツの目的が叶うまで待ち、
サポートしてやるというのだからもっと優しくしてくれてもいいだろう!!」
「まったくですわ!私なんて結婚まで申し込んだのにあれから完全スルーですわ!!」
「ぎゅってされたーい!すりすりしたーい!」
「なでなでされたーい!ちゅってしたーい!」
二人ともお酒も飲んでないのに完全に出来上がっていた。
「ローラよ!ヒロトはまったくけしからん男だな!」
「ええ、ええ、その通りですわ!」
「ならば成敗せねばなるまいな!?」
「なるまいですわー!」
こうして恋する暴走列車二台は己らのテントを飛び出し、月影の下に躍り出る。
涼やかな虫の声は彼女らの出撃を謳うガンパレード・マーチと化していた。しかもオーケストラ。
背の低い草を踏みしめ、奏でる小さな虫たちを蹴散らし、夜風を振り払うようにそこに向かう。
口からゴファッと蒸気を吹き出して目をらんらんと光らせ、目指すはけしからんヒロトのテント。
乙女たちの行進であった。
ガブァッ!!とテントを開きたいところだが、そこはヒロトは起きてしまうのでこそこそせねばなるまい。
「………」
「………」
乙女二人は月を背負ってヒロトを見下ろしながら、同時にゴクリと喉を鳴らした。
もう、二人ともなにも喋らない。
――――――ヒロトが、眠っていた。
実は二人とも、ヒロトの寝顔を見るのは初めてなのである。
ローラは幼い頃から一緒にいた仲であるが、専ら会うのは剣の稽古のときであったし、
いくら彼女の手腕でも男と同衾することは一国の姫をして許されることではない。
彼女が家庭教師役だったときもヒロトは居眠りするような生徒ではなかったし。
リューは長いことヒロトの生活を盗み見ていたという前科があるが、
リューが寝起きする頃には既に、またはまだヒロトは活動していた。
それは二人で旅をしていた頃も同じである。一時期リューはヒロトは眠らないのかとすら思っていた程だった。
………ヒロトの使う術から考えて、それは結構ありえる話ではあったし。
それが、今。
こんなに、こんなに、む、む、無防備ににに、目の前で。
寝顔を、ねが、寝顔を晒している。
いいのか。
静かに寝息を立てていて、いいのか。
こんな幼い寝顔で、いいのか。
く、く、口元からよ、よだ、ヨダレなんか垂らしちゃってて、いいのか。
いいのか?
いい……んだ、よ、な?
先程までの無敵時間なテンションはどこへやら、リューは泣きそうな顔でローラを見た。
ローラはゆっくりと、頷いた。その顔は暗がりに見てもわかるほどに真っ赤で、目には涙が浮いていたけど。
―――行きますわよ。
―――行くぞ。
リューとローラはそろそろと移動し、
……二人とも何故かテントの奥に進んだ。
―――なんでローラもこっちにいるのだ!
―――ご、ごめんなさい……ってなんで貴方が仕切っているんですの?
―――いいだろ別に!早くしろ、ヒロトが起きるだろう!
―――く、確かに。
そろそろとローラが入り口側に寄り、そして身を低くしていく。
リューも、ゆっくりゆっくりと、それに倣った。
ヒロトのテントにやってきたのは夜這いのため―――ではない。
いや、確かにそりゃあ、最初はイロイロしちゃおうという下心はあったものの、
いざヒロトの寝顔を見たらまったくそんな考えは吹き飛んでしまった。
これは……試練である。
好いている男の寝顔が近づいていく。それが、こんなにもとんでもないことだとは思わなかった。
猛り狂ったドラゴンの鼻先を蹴っ飛ばすことさえなんとも思わない彼女だが、
こればかりはもう勝てる気がしなかった。
完敗。ノックアウト。
中腰の姿勢のままなかなか先に進めない。
いつもは思い浮かべるだけで勇気をくれるヒロトの顔は、今回ばかりは身体の硬直を促すだけであった。
が、顔をあげるともうローラはぷるぷるしながらも座り込んでいた。
手をついて、身体を捻って、足を伸ばして横になればもう添い寝状態だ。
ここで遅れをとるわけにはいかない。
リューはぎゅっと目を閉じると、思い切って一息に膝をつき、すぐさま横になってしまった。
ライバルの存在が彼女をさらなる高みに押し上げたのだ。
これが進化の力。すなわち螺旋力。もし次に同じシチュエーションになったとしても、
リューは木の葉が小川を流れるように自然にヒロトと添い寝………は、無理か。無理だろうなぁ。
「~~~~~~~~~ッッ!!!!」
目を開けて、リューは思わず声無き声をあげた。
だって、目の前に。
すぐ目の前に、ヒロトの顔があったから。
どうやら目を閉じている間にこっちに寝返りをうったらしい。
ヒロトの向こう側でローラが複雑な顔をしているが、リューはもうそんなことに気を回している余裕はなかった。
顔が!顔が近い!!
吐息が!吐息がぁぁぁあ!!
くちっ、くちび、唇が!!!
あわわわわわわわわわわわわわわ!!!!
魔王様、大混乱である。
……対するローラはリューの方を向いてしまったヒロトの背中に決して触れないように、横になる。
今のこの体勢、まるでヒロトと、リューと、ローラの意識し合う関係のそのままではないか。
ヒロトはリューのほうを向いて、リューはヒロトにただ見つめ、
ローラは……こうやって、ヒロトの背中に触れることさえ出来ずにいる。
もし、もしヒロトの目指すような世界に至ったとして、次にヒロトがどこに目を向けるのか。
――――――それは、ローラにとって正気を保てなくなるほどに恐ろしい問いかけである。
どんなに強がったところで、ローラは所詮か弱い少女にすぎない。
それが証拠に、先程のリューの言葉に内心ひどく動揺したものだ。
それでいいのか。本当は何もかも、どんな手を使ってでも、この男を―――手に入れたいのではないか。
そう言われた気がして。
褒美、ですって?それはこうやって傍にいられること。
それ以上は、望んではいけない……。
空気を伝わる体温だけで充分。
そう自分に言い聞かせて、それで―――それで、胸元に当たる感触に、ぱちくりと目を瞬かせた。
「~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!?」
ヒロトがまた寝返りをうって、今度はなんと背中を丸め、ローラの胸元に顔を埋めていたのである。
思考が完全に真っ白になり、そして声無き声をあげて真っ赤に染まる。
―――ちょ、ちょ、ちょ、ま、ヒ、ヒ、ヒロト様ぁぁああ!!!!
柔らかな胸の感触を快いと感じたのか、ヒロトはさらに顔を押し付けてむにゃむにゃと唸った。
その吐息がくすぐったいやら気持ちいいやら、ローラはもう何が何だかわからない。
ただ涙目になって硬直し、ヒロトにされるがままになるしかなくなってしまふ。
強がっててもウブな姫君様であった.
その様子を見て面白くないのはリューである。
ヒロトが枕にしているのがよりにもよって目の敵にしているローラの胸なのだから、
余計にこめかみがひくつくというものだ。
ローラはもうリューに勝ち誇る余裕など皆無のようだが、それでも腹立たしいのには変わりない。
無論、この怒りには妬みが多分に含まれていることは言うまでもないだろう。
――――――あおむけにねても、たいら。
………なんとなく、リオルをどつき回したくなった。
何故かは知らないが。
「……リュー……」
………などと油断していると、今度はそんなことを言い出すから呼吸を忘れてしまう。
なんだ、なんだ!?ま、まさか我の夢を見ているのではあるまいなっ!?
なんて失礼なひとなんでしょう?人の胸をさんざ嬲っておいて(誇張)、他の女の名を口にするとは。
「……ローラ、お前らいい加減に……」
どうやらリューとローラに説教している夢を見ているらしい。
二人は同時にかくんと頭を落とした。
………これじゃ、ちっとも眠れない。
――――――だけど。
――――――そう、だけど。
いつしか、とても優しい気持ちになっているのを感じていた。
そりゃあお互い、相手が羨ましくて悔しくて、嫉妬してしまう。
このニブチンで不器用な青年にやきもきして、泣きたくなってしまう。
けれど。
こうやって、無防備に寝顔を見せてくれるなんて、今までなかったから。
長い間独り旅をしてきたからだろうか。
ヒロトは野生動物のように、眠っているときでも周囲を警戒しているような癖があった。
たとえそれが誰であれ、足音がするや剣を手にとって目を覚ますのである。
それは、冒険者としては正しい姿なのかもしれなかった。
でも、
それなら、
この青年はいったいいつ、心を休めるのだろうか―――?
それを考えると、切なくなる。
彼女たちは、ずっと願ってきたのだ。
この青年が安らげる居場所になりたい、と。
それは、この青年が自分に与えてくれたものだから。
こうやって気を緩めた姿を見せてくれるようになったのも、最近になってからのこと。
みんな少しずつ、変わっていく。
それがこの青年にとって、望むことかそうでないかは、彼女たちにはわからないけれど。
でも、たとえどうなろうとも、いつだって自分は青年の傍にいる。
そして、できれば隣にいたい。
そう、思っていた。
「むにゃ」
思っていたらまた寝返りをうつこの男。
よく考えたらこのテントには人が三人横になっていて、さらに荷物があるのである。
端的に言えば、狭いのだ。
寝返りを何度もするほどに、あまり寝心地がいいとはいえなかった。
そしてお約束なことに、眠っている朴念仁は酔っ払った禿げ親父より油断ならない存在である。
ヒロトはもぞもぞと動くと、
ぎゅむ。
手近にあった温かいもの、つまりリューの身体を抱きしめた。
「ひぅ」
リューの思考回路が再び弾け飛び、狭いテントに静電気の火花が散った。
しかしそれも、きっと長くは続かないに違いない。
リューとローラ。
恋する乙女二人の夜は、まだ始まったばかりだった。
朝である。
朝霧の中、ヒロトは誰より早起きして朝食の準備をしていた。
今日の朝ごはんはウサギのスープである。
適当に狩ってきた兎を捌き、食べられる野草と共に鍋に放り込んだ雑な料理だ。
まあそれでも、一人で旅をしていた頃よりは大分ましになった。
あの頃はさらに調味料の類も一切なかったから。
ジョンの手持ちである薬にはスパイスとして使えるものもあり、野宿での食事に風味を与えてくれた。
煮込んでいる間も剣の手入れや簡単な稽古など、やることは多い。
特に剣の稽古は父親に教わった数少ない基礎の反復。
雨の日も風の日も火山が噴火して空から真っ赤に焼けた岩が降った日も欠かしたことのな日課である。
といっても、あまり張り切って身体を動かすと地形が変わってしまうのでその大半は瞑想に近い。
しかし空間を支配するような集中は足元に這う小さな虫、空を飛ぶ鳥、
遠く流れる川のせせらぎとそこを泳ぐ魚が何匹いるかまでも認識してしまうほどだ。
と、ヒロトは目を開けてテントのほうを振り返った。
はたしてそこには、目を覚ました仲間たちがもぞもぞとテントから這い出してきている。
昨日はどういうことかリューやローラが
ヒロトのテントに潜り込んできたが、そんなに寒かったのだろうか?
二人ともヒロトにピッタリくっついて眠っていたため、
起こさないようにテントを出るのに苦労したものだ。
「おはよ。よく眠れたか?」
軽く挨拶して仲間たちの顔色をみる。
そこで、ヒロトは目を瞬かせた。
「………何かあったのか?お前ら」
仲間たちの目の下には一様に、色濃い隈ができていた。
全員、ヒロトからなんとなく気まずそうに目を逸らして、しかし同時に声を揃えて答える。
「「「「………別に」」」」
……沸騰しているウサギのスープの鍋が、たかん、と音を立てた。
真夜中のリューさんロラさん~新ジャンル「寝相悪すぎ」純愛伝~ 完
最終更新:2007年11月27日 20:56