Wise Quagmira2

"valet"

ぺろり
ぺろり
少女の白い首から肩、鎖骨と、蒼い獣は創女の身体を舐めていく。
冷たく「浄化」した舌は少女の身体から熱を奪い、汗をなめとる。

 -タンヒーリング-

魔力が生き物すべてに備わる「生きる力」なら、その力を利用して身体の異常を整えてやればいい。
これがマッサージによる療法の考え方だ。
東方で言うところの内勁による経絡の整調、そして彼はそれを舌で行っているのだった。
だがそれだけで少女の胸の染める無気味な染みは無くなるのだろうか?
明らかに体調が崩れて起きる現象では無い。
だが、
少女の胸のぬうねうねと蠢く影の様な染み、それを獣は舐め取るように舌を這わせる。
いや実際舐め取っているのだ。
如何なる作用が彼と彼女の間に働くのか、長い舌がベロリと痣を舐めるとそれは少女の白く薄い
胸から獣の長い舌に写しとられて行く、時にはびきびきとその黒い影が蛇か蟲の様に獣の口から
はみ出て跳ねたりもするが、それらはズッと獣の口に吸い込まれ、咀嚼される。
瘴気を食う蒼い獣、その姿は東方の国-ヒイズル-の者が見たらこう呼んだだろう。

『コマイヌ』と。

少年は物心ついた時から少女と一緒だった。
そしてその時から少年は少女の「従者」だった
小さな可愛い主人は時には暴君となった。
閉口はしたが嫌ではなかった、彼なりに誇りをもって仕えていたつもりだった。

二人が居たのは黒い森に囲まれた広大な農園の中心にある屋敷だった。
屋敷には彼等の他に「大奥様」と「大旦那様」がいた。
少女の「おばあちゃん」と「おじいちゃん」。

大旦那様は毎日農園にでて畑の世話をしているらしく夕餉の時に会うくらいだった。
寡黙な人物で殆ど言葉を交した事はない。
大奥様は屋敷の中で家事の他に農園で出来たものを使って薬や食べ物を作っていた。
こちらは明るく饒舌な方で、よく少女に色々な話しを聞かせていた。
どちらも典型的な農家の老夫婦、と言った風情だった、今にして思えば。

あとは農園で大旦那様を手伝う「若いの」やお屋敷の家事を手伝う「娘さん」が数人いたが、
彼はソレ等と話した事は無い、「若いの」に関しては遠くにいるのを見ただけでだ。
大抵用事は、大奥様かお嬢様-少女-から言い付けられたのでその必要も無かったからだ。

屋敷と農園、それが少女と少年の世界の全てだった。
黒い森を越える事は出来ない、少女がそこに入ることが出来無いからだ。
一度何かを追い掛けて足を踏み入れた時、少女は倒れ悶え苦しんだ。

その時始めて少年は自分の本来の姿と己の能力を知った。



それから少女に仕える少年に新たな仕事が増える事となった。
特に暑い日など、少女が身体を舐めることを望む様になったからだ。
布より感触のいい彼の舌、宝珠による「浄化」作用のひんやりとした冷気を彼女が好んだ。
体のいいシャワーであるが嫌悪感は感じなかった、彼は自分の役割を理解していたから。
何度か少女の身体に舌を這わすうちに、彼女の体調が舌の感触や味を通して分る様になる事や、
少女の白い肌や細い身体を見ることはちょとした楽しみと成って行ったから。
幼い突起や秘裂に舌を這わした時の少女の僅かな表情の変化見ることが喜びに成っていったから。
発情期を迎えていない幼生の彼ではあったが、それ等は彼の心をときめかすにの十分だった。

あの日もそうだった。
暑い日の朝、少女は寝汗を舐め取る様に命じた。
幼い身体を舐めあげ、着替えを済ませた後、少女は彼にいつものように言ったのだ。
「さぁて、今日は何しようか?」
「そうですね-」
少女のキラキラとかがやく瞳を見ながら少年もいつもの様に答えるはずだったのだ、

だが。

「今日はこれからお出かけするんだよ、用意おし」

声の方を振りむくと大奥様が立っていた。
いつも陽気な顔は幾分険しい表情になっていた。

「どこへ」とか「どうして」とか少女は問わない。
「一を聞いて十を知る」、彼女はそう言うところが有った。
その時もどちらかと言えば我が侭な少女が、母の言う通りにてきぱきと旅支度を始めたのだった。

「お前もだよ、用意しておいたからね、服はこれに着替えな」
彼もいつもと違う大奥様の様子に気圧される形で指示従った。
「ちょとおまち、尻をお出し」
ズボンを脱いだ時女主人にそう言われた。
「こうですか?」
尻を向ける
「ちょっと痛いけど我慢するんだよ」
ジョキ
金属が擦れあう音と共に彼の背中に鋭い痛みが走った。
思わず振り向くと大奥様が鋏と彼の尻尾を持っていた。
「あんたのこれは外じゃ目立つからね。
大丈夫、止血と治癒、麻痺の呪文を掛けておいたからね。さぁ着替えな。」
有無を言わさぬ口調に従うしかなかった。


二人の支度が済むと屋敷の裏手に連れられた。
裏の畑の真ん中に納屋があった。
廻りの麦畑の麦が奇妙な感じにねじ倒されている。どうやら納屋を中心に丸く倒れている様だ。

「気分はどうだい?」
それまで黙っていた大奥様が少女に尋ねる。
「うん?大丈夫だよ?」
「そうかい…」
と言った後「やっぱりね」と呟くのが少年の耳に聞こえた。

「さぁてと、ドリィ、あんたにはちょとお使いに行ってもらうからね。これを…」
と、懐から小さな水晶玉を出す。
「『あの人』に渡すんだよ」
「『あの人』って、いつもおばぁちゃんが言ってる『山よりも高い、海よりも深く広い』の人?」
「そうだよ」
「どっちに、山?海?」
「どっちでもいいんだよ、先に会えた方で。無くすといけないからこれはこの…革袋に入れて
あんたの首に…こう掛けておけば大丈夫だろう?」
「うん」
「山に道しるべがあるよ、そいつに路を聞くといい。でも安請け合いするんじゃないよ、
最初は気の無い返事をするんだよ」
「うん」
「それから焼けた家の中には薬缶があるかもしれない、そいつは磨けばまた使えるから持って行きな。
いいね」
「うん」
「迷い猫がいたら連れて行ってやんな、猫の爪でも役に立つからね」
「うん」

この二人はこんな謎掛けの様な会話をよくする、端で聞いてても何を言っているのか分らない。
この時も少年には取りあえずどこかに行く事が分かっただけだ。
しかしどうやって?
森を少女は抜ける事はできない、しかも今居るのは土地の真ん中の畑の又真ん中だ。
そんな事を少年が考えていた時、

ドドドドドドドドドドドドド
突然の轟音が響いた。

ゴオオオオオオオオオオッ
風が鳴る

ガタガタガタガタガタガタ
屋敷の窓や扉が震えた

「おじいちゃん…」
遥か畑のむこうに黒煙が上がる、少女がその方向いて呟いた。

(森が?燃えてる!)まさか、と思い少年は年嵩の女主人を見上げる
「お、大奥様?い、一体何が?!大旦那様は?!」

「もう森を抜けたのかい…ドリィ、こっちにおいで」
老婦人は少年の問いには答えず少女に語りかけていた。
「…おばぁちゃん…」
「何を頼り無い顔してるんだい、大丈夫、おばぁもおじぃも大丈夫だよ…」
そういいながら老婦人は跪くと少女をぎゅうっと抱き締める
「…うん」
少女も「おばぁちゃん」にしがみつつ答える。

何なんだこれは、まるで…
少年の胸に暗い靄がひろがる、何なのだ、一体何が起ころうと、何が始まろうとしているのか。
目の前の二人はまるで今生の別れの風情である。

「ふっふあっ!おばぁちゃ…イタッ!イタイ!」
「お嬢様?」
「大丈夫、大丈夫だよ…」
突然少女が祖母の腕の中で悶えだす、それを祖母は優しく灘めながら抱き締める。
「痛…」
始まりと同じ様に少女の声は急に途切れた、と、同時に少女の身体から力が抜ける。

「トト、その小屋の扉を開けておくれ」
不安にかられながら様子をみていた少年に女主人が声をかける。
「はい…え?」
「大丈夫だよ、ちょと眠っって貰ったのさ」
そう言いながら彼女は少女を小屋の中の干し藁の上に横たえさせた。
「お別れですね…こんな風になるとは残念ですが…」
横たわる少女の衣装や前髪を整えながら愛おしそうにそう言う。
「さ、お前も入っておいで。後は宜しく頼みます」
いつの間にか女主人の声が変わっている。

「…大奥様…?」
「それももうおしまい、この子が目が覚めたら痛みは収まってますよ。」
そう言いながら少年の方に立ち上がる「おばぁちゃん」の姿はみるみる若返って行く。
「あ…あ…」
驚きのあまり声も出ない少年手を取って中に導く頃には、その姿は妙齢の女性に変わっていた。
「あ、ああの!大奥様?!…僕は…一体…」
「貴方は今迄通りこの子に付いてあげて下さい。この子には如何なる呪術も魔法も薬も効果は有りません、
若し何か有った時は貴方のタンヒーリングしか効き目が無いのです」
「一体何が!何かが襲って来たのですか?それにお、奥様の姿は…あ、大旦那様は!?」
「襲って…、まぁそうね…。来たのは女神の最高傑作、この姿はわたしの本当の姿、あの者は私達の護衛、
でももうその役目も終わったかもしれません」

「え?…」

分らない、彼女の言う事がさっぱり理解できない、只一つ分かった事は今は別れの時だと言う事。
この女性と、今迄の生活と。
何を質問したらいいかも分らない彼を制するように手をかざし、彼女は続けた
「急がないと、今は理解は出来ないでしょうね、ごめんなさい。質問に答える時間は無いの。
でも必要な事はその子が知っています。外の世界で必要な物はその行李に。
さぁその子のそばに,しっかり抱いてあげていて下さい、さぁ、早く!」
言われるまま少女の身体を抱き締める。

「今からこの小屋ごと外に飛ばします」

そして彼女はその小屋の扉を閉ざした。
小屋の中が闇に閉ざされ-

暗転

少年が覚えているのはそこまでであった。



"THE BRAVE"


湖である。

湖水は鏡のように穏やかである、そこに一艘の船が水面を割って進んでいる。
小さな船、漁船だろうか船は白い線を引いて湖面を進んでいる。

湖の郷、ハァチメン、その市街に至る坂の上から青年は湖面を観ていた。
「随分と早い船ダナ」
目を細める、どうも帆は張っていないようにも見える。
更に目をこらすとキラリと何か船上で光った。いやキラキラとなにか反射している
甲冑の男が船を漕いでる?
「ふうん?」
が、如何せん遠方である。よくは見えない。
「まぁ、どうでもいいか、どうせついでの用事ダシナ」
青年はそう呟くと身に纏った黒く長い外套を翻し坂を下っていった。
彼の足なら街まで直ぐだろう。
それは彼にとってはほんのついでの寄り道だったのだ。

橋が落ちたのだと言う。
それはいい、だが

「船が出ない?ナンデ?」
「山の橋が落ちたからでさ」
「関係ないだろう?むしろ橋が落ちたから船がいるんじゃネェノ?」
「へぇ、なにせあれだけの橋が崩れておちたでがす、沢の方が大変でさぁ」
「それで船が要るのか?で、出払ってる、ト?」
「へぇ、そうでがす」

沢の流れがどうとか谷に破片がどうとか漁の網がどうとか。
兎に角今日は渡船はでねぇでがす、と親父は言うばかりである。
埒も無い。

まぁ船が出るまで精々この街を観て行きなせぇ、宿でも飲み屋でもあるでがすよ。
と言う無責任な親父の言葉を背に受け、青年は船着き場を出た。
足留めである。
急ぐ旅ではない、しかし重要な用事でもないのでさっさと済ませたかったのだ。
向こうに行くにはここで船の乗るか、それとも彼が降りてきた山の方を廻って、谷の-

 -橋が落ちたのだ-

とりあえず宿でも探すか。

ここは親父の言う通り街をぶらぶら観るしかない、幸いここは交通の要の大きめの街だ、
宿に困ることも有るまい。

一しきり大きな通りで主要な建物を観てまわり、頭の中の地図と山の坂から見下ろした
町並みとを一致させる。
大体の街の様子を御頭に入れると路上のオープンカフェに腰を下ろした。
街の通りを歩く間にも「彼」の事に気が付いた人間はいたようだ。
中にはそそくさとその姿を隠した奴もいた。
 -ああそうしてくれ-
と、彼は思う。
ここでどうこうする積もりは元より無い。
「ちったぁゆっくりさせてクレヨ」
ここんとこ忙しかったからな。

頼んだ茶が出て一口啜る。
渋い
まったく黒も紅も白も緑も一緒くたにしやがる、これだから田舎者は。
眉を顰めながら横の卓を見ると薄茶色の紙が見えた。
そこにいた客が忘れて行ったのだろう、ブラウンペーパーがあった。
新聞で夕刊紙、つまりは所謂三流、ゴシップ紙、あまり聞かない紙名だから地方紙だろう。
「ふうん?」
手に取りバサバサと広げて紙面に目を走らせる。
どこそこの姫嬢が家出したとか、どこそこの男爵様と女優がデキてるとかーetc.etc...
どうでもいい記事が並ぶ。
ホントウにどうでもイイナー
こりゃぁ捨てて行くな、と、彼も前人に倣おうとした時に、ふとある文字が目にとまった

 『勇者』

勇者がー
どうかしたのかと記事に目を走らせる。

違った。

勇者とー、と記事は続く。

勇者と

美女軍団

はい?
思わず「は」の形に口を開けたまま固まる。
ナンジャそりゃ?
紙面が紙面である、ゴシップが売りの夕刊紙だからそれは禄でもない記事で埋まっている。
しかし美女軍団とは。
思わず紙面の文字を追う
内容はやはり具にもつかないものだった、要約すると、「幾人かの女性と勇者が同行して-
いる『らしい』」

その『らしい』というソースも不確かな情報を元に、枝葉は妄想し放題。
そういった記事…では無くコラムである。
その勇者が誰であるかは書かれていないが、一地方紙に勇者の文字が出るのは珍しい事だ。
そんな記事が出る以上、勇者の「誰か」がこの地方に来ているのか。
少し興味が涌いて関連の記事を探してみる…と、他の小さな記事に勇者の文字があった。

〜勇者は先日フォート教会の壁画の壁面を破壊した犯人を追ってモンヒエイザ方面に〜

再び目がとまる。
フォート教会?壁画を破壊?…おいおい聞いてネェゾ

開いてた口がも思わず締まる。
何しろそこは彼が向かっている場所、ついでの用事の舞台だからだ。

聖導ヒコカッツェ教会、通称「フォート」、その名の通り古代魔法帝国の城跡(フォート)
を利用して建っている教会である。
最近その「フォート」の壁画を巡り、領主や住民と教会が揉めているらしいのだ。
元々フォートの土地権にイザコザが有った処に、教会側が自分の主張を押し進める為
勝手に壁画を書かせたらしい。
それはいい、世事的な事は彼の関与する処では無い。
だが、それを巡って人死にが出るとか、教会に逆らった者は壁画の魔物に喰い殺される、
などと言う噂になっていると話しは別だ。

元々その教会のネロンガ師は教会内部でもいい評判が無い男だ、だから地方に赴任させ
られたとも聞く。
反面殺人などの大それた事ができる男でも無いらしい、所謂小悪党なのだ。
まぁどうせ大した事は無いだろうが、その噂の真贋を確かめ、ちょっとお灸をすえてこい、
…程の事だったのだが。
その壁画が消えてしまったらしい、つまり揉め事の元は消えてしまったのだ。

「なぁ」
女給を呼ぶ
「ここ最近の新聞ナイ?」
この件に関するほかの報道をざっと目に通す、概ねの論調は教会に対し、いやどちらかと
言うとネロンガ師に対して批判的で、どことなく「ざまぁみろ」的な物が多かった。
「文化財を破壊した!」と教会は重罪人としての指名手配を主張したが、領主は只の
器物破損犯としての手配をしただけらしい、捕まっても罰金刑である。
ネロンガ師にはそれこそ「お灸」だろう。

それはそれでいいのだが
問題は、その城壁を「破壊」したと書いてある事だ。
どの記事にも深くは触れては無いが、古い物とはいえ城壁を破壊するなど只者では無い。
その「美女軍団(笑)」連れた勇者もそう思って追って行ったのだろう。
仮にも古代魔法帝国の城跡である、今は失われた建築法によるものだ、堅牢さは桁違いである。
只の遺跡を壊すのとは訳が違うのだ。
破壊の程度にもよるがそんな事が出来るは、

魔物か
勇者か

面白れぇ

思わず口元がニィと綻び歪む。
どうせ「ついで」の用事は消えてしまったのだ、むしろそいつが消してくれたのだ、
そいつに会うのも一興だろう。
もう一度新聞紙面を探る、犯人は…少女を連れた甲冑を着た大男らしい。
モンヒエイザに逃げたのなら青年が来た方角である。
そんな目に付く男が居たら気が付くはずである。それともまだそこまで来ていないのか?
だが日数的に言うと谷の橋を渡ってくればすぐに…

ああ、

橋は落ちているのだ。

いや落したのか、普通は追っ手を巻くためにそうするだろう。
ならばやはり山廻りに来た事になる、それなら何故犯人と出会わなかったのか?
いやまて、
落しておいてそちらに向かったと言う印象を持たせる為に…と言う手も無い訳では無い。
そして本人は谷を抜けて湖畔の街に、そこから船で…いやしかし船は出ないと…
船?

船で
甲冑の大男
『勇者一行はモンヒエイザに』

魔物か
勇者か


「釣りは要らねぇ!」

そう言って彼、レイジュ-ランディスは席を立った。

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最終更新:2008年02月10日 23:46
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