呪われし剣事件

ローラは、不満だった。
原因はハッキリしている。
至極簡単、またもヒロトと別行動であるためだ。
ヒロトは別件で街に留まっているため、今回の資金稼ぎ―――鉱石発掘には参加していないのである。
何でも有名な道場主催の剣術大会が開かれるらしく、優勝すれば賞金が手に入るのだとか。
トロフィーも貰えるらしいが、まあこれはいらないので受け取った瞬間売っ払うことになるだろう。
もともとはこの大会、道場の門下生の実力を誇示するための舞台のようものらしい。
だが今回ばかりは謎の剣士の登場により道場の者たちは門弟から師範まで全員腰を抜かすに違いない。
一応変装はしていったほうがいいのではというジョンの提案により
謎の仮面の剣士ヒロトーダXとなった最強の勇者、ヒロトが参加しているのだから。
……試合用に刃を潰した練習剣とはいえ、死者が出ないことを祈ろう。

ローラは、それからリューも、ヒロトのちょくちょくありそうで滅多にない晴れ舞台を応援したいし、
試合の後差し入れのタオルや水筒を渡したりしたいのである。
恋する乙女にとっては是が非でもモノにしたいありそうでない美味しいシチュエーションなのだ。
なのに、なのに。

なして、自分は山の中で穴を掘っているのだろうか?


勇者といえど文無しで旅ができるわけではない。
料金を免除されるのはあくまで公共の施設のみであり、
教会のパンと薄いスープ、水だけの質素な食事が嫌ならちゃんとお金を稼ぐ必要がある。
行く街行く街でアルバイトを見つけ、そして働くのだ。

勇者を始めとする旅人によく依頼される仕事のうち、最も多いのは宅急便である。
街の外では魔獣や野党が出るため、遠い街や危険な道を通らなければならない場合は荷物が無事に届くことは難しい。
そこで、腕の立つ冒険者に荷物を運んでもらおうというわけだ。
これは荷物だけでなく人間も同じであり、安全に街々を移動するために用心棒を雇うものも少なくはない。
また冒険の途中で手に入れたものを売るのも重要な稼ぎとなる。
たとえば海辺の街で塩を手に入れた場合、それを山奥の町に持っていけば高値で買い取ってくれるのだ。
やっていることは商人とかわらない。いわゆる貿易というヤツである。

さて、彼女たちがいるのは深い洞窟のダンジョンだ。
そこは美しく青い光を放つ宝石の採掘場所であり、これを鉱石店に持っていけば高値で買い取ってくれるのである。
メンバーの中で一番目を輝かせている少女のような少年、ジョンは魔工技師であるため、
これらを加工してアクセサリーを造ることも可能だったりする。
錬金術師としても珍しい鉱石は手に入れておきたいところだろう。

「あ、そこの塊はボクが後で処理しますんで触らないでくださいね!
 リオル、もう崩さなくていいから岩を適当な大きさに砕いておいて。
 ローラさんは磁気に反応があったものをより分けておいてくれませんか。
 リューさんは何でもいいですから魔力の強いものをどんどん荷台の中に放り込んで行ってください」

てきぱきと指示を出すジョンに、女性陣が元気一杯に答える。

「はーい!」
「……ですわー」
「……うむー」

元気一杯なのはリオルだけだった。
魔王と姫の二人は物憂げな表情でため息などをついていた。
ごりごりと石を削るその塊から、きらきらと宝石の欠片がこぼれていく。

「リューさーん。削りすぎ削りすぎ」
「二人ともテンションゲージ0だね」
「………ま、テンション低くても仕事はできますけど」
「ジョン、何気にクールだね」
「………………ですわー」

ばきん。

「ローラさん砕きすぎ」

だがリューはまだいい。
ヒロトの応援ができないだけ済むのだから。
だが、ローラはそれとはまた別の次元でローテンションだった。

剣術大会。剣術大会だ。剣術大会である。
そしてヒロトは剣士。なら自分は何なのだ?

姫。

いやいやそうじゃなくて。そうだけどそうじゃなくて。
自分は、ヒロトの弟子ではないのか?
ならば、ならば何故こんなところで穴掘っていなければならないのか。
弟子と師、二人が決勝で戦うことを誓い合って背を向ける。
そして決勝戦、敗れた弟子に手を差し伸べる師。

『……まだまだ、精進が足りないのですね』
『いや、ローラは強かったよ。俺もうかうかしていられないな』
『そんな。私は、ただ……』
『お前とはずっとお互いを高めあっていきたいものだな……人生のパートナーとして』
『え……』
『結婚しよう』

そして近づいていく二人の唇……。

「……何をやっているローラ」

目を開けると、近づいているのはヒロトの唇ではなく岩だった。
岩を相手に頬を染めていたローラをリューたちは切なそうな目で見つめていた。
そこに含まれているのはドン引き、憐れみ、哀しみ等。
何より、(ほぼ)同じ境遇のはずのリューまでもがドン引きしているのがなんか一番胸にキた。

「う、う、う……」

下を向いてぷるぷる震えだすローラ。
泣いているのか?
王女というプライドがこの憂いを帯びた視線に耐え切れなかったのか?
いや違う。
少なくとも、決して短い付き合いではないリューたちはもうこれから何が起きるのかについてだいたい悟っていた。

「リューさん、すいません、その」
「わかっている。リオル、貴様も我の後ろに回れ」
「は~い」

ばしッ、ばしッ!と辺りの岩や石ころが弾けはじめ、

「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

そして、雷が落ちた。
奔る高電圧の龍が鉱石を砕き、岩盤を砕き、地面を砕いて暗い洞窟を閃光で染め上げる。
しかし勿論、至近距離にいたとしてもリューたちには焦げ目ひとつつかない。
リューの魔法障壁はいかなる攻撃も無効化する無敵の盾なのだ。
それでも、リューは少し驚いていた。

「……こやつ、こんな強かったか?」
「うわー……なんかすごいことになってるね」
「ローラさんも日々レベルアップしているんですよきっと。最近は特に色々ありましたから」

かつてないほどの稲妻の勢いに目を瞬かせる。
そこにジョンが訳知り顔でこくこくと頷くのだった。
でもまぁ、こんなことでそれが発揮される辺り、まだまだなのには違いない。
ヒロトがいれば強引に雷に突っ込んで行ってやめさせたのだろうが、
あいにくリューはそんな面倒なことをするつもりはなかった。
こんな全力疾走、そうそう長く続くはずもないのである。

………それが選択ミスだと気付いたのは、地の底からいやな音が響いてきた時だった。

何かがずれるような、とてつもないサイズの巨人が歯軋りしたような音。
磁気嵐にもまれて岩に含まれていた成分が変化を起こしたのだろうか?
リューたちの周りを、無数の罅があっという間に取り囲んでいった。

「………あ、え?」

一瞬ぽかんとするも、すぐにまずいと気付く。
リューたちはいい。魔法障壁は全ての災厄から魔王を護ってくれる。

だが、
あの、バカ姫は……?

「おいバカ!やめろ!!」

言いかけたときには遅かった。
天井が崩れ、大岩が丁度ローラの脳天に落ちていく。

「――――――ええい!!」

リューは、魔力を解放した。



山の標高が少し低くなった。
と、思ったら瓦礫がもぞもぞと動き、中から巨大な龍が顔を覗かせる。
先程の稲妻で封印されし古代龍が甦ったのだろうか?
いや、驚いたことにそれの正体は龍ではない。
その灰色の巨龍は魔王の使役するゴーレム。クレイ・ドラゴンなのである。
クレイ・ドラゴンは首をにゅうっ、と伸ばして崩れていない場所に顔を近づけると、かぱ、と口を開けた。

「……まったく。何をやっておるのだ貴様は」

舌の上をカツカツと歩いているのはリューである。
そう。あの一瞬、リューはクレイ・ドラゴンを召喚して自分たちを飲み込ませたのだった。
崩れる洞窟、魔力波でその全てを消し飛ばしてしまうのは簡単だ。
しかし、それでは余波でローラたちまでも吹き飛んでしまう。
かといってローラはまだテンパっていたので魔法障壁の中に入れることもできず、
リューは0.2秒で頭のギアを回転させこのような手段をとったのだった。

……クレイ・ドラゴンが踏み潰したおかげで木々がぺちゃんこになってしまったが、
まあ仕方のない犠牲ですね。

「………面目ない、ですわ」

ローラも流石に今回は自分が悪いとわかっているのだろう、珍しくシュンとしていた。

「まあまあ、こうして無事だったんですし」
「ふん、まあいいがな」
「宝石、回収しておいてよかったね」

リオルが担いでいた袋をがしゃんと置いた。
ローラが暴走する前に袋につめておいた鉱石だ。
もっともこれは一部であり、荷台に積んでいた鉱石はあの瓦礫の下敷きになってしまったのだが。

「ヒロトさんの賞金もありますし、旅費を稼ぐくらいでしたらこれでも充分ですよ。……きっと」

きっと、の貯めが何か不安だった。

「………リューさん、クレイ・ドラゴンのお腹のもの、全て出してくれません?」
「は?」
「私たちと一緒に飲み込まれた岩ですわ。少なくとも足しにはなるはず。私が全部やりますから」
「え、ああ……それは構わんが」

確かにローラの性格から言って、足手まといは耐えられないに違いない。
リューがぱちんと指を鳴らすと、クレイ・ドラゴンは次々と岩を吐き出していった。
小さなものは回収し損ねた処理済の宝石から、大きなものは納屋一軒はあろうかという巨岩まで。
確かにあの瓦礫に比べれば微々たるものだが、一人ではとても加工できそうもない量であるのは明白だった。
そこへ、ローラはずんずん近づいていって愛剣ボルテックに電撃を這わせてたりしている。

「ローラさーん。無理ですって。手伝いますって。みんなでやりましょうって」
「ジョン、やらせてやんなヨ。あれがローちゃんなりのけじめのつけ方なのサ……不器用な奴だゼ」
「あやつの心が決めたことだ。我らに止めることなどできはしまいよ」
「いや……ホント、別にひと袋あれば旅費は稼げる……っていうか最終的にチェックするの全部ボクなんですけど」

勝手にハードボイルドに決めているリューとリオルに、半目で冷や汗を流すジョンであった。
その間にもローラはやけくそのようにボルテックを振り回し、そして、

「あら?なんでしょう、これ」

………なにか見つけたらしい。
リューたちが見に行ってみると、切り刻まれた岩から滑り落ちたそれはどうやら宝箱のようだった。
宝箱?岩の中から?

「見てください。ここ、岩の継ぎ目があるでしょう。
 これ、二つの岩が加工されて宝箱を閉じ込めるようにかみ合わされているんですよ。
 きっと、誰かがこの宝箱をここに隠したんですね。
 それをたまたま、崩れた洞窟の欠片としてクレイ・ドラゴンが飲み込んでしまった」
「誰か?」
「さあ……見た感じ、ざっと千年は経っているもののようですが」

だが、少なくともまっとうなものではないことは確かだろう。
採掘に誰の許可もとらなくていいようなこんな山の中で見つかった、千年前の宝箱。
盗賊の隠し財宝かなにかだろうか?
こういった予期せぬ発見も冒険者の醍醐味。これだからトレジャーハントはやめられないのだ。
中身はなんだろう?金貨の山か伝説の武具か。はたまた封印されし魔獣という手もあるかもしれない。

………ジョンが歴史的見地から岩をなぞっている隣で、女性陣が目をきらきらさせて宝箱を見つめていた。
女の子はヒカリモノが大好きなのだ。
いやいや、王族・魔王・龍。
女の子でなくともヒカリモノが好きそうな三人組ではあるか。

「いいですよ。開けても」
「やふー!!」

呆れたようにため息をつくジョンの許可を得て、三人はバンザイした。
錠は閉まっているようだが鍵はないし、それに千年のヴィンテージ物である。鍵があっても開くかどうか。

「と、いうワケで力ずくでこじ開けます」

がっし、とリオルが蓋に手を掛け、めきめきとその指を食い込ませていく。
いかに頑丈な宝箱といえど、千年の腐食と龍の力にあってはひとたまりもない。
めきめき、がばきばき、という破砕音に変わり、
鍵部分が壊れ固く閉じていた蓋が外れるまでにそう時間は掛からなかった。
そして、ついに宝箱の中身が千年ぶりに日にさらされる。

「こ、これは……!!」


剣、であった。

剣……なのだろう。
なにやら紋様が刻まれた皮製の鞘に収められた一振りの剣である。
剣といっても短剣だ。長さはせいぜい20センチかそこらといったところ。
ひょいと何気なく鞘を外してみて、また訝しげに眉が寄った。

「………なんですの、これ?」

刃のない、円錐状の刀身の先に半円状の突起がついている。
傘の大きくないキノコ型といえばわかりやすいだろうか。
円錐状の剣というものは決して珍しいものではないが、これでは刺さるものも刺さらない。
棍棒にも見えないし、いずれにせよ、まっとうな戦闘で使うものではないことは確かなようだ。

「なんか、なーんだ、って感じなんだけど」
「右に同じですわね」

はぁ、と揃ってため息をつく。
まあ、宝箱なんてたいていはこんなものだ。むしろ怪物でなくてよかったというものだろう。
だが、リューは鋭い目でそれを見つめていた。

「微弱だが魔力を感じる。ローラ、それ、呪いのアイテムかも知れんぞ」
「ええ!?」
「呪いのアイテムが封印されていたってことですか?だったらあの岩の凝りようも納得ですね」

岩を調べていたジョンも顔を覗かせる。
研究職としての好奇心が働いたのだろう、ローラから剣を受け取り、じっとその刀身を見つめはじめた。
なるほど、魔王とはいえ魔具や武器の知識はないリューよりも、
魔工技師(エンチャンター)であるジョンのほうが詳しいに違いない。

「……それにしても、変な形の剣ですわね」
「キノコかなにかだろう。案外冗談の産物かもな」
「キノコっていうよりはアレっぽいけどなぁ」
「アレ?」
「おち○ちん」
「「にゃっ!?」」
「うん、大きさといい形といいイイ線いってるかも。言ってみたらソレにしか見えなく……」
「ばっ!バカなことを言うな!!なんでそんなものが宝箱に……」
「リュリルライア様、さっき冗談の産物っていったじゃないですか。
 ジョークグッズって意味ならそのまんまだったりして~♪」
「……?…………ど、どういう意味ですの?」
「………………わ、わからん」
「はぁ、これだから処女は」
「「にゃっ!?」」

三人寄ればかしましい、というヤツだろうか。
仲がいいのは結構なことだが、ちょっと静かにしていてほしい。
そう言おうとして、ジョンはやれやれと顔をあげた。
そして。

「………ッ!!?」

全身が燃え盛った。

「……ふ、ぁ……!?」

熱い。
身体の芯に火がついたのだろうか?
頭が霞がかったように不鮮明になり、喉が干上がり、腰から力が抜け落ちる。
心臓が口から飛び出さんまでに鼓動を早める。吐く息が生臭いのが自分でもわかる。
この感覚には。
経験がある。
これは欲望だ。
身体が求めている。
雌を。
たわわな果実と、金糸の髪を―――。

………いや待て。
なんで、なんで。

なんで、ローラさんなんだ?

――――――まずい!!

「リ、リオル!!」
「はい?」

ジョンは奇跡のような機転で悩ましげな形状の剣をリオルに手渡した。
途端、灼熱から解放される。
リオルはしばらくきょとんとしていたが、
やがて俯いてふるふると身体を震わせるとぐわばっと冬眠から目覚めた熊よろしく両手をあげてジョンに襲い掛かった。

「ジョーンー!!」
「“霊拳”!」

それを冷静に処分する。
リオルはなんか幸せそうな顔をして地に沈んだ。

「………どういうことですの?」

ローラが半目でジョンに説明を求める。
ジョンは溜息をつくと、

「………これは、どうやら魅了の効果を持った剣のようです」

と、そう言った。

「しかも普通の魅了じゃない。極めて指向性の高い、発動条件も特殊なシロモノ。
 おそらくは『相手に手渡すことで、その相手を自分のとりこにする』といったところでしょうか。
 さっきボクも強烈な………その、性的興奮に襲われましたが、その相手はローラさん一人でした。
 少なくとも他の人には目もくれなかった。リオルだっていたのに……」

ジョンは、戦慄を覚えた目で剣を見下ろした。
経験した本人だからわかる。すさまじい効果だった。
あの底の抜けるような興奮といい、その感覚をもう欠片も思い出せないことといい、特殊にすぎるアイテムである。

「災厄を呼ぶ『扇情剣ヤラナイカ』―――ここに封印する、か」

リューが鞘に書かれていたいにしえの字を読み上げる。
確かに封印するはずだ。これを知らずに持っていようものなら色んな意味で大変なことになりかねない。

「と、とにかく。これは危険です。再封印しましょう」

ジョンは壊れた宝箱をなんとか直そうとしているが、
リューは聞いているのかいないのかヤラナイカを拾い上げじっと見つめはじめた。
ローラも何やら考え込んだように腕を組み、視線をその剣に定めている。

「なあ、ジョンよ」
「はい?」

リューはするするとヤラナイカを鞘に収めた。それで、魔力の波動は消えてなくなる。
この鞘はヤラナイカの呪いを封じるために作られたものだったらしい。

「これはつまり、プレゼントした相手をめろめろにしてしまうアイテムというわけだな?」
「そうですよ!だらかまた埋めてしまわないと」

しかし、二人はヤラナイカをじっと見つめたまま動かない。

「………そうかそうか、めろめろに、ねぇ」
「………ですわー」

ジョンは、二人が何を企んでいるのかなんとなくわかった気がした。



圧倒的だった。

会場の全ての人間が、こんな結果になるとは思ってもいなかっただろう。
謎の仮面剣士ヒロトーダXは静かに一礼すると背を向けた。
その背後で道場師範の老人がゆっくりと倒れ伏す。
名のある剣士を数多く送り出し、王城のお抱えともなったこの道場。その看板は決して飾りなどではない。
ただ、この剣士が強すぎただけの話。
信じがたい豪剣の前になす術もなく。
他の出場者や門下生から師範代、この師範に至るまで全て謎の仮面剣士ヒロトーダXは一撃で叩き伏せていた。
これで真剣ならいったいどれほどの破壊力になるのか。
賞金の入った袋を担ぎ、会場を去ろうとする謎の仮面剣士ヒロトーダXを見送る者たちは戦慄とともにごくりと喉を鳴らす。
しかし、誰も思いもしないだろう。
謎の仮面剣士ヒロトーダXは、今回、一度もその“本領”を発揮していなかったのだ。

謎の仮面の剣士ヒロトーダX。
彼の正体はまったくの謎に包まれていた。


「いた!!」

人目につかない場所で謎の仮面剣士ヒロトーダXから勇者ヒロトに戻ろうとしていた青年は、
その聞きなれた声に振り返った。
はたしてそこには、彼の仲間であるところの赤髪の少女が息を切らしてこちらを―――睨み付けている。
睨み付けている……?いや、実際そう表現されてもおかしくはないほどのギラギラした形相だ。
いったいどうしたことだろう。

「なんだ、採掘につきあってたんじゃ―――」

ぎし、と身体が動かなくなった。
え?と見下ろすと、光の輪、“天輪”が謎の剣士ヒロトーダXの身体を拘束している。
性格的に彼女は滅多に使わないが、これは【緊縛】の魔法。
対象の自由を奪い、その場に磔にする呪いである。
動けない謎の剣士ヒロトーダXに、少女リューはずんずん迫ってきた。
血走った目と、異様な息づかいで。

捕まえた。

ぜいぜいと肩で息をするリューは顎を伝う汗をぬぐった。
わき腹がたいそう痛い。
もともとこの魔王、げんこつを振り回すような肉体労働は苦手なのだ。
全力疾走25メートルくらいでもうへこたれる程のインドア派。
それをあの阿婆擦れに追いかけられながらずっと走りっぱなしだったのだから
心臓の回転が追いつかないというものである。
時折げほ、と咳き込みながらもここは譲るわけにはいかない。
『これ』の所有権は我にあるのだから。

「―――ッ!?」

はっと殺気を感じ取ったときには、もう稲妻は彼女に直撃していた。
魔法障壁に阻まれてリューにはいささかの痺れも感じないが、
爆煙が晴れたあと、そこには自慢のツインロールを帯電させた姫君が佇んでいる。

ご存知、ローラである。

「リューさん、私のものを返しなさい」

静かなトーンで、しかし薄皮一枚下には乱気流。そんな口調だった。

「貴様のもの、だと?」
「ええ、そうですとも。ソレは私が発見したもの。所有権は私にありますわ」
「は」

ローラの言葉に、リューは嗤った。

「何を言う。コレは我のクレイ・ドラゴンの腹にあったもの。つまり我のものであろう」
「強引な」
「魔王だからな」

ぎりぎりと歯軋りし、両者は睨み合う。
しばしの沈黙の後、なんだなんだと集まってきた野次馬の誰かがくしゅんとくしゃみをした。
それが合図。
リューはばっと手を突き出して【緊縛】を放つが、その瞬間にはローラはその空間から消え去っていた。
“雷刃”の電撃を足元に溜め、一気にそれを弾かせることによって神速を得る移動術『雷影』は、
短距離に限るが瞬間移動ともいえるスピードを生み出すローラの新必殺技である。

「そんな破廉恥な剣は、私が責任を持って―――ヒロト様にプレゼントしますわ!」
「ええい、最後まで保てよ建前を!」

闇と稲妻がぶつかり合う。
その衝撃に野次馬たちは目を伏せ、そして、顔を上げたときには既にもう、二人の少女はどこにもいなくなっていた。

「なにが起きているんだ、この街に―――」

謎の剣士といい、尋常ならざる二人の少女といい、何か計り知れないものの存在を彼らは感じていたという。
そして、戒めをされたままの謎の仮面剣士ヒロトーダXは。

「………何やってるんだ、アイツら?」

不思議そうに、小首を傾げていた。


無論、この上なくアホな争いである。

「だいたい貴方、ヒロト様に手は出さないって言ったではありませんか!」
「手など出さぬさ!我はコレをヒロトにプレゼントするだけの話よ!
 ―――ま、まあ、その後あやつが我をどうしようがあやつの勝手だがな」
「―――なんて、卑怯!」
「だって我魔王だし」

凄まじい勢いで攻防を繰り広げるリューとローラ。
その強烈さたるや、かつての廃墟の町での一戦を思い返させるほどだ。
嵐のようになった二人は馬小屋に突っ込んでは馬を無駄に興奮させ、
酒場に踊り入っては昼間からエールを傾ける老人たちの喝采を浴び、
銀行の扉を蹴破っては強盗を丸焼きにして名も名乗らず去っていった。

「何が起きているんだ、この街に……」

魔力波が辺りを薙ぎ払い、稲妻が全てを焼き尽くすその光景はさながら神話に伝えられる魔王侵攻の様か。
もはや野次馬だけの言葉ではない。
街の人間全てを巻き込んで嵐は拡大していく。

「これは……まさかついに魔王の侵攻が再び始まったのではないのか!?」
「いや、世界の終末!黙示録の始まりだ!」
「俺は一人の男を巡る仁義なき恋乙女の戦いだって聞いたぜ!?」
「んな馬鹿な!」

迸る闇と稲妻の前に、最早なす術はないのか。
頼りはこの街が誇る王城お抱えの道場の精鋭たちだが、何故かこの時に限って全員のびているのだという。
普段いばっていて、肝心なときに使えない。これほど役立たずの名に相応しいものがあろうか。
街の住人たちはすっかり絶望してしまった。

もう、世界は崩壊してしまうのか――――――。
誰か、誰か。
ああ、絶対的絶望を払ってくれる英雄がいてくれたら―――。

「そんなものに頼って!情けないと思わないのですか貴方は!」
「貴様こそ、こんな偽りの感情を植えつけるアイテムに縋るほど自分に自信がないのか!」
「それとこれとは話が別ですわ!いいから寄越しなさい!!」
「断る!ぜーったいに嫌だ!!」
「このわからずや!!」
「この強情っ張り!!」


「待てぇぇぇい!!!!」


………そして、奇跡のような救い主が現れる。
救世主?いや違う。彼はヒーロー。
仮面で顔を、正体を隠し、マントを翻してどこからともなく現れる。
少年よ、その名を呼べ。
悲しみの涙をに瞳に浮かべてではなく、輝く太陽のような笑顔を見せて。

「―――謎の仮面剣士、ヒロトーダX!!」

謎の仮面剣士ヒロトーダXは高いところから飛び降りたりも3分間だけ巨人になったりも
顔が濡れて力が出なくなったりもしなかった。
ただずんずんと人並みを掻き分け、荒れ狂う闇と稲妻をまるで羽虫の如く振り払い、
お互いのほっぺをつねり合っている少女たちの頭をぱかんと叩いて、それだけで事を鎮めてしまった。
そして、目を回している二人の首根っこを猫の子のように掴んで引きずり、またずんずんとどこかへと去っていった。

「―――う、うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

何がなにやらぽかんとしていた住民たちが眠りから覚めたように一斉に喝采をあげる。
よくはわからないが、この街の、世界の平和は保たれたのだ。
ありがとう謎の仮面剣士ヒロトーダX。
君の事は決して忘れはしない!!



「―――じゃあ何か。コレを取り合って喧嘩してたってのか」

宿。
リューとローラは正座させられていた。
ヒロトがじろじろ眺め回しているのはくだんの扇情剣ヤラナイカである。
ちなみにこの剣、手から手へと渡されない限り効果はないらしく、
いったん机に置かれてから取り上げたヒロトはリューとローラ、どちらにも欲情していない。

「子供か、お前ら」
「う」
「ぐ」

心底呆れたように言うヒロトに、言葉を詰まらせるしかない。
これは相手の性欲を駆り立てる剣で、二人ともヒロトに術を掛けようとしていたのだからむしろオトナです。
とは言えない。
それを言ったらヒロトに告白しているようなものだからだ。
微妙なところで発揮されるのが乙女心なのである。

「喧嘩するのは、まあ別にいいとして。今回は暴れすぎだ。反省するように」
「はい……」
「うむ……」

怒られた子犬か仔猫よろしくシュンとする二人。
普段気丈なこの少女たちが気落ちしていたら、これはいかにヒロトといえどもう説教する気にはなれなくなるというものだ。
まあ、そろそろ足も痺れてくる頃だろうし、勘弁してやるか。

「でも、キノコの置物が好きなんて変わってるよな。お前ら」

ヒロトは肩をすくめると、手にしていたそれをひょいと二人の前に差し出した。

「はい。もう喧嘩するなよ」
「………」
「………」

目の前に扇情剣ヤラナイカ。
差し出したのは想い人、ヒロト。

リューとローラはゆっくりと顔を見合わせ、
そして顔を火照らせて、またゆっくりとそれに視線を戻した。


「結局ローラさんもリューさんも、鉱石置いて行っちゃうんだもんなぁ」

ジョンは珍しく愚痴っていた。
あの後、重い袋を担ぎ目を回しているリオルを引きずってえっちらおっちら街まで戻ってきたのである。
小柄で非力なジョンには辛い仕事だった。
さらに鉱石をまた加工しなければならないので工房を貸してくれそうな場所を巡り、
なにやら世界の終わりだ何だと騒ぐのを尻目にひたすら石を磨いていたのであった。

もう、疲れて何もする気になれない。
なのに、

「ジョン………やらないか」
「……………」

リオルはソファに座って服のボタンを開けているのであった。
なんだ、そのポーズは。
ジョンはツッコみたかったがその力もない。
ところが疲れナントカというヤツだろうか。
不思議なことにそんなネタじみた誘惑でもジョンの下半身は立派になっていた。

「……あんまり今日はボク、動けませんよ?」
「いいっす!それでいいっす!!」

そして、リオルは嬉しそうにジョンに飛び掛っていった。



                 呪われし剣事件~新ジャンル「魔剣」英雄伝~ 完

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最終更新:2008年02月10日 23:16
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