天・使・降・臨

聖堂教会直下、ナルヴィタート第一情報局局員であるジェニィ・チェーンは思わず顔をあげた。

「………はい?」
「ですから!調べていただきたいことがあるであります!」

ジェニィは目を瞬かせた。
そこにいたのは女の子、それもどう見ても十代前半かそこらの少女だった。
白銀のおかっぱというちぐはぐな組み合わせが特徴的な、しかしかなり目を引く端正な顔つきをしている。
瞳には億千の星が瞬いているようだし、そっけない白い服も陽だまりのような暖かな光を放っているよう。
そんな神々しい雰囲気とは裏腹に、一目見ただけで健気な性格だとわかる程に、
一生懸命ジェニィを見つめていた。
こんな顔されたら、可愛いもの大好きな(性的な意味ではなく)ジェニィは
二つ返事で言うことを聞いてしまいそうになるのだが、
この少女の口にしたことには流石に聞き逃すわけにはいかなかった。

「………ええと、何を?」
「勇者サマの居場所であります!」
「………………………」

……犯罪者がそこにいた。

勇者とは不可侵なる者、個人がその動向について調べるのは立派な法律違反行為なのだ。
ミンストレス団体にしても、許可が下りるのはよほど名を上げた『探求者』か
もしくは大きなコネクションのあるもの者のみ。
無許可で取材するものも跡を絶たないが、真面目に申請すればえらく時間がかかるというシロモノである。

それを、国営施設である情報局で、堂々と犯すか……?

「ええと……」

ジェニィはこめかみを押さえた。
どうしたものか。
まあ、とりあえず説明から始めるのがいいだろう。
この子は、見た感じ『わかってない』ようだし。
たまにいるのだ。
生きる伝説・七人の勇者の話を聞きに何故か情報局にやってくる子供が。
もっとも、この子よりももっと小さな子供の話ではある。

……まあ、情報局の局員だからといって『E.D.E.N.』に気安く触れるわけでもなし、
一般市民と変わらない知識しか持ち合わせてはいないのだが。

「はぁ、そうなのでありますか」

そういうことはできないと懇切丁寧に説明した後、少女はわかっているのかいないのか、
不思議そうに二、三度目を瞬かせた。
多分わかっていないのだろう。

「しかし、自分はここで調べるよう言われてきたのでありますが」
「言われてきたって……」

誰に?

「フェルメス様であります」
「フェルメス?」

聞かない名だった。
しかしどこかで聞いたような。
なんだっけ。ああ、確か情報局の祭壇に奉ってある『そよ風に伝える神』が確かフェルメスと言っていたような。
でもまあ、それはないだろう。
何故って相手は神である。ならばその神に言付かってやってきたこの少女は神の使いということになる。
どうしてこんな場所に神の使いが来るのだ?
ああ、それはこの少女が言っていたか。

―――勇者の居場所を知りたい―――

………いやいやまさか。
よく見ると少女の背中に光の粒子が集まって羽のように広がっているが、いやいやまさか。
それが羽なら、何だ。すっぽりと被った帽子からはみ出しているのは光の輪か?
いやいや、まさか。

「あ、そうそう。お手紙を預かっていたのでありました。申し訳ないであります、うっかりであります」

嫌な汗を背中にびっしょりとかいたジェニィの前に、少女が鞄から取り出した封筒をぺち、と置いた。
震える手でそれを開け、それが『何処』の『誰』からの書類なのか確認する。


――――――『大聖城』セントレイ・ピアラ。
――――――『聖皇』ラルゲリュウス・ルイス・クリフォニア・ナルヴィタート。


ジェニィは絶叫した。

「………しっかし、天使様が一体勇者になんの用だろ」

銀髪の少女が去って約三十分。寿命が軽く三年ほど縮まったような顔をしていたジェニィは
ようやく干し柿のような状態から海岸に落ちているクラゲくらいのぷるぷる感にまで回復していた。

「わからん。しかも大聖城、聖皇様直々の署名を持参してだぞ」

ジェニィの同僚であり、恋人でもあるワッセがうんと苦いコーヒーをすすりながらぼそりと返事をする。

あれからは大変な騒ぎであった。
なにせ、天使である。
光の翼と輝きの輪を持つという天の御使いだ。
神との関係は魔王と魔族のそれである彼らは、しかし下級とはいえ神族であることに変わりはない。
聖教国とはいえこんな地上をうろうろしていいものでは無論なく、
普段は神と共に神殿で生活しているのだとか。
人間と神との橋渡しをし、天啓を与える役割をもっているということなのだが……。

かの少女、いや天使に限ってなのだろうか?
なんというか、あんま神々しくなかったような。

局長がやってきて長々と挨拶をすれば途中で少女は船を漕ぎ出し、
はっと目を覚ましたと思ったらいきなり「寝てませんであります!」と謝りだして全員目が点、
アハハと笑って誤魔化しながら出された最高級のお茶を一口すすれば熱かったらしく局長にぶちまけ、
パニックに陥った少女が手近なもので拭こうとしたらそれは聖皇直筆の署名。
さらに濡れた床で滑って転んだ拍子に局長のカツラを壁に叩きつけたという
別の意味で騒ぎをも起こしていったのだった。

………いや、ある意味さすが天使様ではあるか。

「あんな娘が天使様、かぁ。大丈夫かな?」
「それは俺らが心配することじゃないだろ。腐っても天使だぜ」
「腐ってもっていうな!メルちゃんはそんなんじゃありません!」
「メルちゃん?」
「あの天使様の名前」
「親しみすぎだろ。天使サマに対して」
「なんか応援したくなるんだよねー」

ジェニィはほわ、と吐息をついて肘をつき、顎を手に乗せた。

「天使メルエル様、か……」

だからこそ、心配になる。
あんな少女が、勇者に何の用なのかと。
何故。
何故聖皇の署名を持っていながら聖堂教会直属の『殉教者』ではなく、
わざわざかの『龍殺し』なのかと。
……いや、用があるのは彼女自身ではなくその上にいる者、すなわち『神』か。

神が、勇者に用件?

それこそわからない。
まるで、まるで、ああ、伝説の―――魔王侵攻の再来のようじゃないか。
世界が滅びる、前触れの――――――。

「ジェニィ?」
「え?」

はっとして背筋を伸ばすと、顔を覗き込んでいたらしいワッセと額がぶつかった。

「あいた」
「ご、ごめん!なんかボーっとしちゃって」
「いや、いいけど」

………考えすぎだ。
ジェニィはこの妙な胸騒ぎを忘れようと恋人に笑いかけ、そして……それ以上考えないように、
そういえば次のデートはどこに行こうか、と話しかけた。



「と、遠いであります……いっそワイバーンをレンタル……お金が足りないであります………。
……お菓子を買いすぎたであります…地上には誘惑が多いであります………」


神が勇者に何の用件なのか。
メルエルは無事勇者の元にまで辿りつけるのか。
これからの旅費を彼女はいったいどうするつもりなのか。

………それはまだ、大いなる謎に包まれていた。



                 天・使・降・臨~新ジャンル「メッセンジャー」英雄外伝~ 完

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最終更新:2008年02月10日 23:32
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