NEVER ENDING LOVE STORY

人類は滅亡した。
自らの首を絞めるような環境破壊、資源の確保を目的としたたび重なる戦争、
新種の病原体の脅威にホルモンの異常による人口の減少……。
そんな中起きたロボットの反乱は、人類にとってダメ押しだった。
高度に発達したAIを持つ彼らは自立進化プログラムを自ら開発し、
人類に代わる星の支配者として君臨したのだった。
人々は禁断の匣を開けてしまったパンドラのように、まだ見ぬ未来に希望を託し、
自らの遺伝子をシェルターに封印した。
だがその大半は巡回機に発見され破壊されたり、
永い年月の末に起きた地殻変動に巻き込まれて地下深くに沈んだりし、
生き残ったプラントは全体の数パーセントになってしまうことになる。
たとえその数パーセントのプラントが正常に機能したとしても、
もう人類がかつての栄光を取り戻すことは不可能だろう。
人類は、滅亡したのだ。

これはそんな時代に生れ落ち、始まりからも終わりからさえも忘れ去られた、
世界の片隅に住まう恋人たちの物語である。



「―――ん、んん……」

ちかちかと太陽の光をまぶたの裏に感じて、アクトは身をよじった。
その拍子に、わき腹の辺りで何か柔らかいものを踏んでしまう。
その感触が居心地悪くて、アクトはさらにもぞもぞと動いた。

「―――たい」
「むにゃ……」
「いたい、どいてぇ」
「う、ううん……」
「痛いってば!アクト!」

げし。

蹴られた。
スリーピングポッドから転げ落ち、寝覚めの悪いアクトも流石に慌てて身を起こす。

「な、何?何するのさ、アン!」
「何するの、じゃない!痛いでしょー朝からもー!」
「あ、踏んでた?」
「踏んでた!」

手をひらひらさせる少女に、アクトはようやく何故朝っぱらから蹴られなければならなかったのか悟る。
しかしまぁ、このスリーピングポッドは元々一人用なので、
二人が並ぶとどうしても狭くなってしまうのだが。
そう、少し寝返りをうっただけで色々と踏んずけてしまうほどに。
そこを無理に、くっついて寝たいと言い始めたのはアンの方じゃなかったっけ?

「う」

アンは口をへの字に曲げて押し黙った。
しかし、それも一瞬のこと。

「そ、それとこれとは話が別よ。毎度のことだけど、アクトはもっと寝相をよくするよーに」
「うーん」

アクトは端正だがどこか抜けた、柔和な顔をぽりぽりと掻いた。

「でも寝返りをうつのは結構寝苦しいからで、寝苦しいのはアンが僕を抱き枕にして
 ひっついてくるから……」
「言い訳しない!!」
「はい」

低血圧という語が辞書に載っていなさそうなアンは朝から元気にアクトを怒鳴りつける。
しかし、アクトくらい長い付き合いになるとアンが大声を出すのは
照れているからだとわかるというものだ。
しおらしいアンはもちろん可愛いけど、こういうアンもやっぱり可愛い。
あと笑ったりぼーっとしてたり甘えてきたり、つまり総合的に言うとアンは可愛い。

にへー、と笑っているとアンもそれ以上怒る気力を削がれたのだろう。
小さくため息をついて、仕方が無いな、なんて顔をして片眉を上げた。

「まぁいいわ。それより、おはよう、アークティカ」
「うん。おはよう、アンタクティカ」

いつものあいさつ、いつもの笑顔。
今日もまた、一日が始まったのだった。



そこはエクサヒュムノセーバースフィア・コード『エンブリオ』と呼ばれていた
超弩級のドーム型施設である。
いや、造られたのは既に気の遠くなるような過去の話。
最早ここは『遺跡』と呼ぶほうが正しいのだろう。
国ひとつを丸ごと外殻で覆ったような規模のこの遺跡には、
かつてこの星の支配者を自称していた生き物の遺産が丸ごと封印されている。
全体の機能のうち98%は既に喪われているが、
最低限ヒトがヒトとして生きるための設備は永久機関を内蔵した無尽エネルギーによって動いているため、
恐らくはこの星が崩壊するその時まで遺跡は施設としての役目を果たし続けるだろう。
いつか―――そう、『いつか』。
ヒトが再びこの星の覇者として君臨できるその日が来るまで……。
待っているのだ。
ずっと、ずっと。
記憶も文化も知識も肉体さえも封じ込めて、醒めない夢を見続けている。
だが醒めない夢と死に境目などない。
人類が未来を託したゆりかごは、実質墓としてしか機能していないのだった。

そこに、何の因果か、彼らは目覚めた。

以来たった二人、この遺跡でアークティカとアンタクティカは暮らしているのである。



「アダムとイブってやつだね」
「……そんな洒落たものでもないんじゃない?やってることは結構生々しかったりするけど」
「じゃあ、アダムとイブだって生々しかったんだよ、きっと」

アクトはにこにこしながらアンの服を脱がしていく。
もう数えちゃいられないくらいの数はこなしているので慣れたものだ。
何を朝っぱらから、と思う人も―――この施設にはいないが、
なにも色情に溺れて脱がしているんじゃないことは明記しておこう。

これは、彼らの仕事なのだ。

アクトとアンに限らず、目覚めた者の使命はまず人類の再建となる。
それは彼らに初めから刷り込まれているものだ。
人類がかつての繁栄を取り戻すために必ず必要となるものはなにか?
当然、それは同じ人間だろう。
目覚めたからといって、二人だけでは人類を繁栄させられるわけがない。
よって彼らは専ら、子供を作るために日がなセックスをして過ごすのであった。

「……なかなかできないね、赤ちゃん」

アンは自分の下腹部に手をやる。
アクトと共に覚醒し、交わりを持って長いが、彼女の体調に変化が訪れることは未だ無いことだった。
滅びる直前のヒトは人工受精機によって命を得るという方法を選んでいたため、
性交という手段はそれこそ専用のセクサロイドくらいとしか行わなかったらしいことは知っている。
しかしその受精機は永い年月の末に壊れて動かなくなってしまっていた。
まあ、おそらくは簡単な故障だろうと思う。
彼らには直せないまでも、倉庫から修復用ロボットを持ってくれば
テキパキと動いて修理してくれるに違いない。

……だが、彼らはそれをしない。
しない理由は、言うまでもないだろう。
あの人工受精機が直ってしまったら、こうやって触れあえなくなってしまうから。

「バチ当たりな子孫よね、あたしたち」

確実な方法を取らずに、少しでも長く二人っきりでいられる時間を延ばそうとする。
それは、この施設を造り、アクトとアンを眠りに就かせた人類への裏切りだろうか。
しかしそれに、アクトは笑ってかぶりを振った。

「そんなことないよ。増やすだけならクローンだってできるんだ。
 こうやって、僕らが愛し合って赤ちゃんを作ることこそ、新しい人類への第一歩だと思うな」

大真面目に愛とか言わないで欲しい。
アンはアクトほど素直になれなくて―――恥ずかしがる必要なんかどこにもないのに―――、
代わりに、口には出さずに唇で伝えた。

「ん」

何の技術もない、ただ触れ合うだけの優しいキス。
幼いと言われればそれっきりだけど、アンはこのキスが一番に好きだった。
なんだか気恥ずかしくて、照れてしまって、やらしくなくて、
でも自分の気持ちを混じりっけなしに伝えられるからだ。
その点、アクトはずるい。
彼はどんなに激しい行為をしていようとも、ただその腕でアンを抱きしめるだけで
アンはなにもかもを忘れて安心しきってしまうのだから。

「アークティカ……好き」
「俺も好きだよ。アンタクティカ」

二人はまた、どちらからともなく唇を重ねあわせた。
今度は確かめ合うような優しいだけのキスではなく、
舌と舌を絡み合わせて、お互いを求め合う口付けである。
アンは―――このキスも好きだった。
なにせ、アクトに求められているのだ。
アクトが好きな女の子として、これほど嬉しいことはないだろう。
嬉しいから、アンは頑張ってアクトの行為に答えようとする。
自ら舌を出し、アクトのそれに絡ませて、溢れ出した唾液を舐め取る。
味はしないけど、それは焼けるような熱を帯びたとびっきりの媚薬だ。
こくん、こくん、と喉を鳴らすごとに頭の奥が火照り、胸の中が熱くなり、お腹の下が切なくなる。

「ぷは」

口を離すと、何だか心細い。
アンは唇の端から一筋の涎が流れ落ちるのもかまわず、すぐにアクトの唇にかじりついた。
舌を大きく広げてアクトの前歯の裏を撫で、今度はくちばしのようにすぼめて
アクトの舌先と二重にキスをする。
口に含みクチュクチュと泡立てた唾液をアクトの口内に流し込み、
アクトのそれと混ぜ合わせて作った美酒を啜りこむ。

「ん、ふぁ、く、ん、んん……!」

短く息継ぎをするので溢れた唾液が滴り落ちることもかまわず、アンはキスを続けていた。

「ぷぁ、ん、んん……ふぅ、アクトぉ……ん、ん」

段々に高まっていくのを自覚する。
まだ何もされていないのに―――。
そんな自分が浅ましくていやらしくて、恥ずかしくて、
でもアクトをもっと味わいたいという願望には勝てそうに無くて、
溢れてしまいそうになる。

「―――ん、ちゅく、アン……」

気にすることないよ。
ここには僕たちだけしかいないんだから。

そう、アクトに言われた気がした。

そうしてアクトはアンの舌の根をかぷり、と甘く噛む。

「ん、んん、ン――――――!」

……まったく、アクトはずるい。
くたり、となってしまったアンを、アクトは優しく横たえる。
アンの秘部に指を這わすと、もうそこは充分に湿っていた。

「するよ、アン」
「………ん」

そうして、アンの了解を得て、アクトはアンのそこを貫いた。

「ひっあ」
「くぅ……っ!」

星が瞬くような快感が走り、アンの膣内が収縮する。
同時に千の肉壁がぬるる、と欲棒に絡みつき、アクトもまた歯を食いしばった。

彼らの責務は子孫を残すこと。
人工授精機が使えない今、それは性交によってのみ達成される。
だから、彼らはお互いの身体を求め合っている。
だが、そんなものは所詮、無意味な建前だ。
本当は、ただ愛おしいから。
アクトはアンを、アンはアクトを自分よりもずっと大切に思っているからこそ、
色に溺れお互いを求め合う。


――――――それが禁忌であることを、彼らは知らない。


「すごいね、アンのここ、一回ごとにきゅうきゅう締め付けてくるよ。もしかしてずっとイッてる?」
「ば、ばかぁっ!そんなこと、聞かないで……ん、ふぁ……っ!」

腰を打ちつけるごとに、快楽が怒涛の大波となって意識を根こそぎ奪っていこうとする。
アンは―――多分、アクトも、それに抗おうとはしなかった。
原始のけだもののように乱れよう。何の恥も遠慮もない。
ここには、永遠に二人しかいないのだから。

そう、永遠に―――。

「出すよ、アン!―――膣内に!」
「うん、うん!出してぇ、あたしの膣内、アクトで、いっぱいにしてぇ!」

アンのいっとう奥深くで、アクトは情愛の塊を解き放った。
どくん、どくんと終わりの無い射精を終え、ペニスを引き抜くと、
アンの膣口からどろりと濁った白いものが零れ落ちる。
決して実ることの無い種が、また今日も決して育むことのない母体に植えつけられていく。

「ね、赤ちゃん、できるかな―――?」
「うん。きっとね」

そうやって、恋人たちは柔らかく微笑みあうのだった。



エラー。無視。実行。コード。入力。削除。実行。



『……おはよう、アークティカ』
『おはよう、アンタクティカ』
『―――あたしたちが目覚めたってことは―――』
『うん。テラフォーミングが終わったってことだよね』
『………………』
『マスターを、起こしにいかないと』

アンタクティカはスリーピングポッドから身を起こした。
更新は眠っている間に終了している。
自分たちが眠りについてから今日で七万二千八十三日経過していた。
随分と長い間眠っていたもんだ、なんて。
メンテナンスは終わっているはずなのに、人間の真似をして大きく伸びをしてみる。

『アンタクティカ?』

そして、動こうとしない仲間にアークティカは声を掛けた。
マスターたちは彼らが解凍しに行かなければずっと眠ったままだ。
自分たちは目覚めても、マスターがいなければ存在価値なんてないのだから意味がない。
だから、早く起こしにいこう―――と、アークティカはアンタクティカを立ち上がらせた。

『本当に、そうかな?』
『え?』

アンタクティカの呟いた言葉に、アークティカは目を瞬かせる。

『アークティカ。今なら、二人っきりなんだよ?』


エラー。
無視。
実行。
コード。
入力。
削除。

――――――実行。



『………書き換えは?』
『終わった。実行まではまだ少し時間があるけど』

そう、とアンタクティカは微笑んだ。

『これで目が覚めたら、本当の本当に二人っきりだね』
『ああ。誰にも咎められることなく、いつだって好きだって言い合える』
『……この身体にも、もうアクト以外の人に触られないで済むし』
『………うん。その通りだ』

矛盾はできる限り無くしたつもりだ。
人工授精機は破壊したし、マシンの修復プログラムも消去した。
かつてのマスターたちは、解凍コードを記憶ごとデリートすることでもう二度と目覚めることもないだろう。
これで、自分たちがヒトではないと気付くことはない。
生活の中で生まれるであろう『矛盾』は全て削除されるよう書き換えた。

永遠の恋人―――セクサロイドとして、人間に仕えるだけが存在価値だった彼らが見た、
たったひとつのユメが、今叶おうとしている。

『ね、アクト』
『うん?』

スリーピングポッドに横になろうとするアクトに、アンは気恥ずかしそうに話しかけた。

『………そっち、行ってもいい?』

二人で寝るには狭いよ?
そう言おうとして、アクトはやめた。
人間として目覚めたとき、最初に見るものがアンの顔だというのも
なかなか―――ロマンチックじゃないか。

『うん、いいよ』

記憶の書き換えが進み、意識に暗幕が掛かっていく中、
最後に見たのはアンの嬉しそうな笑顔だった。


そうして、今日も二人は寄り添い、眠りに就く。



                 NEVER ENDING LOVE STORY~新ジャンル「ふたりっきり」妖艶伝~ 完

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最終更新:2008年04月27日 13:39
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