この宿にて繰り広げられてきた戦い。そしてこの最終決戦で勝者は全てを手に入れる。
消灯と共に高らかに打ち鳴らされた戦鐘。この際の布団の配置は以下のものとなっている。
豆|理|春
甜|真,XO|ルカ
そして、春樹の寝息が安定した所で真っ先に動き始める一人の少女。
(春くん。今、行くよ!!)
彼女がまさに春樹の布団に潜り込もうとした瞬間、襟首を掴む一人の妨害者。豆田陽子である。
(お前を春樹の下に行かせない!!!)
(くっ!邪魔しないでよ!!)
(そうはいくか!風呂場でのケリもここで着けてやる!!)
音を立てれば春樹は目を覚ます。ならば音を立てずに相手を始末すれば良い。
『『寝技勝負!!狙うは絞め技。アレなら誤魔化しが効く!!』』
…そりゃ朝起きて顔が腫れてたり、骨が折れていたりしたら言い訳するのも大変だろう。
ともかく、両者は音も無く、しかし激しい攻防を開始した。
(いい加減諦めておねんねしなさいよ!!)
(断る!!!つ~かお前がくたばれ!!!!)
両者の力量は互角………。ここに二人だけの一年戦争が始まる。
一方、囲炉裏真智子と豆田貴子。
静かに動いているのは両者の口のみ…。しかし、ここでも既に火蓋は切られていた。
(…………40年前、この近くに超大型台風が上陸した。満潮とバッティングしたこともあって、巨大な高波が付近の集落を襲ったわ。
そして台風が過ぎ去った後の砂浜は、犠牲者の遺体で埋め尽くされたそうなの。)
(……そ、そんなつ、つくりばなし))
XOジャンがとった戦術は、『怪談話をして慄かせる』。
貴子にしてみれば力ずくでねじ伏せる手もない事はないが、青山春樹の株が落ちるのは避けたい。
更に、囲炉裏の後ろにはテンメンジャンも控えている。…ならば、力を使わずに囲炉裏を行動不能にすれば良いだけの事。
そして予想以上の効果に貴子はほくそ笑む。
『……………だ、駄目。まだ笑っちゃ…。こらえるの。』
必死に綻ぶ頬を押さえ、止めとなる一言を告げる。
(……信じないなら確かめれば良い。………今日みたいな満月の夜、浜辺を歩いている人がいたら、高確率で犠牲者の幽霊なの。)
(ふ、ふぇぇぇぇぇぇん!!ゆかさん!こわいです!!)
(はいはい、しょうがないわね。(しかし、やってくれるわねぇ貴ちゃんも))
彼女らの様子を暫く傍観するつもりだった黒田夕圭は歯噛みする。…取り返しがつかないくらい出遅れた。
しかし、しがみ付いた囲炉裏真智子をぶら下げたままでは実力行使で彼女を阻むのも難しい。
『計画通り………。』
邪魔者は排除した…。あとは栄光への道を突き進むのみ!
貴子が春樹の布団へ向かい侵攻を開始しようとした矢先………。
ガシッ
(……………何?)
思わぬ伏兵に戸惑う貴子。そこに居るのは青山春香。
彼女は春樹よりも先に眠りに落ちていたことは確認したはずなのだが…。
(えへへへへへ。ハルぅぅぅ~~~。)
(…………ルカさん?寝ぼけてるの?)
しかし、油断できない。彼女の寝相の悪さ、寝ぼけてる時の癖の酷さは、特に…。
あっという間にバックを取られた状態で押し倒される。
そして…………。
(ハル~~~。美味しそうな匂いする~~~~(ぺろぺろ))
(……………離して。……………や、やめて、首筋舐めないで。)
(ん~~(はむっ))
(み、耳は駄目……。ひゃん!わ、私たち、義姉妹なのに、女の子同士なのに……。
ぁん…………。…………春樹さん、助けて(しくしく))
小柄な貴子に陸上部エースのルカを振りほどくだけの膂力は無く…。まさに、されるがままであった。
(…………春樹さん、ごめんなさい。私、汚れちゃった………(しくしく))
そんな彼女を羨望が若干混じった生暖かい目で見つめる少女。
『陽子と遠山さんは一騎打ち…。でもこのままなら共倒れが関の山ね…。
貴ちゃんはルカちゃんに捕まって…。…心を鬼にすれば、私の一人勝ちかもね。』
もっとも、彼女は真智子のしっかり浴衣の裾を掴んでいる手を振りほどくつもりはない。
静かな寝息を立てている囲炉裏を抱きなおしながら、黒田夕圭は一人ごちる。
『ま、勝者にこそなれなかったけど、敗者にもならずに済んだみたいね。』
段々と睡魔がやって来た。囲炉裏の額にキスを落とし、夕圭も瞼を閉じる。
「…ん?もう朝か…。」
目覚ましに叩き起こされる事無く、それ以上に騒動に巻き込まれる事なく平穏な朝を迎えた青山春樹。
周りを見渡すと、なぜか黒田夕圭の胸に顔を埋めている囲炉裏真智子。…顔色が少し土気色な気もするが、気のせいだろう。
まぁ黒田、囲炉裏の世話焼くのが好きみたいだし、そう不思議な事でもないか…。
しかしこの二人、同い年なのに年の離れた姉妹か、母娘みたいである。
ちょっぴり和んだところで視線を移すと、同じくルカに抱きつかれて泣きべそをかいている豆田貴子。
春樹自身も何度かルカの布団に引きずり込まれたことがあったが、ルカが目を覚ますまで開放されなかった。
経験から予測すると、彼女の起床には後2時間は要るだろうから、貴子ちゃんにはもう少し頑張って貰おう。
さらに、部屋の端では縺れ合っている一塊の影。…遠山嬢と豆田姉の死闘は継続中だったりする。
しかし、勝敗の行方はようやく決まりつつあった。
(ふ、ふふふ。ようやくマウントポジション取ったわ。…コレでフィニッシュよ!!)
(ち、畜生!!腹が減って力が…。昨日の晩飯さえ食べてりゃこんなヤツになんか!!!)
「な、なぁ。…何やってんだ、お前ら?」
「「え……?」」
事情を知らない第三者から見れば、年頃の少女たちが絡み合っているようにしか見えない。
しかも、両者とも顔を紅潮させ、汗だくになり、浴衣も乱れに乱れている。
先日、春樹を魅了した『控えめに咲く美しい胸』と、『大輪に咲く鮮やかな胸』もあと少しで見えそうなくらいに…。
…もしかしてお楽しみ中に水を差しちゃったのかな~などと思うが、あまりにあられもない格好をしているので突っ込むべきだったのだろう。
そんな状況を察知した、トウバンジャン…。事態を打開できる最上の一手を打つ。
「は、春樹!助けてくれ!!!コイツに犯される!!!」
「な、なんだって~~~~!!」
「ち、違うの。違うって、春くん!!」
「…いや、だって実際に豆田を押し倒してるわけだし。まぁ恋愛なんて個人の自由だし、たとえ理菜がガチ百合でも友達だぞ?
でも無理やりは良くない。同性同士でもレイプだぞ?あと、ルカを毒牙にかけるのは勘弁してくれ…。」
「は、春くん……。違うって言ってるのにぃぃぃ~~~~~(ウワーン!!)」
『へ、目標逃走。あたしの勝ちだな!……しかし、あたしが力負けしそうになるなんて。』
しかしトウバンジャン以上に驚愕している青山春樹…。
「…まさか、理菜って男より女の方が好きなのか?…それで女子高に行ってるのか?長い付き合いだったけど、結構判らないものなんだな…。
(昨日の風呂場も、俺を男として見てないから平気だったのか…。それも寂しい気もするけど。)」
かくして湯煙攻防戦:夜の部は勝者無き結末となった。
しかし、古人曰く「お家に帰るまでが遠足」…。さらなる試練は青山春樹を待っている…かもしれない。
最終更新:2008年04月27日 20:37