『蝶が蛹を脱ぎ捨てて、美しい姿を見せようとしている。』
眼前で広げられている光景を青山春樹は後にこう語った。
『…私を春樹さんだけ…のものに…して…』
彼にそう告げた少女、豆田貴子の身体を覆っているのは可愛らしい縞柄のブラとショーツのみ。
身体の線は女と呼ぶには余りにも幼い。
乳房と呼ぶにはまだ未成熟な青い果実。たわわに実った黒田や理菜とは対極であり、姉の陽子にも及ばない大きさ。
しかし、年少者の特権である肌理の細やかさはずば抜けて美しいことが見て取れる。
白磁のような横顔と、艶やかな黒髪の流れ。紅玉の唇と黒曜石の瞳を持つ少女は、まさに可憐だった。
彼女の腕は後ろに回されているから、ブラのホックが外されるのも時間の問題だろうか。
こんな閉ざされた空間に、今は可憐であり、やがては女として美しく成長するであろう少女と二人きり…。
知らず知らずの内に己の鼓動は速くなり、視界もぼんやりと霞みがかっているようにみえる。
…だから、きっと驚愕のあまり凍りつた表情を浮かべた妹と同居人が見えたのは気のせいだろう。
「ってルカに囲炉裏!?何でここに!?」
しかし、彼女たちから返事はない。瞬きすらせず、貴子を見つめている。
…妙にじとっとした視線で。
それはそうだろう…。
春樹が狙われているという通報でここに駆けつけたのに、目の前ではラブコメ展開で鼻の下を伸ばしている男。
当然怒りの感情は生まれるわけだし、その矛先も明らかになっている。
「……ちっ。」
見られている側の貴子は悔しげに舌打ちし、おもむろに脱ぎかけていた服を身に着ける。
『獲物を前に舌なめずり。三流のすることだな。』
どこかの組織の軍曹が言っていた台詞を思い起こし、臍を噛む。
リボンを結びなおし、身支度を整え終わったところで囲炉裏が彼女に声をかけてきた。
「なにをしていたのですか?まめこ。」
………2対1では不利。…しかも、相手にルカさんがいる。
囲炉裏一人なら倒せない相手ではないが、飛び道具の効かないルカとは圧倒的に相性が悪い。
海辺の温泉、黒田の看病イベントに加え、先日の公園でも敗れ続けているわけだし。
そして今も丸裸…というか全裸2歩手前の徒手空拳な状況では全くの勝ち目は無い。
なら、誤魔化すしかないか…。
「……はるきさんをたすけにきた。」
…ちょっと片言になっていたが、多分大丈夫。
「だったら服を脱ぐ必要ないでしょ!!」
……無理があったか。
春樹は一瞬前とずいぶん変わった状況を見つめていた。
視線の先では囲炉裏が貴子を羽交い絞めにした状態で、ルカが両拳を彼女のこめかみに押し付け捻じ込んでいる。
…春日部市在住の野原家の長男が母から受ける懲罰…いわゆるグリグリ攻撃という技だ。
「っ!?ぎぶぎぶぎぶぎぶ!!」
珍しく貴子ちゃん、本気で悲鳴を上げてるなぁ…などとどこか他人事のような心地で傍観している春樹。
貴子が倒れたら自分の番が廻ってくることは明白なのだが。
もっとも、自分がルカの追跡を振り切れないことも理解しており、まな板の上に乗せられた鯛は諦めて捌かれるのを待つだけだった。
最終更新:2008年08月23日 20:31