男 「なあ、じいさん。あんたは結局、何が欲しかったんだい?」
老人「………」
男 「金ならいくらでもあったろう?いくつも会社を経営して、そのどれもが巨大企業に成長した。
妬む人もいなくなるくらいに、あんたは『成功』したんだ。あんたが望めば、
それこそ国ひとつだって手に入ったはず。………なのに」
老人「………」
男 「あんたは結局、企業も、家族も、何もかも手放して……こんな貧乏人に最期を看取られている。
なあ、金があればなんでも買えるんじゃないのかよ。俺は……それを信じて田舎から出てきたんだ」
老人「……はっ、ははは」
男 「……おかしいかい?」
老人「———ああ、おかしいね。まるで……昔の儂を見ているようだ」
男 「………昔の、あんた?俺が?」
老人「ああ。儂も坊主くらいの頃はそうだったさ。金、金、金……金さえあえば、何でもできる。手に入る……。
そう、思っておったよ」
男 「違うのか?」
老人「———ああ。違ったよ」
男 「でも、金さえあればいくらでも食える。でかい家にも住めるし、時間だって、愛だって買える。
そうだろう?違うとは言わせないぜ。あんたが世の中の贅沢の限りを尽くしたってことくらい、
この国の人間なら誰だって知ってるんだ」
老人「贅沢……か」
男 「………」
老人「なあ、坊主。そんなもの、所詮、金があれば買えるものでしかないんだよ。
ああ、儂は確かに、贅沢をしてきた。それだけの金があったからなぁ。
だが、それが儂のものになったことなど一度もなかったよ。儂だから贅沢を許されたんじゃない。
坊主、お前さんに同じだけの金があったなら、儂と同じ贅沢ができただろうさ」
男 「………」 老人「———そうさ。金で買えるものなど、その程度……。坊主。儂が、儂が本当に
欲しかったものは……。
うっ!ごほっ!ごほっ!!」
男 「じいさん!しっかりしろよ!」
老人「ふ、はは。坊主。金で変えないものはこの世に確かに存在するよ。それは———」
男 「それは……?」
老人「ごほっ!ごほっ!———だ」
男 「じいさん!じいさん!」
老人「ははは。は、はは。ああ、欲しかった、なぁ———」
男 「じいさん!じいさ……!」
老人「——————……」
男 「………………」
男 「……じいさん……。そりゃあ、金じゃ買えねぇわ……」
最終更新:2008年11月12日 01:51