使命:海魔殲滅

 
寄せては返す波の音。
蒼い空には雲ひとつなく、白い砂浜が陽の光を受けてきらきらと光っている。
そして何より、視界に一直線のラインを引くかのようにどこまでも、どこまでも広がる海。
海。
海!!

「うみ」

碧の髪を風に泳がせて、少女は砂浜を駆けた。美しい白は太陽によって焼かれ、
熱を持っているが足に感じるそれすら少女の高揚を高めてくれる。

「だぁァ――――――――――――ッッッ!!!!」

リオルはそう叫びながら、だだー、と走って白い飛沫をあげる海に突撃した。そしてそのまま砂に足をとられ、
波に体当たりする形ですっ転ぶ。引く潮でごろごろと転がりあっという間に全身ズブ濡れリオルになった彼女は
それでも最高潮のテンションのまま八重歯を覗かせて大きく笑った。

「ジョン!見て!ジョン!ほら!海!海!!うーッ!みーッ!!」
「リオル。はしゃぐのも分かりますが遊んでいると置いていきますよ」
「うぇあっはーい!!」

分かっているのかいないのか。妙な奇声を上げながら波と戯れている少女を見やって、
ジョンはしかし怒るでもなく、仕方ないな、と溜め息をついた。

「すみません、ヒロトさん」
「いいさ。なんせリオルは海を見るのが始めてなんだから」

隣でやはり海を見ていたヒロトが謝ることはないと首を振る。
そう。リオルの生まれは火山であるモン・スレイヤーであり、こうやって少女の姿を手に入れるまでは
溶岩の溢れる火口の洞窟に篭っていた火龍イグニスドランなのだ。今までのジョンやヒロトたちとの旅の中で
結構な大きさの河や湖は見たことがあるのだが、磯の匂いが風に薫る海というものはまた趣きというものが
違うとういうもの。そうでなくとも海には全ての生物のテンションを上げる何かがあるのだ。
砂浜で拾った蟹を水平線に向かって思いっきりブン投げるリオルを誰が咎めることができようか。

「気持ち良さそうですわね。ね、ヒロト様。そのぅ……少しくらい遊んでいくのはダメでしょうか?
 もちろん、仕事のあとでですけど」

大きな日よけの麦わら帽子の下から、ローラがヒロトの顔を覗きこむ。
そう、彼らは何も海を見るためにここ、海辺の町に来たのではない。今回はちゃんとした依頼、
しかも聖堂教会からの任務を貰って仕事でやってきたのである。

海魔退治―――。

この町に住む漁師によると、今の時期は少し沖に出て投網を用いた漁を行っているそうなのだが、
漁に出た船が帰らないという事件が今期に入って既に十件以上も発生しているらしい。
ある漁師は目の前で『何か』に襲われて仲間の船が沈むのを見たという。波に浚われたとは思えない、
『引きずり込まれた』ような沈み方だったので魔獣の仕業には間違い無さそうだが、
しかし漁師たちとて何も昨日今日初めてこの海で魚を獲っているわけではないのだ。
漁は人間の力の及ばない強力な魔獣が現れないような海域、時間帯を選んで決められるし、聖堂教会は
いい顔をしなくとも漁の無事を祈願するための『奉納』として、きちんと酒の樽を流したりもしている。
その儀式は、酒が人間にしか作れない甘露であり人間を殺してしまうと美味い酒を飲めなくなるために
海の魔獣は漁を行う人間を見逃してやる、という長い間続けられてきた暗黙の取り決めなのだ。


その了解が破られたとあらば、漁師の方も黙っているわけにはいかない。生活ができなくなってしまう。
そうして聖堂教会は魔獣退治の専門家であるヒロトに『使命』を下し、
一向は一路海を目指すことになったのだった。

が―――。

「スイカ!ジョン!スイカない!?割りてぇぇぇええ!!何故だか無性にスイカが割りてぇぇええ!!」
「……ね?せっかく海に来ているのですから………」

リオルは興奮しすぎてわけのわからないことを叫びだし、ローラもなんだかそわそわしている。
ヒロトは口をへの字に曲げた。まぁ、少しくらい遊んでいっても罰は当たらないだろうとは思う。
それに、少女たちが楽しみにしていることを(一人は既に楽しんでいるようだが)無碍にするのも忍びない。
もちろん、任務が終わってから、の話ではあるが。謎の海獣を鎮めることは最優先だ。
聖堂教会は倒してしまえといってきたが、今のヒロトなら殺生はしなくてもぱぱっと無力化することは可能だろう。
相手にもよるが、なにせこちらには魔王がいるのだから。
魔王―――。

「リュー?」

ヒロトが顔を向けるとリューはこの蒼天と青海に相応しくない、うじゅうぅ、といった苦い顔をしていた。
そういえば今回、海に向かうと言ったときからこんな感じだった気がする。
リオルのネジが二、三本飛んだかのようなはしゃぎっぷりで印象はそっちへ持っていかれてしまったが。
ヒロトの声に気付くと、リューはぱっと顔をあげて何やらわたわたと手を振った。

「う、うむ。何だ?」
「いや、何か嫌そうな顔をしていたから」
「嫌?何の話だ。我は魔王。嫌なことなんてあるものか」
「………なら、いいが」

ぼぉう、と猛る血潮の赴くままに口から火炎を吹いているリオルに目線を戻す。
さすがに危ないのでジョンに怒られている………こっそりと横目でリューの様子を伺うと、
やはりどこか憂鬱そうな様子で、小さく溜め息なんかをついていた。何なんだ。
ヒロトは首を傾げた。



「正直、海にはいい思い出がないのだ……」

薄いカーテンに遮られた狭い空間、しゅるしゅると服を脱ぎながらリューは溜め息混じりに呟いた。

「?」

話を振ったわけでもなかったので、リオルとローラはきょとんと顔を上げる。
ちなみにリオルは海でずぶ濡れになったので服は既に着替えていたりする。

「というと?」
「………魔王城からヒロトに連れ出された直後の話さ。
 知っての通り、魔王城からこの大陸に入るにはどうしても海路を取らねばならんのだが」
「あ、そうなんですの?」

魔王城がどこにあるのか。それは人間の記録にはまだない最果ての大地、ネバーノゥズのどこかだと言われている。
そこは北の大洋の中心にある島。その暗い海には無数の強大な魔獣が待ち構え、常に大時化で
荒れ狂っているために存在すらろくに確認されていない。暑いのか、寒いのか。殺風景なのか
うっそうとしているのか、それすら不明の未踏領域(アンノウン)なのだ。
―――が、当然のことながらこの魔王はそのネバーノゥズ出身なのであるからして。


「そうなのだ。で、その海を渡るのにヒロトが乗ってきた手漕ぎボートに乗せてもらったのだが」
「ボート!?鉄の戦艦でも渡れないあの海をボートで渡ったんですの!?」
「ん?ああ。水漏れが酷いボロ船でな。話を聞いたところ誰も魔王城まで乗せてくれなかったんで
 海岸に流れ落ちてたボートを自分で修理したとか言ってた。馬鹿だろ」
「…………なんというか、もう呆れるしかないってヤツっすね」
「まったく。で、その過酷な航海をこともあろうに我にも強要したのだよ。ヤツは」

リューはどこか遠くを見るような目をして、次の瞬間目尻を押さえた。

「魔王城の外へ連れ出してくれたヒロトは、まぁ、なんだ。当時の我には少しばかり眩しい存在でな。
 まぁそれもヤツなりの目的あってのことだとわかってはいたんだが、ほれ。なにせ我、ヒロトとは
 殺しあうしかない運命だと思っていたから。それを破って別の道を差し伸べてくれたわけだから、
 そのぅ……………わかるだろう?」
「………ええ、まぁ。」

出会ってすぐのヒロトとリューのことをあまり詳しく聞いていない。ローラには、だがリューの言うこともわかる。
リューはヒロトに魔王城から連れ出されるまで城の外に出たことがない究極の箱入り純粋培養だったそうだ。
その扉を開けてくれたヒロトは白馬の王子様にも見えたことだろう。しかし、リューがそんなに初期から
ヒロトのことを意識していたとは―――。

……………………………好きになったのは私のが先ですもん。

「何か言ったか?」
「いえ、何も」

ものすごい勢いで目を泳がせたローラをとりあえず置いといて、リューは溜め息をついた。

「あー、それで海がトラウマになったとかですか?」
「……それだけではない。当然我、船なんか乗ったの初めてだったからな。耐性がついておらなんだ。色々と」

木の葉のように揺れる小船。流石に魔王が乗っているとあって襲いかかってくるような馬鹿はいなかったが、
右も左も上も下もないようなボートの上でリューの身体、特に内蔵的な部分がどうなったかは想像に難くない。

「………オートマティック?」
「オートマティック」

ローラの問いかけに遠くを見つめながら頷くリュー。
ローラとリオルは同情した。そりゃあもう、もの凄く同情した。
そりゃあトラウマにもなるわ。やっと巡り合えた想い人の目の前で嘔吐マティックである。
むしろその場で身を投げなかった分だけ立派だというところだろう。

「で、でもリュリルライア様!せっかく海に来たんだしィー。ね、楽しまないと!」

わたわたと手を振って励ますリオル。その声を聞いて、リューははぁ、とまた溜め息をついた。
胸元にそっと手を添える。リオルやローラのそれとは明らかに見劣りする、申し訳程度の膨らみは
この恰好ではどうしたって誤魔化しがきかなくなる。
………いっそ子供化してやりすごそうか、いやそれは逆に恥ずかしい。
この間のドレスアップはヒロトと二人っきりだったから良かったが。

「どうっすかー?」
「わぁ!!」

カーテンの上からリオルが顔を覗かせる。
驚いて固まるリューの頭のてっぺんからつま先までじろじろと無遠慮に眺め回して、リオルはふんふんと頷いた。

「うーん、やっぱこっちの水着の方がいいんじゃないかなぁ?どう思う、ローちゃん」

取り出した紺色ワンピースタイプで胸元に名札ワッペンのついたそれを掲げてみせる。
無論、ローラとリューが首を縦に振ることはなかったが。



男二人の着替えは早い。ハーフパンツタイプの水着にハイビスカス柄のシャツといった恰好のヒロトとジョンは
さっそく聞き込みに回っていた。日差しが強く暑いこの地域、しかも今回の相手が海中にいるとあっては
鎧姿では重りにしかならないという聖堂教会側の『差し入れ』である。
実際その通りだったのでヒロトたちはその差し入れを快く受け取り、
勇者扱いにはならない女性陣はこの町で唯一の服屋でお気に入りの水着を購入することになっていた。

「………遅いですね」

砂浜に三角座りをしているジョンが呟く。足元をかさこそとヤドカリが一匹、通り過ぎてゆく。
約束の時間はとっくに過ぎている。大方の聞き込みも終わり、集合地点にやってきたのだが
そこに少女たちはいなかった。女性陣は聞き込みには回らずずっと買い物をしているはずだから相当なものである。

「遅いな」

その隣にあぐらをかいているヒロトといえば、何やら難しい顔でぱらぱらと分厚い本を捲っている。

「なんです、それ」
「図鑑。この町、情報局がないんで荷物下ろしたあとリューに召喚してもらったんだが」
「………………魔道書ですか?」
「いや、普通の市販されてる本だ。あいつ、城から出てから結構普通の本も読むようになったけど、
 荷物になるんで必要な時以外は魔王城の書庫に転送してるらしい」

『エゼキエル』や『アル・マデル』級の魔道書がごろごろしている魔王の書庫に市販の恋愛小説やら
図鑑やらが並んでいる光景を想像して、ジョンは少しばかり頭痛を覚えた。シュールすぎる。
こめかみを押さえているジョンの隣でヒロトは首を傾げ、続けた。

「海に出るって言う怪物に該当しそうな魔獣がいないんだよな」
「そうなんですか?」
「ああ。この辺りの海のヌシは『八ツ牙腕』のクラーケンらしいんだが、
 どうも船乗りたちの話じゃ襲ってくるのはもっと得体の知れない『何か』らしい」

そもそも目撃証言があまりに少ないのがネックなのだが―――その姿を見て、
生きて帰ってきた者があまりに少ないため―――それでも僅かに生き残った男たちによると、
あれはクラーケンの触腕では決してありえないという。
クラーケンはやれ八つ首の海竜だなんだと言われてきたがその正体は巨大な軟体生物、蛸や烏賊の怪物である。
海中から伸ばされるそれはあくまでも『腕』であるため、牙のような吸盤がついているといえど
船を襲うとすればまず巻きつかなければならない。
しかし、漁師の話によると船はまるで海に吸い込まれるように沈んでいったのだそうだ。
彼らは言う。

『緑色の海に喰われた』

と。

 
「海に喰われた、ですか」
「ああ。気がついたら辺りの海が気味の悪い緑色に染まっていて、まるで落ちるみたいに仲間の船が
 沈んだんだそうだ。生き残った男は必死に海に飛び込んで逃げて―――船の残骸と一緒に海岸に流れ着いた。
 意識を取り戻したのは三日前の話。海の中で大きな光る目を見た、とも言ってた」
「大きな、光る目―――」
「それ以上はわからない。そいつ自身まだ半分錯乱状態で、話しながら気絶した。
 あれ以上聞くのはちょっと無理だな」
「………そうですか。そうですね」

とにかく、この町の漁師たちが今までに遭遇したことのない『何か』であることは確かなようだ。
しかも制御を外れている。この海に棲む魔獣ならヌシであるクラーケンがその魔獣を管理するはずで、
クラーケンはこの町の漁師たちの『奉納』を受け入れている手前、漁師たちを襲う魔獣を放っておけないのだから。
ということは、既にクラーケンはその怪物と戦って敗れているのかも知れない。

「こっちもE.D.E.N.を使って調べましたが………船が襲われても、海岸には死体が上がっていません。
 生き残りは、本当に運が良かったとしか言いようがないほどにね。となると、その魔獣が
 船を襲う目的は―――それ、でしょうね」
「………………………そうか」
「ヒロトさん。今回は聖堂教会の勅令の任務です。しかも人喰いの化け物で、ヌシさえ倒しているのかもしれない
 強大な力の持ち主だ。さらには相手は海の上―――地の利までもが相手にある。情けをかけることはできない。
 ………違いますか」
「………………………………」

ジョンはその怪物を殺してしまえ、と言っている。
いつものように交渉で退いてもらったり、叩きのめしてお灸をすえて終わり、ではなく。
始めから。剣を抜いて。勇者として。

ジョンの言うことはわかる。相手は理を乱し、人を襲った化け物なのだ。
襲われた漁師たちにも、勿論家族はあった。恋人も、子供もいた。生き残った者も、恐怖で精神を破壊されていた。
そんな傷ついた彼らをこの目で見た。それでも、

「殺しにいくつもりはない。こっちにはリューがいるんだ。相手が魔獣ならなんとでもなる」
「ヒロトさん……」
「……………『人を喰ってはいけない』っていうのは人間の常識だ。
 相手にとってはただ飢えを満たしただけかも知れない。なら俺がまずするべきなのは、
 もうヒトを食わないよう説得することだ。それからどうするかは、それからの話だろう」
「………………」

ジョンは何か言い返そうとして少し口を開いたが、結局喉を震わせることなくまた口を閉じた。
何を言っても無駄。この勇者は人と魔獣が諍う現状を憂い、単身で魔王にも挑んだ男なのだ。
かつて死山血河の凄惨な光景を見てきた―――否、作り出してきた彼だから。
逆に、人の側に偏った位置にはもう、立てなくなっている。
そう悟った。

「……しかし、相手が人間の味を覚えてしまっていて、もう他の獲物を襲う気がなくなっていたときは?」

だから、辛うじて、それだけを訊ねる。

「その時は―――………仕方がない」

返ってきたその言葉に少しだけ、安堵した。


「おっまたー♪」


 
背後からリオルの陽気な声がしたのは二人のやりとりがひと段落ついて、なんとなくまた海を眺め始めた頃だった。
少しだけ沈んだ空気だったので、彼女の明るい声はありがたい。ヒロトとジョンは振り返って、

―――少しだけ、目を奪われた。

眩むような美少女三人がそこにいた。

貧乳と言えば聞こえは悪いが、その分しなやかでスレンダーな身体に黒のワンピース―――ただし
胸元には大きくダイヤ型の穴が開いている―――を身につけ、白いパーカーを羽織った海辺の魔王。
ボトムの角度がかなり小さく、ほとんど腰までカットされたハイ・レグがもとより長い脚をさらに際立たせている。
上半身の露出が少ないために晒された脚線が妖艶に目を引く恰好である。

凹凸の際立つ抜群のスタイルを惜しみなく晒す清楚な白いビキニ―――もっともデザインは清楚とは程遠い、
ただでさえ小さな布地を繋ぐのは完全に紐といった有様である―――に青のパレオを巻いた波音の姫君。
一歩歩くたびにその大きな胸が揺れ、パレオのスリットから白い脚が覗く様はちょっと平気では直視できない
美しさがある。話しかけられて顔を向けようにもどこを見ればいいのか困ってしまうほどに。

そして健康美溢れる肢体を際立たせる紺色の水着―――胸元に大きく名札が貼ってあり、不器用な汚い字で
何故か『りおる』と書かれてある。無くしても安心―――で、麦わら帽子をかぶったビーチの龍。
地味な色、地味なデザインのそれは色気もなにもないようでいて、それが逆に素材の良さを引き出している。
しかも本来幼子が着るであろうそれを育つところは育った彼女が纏うことによって、どこか背徳的な

「………リオル。なんですかそれ」
「え?どっかヘン?」

顔を引きつらせて紺色の水着に身を包んだリオルをじろじろと眺め回すジョン。
リオルはきょとんとして身体を捻らせたりしながら自分の姿を見てみる。別に水着が裏表になったりしていない。
ヘンなところはないはずだ。

「いやヘン………ではないですけど」
「だったら褒めれ!リオルは結構褒めると伸びる子ですよ!?」
「いやぁ、ヘン………………ではないんですけど………」

なんだろう、何かが酷くズレている気がするジョンであった。

「うん、綺麗じゃないか。似合ってるぞ」

その隣で、何やら頷いているのはヒロトである。………ちょっと待って。今なんて言いました?
リュー、そしてローラは驚愕した。絶句した。愕然とした。空間が歪み、稲妻が空気を焦がした。

「うわ!危ないな!」

放たれた魔力波と電撃を跳んで躱し、ヒロトは抗議の声をあげる。
ヒロトを攻撃した二人は完全に敵を見る目でヒロトを睨みつけていた。

「―――リューさん。相手は何者ですの?」
「わからん。変化の魔法だろうが、魔力の残滓も感じさせない。恐ろしく精巧な変身能力だ。
 我をも欺くとはよほどのてだれに違いあるまい……」
「ええ、しかし失敗しましたわね。ヒロト様はどんなに着飾っても超スルーするどころか速攻で
 今後の予定を話し始めるような超絶朴念仁なんですわよ!?」
「おのれ偽者め!ヒロトをどこへやったのだ!?」

混乱している二人だった。


「………お前らな。俺だって褒めるときは褒めるぞ」

ヒロトがぼやく。
リューとローラはひとまず臨戦状態を解き、まじまじとヒロトを観察し、
それが偽者ではない正真正銘本物のヒロトであることにようやく気が付いた。そして滂沱した。感涙である。
あの、あの朴念仁を絵に描いて額縁に飾ったようなヒロトが!水着姿をお披露目した女の子を前にして!
まず一声、褒めた!さらには『綺麗だ』だって?これが涙せずしていられようか。夢じゃなかろうか。

「リューさん、ヒロト様が、私のこと綺麗だって……」
「ああ。いや我に言ってたと思うが」
「結婚しようって……」
「いや、それは言ってないと思うが。言ったとしても我に言うと思うが」
「くたばりあそばせ」

仲のいい二人であった。

「見てほらジョン。この水着、ワンピースに見えるけど実はここで分かれてて、
 胸から入った水がお腹の下から逃げる仕組みになってるの!よくできてるでしょー」
「わかりましたから見せないでください!」

こっちも、仲のいい二人であった。



「―――なるほどな。漁船を襲った魔獣はクラーケンではない、別の怪物だと」

とりあえず集めた条件を話し合い、リューがはぁ、と溜め息をついた。

「しかも真性の人喰い(マン・イーター)かぁ。んー、珍しいけど、ない話じゃないもんなぁ」
「やはり、そうなんでしょうか?」

訊かれて、リオルはむぅ、と唇を尖らせる。

「まぁ、ぶっちゃけ好みの問題なんだよねー。魔獣にだってトーゼン好き嫌いはある訳。
 あたし―――『灼炎龍』のリオレイアだって山のケモノより人間の村にいる家畜の方が美味しかったから
 麓まで飛んで襲いに行ってたわけだし?ヤな話になるけど、ソイツが人間を食べて『美味しい』と思ったんなら、
 ………まぁ、そうなっても不思議じゃないと思う」

ぞっとしない話だった。

「こればっかりは嗜好だからねぇ。ヘタに譲歩したりしないで、リュリルライア様の魔王権限で
 わかりやすく禁止しちゃった方がいいかも。一月に何人までOK、とかそういう話じゃないでしょ?」

それは―――無論だ。
相手が人喰いで、それしか口にできないようなら。ヒロトはそいつを生かしてはおけない。人間の敵として。
情けない話ではないか。人間と魔獣が共に生きる世界といっても、結局のところ相容れないのなら戦うしかない。
そうやって、残念だが仕方ない、として。いったい人間はいくつの略奪を行ってきたことだろう。
ヒロトは見てきたのだ。人間と魔獣の諍いはリオル―――リオレイアのように魔獣の側が
人間の村や町を襲ったことに端を発するものばかりではない。むしろそれは稀であり、
魔獣の棲む土地に人間が移り住んだために起こるケースがほとんどなのである。


――――――仕方ないことなのだ。


 
町がなければ人間は生きていけないし、森を拓けばその森を管理するヌシは当然それを阻止しようとする。
そして森を奪われた魔獣たちはかつての自分の土地を取り戻そうと、人間を襲い始める……。
その因果を、摂理を、仕方がないと諦めることをしたくなかったからこそ、ヒロトは魔王を目指した。
―――筈なのに。

結局のところ、どうしようもないことには成す術もなく。
理(ことわり)を変えることができるわけでもない。
少しくらい強かろうが、頑丈だろうが、ヒロトは唯の人間なのだから。

「………………………………」

沈みかけた思考を、頭を振って封印する。今考えるべきことではない。
今はとにかく、その怪物の発見と正体を突き止めることが先決なのだ。

「ヒロト」
「ヒロト様……」
「ん。ああ、すまん。大丈夫だ」

リューとローラが察したのか、声をかけてくれる。まったくありがたい。
この一声が、どれほどヒロトの支えになってくれていることだろう。
さて―――。

「今回は俺とリュー、二人だけで行こうと思う」
「妥当ですね」
「えー」
「えー」

ヒロトの提案にジョンは頷き、二人っきりというシチュエーションに反応したローラと
喧嘩に参加したいリオルが不満そうな声をあげた。
しかし少し考えればわかることだ。ジョンの言うように、今回は完全に相手に地の利がある。
最悪、足場がない海中で戦わなければならないのだ。拳闘主体のジョンは言うまでもなく、
稲妻を使うローラもここで外れる。海の中では電撃は拡散して使い物にならないためだ。
仲間ごと黒こげにするのはどう考えてもうまくない。
リオルはといえば、確かに龍化して空を飛べば一応海戦には対応できるかもしれない。
が、風船じゃあるまいしいつまでも飛んでいられるかというとそれは無理だ。
潜り、襲いくる相手には分が悪すぎる。しかもリオルの武器は炎であるからして。

「……………ヒロトはどうなんさ?」
「俺は今回の使命を受けた張本人だからな。一応、海戦の経験もある」

………そういえばこの男、荒れ狂う海を越えて魔王城に乗り込んでいった勇者なのだ。ボートで。

「リュー。頼めるか」

リオルがむう、と黙ってしまったのを見て反論はなしと取ったか、ヒロトは首を回してリューの方を向いた。
リューは―――。

「………………」

微妙な顔をしていた。
ローラとリオルにはその微妙な顔を理由がわかる。ヒロトと二人っきりというシチュエーション、
それは願ってもないところだろう。たとえ色気も何もない魔獣退治になろうとも、頼られるのは嬉しいのだ。
しかしそれは今回トラウマと被ることになる。当然移動は船だろう。以前、湖を渡るときに乗った船では
調子が悪そうではなかったので(ローラを警戒していて、それどころではなかったのかも知れないが)
特に酔いやすいというわけでもないのだろうが……。


ヒロトは小首を傾げた。水着に着替える前にもリューはなんだか嫌そうな顔をしていたことを思い出す。
なんだろう、リューは海が嫌いなのか?海、海―――。
と、そこまで思考を巡らせて、ヒロトは気付いた。

「ああ、安心しろ。今回の海は比較的静かだから。それにジョンに酔い止めの薬も貰えるだろ?」
「………………………………」

至極あっさり言うヒロトを、リューは思い切りジト目で睨みつけるのだった。



聖堂教会から提供された船は大きな帆のついたヨットであった。とりあえず沖には出られる、
しかしこれを足場に戦うのは結構無茶ではないだろうか?と残されるジョンたちは不安そうだ。
もっと大きな船を手配することもできたのだが、多人数用の帆船では船の知識がないヒロトたちでは
操作できないし、船員を増やせばそれだけ彼らに危険が及ぶことになる。
それに―――ヒロトは『退治』という使命を全うする気はないのだ。あくまでヒトを襲わないように、
そしてこの海域から離れるように誓約させることが目的である。殲滅は―――そのあと。
聖堂教会の命令を無視する姿はできるだけ晒すべきではないし、
何より、リューの秘密は絶対死守しなくてはならないのだ。
ヒロトはその点で、勇者としてかなり危うい立場にあるといえよう。


「そんなもの、今に始まったことではなかろうが」


ふよふよと宙に浮きながら、リューがニヤニヤと笑っている。
よほど船に乗りたくないのか、結局こうやってヨットの周りを飛びながらついてきているのだ。
無論、リオルと同じくリューとて飛行にはそれ相応の魔力を消費する。飛び続けるにも限界があるのは確かだ。
ただしそれは、短く見積もっても数年間。いやともすれば半永久的にリューは空を飛んでいられるかもしれない。
そもそも彼女、旅の間にも実は少しだけ浮いていたりするのであるからして。
ヒロトたちの旅は基本的に徒歩での移動になる。それは岩山を上り、砂丘を下り、
町から町へ渡り歩かなければならない過酷なものだ。勇者であるヒロトやジョン、王女なのにやたら活発なローラ、
それに龍の力を持つリオルならともかく、インドア派の魔王にそこまでの体力はない。魔王なのに。
しかしその代わりに魔力でカバーはできる。それがすなわちこの浮遊なのである。

「だが貴様には何も疚しいことはないのだろう?ならば堂々としていればいい。
 何、いざとなれば我とローラが何とかしてやるさ」
「そりゃあ助かるな」

風に向かって斜めに進むヨットは慣れなければ扱いが難しい。四苦八苦しながら、ひっくり返らないように
バランスを取ってなんとか沖へと進んでいく。その隣を飛ぶ、水着姿のリュー。
振り返れば陸はもう小さく、水平線にうっすらと張り付いた膜のようにしか見えない。
見掛けによらず結構なスピードが出ているらしい。

「お、ヒロト。見ろ。鳥だ、鳥」

二人のすぐ横を海鳥がすいっと通っていった。風に乗るように旋回し、ゆっくりと離れていく。
魚を探しているのだろうか。波を覗き込んでみると、きらきらと光るものが見えた。
波の煌きではない。小魚が泳いでいるのだ。海鳥がくー、と鳴く。なんだか楽しい。

「………さっきまで嫌がってなかったか?」
「我は船に乗るのが嫌だったのだ。こうやってお前と二人、海を散歩するのも悪くない」


リューはくつくつと笑うと、片足を海につけたままヒロトを通り越し、くるりと回転してみせた。
それは冬の湖に踊る氷の妖精のように優雅で、未曾有の魔獣を前に緊張するヒロトの心を緩めてくれる。

「―――いや、我はヒロトとならばどこでもいいかも、な?」

思わず微笑んでしまったヒロトの顔が、その言葉で固まる。照れよりも申し訳なさが色濃い影を落とす、
決して嫌悪ではない、複雑な表情だった。リューの微笑みには透き通るような好意が溢れていた。
それでもヒロトは答える言葉を持たない。触れ合う指先に特別な意味を込められない。
ヒロトにとってリューが特別な存在だということは明らかだ。しかし―――。

「そんな顔をするな。聞き流せ。南国の太陽が我を少しばかり大胆にさせているのさ」

リューはぱしゃ、と水を跳ねさせると、ふわりと少し高度をあげた。
その姿を目で追うが、逆光になったため、ヒロトはそのときリューがどんな顔をしていたのか知る術を失った。

「―――しかし、随分と久しぶりじゃないのか?貴様に聖堂教会から使命が降りるのは」
「そうだな。少なくともリューと一緒に旅をするようになってからは
 初めてだから―――ああ、本当に久しぶりだな」
「まぁ貴様は元々、放っておいてもあちこちで魔獣相手に大立ち回りを繰り広げるようなヤツだからな。
 いつだったか遺跡の中で暴走した古代兵器を殲滅したことがあったろう。あれなんかまだ危機に誰一人
 気付いていなかったが放っておいたら街の三つくらい滅ぼされていたかも知れん。それを未然に防いだのだ。
 そういうヤツなんだよ、お前は」

ヒロトは、ちょっと目を丸くした。確かにそんなことはあったが、それはリューと仲間になるずっと前の話である。
聖堂教会にも別に報告する必要もないかと思って報告はしていない。加えて独り旅だったために、
それを知るものは誰もいないはずだ。………なんで知っているんだ、リューは。
正解は、ヒロトの旅のかなり初期からリューは魔法水晶でヒロトをずっと観察していたからなのだが、
もちろんそんなことはヒロトは知らない。
何故知っているのかと聞くと、リューはすいっとまた海の上を滑って秘密だ、と笑った。
さっきのお返しだ、と。

「ああ―――しかし、いい天気だなぁ。リオルがはしゃいでいたのもわかる気がする」

空を仰いで、リューは眩しそうに目を細めた。
ヒロトも疑問をそれ以上追及する気にはなれず、黙って風を感じている。
帆を膨らませ、波を切って進むヨット。その周りを流れるようについてくるリュー。
耳をすませば、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と波の音だけだ。
海は広く、平和で、正体不明の怪物が現れるなんてにわかには信じられなかった。

「そういえばリオルがスイカ割りがどうとか言っていたろ。あれはなんのことなんだ?」
「なんだヒロト、知らんのか?目隠ししたままスイカの気配を感じ取り、棒で叩き割るという遊びがあるのだ。
 その昔、盲目の剣客が視覚を頼らぬ剣術を編み出した際行った修行に端を発しているのだとか」
「へぇ」
「ま、リオルはただスイカが食べたいだけだろうが」
「……だろうな」

食い意地の張ったリオルのことだ。スイカを割ろうと振りかぶった棒についつい力を込めすぎて、
木っ端微塵にして泣きを見る、なんてこともありえる。ジョンが溜め息をつく様子が目に浮かぶようだった。

「仕事が終わって陸に戻ったら、あの町で少しくらいゆっくりするのもいいかもな。
 特にリオルは二、三日泊まっていかないと暴れそうな気がする」
「当然。リオルだけと思うな。我とて海で遊ぶのは初めてだからな。色々やりたいこともあるし、
 何より海は飯が美味いと相場が決まっているだろう?我、エビ食べたい。エビ」
「クシャス温泉で食べたのが気に入ったのか?」


ヒロトははは、と笑って、それからすっと笑みを消すと、目を細めた。

「そのためにも、リュー、頼むぞ」
「任せろ」

リューがニヤリと口の端を吊り上げる。その時だった。ヒロトの乗っていたヨットがぎしっ、と動きを止める。
風が消えたわけではない。何かに捕まったのだ。よく見ると、いつの間にかヨットの側面に
深い緑色のものがびっしりと張り付いているのだった。

これは―――海藻、か?

「リュー!」
「わかってる!」

それだけではない。見る見るうちに海が緑色に染まっていく。
ヨットに張り付いた海藻はざわざわとあっという間に成長し、その重みでヨットはどんどん沈んでいく。
これは―――

「海の底からか!」

海底深くから海面に向けて上昇し、船を飲み込もうというのか。故に気が付いたときには手遅れ。
小魚を追い詰める鯨のごとく、逃げ場を与えず『それ』は一気に船を海に引きずり込んだ。


――――――オォ、オオオオオ、ォォオオオォォォォ……


海の底から襲来したそれは、静かに根を下ろした藻の触手を一気に引いた。
そのパワーはヨットを『海に落ちるように』沈め、苗床である人間を完全に無防備にする。
海に放り出された人間になす術などないのだ。たとえ世界一泳ぎが得意な人間だろうが、
逆にかなづちだろうがそんなものは『彼』にしてみれば蟻のそれに等しい。
えらを持たない人間は水中で呼吸をすることができず、ひれを持たない人間は水中で自在に行動することも
ままならない。あとは果物を摘み取るように、その身体を飲み込めばいいだけのこと―――。

――――――オォォオォォ、ォォ、ォォォォォオオオ……

しかし、沈めたヨットに乗っていたはずの人間はどこにもいない。
それは首を捻った。沈める瞬間にヨットから跳んだとしても泳いでいる姿がそれからは丸見えのはずなのだ。
いったいどこへ―――?

と、水面に何か大きな影が映った。鳥?いや違う。あんな大きさの鳥は海にはいない。
それにあの形。あれはまるで魚―――鮫ではないか。しかしそれも妙だ。
海底から見る限り、どう考えてもあの鮫は空を飛んでいる。より正確に言うなら、空中に静止している。
そんな鮫がいるものか。ならばあれは何だ。

『彼』はその正体を確かめるため、そして見失った人間の姿を探すためゆっくりと浮上を始めた。


 

ざばば、と海面を盛り上げてその姿を現す怪物に、ヒロトたちは半ば唖然としていた。

緑色の怪物―――それは海苔や昆布などの海藻が集まってできたような化け物だった。
どこが頭かもどこからが胴体なのかもわからない『塊』である。辛うじて爛々と光る目と
全てを飲み込むような口が開いているためにどこを見ればいいのかわからない、
という事態は回避されているが、しかしそれにしても―――。

『ォォ、オオオオォォォオオオオオオオオオオォォォ………』

――――――でかい。

鯨どころの話ではない。小さな島ほどもあるのではないか、考えてみれば真下に来ただけで
海を緑色に染めたような相手である。ここまで巨大だと最早何がなんだかわからない。
ヒロトはリューに頼んで、もっと距離をとってもらった。
しばらく離れたところで、やっと全貌が見渡せる。いやはや、生物とは思えない大きさだ。

「リュー、この辺でいい!」

大声で叫ぶ。叫ばなくてはこの大風に負けて声が拡散されてしまう。ヒロトもコックピットに
入ればいいのだろうが、ヨットから飛び移るのと乗り込むのを同時にこなせるほどヒロトも器用ではない。
それに―――フレズヴェルグのコックピットは狭いのだ。

フレズヴェルグ。
魔王リュリルライアが創造し、召喚し、使役する超高速飛行を可能とするクレイドラゴンであり、
従来とは異なり背中に乗るのではなく『腹に飲まれた』状態で操縦する。
四肢の代わりに挿げ替えられた頭部から大風を噴出し、
最大速度は音速をも優に超えるという飛翔に特化したゴーレムである。
ただし機動性は高いもののその分搭乗できる人数はたった二人と少ない。それも本来一人乗りのところを
詰めての二人なのだ。前回は三人で乗ったが、あまりにすし詰め状態で身体が痛くなってしまった。
そして今回、それこそが他のメンバーを陸に置いてきた本当の理由だった。
ヨットはあくまでも誘き出すための囮。餌に釣られてきたところで目的は果たした。
あとはフレズヴェルグの上から話をつければいい。

「リュー、頼む」

見たことも聞いたこともない怪物ではあるが、出てきたのが怪物だったのである意味ほっとできた。
それなら、魔王たるリューで簡単に話はつけられる。

「………………………」

しかし、どうしたことだろう。リューは何やら難しい顔をしたまま反応しない。
ヒロトはフレズヴェルグの単眼に顔を近づけると、こんこん、とノックした。
リューがゆっくりと、非常にゆっくりと顔を向ける。気のせいか、どこか顔が蒼い気がする。

「リュー?」
「―――ヒロト。あれはなんだ」

………。
……………よくわからないことを言った。

リューにわからないものがヒロトにわかるわけがない。
他のことならともかく、魔法や魔獣のことに関してならなおさらだ。
それに人間と違い、魔王は生まれながらにして全魔獣を従えることができる特殊能力があるのだ。
それは魔獣の『名』を把握し、支配することでもある。リューは相手がどんな魔獣だろうが、
魔獣であれば一目見ただけでそれが何者なのか知ることができる。そのリューが、あの怪物が何なのかわからない?

それは一体どういうことだ?

 
謎の巨大な怪物に目を向ける。海藻の塊のような異形。どう見ても魔獣以外の何者でもない。
と、ひとつ思い至った。先日立ち寄った国で出会ったワーラビットの少女。
そして、彼女に恋をさせた一人の魔導師を。彼の専攻は、確か。

「ゴーレムか何かか?と、いうことは近くに術者が!?」

海藻を媒体にゴーレムを作るなんて聞いたこともないが、それなら一応あの怪物の説明はつく。
少なくともヒロトにはそれしか考えられなかった。それでもリューは首を縦には振らない。
掠れた声で、

「違う……」

そう、呟くだけだ。

「じゃあ―――」

『ォォォオオオオ、オオオオオォォォォオォォオ……』

海藻の怪物が吼える。その側面にざわざわと触手が伸び、それが縒り合わさって腕になった。
振り上げられ―――空高くに持ち上げられた『槌』を一気に叩きつける……ッ!


―――――――――ッッッ!!!!


単純な攻撃だが、その重量をその高度から振り下ろす破壊力は絶大だ。
水柱が立ち昇り、大波が巻き起こる。吹き飛ばされた海が飛沫となり、辺りに潮の雨を降らせらた。
ずざざざざ、と渦が逆巻き、海水が海に開いた『穴』に戻っていく。

『オォォ、オォオォォォォ、ォォオオ……』

怪物はぐる、と頭を回し、神速で離脱したフレズヴェルグを追った。
潮水に濡れながらも海藻のハンマーを回避したフレズヴェルグのコックピットでは
リューが戦慄の目で怪物を睨みつけている。その翼に乗っているヒロトも同じだ。
こちらは濡れ鼠になっているが、そんなことは気にしてはいられない。
海藻の怪物は啼いていた。さながら海に沈み、腐敗した泥になって
死んでいった全ての生物の怨嗟の声であるように。

『オォオオォオオ、ォォォ……』

勇者と魔王のこめかみに冷や汗が伝う。

「わからん―――ありえん!何なんだ、こいつはッ!?」

魔獣ではない、異形の海魔。
寄る辺無き海の真ん中で、二人は正体不明の怪物と対峙していた。



              使命:海魔殲滅~「新ジャンル達が海水浴にやってきたようです」英雄伝~ 続く

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最終更新:2009年01月24日 02:28
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