ソーマの朝は早い。
まだ暗いうち、一番鶏の鳴く声を目覚ましに起き、今日も一日が始まるのだ。
あくびをかみ殺して向かう先には井戸。冷たい水で顔を洗えば目もしゃんと覚めるというものである。
「くぁあ……う。ん、よし。今日も一日、頑張りまっしょい!」
井戸の水は料理やお茶淹れ、その他朝の家事に必要な分と、そしてソーマの麗しき寝呆け姫をたたき起こす分とを分けて汲み上げる。
ふたつのバケツをよいこらと持ち上げ運び出すが――くだんの少女を起こすのはまだ少し後だ。
彼女は最近、寝起きのお茶がないと機嫌を損ねてしまうようになった。
いくらなんでも森の乙女としてそれはどうかと思うのだが、まぁ懐いてくれているのは大変に嬉しいのでそこは置いておくことにしよう。
裏手のにわとり小屋から卵を二つ。
積みあがった薪を小脇に四つ……三つ。ひとつ落とした。
彼女が趣味でやっている畑から熟れた野菜を適当に籠に放り込んで、これで朝の準備は上々だ。
パンもまだ十分に買い置きがあるし、ちょっと奮発して買った氷魔法が属性付加された保冷庫には牛乳もベーコンもある……と。
……保冷庫の魔力が切れ掛かってるな。今度街に出たら機工魔術屋に行って魔力を補充してもらわなければ。
あの手の店の雰囲気は苦手だけど仕方がない。甘くしたミルクをたっぷり入れたお茶は彼女の好物なのだから。
自分の生活も彼女が来てから随分と変わったものだ、とソーマは改めて思う。
彼女に出会う前の自分はほとんど料理などしなかった。
卵とパンと、干し肉や適当な野菜を焼くだけ。飲み物は水オンリー。それでよく生活していたものである。
いやいや材料を見る限り今もあんまり変わんねーって、などと思うなかれ。『ただ焼く』のと『料理する』のでは雲泥の差なのだから。
保冷機なんて金持ちの贅沢品だと思ってたし。お茶なんかどれも一緒、つうか淹れるのメンドくさいしー、
みたいな少年だったソーマが今やスープひとつ作るのに前の晩から下準備をしているくらいだから恐ろしい。
それもこれも、彼女の喜ぶ顔が見たいがため……なんて、照れくさくて思考に浮かべることすらできないことだけど。
森に入ってしまえば食べるものはそれこそ山のように見つけることができるので、お弁当はパンのみ。
朝食は軽めに、トーストとベーコンエッグ、
蘇摩風具沢山漢汁に、乙女畑のサラダ~初夏の恵み風ドレッシングを添えて~である。
バターとはちみつはお好みで。
お茶も淹れたし、日も昇ったし。さて我が愛しの君を起こしに行きますか。
「お~い、クク。朝だぞ起っきろ~~!!」
……うるさいなぁ。
ソーマが呼ぶ声にククはころんと寝返りで答えた。
ククは寝起きが悪い。
と、いうより暗闇に弱いといった方が適切か。
朝日を十分に浴びなければ身動きひとつ取らないくらいには弱いのだ。
こうやってソーマの起こす声を「うるさい」と感じることができるのも、ひとえにカーテンの隙間から漏れる朝日のおかげである。
もぞもぞしていると、ジャッ、とカーテンを全開にする音がして急に明るくなったのを感じた。
「ほら、起きた起きた。お茶が冷めるぞ」
おちゃ。
ソーマの淹れてくれるお茶は最高だ。
いや、他の人が淹れたお茶なんて飲んだこともないけど、
自分が淹れるよりずっとずっと美味しいのだからきっと世界で一番美味しいに違いない。
ああ、まだ眠っていたかったのに頭がどんどん冴えていくのがわかる。
せっかくいい夢を見ていたのに、ソーマはいじわるだ。……もう、どんな夢だったかも思い出せないじゃない。
「う~~」
「飯も作ってあるんだから。今日の漢汁は最高の出来なんだぞ」
……おとこじる。
ソーマが試行錯誤を重ねて辿り着いた特性スープの境地だ。
鳥の骨から出汁を取るそれは毎日食べても飽きないほど美味しいけど、そのネーミングはどうかと思うククであった。
まあ、それは置いといて。
ククはもぞもぞと蕾状になっていた花弁から寝惚け眼の顔を出した。
「おはようのキスは?」
しゅるしゅると身体を固定していた触腕を伸ばして、少年の首や腰に柔らかく巻きつける。
ぐい、と身体を寄せるともうソーマは逃げられない。……逃げたりしたら、拗ねる。キス十回くらいしてくれなきゃ許さないほどに。
「あー……はいはい。おはよ、クク」
「んふー」
唇と唇が重なる、柔らかい感覚。
ククは目を細めてさらにソーマを抱き寄せる。
「……おい」
「ソーマのおとこじるも飲みたいなぁ」
「……昨日したばっかりだろ。それに、仕事の時間が」
「いいじゃん。森の乙女として命令をくだします。ソーマの日課に朝えっちも加えること」
「拒否権を発動します」
「じゃあ、拒否権の発動に対して拒否権を発動します」
「なにがなんだか」
「えへへー」
ずるずる。
ソーマを花弁の中に引きずり込んで、はい捕獲完了。
ああ、断っておくが毎朝こんな熟れた桃が腐ったみたいなことをしているわけではない。
……うん、週に三回…四回くらいだ。
…………多い時は五回くらいかもしれない。
「ソーマ、すきー♪」
何にせよ、ククはソーマが大好きなのだ。
花弁に包まって眠ったり、触腕があったり。無論、ククは人間ではない。
花の亜人、アルラウネ。立派な魔族である。
魔族といっても一般に知られているように人間を襲って身包みを剥いだりオレサマオマエマルカジリなことはしない。
そもそもそんなことは一部の野蛮な魔族や、ククたちのように高い知能を持たない魔獣のすることなのだ。
そりゃあ、大昔は野心家の魔王の命令に従って人間の世界を滅ぼそうとした輩もいたそうだが、それだって、もうおとぎ話より昔の話。
今では人間に敵意を持たずのんびりと過ごしている魔族がほとんどなのだとか。
ちなみに今の魔王は歴代魔王の中でも屈指の魔力量を持ちながらも稀代の放任主義、
ヒキコモリニートのネクライオン発生装置で有名なのだとか。
ククも指令を受けるどころか姿さえ見たことがなく、実在するのかさえ怪しいものだとケラケラ笑っていた。
……いいのか魔王。ナメられてるぞ魔王。
――そのように、この森一帯を任されているククの一族は、
人間を襲うどころか代々ソーマたちの仕事場である森の守り神を務めているほど人間に対し友好的なのだ。
ソーマの住む村はきこりたちの村である。
そして、その村人にとってククの一族は近年になって権力を得てきた聖堂協会が仕える神々よりずっと大切な存在なのは明白だ。
最近国から申請があり村にも教会が建てられたが、正直迷惑だなぁというのが村人の心境だろう。
神聖協会は理由がどうあろうと魔王の眷属を決して認めないからである。
それに、村にとっては神聖信仰より優先するべき慣わしも、ちゃんとあるのだから。
森の精霊であるアルラウネに祈りと感謝を捧げてからでないと仕事はできないし、
特にアルラウネが棲まう精霊の森に立ち入ることが許されるのは村から選ばれた優秀な若者の『覡(かんなぎ)』のみ。
それはアルラウネに生涯仕え、また良き夫となって村と森を繋ぐ存在であり、
それこそソーマのお爺さんのそのまたお爺さんよりもっとずっと昔からの慣わしなのだった。
……協会から派遣されてきた神官はそれを見て見ぬふりをしている。
流石に土着の信仰を踏みにじってまで神聖協会の建前を押し通そうとする馬鹿ではないようだ。
しかし森の民である村人を前に神聖協会の白い制服ではやはりよそ者丸出しであり、なんだか見ていて憐れになってくる。
きっと任期を終える頃には彼の胃袋は蜂蜜が取れそうなほど穴だらけになっているに違いない。可哀想に。
ところで、村にとっては神官なんかよりよっぽど重要な導き手、精霊アルラウネ・ククに仕えることが定められた今世代の『覡』たるソーマは。
「……冷めてるな。俺の漢汁が」
「あ、あはは……でも冷めててもおいしいよ?」
「冷めてる」
「あはははは……」
「冷めてる」
「……マジすんませんっした」
その精霊に土下座されていたとさ。
覡になっても仕事がなくなるわけじゃない。
ソーマはソーマでちゃんときこりのノルマがあり、それを村に納めることで生計を立てているのだ。
もっとも他の連中のようにチームで働くのではなく、たった一人で仕事をこなさなくてはならないから他のヤツらより大変なのだが。
それもそのはず、ソーマの仕事場は不可侵領域たる精霊の森。
仕事仲間は触腕を器用に使ってひょこひょこ歩いているアルラウネ・ククのみなのだから。
まあ、魔族というだけあってククは大変な力持ちであり、
大人の男が二人がかりでやっと運べるような丸太を触腕ひとつでひょいひょい持ち上げてしまうのだが。
ちなみにククらアルラウネは大きな花に包まれている美女(ククはまだ若いので美少女、といったほうが正しいか)の姿を持っており、
それを花弁の中からニョッキリ生えている四本の触腕で倒れないように支えている形をとっている。
歩いている姿はまるで陸を行くイカのように見えなくもない。しかしそれを言うと拗ねてべしべしと叩いてくるので注意しよう。
ククによるとこの触腕は大昔、魔王も神もなかった頃、ただの花にすぎなかった彼女たちの雄しべが変化したものなのだとか。
アルラウネの一族が女性しかいないのもそれに関係しているのかもしれない。
性器としての『雄』を捨て、雌として精を求め歩き出した妖花……うーん、エロスだ。
まぁ、ソーマは神学者ではないのでその辺は単なる想像、空想、妄想に近いものがあるのだが。
それはいいとして。
「あー、これこれ。この子なんかいい感じ」
ククがひょこひょこ歩いて、木を選別している。森の樹木といっても無尽蔵にあるわけではなく、きこりといえど勝手に木を切るのはご法度だ。
切り時の木とそうではない木、それらを見分けるのはまさに熟練の業なのである。
駆け出しペーペーのソーマにそんな技量はないが、こちらには人間なんかよりよっぽど木に詳しい姫君がいるのだった。
「ソーマ、この子OKだよ」
ぶんぶんと手と触腕を同時に振っているクク。だてに森の守護者をやっているわけではなく、ククの選定眼は村一番の親方より確かである。
「うっしゃ」
「ふぁいとーソーマ!」
こーん。こーん。
斧を振り上げ、仕事開始。
穏やかな昼下がりであった。
……ってやっぱり仕事に遅れてるじゃないか!
木一本切るのがどんだけ大変か解ってるのかッ!!何のために早起きしたんだよ!!!!
ソーマが仕事をしている間――特に今日のように木を切っている間、ククは昼食を取ってくるのが決まりになっている。
お昼ごはんがお弁当のパンだけというのはあまりに味気ないものだ。
ちなみにアルラウネは植物の魔族であり日光から養分を生成することも可能であるが、
成体となった彼女たちはそれだけで生きていくことはできない。
触腕や花弁を含めれば人間よりも大きくなる身体を維持するためには、
むしろ並みの成人男性よりも大食らいでなければならないほどだ。
それも、できれば肉を。
植物体であるアルラウネには野菜から取る栄養素は必要ない。
肉汁したたる分厚いステーキがククの好物であった。
森に独りで住んでいた頃は料理どころか「火を通す」という概念すらなかったから、
本当に童話に出てくるような獰猛なモンスターじみていたと思う。
なんのことはない、適当にその怪力で鹿なんかを引きちぎって消化液に浸していけばいいだけの話。
栄養を取るだけが目的なら舌の上に乗せる必要はない。
ククが美食家になったのは、勿論ソーマを覡に迎え入れてからだ。
ソーマの覡としての初仕事。お近づきの印に街で買ってきた鴨肉を炙って簡単な料理を作ったというので、
まあニンゲンに倣って口で食べるか、と消化液ではなくわざわざ口に放り込んで――仰天した。
美味しかった。
今まで何の為にあるのか正直疑問だった味覚が五感の頂点に立った瞬間だった。
以来ソーマがお気に入りになってしまい、彼が住むことになる小屋に半ば強引に押しかけて。
気がついたら、恋をしていた。
……これって餌付け、かな?
ククは思わず苦笑してしまう。
実のところ、ソーマとの関係は覡と聖霊の間柄を遥かに逸脱していた。
覡はあくまでもアルラウネの世話係であり、女性しかいないアルラウネにとっての『雄』の役目でしかない。
何度か身体を交わして精を受ければもうほとんど用はないのだ。
過去には、養分を得るために覡の腕を千切って消化液に突っ込んだアルラウネもいたほどである。おやつも同然の扱いだ。
アルラウネが森の恩恵を人間に与えるのはひとえに、効率よく優秀な精を手に入れるために過ぎない。
ギブアンドテイク、そこに情は通わないものである。
だが、ククはソーマを愛していた。
胸を張ってそう言える自分が誇らしい。
ソーマの胸元に指先を這わせ、そう囁けることが何より嬉しい。
精を放たれたあと、ソーマに優しく口付けされるともう幸せすぎて気絶しそうになる。
ああ――――
……やばい、ちょっと欲情してきた。
でも、朝おねだりしたばかりでまた擦り寄るとなると、天真爛漫が売りのククでもちょっと躊躇ってしまう。
アルラウネの蜜……愛液は強力な催淫・精力効果があるため、
アルラウネが男を誘えば彼女が満足するまで相手と身体を重ね続けることができるのだが。
シたいなら、デキる。
しかし………そんな行為はククの望むところではないのだ。
それに朝の行為の影響でだいぶ時間が押しているようだし、ここで迫ったりしたら必殺きこりパンチを食らいかねない。
ソーマに怒られたり、軽蔑されたりするのは絶対に嫌だった。
我慢、我慢、と。
なんだかムラムラしながら、でもソーマが驚く顔が見たくて、
ククはうさぎでもいないかなとキョロキョロ辺りを見回すのだった。
「―――で、結局これか」
「うん。えへ、大物でしょ?」
「いや確かに大物だけど」
熊である。
「うさぎ探しててなんで熊捕まえてくるんですか、アルラウネ・ククさん?」
「いやぁ、ソーマの驚く顔が見たくて」
「うん、驚いた。お前のアホさ加減になぁ!!」
「きゃうー!!」
出ました必殺きこりパンチ!!
まだ少年の面影が色濃く残るソーマだが、伊達にきこりをやっていない。
その拳はビンの底のほうで固まってる塩の塊を砕くほどの威力を秘めているのだ。
「熊捕まえてどうすんだよ!しかもでかいなコレ!毛皮高く売れそうだでかしたぞバカ!捌くの時間かかるぞオイ!」
「うー」
「………とりあえず血抜きだけしちゃうけど。これは昼飯には使えないな~。熊肉は臭みが強いから焼けば食えるって訳じゃないし」
ちゃっちゃと手早く作業に取り掛かるソーマを前に、ククはショボンと肩を落とす。
これでまたタイムロスだ。熊と戦っていたから果物も取ってきてないし、また足を引っ張ってしまった。
「ごめんなさい………」
花びらを握り締めて俯くククの頭に、ソーマはドンマイ気にすんなと手を置こうとして、
熊の血で汚れた手を置けないな、と思い直した。
その代わり、ククの顔を覗き込んでニヤリと笑ってやる。
「まあノルマは達成してないけどな。ところでお前、この熊一頭と今日のノルマ、どっちが高く売れると思う?」
「………わかんない」
ソーマはわざと難しい顔で商人のようにぱちぱちと計算機を弾く仕草をし、
「俺の見立てでは……トントン、もしくは熊が若干高いってところかな」
「………ホント?」
ウソ。
ただの木材ならその計算も間違ってはいまい。
しかし、ソーマが扱うのは他でもない森の乙女の祝福を受けた『アルラウネ・ブランド』なのである。
“神木”の類ではないが、質の高さではそこらに出回っている木材など比べるまでもない高値がつくのだ。
でも、そんなことはどうでもいい。
「ああ。ま、今日はさっさと仕事を切り上げて久しぶりに二人でのんびりするさ」
「………う、うん!」
ソーマにとって、この少女の笑顔こそ値の付けようもないほどの宝なのだから。
「飯、パンだけだけどな」
「う………」
「………熊、ククの匂いにつられて着たんじゃないか?なんか、凄いぞ」
「だって……ソーマとえっちできるって幸せだなって………思っちゃったんだもん」
「朝、したのに。この、エロ娘」
「うぅー」
昼食を食べ終わってお腹の具合も落ち着いてきた頃。
柔らかな木漏れ日の中で、二人はどちらともなく唇を重ね合わせていた。
本日の接吻は焼き魚風味。
あの後ソーマの提案で魚釣りとなり、ククが鬼神の如き勢いで川魚を釣っていく様子に薄ら寒い思いを抱きながら、
一応持ってきていたチーズとパンで焼き魚をメインディッシュとした簡単な昼食を取り、
散歩兼デザート探しに森の中をぶらぶらしていたのだった。
そうして熊が何故寄ってきたのかという話になり―――熊は意外と警戒心が強いので、
特にアルラウネのような『森の主』には滅多に近づかないのだ―――ククがエッチなことを考えていたと白状したのだ。
アルラウネの媚薬は何も蜜だけに留まらない。
その芳香にも雄を引き付ける作用があり、魔法使いの中にはアルラウネの蜜を加工して人間用の媚薬や香水を作る者もいるのだとか。
「ま、いいけど。俺、エロいククのこと好きだし」
ソーマがククの花弁の奥の奥―――アルラウネの雌しべ、ヒトとなんら変わらないクレバスに指を這わせ、
たっぷりとたたえた蜜を掬い上げてぺろりと舐める。
魔力を帯びた媚薬の原液の効果か。ソーマのそそりたった男性器がいっそう逞しさを増したようだ。
いや、それを言うならこの甘い催淫香で鼻腔を刺激されたその時から、ソーマはこの花霊姫を快楽に潤す隷属となっていたのだろう。
………恐ろしい怪物アルラウネは甘い香りで男を誘い、滴る蜜をもって快楽に溺れさせ、花弁と蔓で男を抱きしめ休む事無く愛に狂う………。
はたしてククは花びらの中にソーマを抱き寄せて、しゅるしゅると蔓を巻きつけはじめるのだった。
いつもの生活に使う触腕ではない。
それよりもっと細く非力で、何十本も伸びている蔓はククの『触手』だ。
触腕と異なり器用さも力もないそれの使用目的はただひとつ。
『貴方を離さない』ことである。
―――どんなに激しく動いても、二人が分かたれないように。
―――愛し合う二人の理性が壊れてしまっても、堕ちてしまわないように。
ククはそう解釈していた。
ソーマはもう獣になって、ククの乳房を舌先で弄んでいる。
アルラウネは人間の精で子を成すが、もちろん人間ではない。
このように、少女の姿をしているのは実のところ、たったひとつの理由の下に。
愛する為。愛される為。
この瞳も――――――この唇も
―――この首筋も――――――
――――――この肌も
この乳房も―――
――このお尻も
―――この性器も――――
この声も―――――――この心も。
すべてはヒトと。
愛する貴方と繋がるその為だけに―――。
しゅるしゅると絡みつく蔦がソーマの全身を愛撫する。
アルラウネが獲物を拘束するための触手は、ククにとってソーマを悦ばせるための千の指先。
蔦は自らの蜜壷から愛液を掬い上げ、ソーマの鍛えられた身体に塗りたくる。
犬でいうところのマーキングに近いかもしれない。
自分の匂いをつけることで、これは自分のものだと主張する―――馬鹿なことを。
ソーマが自分から離れていくわけがない。ククが、ソーマから離れるわけがない。
ソーマだって、ほら。こんなに自分を抱きしめていてくれる。
ククだって、ほら。こんなに蔦を絡みつかせて、離れまいとしがみついてくる。
ソーマの棘はククに奥深く突き刺さり、さらに蜜が欲しいと催促する。
花はそれに答え、熱い愛液と淫靡な香りを撒き散らす。
「あぁあっ!あっ、はぁっ」
「ふぁ、あぁは、ん、うあっ!」
あえぎ声ももうどちらのものかわからない。
お互いがお互いに酔いしれてしまっていた。
それも、そのはず―――。
「ソーマの、ソーマの、膣内で暴れてるよぉっ!!」
ククが嬌声をあげる。
限界が近いらしい。
「ククっ、ククっ!」
腰を振りながら、ソーマは愛する少女の名を叫ぶ。
「ふぁ、あっ、ん……な、何ぃ?ひぅ」
「愛してる!」
蕩けた眼をまっすぐに見据えて、そう言った。
ククの目が一瞬丸くなり、次の瞬間ふにゃっと崩れる。きゅ、きゅぅっと膣内が締まり、ソーマのモノを絞り上げる。
「あたしも、あたしもぉ……愛してる!ソーマ、愛してるっ!!」
―――アルラウネの蜜など、ただの粘液に過ぎないほどに。
ソーマにとってはククが。
ククにとってはソーマが。
お互いがお互いを興奮させる、世界で一番の媚薬となるのだから。
「すきだ、好きだ!クク、ククっ、クク―――ッ!!」
「ああっんあんっ!!ん、き、すき、あ、ああっ!!――は、だいすきっ、ソーマぁああッッッ!!!!」
どろどろに凝った精が放たれる。
夜、朝、そして昼……連戦ですっかり水っけを無くしたそれは、それでも勢いだけは衰える事無く少女の小さな子宮を貫いた。
お互い抱きしめあったままぶるぶると快楽に震え―――くた、と全身から力が抜ける。
「ぁ、はあ、ふ……ふふ、えへへへ………」
ソーマの胸元に顔を埋めて、くすくすと笑う。
「どした?」
「んふふ、ソーマ、あったかいね」
「……ばか。ククのが、あったかいだろ」
………ぎゅう。
結局、熊を土産に小屋に帰ってきたのは日が沈む直前になってしまった。
アルラウネのククは夜になると途端に動きが鈍くなってしまう。
明かりのついた家の中なら昼と同じに動けるが、それでも少し身体が重いらしい。
まだかかろうじて日が出ているといえど、森の夕闇は光をあっという間に奪ってしまう。
重い熊を担いで帰るのはソーマにとっては至難の業なので、できればククに頑張って欲しいところだった。
「やれやれ、やっと帰ってきたな」
「おなか、すいたなぁ」
きゅるる、とククのお腹から可愛らしい音が鳴る。
「飯の下ごしらえは朝のうちにやっておいたし、漢汁なら温めるだけだからすぐに………」
………そこまで言いかけて、ソーマの足は止まった。
小屋から、煙が上がっている。
誰か、いる。
「ソーマ」
ククも気がついたらしい。熊をおろして、ソーマの袖をつまんだ。
「………ここはアルラウネの森だ。覡以外…俺以外の村人が近づくことはない。と、いうことは……」
「強盗、かな?」
「わからん。でも、こんな村に………?」
誰であろうと、勝手に人の家に上がりこんで狼藉を働く輩は放っておくわけにはいかない。そこはソーマとククの家なのだ。
ソーマは斧を握り締め、
「………………ッ!!」
扉を開け放った。
そこにいたのは、
「やあ、お帰りなさい」
―――にこやかな微笑をたたえた美青年であった。
「………あんた、誰だ」
怪しい。怪しいが、なぜか敵意を感じなかった。
ソーマは警戒しながらも、とりあえず斧を下ろす。
腰から剣を下げているが身にまとっているのは布の服と皮の上着という簡単なものだ。
剣士なら軽装でも鎧を身につけるだろうし、戦士でないならアルラウネ・ククがいるこっちのほうが有利だ。
彼女は熊と格闘しても捩じ伏せることができる怪力と、感覚を狂わせる毒を併せ持つのだから。
「旅人か?知らないかもしれないが、ここはこの村にとって神聖な森なんだ。俺……覡以外に近づかれると袋叩きにあうぞ」
ククは………様子がおかしい。
血の気の失せた顔でかたかたと奥歯を鳴らしている。
なにを、そんなに怖がっている?
こいつを?おかしなヤツだが、そんなに恐ろしいか?
まあいい。とっとと帰ってもらえばいいだけのことである。
「ほら、今なら見なかったことにしてやるから。それから、人の家に勝手に上がりこんでなんやかんやするのは」
「なるほど、生贄を要求し拘束する……話に聞いた通りだ」
何か、言った。
「は?」
呆けるソーマの横を、神速が通り過ぎていった。
一瞬も目を逸らさなかったのに――全く反応できなかったククが下段から放たれた斬撃をもろにくらって外に弾き飛ばされる。
「―――え?」
「もう安心ですよ、きこりさん。僕が助けに来ましたからね」
いつの間に剣を抜いたのか。いつの間にククを斬りつけたのか。
青年はさっきとまったく変わらない笑顔をソーマに向けると、倒れるククに歩み寄った。
「ぁ、が……あ、う……」
「まだ息があるのか。驚いた。草だけあって生命力が高いんだな」
ぞっとするような冷たい声。
敵意がない?何を勘違いしていたのだ。
辺りを氷結させるような感覚は敵意どころじゃない、これは、殺気にほかならない……!!
ククの身体から、生きている証が流れ出していく。
ヒトのものとは色の違う、でも、何も変わらない、血、が―――あんなに。
「な、何を」
「まあ、いいさ。森に巣喰う魔獣よ、断罪の剣で闇に還れ」
高く、剣を掲げる。
沈む太陽と登る月光の輝きを同時に受けて、青年の剣は青白く光っているように見えた。
それは絵画のように美しい光景で。
闇の侵食が進む空、それを切り裂くように光る剣、凛とした青年と倒れ付す怪物。
もし絵描きが見たなら、その額縁にこう名札を貼るだろう。
――――――『勇者』――――――
しかし、その怪物は。
アルラウネは。
ククは。
ソーマが、ソーマが、ソーマが愛した一人の少女―――
「何をしてんだッッ!!!!!てめぇえええええええええええええ!!!!!!!!!」
斧を振り上げ、叫ぶ。
そのまま青年に向かって振り下ろし―――
―――小屋の壁に叩きつけられた。
そのままずるずると……落ちない。足は宙をさまよったまま、磔にされる。
「やめてください。邪魔をすれば、あなたも断罪せざるを得なくなる」
片手をソーマに向けたまま、しかし目線は足元のククから話さずに青年は言った。
魔法ですらない。青年は、ただの魔力の奔流でソーマを弾き飛ばしたのだ。
「やめろ、やめてくれ……ククを……殺さ、ないでくれ………!!」
もがくソーマをちらりと見て、青年は少し眉を動かした。
憐れみを、こめて。
「大丈夫、今洗脳から開放してあげます。
―――ああ、それから。スープ、ご馳走様でした。とても美味しかったですよ」
「やめろ!やめて、やめてください!!ククは、ククは俺の―――大切なひとなんだ!!!!だから――――――!!!!!!」
神に選ばれし勇者の持つ断罪の剣が、
―――――――――――――――振り下ろされた。
染まる花弁~新ジャンル『植物娘』妖艶伝~ 完
最終更新:2007年07月27日 01:11