355 名前: 774RR 投稿日: 2008/04/15(火) 00:02:41 ID:ktd1d3oI
ある年の8月。

夏真っ盛りの中、俺は当時つき合ってた彼女に振られた。理由は
「やっぱ車がないとね」
だった。
俺は彼女を驚かそうと、車を買うために金を貯めていた。が無駄になってしまった。

丁度、会社から有給を使え使えと上司に言われていた俺は、盆休みの一週間を含めて、約1ヶ月の休みを取得し、
愛機の刀ともに旅に出ることにした。


宛もなくひたすら刀を走らせる。
ただただ、夏の風が気持ちよかった。
ある山道に入って少し走ると、一人の少年がうずくまって泣いていた。坊主頭がよく似合う少年だった。
いつもなら無視なのだが、俺はちょっとだけ心境に変化があったのだろう。
刀を止め少年に声をかけた

「おい、少年。どうした?こんな道ばたで泣いてんと、轢かれちまうぞ?」

俺の問いかけに、少年は泣きながら答えた。
「靴、下の川に落としちゃって、父ちゃんに怒られる。」

「遊んでて落としちまったのか?父ちゃん、怖いのか?」
そういうと少年は頷いた。

「そっか、そっか。良し、じゃ、お兄ちゃんも一緒に行ってやろ。な?そんなところに居たら、危ないからよ」
「知らない人に着いて行っちゃダメだって、母ちゃんに言われたから……」

少年はもごもごしながら言ってきた。

「お兄ちゃんな今、旅をしてる途中なんだ。そんなことしないし、靴ないと家に帰れないんだろ?」
少年は渋々、頷いた。

少年を刀の後ろに乗せる。そして刀を押して歩いた。

少年の家まで行く途中に、色々と話した。少年の名前は「光太」と言い、まだ小学校2年生。
家はこの近くで、父親はバスの運転手とのこと。

「お兄ちゃんは大人なのになんで、旅なんかしてるの?」

「ああ?大人になるとな、そうしたくなる時があるんだよ。」

「ふーん。俺は早く大人になりてぇ。なって、父ちゃんみたいにおっきい車の運転手になるんだ!」

「父ちゃん、怖いんじゃないのか?」

「怒ると怖いけど、バスを運転する父ちゃん格好いいから好きだ。」

「そっか。」

そんな会話をしながら、刀を押して30分ほど歩いた。
舗装されてるとは言え、正直緩やかな登りが続いたのできつかった。

「あれ、俺の家!」
少年が指さす方に、古い昭和の映画に出てきそうな家が見えた。
少年をおろして、話を始めた。

「いいか、光太くんは俺に轢かれそうになった。びっくりして逃げようとしたら、靴が脱げて下の川に落ちちゃった。だからな?」

「うん。」
光太は元気よく返事をした。

「あとはお兄ちゃんに任せとけ。いいな?」

この時の俺は明らかにいつもの俺じゃなかった。見ず知らずの子供にこんな風に接することなんてなかった。
いや、仕事場の後輩がミスしたって、怒鳴り散らすだけだった。

「ただいま!」
光太がそういうと、奥から母親が出てきた。

「おかえり、光太。早かったね。あ、どちらさまで」

母親は俺を見るなり、警戒していた。

「あ、ども。実はですね…」
俺は嘘の経緯を母親に話した。

「そうなんですか。それはわざわざ、すいませんでした。」

深々と頭を下げる母親は光太を叱りつけた。

「光太!あんた、道路に出るときは気をつけなさいってあれほど言ったでしょ!」

「あ、いや、悪いのは俺ですから。あまり光太くんを叱らないでください。あの靴も弁償させてもらいますから、。」
慌てて俺は母親をなだめた。

「いいえ、こういう事はちゃんと言って聞かせないとダメですから。」

「いや、前方ちゃんと見てなかった俺のせいですから。
やっとの思いで母親をなだめた。

(疲れた…でも、なんか懐かしい風景だったな。)

「明日、また来ます。今日はすいませんでした。」
俺がそういって光太の家をでようとすると、母親が声をかけてくれた。

「どこかにお泊まりになるんですか?」

「ええ。くる途中に、キャンプ場みたいなものを幾つか見かけたので、そこに泊まろうと。」

「この時期は、どこももういっぱいですよ?この辺は、民宿もあまり無い上に、夏前には予約でいっぱいになるんですよ。」
俺はそれを聞いて、シマッタと思った。野宿用のセットは持ってきていなかったからだ。
なんせ、車を買う予定だった貯金を半分もおろしていた。すべて宿をとるつもりだっから。

「あ~それは考えてなかった…」

「良かったら、家に泊まりますか?」
母親は優しく言ってくれた。

「いや、そう言うわけには………お子さんにも迷惑かけてますし…」

「構いませんよ。それに明日来ていただくなら、泊まっていってもらっても変わりませんし。」

結局、俺は光太の母親の行為に甘えることにした

夕方。光太の父親が帰ってきた。

パンチパーマの効いて剃りこみのある頭、微妙に茶色かかったメガネ。明らかに昔はブイブイ云わしてた感漂う人だった。
母親が俺の事を父親に話した。もちろん、嘘の経緯も。父親は、光太を呼び一喝した。またそれをなだめる俺。
しばらくして、光太は寝てしまった。母親も先に部屋に戻った。
俺は父親に晩酌をつき合わされた。酒が飲めない俺は、ちびちびとビールを口に含んだ。

「いや、君には申し訳なかったね。靴の話は、あれ、嘘だろ?」
ビールグラスを空にした父親は、俺をみた。
「気づいてたんですか?」
俺は思わず本音が出た。

「ああ。」
父親はグラスにビールを注ぐ。俺はなぜか自分の心情を、しゃべりだした。たぶん、弱いくせに酒を飲んだせいもあっただろう。
彼女に振られ、いい機会だから有給を使い旅にでたこと。そして、今まで他人に対しここまで踏み込んだことは初めてだと言うことを。

「明日、光太を連れて靴を一緒買いってほしい。知子は嘘だと気づいて無いだろうから。」

「はい」
俺はうなずきながら返事をした。

次の日、俺は光太を刀に乗せ麓の町へと向かった。町に着き、靴を買ってやる。光太は紐靴を欲しがった。
『マジックテープはダサい!』とか言っていたのは、今でも小学生たちを見ると思い出してしまう。

それから、幾日ほど光太の家で世話になった。
ほとんど光太と遊んでばかりだったが、自分も子供に返ったようで楽しかった。
そして、明日にはここを発つことを、両親と光太に告げた。
その日の夜、俺の為に豪華な料理を出してくれた。
なぜかそれを目の前にして、俺はポロポロ泣き出した。なぜだか解らない。だが、涙が止まらなかった。
今まで、ここまで人に温かくされたことなんて無かった。

光太から「大人のくせに泣くなよ!」とからかわれた。

だが光太は夜寝る時、俺の布団に入ってきた。
そして、まだいて欲しいと泣いてくたれ。俺は泣く光太の頭を撫でながら、いつか、またここに来ると約束した。

このふれ合いから、俺は変わった。
仕事に戻ってからも、以前のようにただ怒鳴ったりすることも無くなった。後輩の面倒も見るようにもなった。

あれからだいぶ年月は経った。


刀は引退して、今はインパルスに乗っている。

今年の夏、自分を変えてくれたあの家族のいた地に行く予定。

もしまだそこにいたら、もう一度、お礼を言いたいと思う。


まぁ、あまり泣けない話だがとりあえず思い出を書いてみました。

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最終更新:2009年01月18日 19:45