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210 名前: 774RR [sage] 投稿日: 2008/02/03(日) 19:04:38 ID:KBX8e/ak
当時、地方のミニバイクレースでセコセコと走っていた私は、新聞奨学生制度を利用してレースをしましょう。
という話に飛びついて、千葉のとある新聞店に住み込み勤務していました。
そのときお世話になっていたチームの看板ライダーが若井伸之選手でした。
私が新聞屋で勤め始めたとき、既に若井選手はヨーロッパを転戦していた為、チームに行っても彼の姿をみかけることがなく、
今ひとつ若井選手の所属しているチームという実感がわきませんでした。
それでもシーズンも終わり、日本に戻ってきた若井選手との出会いは結構マヌケなものでしたw

新聞屋に来てからほぼ半年が過ぎてからのことです。支給品のマシンが届いたため、
私はメカの方に教えていただきながら整備をしていました。
すると後ろから「ようよう」という声がします。
何かと振り向くとどこかで見た顔が…w
「君、俺のこと知ってる?」
知るも何もありません。それはテレビで散々見た若井選手なのですから…
 しかしあまりにも唐突だったので、かえって緊張してしまって
「わ、若井先輩ですよね、よ、よろしくお願いします!」
と頭を下げると
「おお~、やっぱ知ってるじゃん」
と嬉しそうに笑います。
すると後ろにいたもう一人、小柄な方が
「じゃあ俺のこと知ってる?」
それはどう見ても原田選手だったのですが、若井選手と原田選手が友人ということを知らなかった私は、
なぜここに原田選手がいるのだろう?と、つい考えてしまい、即答できずにいると
「やっぱりなwww おまえより俺のがメジャーじゃんwww」
「チックショー」と悔しそうな原田選手。
「こいつ原田だって。ヤマハで全日本走ってるけど知らない?」
と言われて「あー、やっぱり」というと、
「い~や、こいつは知らなかった」
「んなこたねえよ、ふざけんな!」ともめ出す二人、やとりとりが売り出し中の漫才コンビのようで、一々面白かったのを覚えています。

そんなある日のことでした。私が車通りの少ない住宅街でプレスメイトを飛ばし、新聞の集金をしていると、
反対車線から来るホンダ車がこっちに向かって真っ直ぐ突っ込んできます。(マジかよ!)と、
咄嗟にリヤをフルロック、車体を横向けて止めるとその車も車体を横にしてギリのところで静止します。
ふざけんなこのやろう! と怒鳴りかけたとき、車のウインドが開き、楽しげな顔がのぞきました。
「ケッコーやるじゃんw」若井選手でした。
「あぶないッスよ、マジで当たるかと思った…」
「この程度じゃ当たってもしなねえよw」
「でもケガしますよ~w」
「大丈夫だって、この程度はよくあることだからw」
「ちょ…wwwそれよか、この車捕まりませんか?」
「なんだよ、全然違法じゃねえぞ」
「いや、テールランプ片方切れてますからwww」
「んだとこのうwww」
とまあ、悪ふざけが好きな方で、たま~に怖いいたずらをされてヒヤヒヤさせられたこともありましたが、
結局それは彼流の遊びであり、また後輩への一種の激励だったのだと思います。

そうして数ヶ月が過ぎ、新たなGPシーズンが始まりました。
若井選手はスズキに移籍していましたが、今ひとつ成績が振るわず、悩んでいるようでした。
日本GPに出る為に千葉に戻ってきたときも、私が店に入ると監督の福島氏と原田選手、
そして若井選手が深刻な顔で何か話をしておりまして、空気がかなり重かったので
「うおっ、有名人大集合ですね~!」
とチャカしても反応薄く、すごすごと引き返すこともありました…。
それでも私は、なんというか楽観主義者なので、なんとかなるだろうとタカをくくっていました。
あの日が来るまでは…

それは突然来ました。事故のことは知っていました。当時ネットとかは普及していませんでしたが、
自分で日々配達しているトーチュウに全部書いてあるわけですから、
その数日間は、なんともいえない気分でした。
パドックに飛び出した観客と接触し、転倒した若井選手は未だ意識不明…。
それでもどうせ彼は数日後には目を覚まし、何事もなかったように走り出すのだろうと思っていました。
そして冬が来ればまた千葉に戻ってきて、色々と悪戯をして、みんなを楽しませてくれるのだろうと、そう思っていました。
いえ、そう思いたかったのです。
そして私はある夜、おかしな夢を見ました。
いつものテレビ大阪の中継を見ようと目覚ましを12時半にセットして早寝した夜でした。
夢の中でサーキットを走っていると何故か反対側から逆走するマシンがあります。
「うわっ、あぶねえ!」
と言う間もなく一瞬でそのマシンは私の横を掠めて走りぬけ視界の彼方に消えていきました。
と同時に目覚ましがけたたましくなり私はテレビをつけました。
(さっきの夢、なんだったんだ…?)そう思いながら、テレビ大阪の中継を見ていると、
聞きなれたナレーションが彼の訃報を告げました。
そして私はあの夢の意味を、自分的に勝手に理解しました。
ああ… あれがそうだったのかと…
最後の挨拶まで俺なんかに、そうやってハッパかけに来てくれたんですか…
もっと走れって、もっとガンバレって…


あれから時がたち、無才な私はレースから足を洗いました。
それでも私は、あのときの出来事の全てを忘れることはできません。
今の私にできること、それは5月のあの日、彼のレプメットを被って
γで一日中走ること。
その日の走りだけは、もっと走りたかっただろう彼に捧げる為に…。

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最終更新:2008年03月30日 19:07