ハダカンボ11世

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|>|CENTER:ハダカンボ11世| |>|&ref(ハダカンボ11世.jpg)| |王朝|スッパダカ朝| |全名|ヌギ・スッパダカ・ハダカンボ(Nugghi Spadhakah Haddha-Khaanbo)| |出生|7595年11月11日&br()リンディスヴァート領南西タヴェリア植民地| |在位|7612年5月13日-| |王妃|クリスティ| |子女|マルルダシ| |父親|ハダカンボ10世| |母親|マミ| *来歴 7595年、スッパダカ王朝第10代皇王ハダカンボ10世の第11王子として誕生。末子であったことと、母親であるマミが王宮付き召使いであったことから扱いは良くなく、12歳までは自分が王族であることを知らなかった。 7607年、自身の血統による王位継承を安定させようとした王妃ワビカの策謀により母マミとともに王府を追放される。その間面倒を見たのは先年宰相を解任され失脚したイマラ族族長のティガソであった。 7610年、ワビカ王妃死去とティガソ派の働きかけもあり、王宮に呼び戻され王族としての教育を受ける。 7611年、16歳のときラータイ=ティガソの乱が勃発。ティガソの陰謀によりハダカンボ10世と王太子ヘアヌドを始めとする王族が殺害されると各部族を短期間でまとめ上げこれを討伐する。 7612年にティガソを処刑し国内の反対勢力を一掃すると生存している王族の最年長ということで即位する(この時生存していた王族はヌギ以外では王太子ヘアヌドの嫡子ネイのみであった)。 7613年、影でイマラ族を支援してきた隣国ザルバチ海岸共和国がザルバチ人宣教師殺害を口実に侵攻。王国建国以来最大の対外戦争となる第3次ハダカンボ=ザルバチ戦争が勃発する。残留リンディス兵団などの活躍もあり、最終的には7614年に国境がほぼ確定するという形で講和を結ぶことに成功する。 この戦績により、国際的な知名度が大きく上がり、一躍有名人となる。 この年に、甥である ネイを後継者とするためにスルガに留学させる。 7615年、リンディス兵団の給仕クリスティと結婚する。 7616年、イクファターナ周遊へ出発。各国で取材を受けたり、文明の利器を体験するなど近代化に大きな関心を示した。周遊中に実子マルルダシが誕生する。 *人物 *逸話
&bold(){ハダカンボ11世}(ダハーカ語:Haddha-Khaanbo Ⅺ、7595年11月11日 - )は、[[ハダカンボ王国]]スッパダカ王朝第11代皇王(7612年5月13日 - )。第10代ハダカンボ皇王ハダカンボ10世の11番目の男子で、前王太子・摂政ヘアヌドの異母弟。外国メディアでは、&bold(){ヌギ王}と表記されることが多い。 |>|BGCOLOR(NAVY):COLOR(WHITE):CENTER:ハダカンボ11世| |>|CENTER:&ref(ハダカンボ11世.jpg,,height=400)| |王朝|スッパダカ朝| |全名|ヌギ・スッパダカ・ハダカンボ(Nugghi Spadhakah Haddha-Khaanbo)| |出生|7595年11月11日&br()リンディスヴァート領南西タヴェリア植民地| |在位|7612年1月13日-| |王妃|クリスティ| |子女|マルルダシ| |父親|ハダカンボ10世| |母親|マミ| *来歴 7595年、スッパダカ王朝第10代皇王ハダカンボ10世の第11王子として誕生。末子であったことと、母親であるマミが王宮付き召使いであったことから扱いは良くなく、12歳までは自分が王族であることを知らなかった。 7607年、自身の血統による王位継承を安定させようとした王妃ワビカの策謀により母マミとともに王府を追放される。その間面倒を見たのは先年宰相を解任され失脚したイマラ族族長のティガソであった。 7610年、ワビカ王妃死去とティガソ派の働きかけもあり、王宮に呼び戻され王族としての教育を受ける。 7611年、16歳のときティガソの陰謀によりハダカンボ10世と王太子ヘアヌドを始めとする王族が殺害され、ラータイが王位を僭称するとモフモフ族や有志の戦士を率いて挙兵。 半年に渡る王位継承戦争の結果、ラータイと貴族の連合軍を打ち破り、大貴族の勢力を一掃する。 王位継承が決定した後、王国摂政となり事実上の最高権力者に付いたあとは、継承戦争時に功績のあった将軍たちを重職につけ、側近政治を開始。もはや誰も並びうる者がいない絶対君主となった。 7612年1月13日、王位継承の儀式を経て正式に王位につく。 7613年、影でイマラ族を支援してきた隣国ザルバチ海岸共和国がラータイを担いで、正統なる王国政府再建と暴君ハダカンボ11世からのハダカンボ人民の人道的救済を口実に侵攻。王国建国以来最大の対外戦争となる第3次ハダカンボ=ザルバチ戦争が勃発する。残留リンディス兵団などの活躍もあり、最終的には7614年に国境がほぼ確定するという形で講和を結ぶことに成功する。 この戦績により、国際的な知名度が大きく上がり、一躍有名人となる。 この年に、甥である ネイを後継者とするためにスルガに留学させる。 7616年、イクファターナ周遊へ出発。各国で取材を受けたり、文明の利器を体験するなど近代化に大きな関心を示した。周遊中に実子マルルダシが誕生する。 *主な政策 -&bold(){第一次内務改革}(7612年):王位継承直後の政情不安を一刻も早く収束させるべく、警察に相当するマカイ(警務隊)を整備しモフモフ族にこの任務をあたらせた。また、土地の所有も従来は事実上貴族による分割統治であったものを「大地母神の肉体とその子女の返上」という名目で版籍奉還を行わせ、直轄統治の基礎を作った。 -&bold(){捨て子の禁止}(7613年):食糧事情の乏しいハダカンボの土地では古くから捨て子が横行していた。勅令によってこれを禁止し、違反者には断種、不妊措置などの厳しい処分を下すこととした。 -&bold(){軍事改革}(7614年):第3次ハダカンボ=ザルバチ戦争を受けて、軍事的な改革に迫られ軍制を改革。従来の貴族軍を、中央集権的な近代軍制に改革した。また、士族からなる戦士団を解体し、戦士は原則として志願制とした。能力に応じた指揮系統を配置し、平民出身でも指揮官になれるようにしたことで全軍の士気向上にも貢献した。 -&bold(){第二次内務改革}(7616年):各国周遊から帰国した直後に開始した改革。諸外国の警察機構を研究し、より中央集権的な組織を構築した。従来のモフモフ族のみで構成される警察ではなく、各種族からも志願者を公募することとした。 *人物 遊び人であり、政務を放り投げてよく城下でナンパしている姿が目撃されており、王になる前からあちこちで子供を作っている。 一方で宮廷闘争の醜さを知っているために側室は一切置かず、今後も置くつもりはないとしており、王妃以外の女性との間にできた子の王位継承権を認めないと宣言している。ただし、母親が死亡するなどして孤児になった子に関しては成人するまで王府で面倒を見るとしている。 誰に対しても分け隔てなく接するうえ、世話焼きなところがあるので観光客に道案内をしたりする。 王としての威厳を感じさせず、言動も軽々しいので保守的な貴族からは嫌われるが、平民からは大いに慕われている。 普段は温厚で誰に対しても手を差し伸べるが、激昂すると手を付けられず、徹底的に相手を叩きのめす非情な一面も持つ。その苛烈な一面はイマラ族殲滅事件などによく現れている。 新しい技術や外国の文化には大いに理解があるものの、写真を撮られることはあまり好まない。 *逸話 -レオネッサ訪問中にスリに遭いスリを追いかけるために服が邪魔だからと全裸で追いかけたら自分が警察に捕まるという大失態を犯す。なお犯人は後日逮捕された。 -スルガ料理を「ハダカンボ人の口に合う」として大変気に入っており、ネイの留学先をスルガに決めたのも食事面で困らないようにするためという配慮も一因とされている。 -あるアトリオン人は「ビューティフル」と称するほどの引き締まった肉体を持っている。 *家族 7615年、リンディス兵団の給仕クリスティと結婚する。 7616年、第一王子マルルダシ誕生。 *政治思考 |>|>|>|BGCOLOR(#daa520):COLOR(#fff):SIZE(20):~ハダカンボ11世|h |民主主義|◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇|専制主義|万機公論に決すべし| |政治的左派|◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇|政治的右派|保守左派。伝統を守りつつ臣民の平等な暮らしを心がけよう。| |解放社会|◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇|閉鎖社会|来る者拒まず| |自由経済|◇◇◇◇◇◇◆◇◇◇|中央計画経済|諸外国のように貧富の差が開くくらいならば多少の統制は必要だ。| |志願制|◇◇◇◇◇◇◆◇◇◇|徴兵制|国民皆兵でザルバチの侵略から守らなければならない| |タカ派|◇◇◇◇◇◇◇◆◇◇|ハト派|戦争は嫌いだ。だが降りかかる火の粉は払わねばならない。| |介入主義|◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇|孤立主義|困っている国には手を差し伸べよう。| *各国に対する感情 |国名|感想| |[[ザルバチ海岸共和国]]|敵性国家だが遠い将来手を取り合える日を望む。ピロシチはうまかった。| |[[ヤード帝国>リントヴルム朝ヤード帝国]]|対等な関係を望んでいるが、属国扱いされるのは納得いかない。鶏のオリーブ焼きはうまかった。| |[[ソフィア王国]]|野蛮が服を着て歩いている。妹は大丈夫だろうか。ビチェロのソテーはうまかった。| |[[立憲王政アーカルソン=リペルニア]]|民主主義の見本とも言えるが、その富の厳選と広大な植民地は過去の侵略の成果だろう。フィッシュアンドチップスというのは油っぽすぎる。| |[[スルガ]]|独特の文化が面白い。まあ我が国も独特だと言われているが。この国ならネイを安心して預けられる。スシとかいう握り飯はうまかった。| |[[シンファナ=タンクレート共和国連合]]|モーリス主義というのは王を殺す危険な思想だと認識しているが、その理想は理解できる。ヨーグルトとかいう食べ物はなかなかうまかった。| |[[清河人民社会主義共和国]]|国民感情は良くないがそれなりに豊かな国のようだ。礼料理は少し油っぽかったがなかなか食べごたえがあってうまかった。| |[[インティ帝国]]|白人国家と戦い続けている我が国と境遇が同じ国。ワインとは違うぶどう酒はなかなかに絶品だった。| *人物評 |人名|国籍|評価| |[[今川ユーナ]]|[[スルガ]]|その細腕でよくここまで国を安定させたものだ。彼女は信用できる。| |[[クローヴィス・ソフィア・クラリッサ・フェンタジネット]]|[[ソフィア王国]]|温厚。まさにそれにつきる。しかし不安定な南イクファターナを治めるには少々頼りない。| |[[クラーラ・ソフィア・フェンタジネット]]|[[ソフィア王国]]|王女でありながらなかなかに剛毅。うちの妹にも似ているが少々短慮なところがある。悪い人間ではないようだが。| |[[ピエール・デュカス]]|[[ソフィア王国]]|極力関わり合いになりたくない相手。この男が我が国に生まれなかったことを神に感謝しよう。| |[[アババ3世]]|[[ムスルマーネン=カリフ国]]|誰?| |アレクシオス・ユスティニアヌス|[[ヤード帝国>リントヴルム朝ヤード帝国]]|これほどの人物が権力をふるえずにいるのはこの国の大きな損失だ。| |ブルクハルト・バント|[[ヤード帝国>リントヴルム朝ヤード帝国]]|%%ひげがダサい%%一見もっともなことを言っているように見えるが少々危険な香りがする。| |朱雀小鞠|[[ヤード帝国>リントヴルム朝ヤード帝国]]|帝国の事実上の支配者と言ってもいいだろう。しかしこの虚構の塊とも言うべきペテン師には十分注意すべきだろう。| |ネイ|[[ハダカンボ王国]]|我が愛すべき甥であり弟分。後継者にふさわしい気品はあるが少々なよなよして頼りない。スルガでしっかりした性格になってもらいたい。| |[[ナラム>ナラム・アジャリバジ]]|[[ハダカンボ王国]]|我が半身ともいうべき相棒。こいつの命令は我が命と心得よ。| *称号 -ハダカンボ王 -大地母神の伴侶 -地上における神の化身 -大地母神の写し身 -最も至尊にして勇敢なる戦士 *特性 |カテゴリ|その1|その2| |教育|不屈の軍人&br()Tough Soldier|世間知らずの甘ちゃん&br()Indulgent Wastrel| |健康|狂気&br()Lunatic|| |先天性|端麗&br()Attractive|屈強&br()Strong| |ライフスタイル|快楽主義&br()Hedonist|姦夫&br()Master Seducer| |個性|好色&br()Lustful|勇敢&br()Brave| |リーダーシップ|軽歩兵リーダー&br()Light Foot Leader|攻撃的なリーダー&br()Aggressive Leader| |その他|非嫡出子&br()Bastard|そばめの子&br()Child of concubine|

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