夏祭りは予想以上に大勢の人で賑わっていた。的屋の立ち並ぶ通り全体を人の波が埋め尽くしている。
ぎゅっ
「――!?」
突然、奈々乃が俺の右半身に身体を密着させてきた。不意に訪れた慣れない感触に、思わず声が漏れる。
「ど、どうしたの……?」
「その……はぐれてはいけないと思いまして……」
「あ、そう……」
あぁ、なんだ……そういうことか。たしかに、これだけ混雑しているしな。はぐれないとも限らないか……
「そうだ、奈々乃は何か欲しいものとかないか?これだけお店が出てるんだし、折角だから」
「そうですね……あっ、あれはなんでしょう?」
奈々乃の指差す先。二つ先の出店では、手に遊戯銃を持った人たちがしきりに店の奥に向けて発砲していた。
「射的か……」
そういえば……俺がかなり前に親父に連れられてこの祭りに来た時、一度だけやった気がするな。たしかあの時は一つも景品を手に出来なかったような……
「兄さん、〈しゃてき〉とは、なんですか?」
「的当てのことだよ。空気銃で景品を狙って、当たって景品が倒れたらそれがもらえるんだ」
「面白そうですね。やってみたいです」
「じゃ、寄ってみるか」
さっそく射的の出店に向かい、店のおじさんに声をかける。
「一回分お願いします」
「はい、一回三百円だよ」
……微妙に高いな。まぁいい、必中の覚悟で望み、全弾命中させればすむことだ。俺は“オヤジ”に三百円を突きつけ、代わりにコルク銃と弾丸五発分をひったくった。
「兄さん?私はどうすれば……?」
「まずは弾を込めろ……」
「え……?」
「聞こえなかったか?弾を込めろといったんだ。はやくしろ」
奈々乃は慌ててコルクを銃に詰め込んだ。そうだ、それでいい。俺の指示を聞いてさえいれば、必ず戦果はあがるのだ。
「よし……まずはターゲットを絞れ。どいつを狙う?」
「で、ではあの人形を……」
あの人形……フッ、〈シュポポイザー〉のソフビ人形を狙うとは、奈々乃らしいではないか。いいだろう。
「では、射撃に移るぞ……待て!そんな構え方では千発撃っても当たらんぞ。こうだ。銃床を首と肩甲骨の間で固定、顎を引け。よし、そのまま……今だ!奴のドタマを吹き飛ばしてやれ!」
奈々乃は俺の指示通りにトリガーを引いた。俺たち兄妹の魂を宿した弾丸は、一直線に標的の頭部へと飛び込んだ――
カン
――が、乾いた音とともにはじかれた。遺憾ながら、目標は未だ健在だ。
「…………」
奈々乃が無言で俺に助けを求めている。俺は黙って銃を受け取った。
〈シュポポイザー〉……どうやらお前は、俺の最後のリミッターを外しちまったらしいな……
手元の銃弾は四発。うち一発は曳光弾代わりの弾道確認用として、使える弾は三発だ。一発ずつしか装填できないから――然るべき場所に、然るべき角度で打ち込まなければならない。発射のプロセスをイメージ――よし、問題ない。標的までの距離はおよそ五メートルだ。呼吸を止め、銃を構える。五メートル、この空気銃の威力が減衰しきるには十分な距離だ。だが――
「……当たる」
銃床を肩に密着させる。グリップを引き寄せるように握り込み、左手で右肩を抱き、銃床を身体で挟み込む。右の頬骨はフレームに付け、右目と銃口、標的を一直線の位置へ――
――?やはり……
銃身が僅かにゆがんでいる。湿気を吸ったフレームが右に数ミリ曲がっているのだ。先程の射撃で標的が倒れなかったのもおそらくこれが原因だ。発射角を左に微調整。弾丸の回転はどうか?ごく僅かな横転でも、コルクのような初速の遅い弾では大きく影響するのは間違いない。
他にも多くの、微細な問題を全て勘案し、最終的に照準を決定する。弾道のイメージが完成したところで、俺はこれらの要素を頭の中から除外した。残るのは完璧な照準のみ。
時間の前後が曖昧になった。気づいたときには既にトリガーを引いていた。
――撃発――
全てイメージした通りだった。弾道の膨らみ、回転――魔弾が飛ぶ。空間を切り裂き、所定の位置へと収束していく――
そして、命中。渾身の弾丸を受けた標的はたちどころにバランスを崩した。届いたのだ。俺の射撃が。間髪いれずに残りの弾丸を撃ち込む。とうとう標的はその場に倒れ伏した。凄まじい高揚感。
「ハッ!目にもの見たか、ゴミ虫め!!」
「に、兄さん……?」
「どうした奈々乃、もっと喜んでもいいんだぞ?この瞬間から、あのシュポポイザーはお前の物だ!」
「あの……。あれはシュポポイザーとは違います……」
「……へ?」
馬鹿な……俺は確かに――
「たいした腕だなあんちゃん。ほれ、景品だ」
「あ、どうも……」
おじさんから手渡されたのは、たしかにシュポポイザーなどでは無く、赤い覆面を被った男の人形だった。どうやら俺は射撃に熱中するあまり、標的自体を間違えていたらしい。
「これは……何でしょう……?」
「どこかで見たような人形だな……不気味だから捨てとくか」
「やめときましょう?なんだか、呪われそうですし……」
(イッショニ、カエロウ)
たしかに、この人形からは何者かの残留思念が感じられるな。なんか聞こえたし……
その後も俺たちは祭りを満喫した。スマートボール、金魚すくい、型ぬき菓子、ヨーヨー釣り、ベイビーカステラ……以前――といってももう十年以上前のことだが――来たときのことをほとんど覚えていないらしい奈々乃にとってはその全てが新鮮だったのだろう。奈々乃が普段ほとんど見せない、心から楽しんでいるとき特有の屈託のない笑顔が、行く先々で垣間見えた。途中、人がかなり捌けているのにも関わらず、奈々乃が俺の肩にしなだれかかっていることに気づいたが、俺は何も言おうとは思わなかった。むしろ、浴衣ごしに伝わってくる彼女の鼓動が、俺にとってとても心地よく響いていた。何度も彼女の背中を抱き寄せたいという衝動が押し寄せたが、理性がそれをおしとどめた。そう、彼女は“妹”だ。俺の内心は決してほめられた物ではない。それに彼女は俺を一人の男としてではなく、“兄”としてしか見ていない……はずだ。仮に俺がそんな目で見られていたとすれば、それは彼女の、奈々乃のとんだ見当違いだ。いずれ、彼女にとってもっとふさわしい男が現れる。その時になれば奈々乃も気付くのだろう。だが――
――果たして俺はそのとき、正気でいられるだろうか?
それは自分の気持ちを誤魔化す方便に過ぎない、無意味な自問だった。俺はどうにかしてこの気持ちに理屈をつけようとしている――
「兄さん、顔色が……どこか具合でも……?」
「あ……」
しまった。くだらないことを考えるうちにいつの間にか顔に出していたらしい。せっかく遊びに来たっていうのに、最後の最後で奈々乃を不安にさせてしまった。これじゃ兄失格だ……
「やっぱり具合が悪いんですか……?ごめんなさい、私がずるずると遊びすぎたばかりに……」
あぁ……
「いや、違うんだ。ちょっと考え事をしてただけだから……そうだ、他に見て回りたいところはあるか?」
俺はなんて愚かな……奈々乃にこんな小手先だけの誤魔化しは通じない。奈々乃は他人の心情にどうしても鈍感にはなれない、そんな奴だ。案の定、彼女は怪訝そうな表情だった。これじゃあ、何のために来たのかサッパリ判らないじゃないか……
気まずい沈黙が流れる。俺はこの雰囲気を打破できる言葉を持たなかった。奈々乃の身体は俺から距離をとっていた……
突然、空が明るくなった。
「きゃっ」
奈々乃は驚いて俺の影に隠れた。身体をこわばらせ、何かに怯えているのがわかる。どうやら雷かなにかと勘違いしてるらしいが……
「……怖がらなくても大丈夫だよ。花火だ」
「は、はなび……?」
南の空に、大輪の花が咲き乱れる。重なり合う爆音が空気を震わせ、しばしの間、俺たちは花火に見入った。いつしか奈々乃は再び俺の肩にすがり付いていた。途端に、俺の先程までの低回がくだらない、取るに足らない物だったと自覚する。俺たちはもともと、あれこれ互いに気を回しあうような、そんな他人行儀な仲ではなかったはずだ。もっと強固な、何事にも動じない、深い絆。俺たちが兄妹だから、それを今まで失わずに来れたのではないのか?だとすれば――
「綺麗ですね……」
「あぁ、そうだな」
――どうして躊躇う必要がある?
いつの間にか、俺は奈々乃を抱きしめていた。瞬間、奈々乃は小さく声を漏らしたが、素直に俺に身体を預けた。何も驚くことはない。全ては当然の帰結だった。何しろ、俺たちは兄妹。世間的に見ればこれはおかしなことなのかもしれない。だが、愛に理屈の介在する余地など無いのだ。言葉は不要。俺たちは浅く唇を合わせる。
「んっ……兄さん……」
「……っ」
その晩、俺はなかなか寝付けなかった。あんなことがあったんだ。仕方がないとも言えるだろう。だが……
「はぁ……」
やっぱり俺は少し軽率だったかもしれない。勢いでキスなんてしてしまったせいで、あれからずっと奈々乃とはまともに会話できていなかった。明日からどんな顔して会えばいいのやら……時計を見ると、既に午前二時を回っていた。そろそろ寝ないと朝が辛いな……
ガチャ……
「……?」
突然、ドアが開かれる……なんだ、奈々乃か。こんな時間に何の用だろう?
「あっ……兄さん、まだ起きてた……」
「……?何時だと思ってるんだ?もう二時過ぎてるぞ……」
「え、えと……。その、なかなか寝付けなくて……」
やっぱり奈々乃も似たような気分だったか。少し安心した……。
「そうか……。でも明日は学園だから、早く寝ないと知らないよ?」
「……て、くれ……ますか?」
「ん?なんか言った?」
俺もさっさと寝たいんだが……用事なら明日でも――
「ですからっ!私と一緒に寝てくれますかって言ってるんです!」
「…………は?」
ま、まぁ……小さいころは二人並んで寝ていた気がするし……それくらいならいいか。俺はベッドの左側を空けた。
「おいで」
「に、兄さん!その、そういう意味ではなくて……」
「……?」
そういう意味じゃないって……?
「それは、どういう……」
「兄さんは……先程、私にキスを……してくれました」
「あ、あぁ……」
何で今そんな話を……
「その……私も、女の子なんです。ですから、すごく……嬉しかったんです」
「そ、そうか。それはどうも……」
その時になって初めて、血の巡りの悪い俺も奈々乃の言葉の意味を理解した。俺が眠れずにいる理由も。
「……兄さん、私はもう……一人でするのは嫌なんです……」
「え、えっと……」
暗がりでよく見えなかったが、奈々乃の熱を帯びた表情だけははっきりと認めることができた。
「ですから、兄さん……」
「そ、その……良いのか?俺、絶対うまくやれないと思うけど……」
心拍数が急激に上昇する。奈々乃に対して、初めて抱く感情。
「もちろんです……どうか、私の全てを……」
「俺も、奈々乃が……」
奈々乃が欲しい――
こみ上げるのは色欲ではなく、愛おしさだった。彼女の肩にそっと触れる。しばし、見つめ合い――
「……っ」
目を閉じ、唇を近づける――受け入れてくれた。甘い、蕩けるような感触。ただ、嬉しかった。俺はそのまま、奈々乃のネグリジェに手をかける。
「……あれ?」
脱がせ方が判らないな……これかな?
「兄さん……慌てないで。私が……しますから……」
そういうなり、少女は自らの服に手をかけ――
――ぱさり――
それを床に脱ぎ捨てた。限りなく無防備な肢体がさらされる。俺はそっと手を伸ばし、彼女をベッドに横たえた。
「…………」
で、これからどうすればいいんだ……?残念なことに、俺にはこれに関するノウハウはない。いや、無いといえば語弊があるが……それもあくまで“知識”としてだけだ。無意味な沈黙が、俺を一層焦らせる。
「はぁ……。兄さん、じっとしててくださいね」
奈々乃はなかば呆れた様子で身体を起こすと、俺の背中に手を回し、そのまましがみついてきた。
「ち、ちょっと……まだ、心の準備が――」
「いいから。じっとして……気持ちよくしてあげますから……」
先程よりもさらに艶のかかった声。細く形の良い指が俺の寝間着のボタンにかかり、服の内側に入り込む。
「あ、えっと……」
「兄さん……なんだか、ドキドキしてます……」
そのまま、俺は寝台に押し付けられる。ベッドのスプリングがギッと音を立てた。
「んっ……ふぅ……」
奈々乃は俺の服をはだけさせると、胸から首筋にかけて舌を這わせた。ざらついた舌の感触が鎖骨から首へと上がっていき、唾液を塗りたくる。
「んふっ……はぁ」
奈々乃は一度舌を離すと、すぐに俺の唇を奪った。彼女の舌が、口の中を侵略する。脳が蕩け、何も考えられない――
ちゅっ……じゅる…ずずず…………
いやらしい音が室内にこだまする。俺はしばらくの間、妹の蹂躙に身を委ねた。
「んっ……はぁ……」
再び、彼女の唇が離れる。唾液のあとをひきながら、彼女は身体の向きを変えた。すらりとした脚が俺の頭をまたぎ、小さな下着に隠された尻が目の前に現れる。目のやり場に困り、俺は天井を見上げた。
「次は……こっちです」
「あ……」
彼女は躊躇うことなく俺のズボンと下着をおろした。度重なる愛撫に少なからず反応していた俺のモノがあらわになる。完全には大きくなりきっていないそれを、彼女はそっと手のひらに包み、上下に擦り始めた。熱を帯びたそれの硬さを確認するように、握る力に強弱をつけて。絶妙な動きに、それに少しずつ血が集まっていく。
最終更新:2010年10月24日 13:01