83 ID:lIoAz9Q0
彼は、「ボクたちはナンなんだろう?」と、彼女に尋ねた。
彼女は、「それはわからない」と、彼に答えた。
だから彼は、「そう」と、少し沈んだ様子だった。
だから彼女は、「けれど」と、少し遠慮がちに言葉を紡いだ。
「けれど、どうも私は“最強”の存在らしい」
「サイキョウ……?」
「ああ、私の名は最強(それ)と同義だと、人間たちは言う」
「……イチバンツヨいってこと?」
「らしいな」
「それは、どういうことなんだろうね?」
「わからない」
束の間、二人の間に沈黙が姿を現す。
84 ID:lIoAz9Q0
「じゃあ、」
そして再び、彼が言葉を発する。
「ボクは?」
彼女は答えを知らない。だから仕方なく、「わからない」と答えようとする。
だが寸前で第三の声が出現する。
「教えてやるよ。
それは“最弱”だ」
「違う!」と、彼女は反射的に声を荒げてそれに反論する。
だが、彼は「ああ、そうか」と納得する。
彼女は彼に対しても「そうじゃない」と、言葉を向けかける。
そして発見する。彼の身体が、いまや融解を開始していることを。
「だから、ボクはコロされたんだね?」
「違う! ちがう!! チガウッ!!!」
否定しながら、彼女は無慈悲に溶けていく彼の身体へと必死に手を伸ばす。
彼女の手が触れた瞬間――
「自覚しろ。
お前がタイプ2(僕)を殺したんだ」
ミュウツーは、そこでまどろみから覚める。
85 ID:lIoAz9Q0
この場所が一体どこなのか。
ミュウツーはそれを知らない。たまたま一番最初に目に付いた洞窟。そこを自分の墓だと思い定めた。
洞窟の最深部に潜り、ちょうど良い高さに突き出す岩の突起へと腰を下ろした。そして彼女は、
以来そこから動かずにいる。見るともなく岩壁を見、聞くともなく風の音を聞き、
考えるともなく様々なことを考え、眠るともなく眠り、そして時折、夢を見た。
夢はいつも同じものだった。
その夢の後で、彼女はいつも自身の肌を剥がした。
だが、どれだけ肌を剥がしても、彼女の肌はすぐさま復元し、何事もなかったように白く輝く。
繰り返す内に、肌を剥がすだけでは足りなくなった。
だから彼女は自身の尻尾を使って腹を刺した。
だから彼女は自身の腕を使って裂いた腹の中を抉った。
だから彼女は自身の足を使って裂いた腹の中から出したものを踏みつけた。
だから彼女は、自身のサイコキネシスを使って己の手足を破裂させた。
けれど痛みはなかった。何故なら、彼女は最強のポケモンだったから。
最強のポケモンは、その肉体は、どんな傷を受けたところで、瞬く間に全てを復元する。
だからわざわざ痛みを感じる必要がない。
彼女には、その人工的に作られた身体には、痛覚が存在しなかった。
復元が終わる度に、ただ何もかもが嫌になっていった。
87 ID:lIoAz9Q0
鬱屈した精神に、最強であり続けることを義務付けられた肉体が拒絶反応を示したのは、
一ヶ月前(もちろん彼女はその明確な経過時間を知らない。洞窟の中に時間を知る手段はなかったし、
彼女自身もそれを知ることなど、とうに放棄していたからだ。)のことだった。
最強の肉体は、彼女の意志を全く無視して、溜まり続けたストレスを発散しようとした。
最強でありつづけるためには、全てを放棄したがる暗澹とした心理は邪魔だったのだ。
ストレスを発散するための行為を肉体が終えた後で、彼女は実際に心が晴れていたことを発見した。
それは全体から考えれば、本当にほんの僅かに軽くなっただけだったが、
彼女はたしかに自身の心が晴れていることを発見した。
そしてまた彼女は、より一層深く沈みこんだ。
そんな彼女の前に今、一人の少年が立っていた。
少年は、初めての訪問者だった。
彼は荒く息を切らせながら、まどろみから覚めたミュウツーの前に立っていた。
その足は微かに震えている。
88 ID:lIoAz9Q0
「……お前は誰だ?」
ミュウツーは、知らぬ間にそう言っていた。
少年は震える声を出した。
「ぼ、僕は……」
「何故、ここへ来た?」
ミュウツーは少年の回答を待たずに質問を重ねる。
「私を捕まえに来たのか? それとも……、殺しに来たのか?」
全身が泥と擦り傷にまみれた少年は、その静かな問いに気圧される。
もはや答えようという気力さえ沸いてこないのか、後ずさり、そして足を縺れさせ、
尻餅をつく。
その無様な姿に、ミュウツーは悟った。
この少年は、明確な意思を持ってここに来たのではない。私がいることを知っていたわけではない。
だから当然捕まえる気も、そして殺す気もない。そんなことが出来る存在ではない。
89 ID:lIoAz9Q0
最強(ミュウツー)とは比べるべくもない、哀れなまでに脆い弱者。
――最弱。
だからミュウツーは、何もしないことに決めた。
脅して追い返すことも、殺してくれと願うことも。
ただ一言を、言った。
「話がしたい」
すると、少年は未だに震えながらも、意外そうな顔をした。
ミュウツーはもう一度、繰り返した。
「少年、私は君と話がしたい」
それは、全てを放棄した彼女が、ただ一つ、求めたことだった。
――カエってきたら、またハナシをしよう。
ミュウツーもまた、もっと話をしたかった
90 ID:lIoAz9Q0
「少年、強いとは、弱いとは、何だ?」
「……たぶん、負けないのが、強いってことだと思う」
「では、弱いとは?」
「……その逆だから、勝てないこと?」
「……そうか」
少年は上目遣いで、怯えながら話している。
「君は弱いのか?」
「だって、僕はやられてばっかりだから」
「しかし君は私と話をしている」
「? ……うん、そうだけど?」
「少年、君は最強(私)と並ぶことができている」
少年は怪訝そうな顔を浮かべるが、しかし怯えの消えている自分を発見する。
「今まではやられてばかりだったと言ったな?」
「……うん」
「しかし明日からも、やられてばかりいると決まったわけではない」
「…………」
「弱いままでい続ける、最弱でい続ける存在など、それを義務付けられた存在など、
そんな生命など、この世にあってはならない」
「…………」
「あってはならない」
少年とミュウツーは、いまや互いに目を逸らすことなく話を続ける。
91 名前:邂逅・8[] 投稿日:2007/06/16(土) 21:22:31.90 ID:lIoAz9Q0
「答えてくれ」
ミュウツーは問う。
「少年、何故、君はここに来た?」
「……たぶん」
少年は答える。
「強くなりたかった。それで皆に認められたかった」
その答えに、ミュウツーは救われた気がした。
だから思わず、少年を抱き締める。
そして言う。
「強くあってくれ。頼むから。お願いだから。君は強く、強く……」
――いつか、私よりも。
少年は、躊躇いながらも、「うん」と、小さく頷く。
温かさを感じながら。
たとえそこが、人外の胸の中であったとしても。
92 ID:lIoAz9Q0
やがて、少年は洞窟の外へと帰って行った。
来る時と同じく勝手に作り出した入り口を使って帰っていった。
彼は結局、ミュウツー以外には高レベルの野生ポケモンと出会うことはなかった。
往路のそれは純粋に幸運の成せる奇跡だったが、しかし復路のそれはミュウツーの守護があったからだった。
ミュウツーはその強力なサイコキネシスを駆使して、洞窟内に生息する全ての野生ポケモンの動きを停止させていた。
それは彼女のサイコキネシスが、彼女自身の意志によって何かを成した二度目の機会だった。
一度目の破壊とは違い、それは守るための力の行使だった。
少年が無事に外界に辿り着いたことを感覚すると、ミュウツーの胸に安堵と誇りと寂寥が、
ほとんど同時に去来した。
「ありがとう、少年」
ミュウツーの小さな呟きは、岩壁に反響しながら、やがて暗闇に呑まれていく。
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最終更新:2007年12月09日 22:39