Silent Night~聖なる夜の事務所にて~
Silent Night~聖なる夜の事務所にて~
【宗像 健一】
「なんか、やけに冷えると思ったら……」
少し身震いしながら、外から帰ってきた彼はそう言った。
寒い外から帰ってきたときの、特有のにおいをその身にまとって。
暖かい室内に、寒い外気が流れ込んでくる。
それは、小さな風を伴って、部屋の隅へと吹き抜けていった。
壁にかけてあるカレンダーやカーテンの端が、少しだけ捲り上がった。
「お帰り。どうした?」
書類から目を離さずに言うと、今にもストーブを抱えそうに手を翳しながら、あっけにとられたようにこちらを見たような気がした。
ややしばらくの間が空いて、苦笑で返してきた。
「おまえ……ずっと篭ってたのか?」
「ん? あ、あぁ……。そうみたいだ」
言葉を交わしながらも、ちっとも書類から目を上げずにいる様子を、呆れて見ているのだろう。
暢気とも取れるような言葉に、やれやれと言った風に首を振る気配がするのを感じていた。
ひとつため息をついて、こちらに近づいてくる。
「ずっと座ってると、根が生えてくるぞ。
まったく……いい加減にしないと、体壊すぞ?」
「すまん。
一区切り付いたら――と思ってたんだが。
思ったより、時間がかかってしまったみたいだな」
ようやく目を上げ、少し照れ笑いをする。
窓の外を見ると、いつの間にか街は暗闇に包まれていた。
作業をスタートさせたのが、お昼過ぎだから……。
結構な時間、それに没頭していたことになる。
それに気付くと同時に、肩が重く感じられた。
ゆっくりと首を回し、凝り固まった筋を伸ばす。
終わるのを見計らうかのように、コーヒーがデスクに置かれた。
芳しい香りが、アロマさながら漂っている。
一口流し込むと、なんともいえない安らぎを感じる。
「まぁ、年末だしな。
早く終わらせたいって言うのも解るが、少しは体のことも考えてだな……」
「いや、あることに気付いてな。
もしかしたら、それでひっくり返るかもしれない――なんて思ったら、つい……」
「それ、本当なのか?」
「この期に及んで嘘つくほど、趣味悪くないぞ?」
「あ、いや。悪い。つい、な……」
罰の悪さを、コーヒーで流し込むように、ごくりと一口飲んだ。
「そうか……なら、おまえが没頭するのもわかるな」
消え入るかのような小さな声で、ポツリと呟く。
「で? そっちの収穫は?」
「あぁ、こっちは相変わらず、コレといった進展はなし」
ため息のように告げて、髪を掻きあげた。
後ろの窓へ歩み寄り、暗くなった街を見る。
雑踏の賑わいはいつもの数割り増しで、きっと窓を開ければうるさいくらいに賑やかな音楽やら雑踏のざわめきが聞こえてくるだろう。
「……なにか、別の手でも打たないと、新しい展開は出てこないかもしれないな……」
「別の手?」
飲みかけたコーヒーカップに口をつけたまま、反射的に繰り返す。
「ほら、前、なんか言っていただろう?
知り合ったとかなんとか……」
その言葉に、しばらく首を傾げている。
「プロファイル――だっけ? なんか、そんなような……」
「あぁ。そう言えば……」
思い出したように手を打って、貰っていた名刺を探し出した。
「確か、ここに……あ、あったあった」
「どれどれ? ふぅん。ちょっと郊外だな」
「都心の方にも事務所はあるって言ってたな。
あ、そう言えば、今日は何日だ?」
「何日って、おまえ……」
「いいから! 何日だ?」
その言葉に肩を竦めながら、呆れたように呟いた。
「24日だよ。12月24日……」
「そうか……じゃあ、都心の方の事務所は閉めちまってるな……」
「……それだけかよ?」
「ん? それだけって?」
「今日は、24日なんだぞ? わかってんのか?」
「24日なんだろ? それがどうか……」
はたと言葉が止まる。
その様子に、はぁと深いため息を盛大について。
やれやれと言った風に、首を横に振る。
「その様子じゃ、忘れてたな?」
「……あ、あぁ……忘れてた……」
「やっぱりな……。
ここまでずぼらだと、彼女が不憫だな」
「そこまで言うか?」
「本当のこと、だろ?
あんなに楽しみにしてるって言ってたのに」
「仕方ないだろ?
仕事が押してしまったんだから……」
「それは、こちら側の言い訳。
彼女にとっては、何の言い訳にもならないよ」
「じゃあ、どうすれば……」
「そうだなぁ、今から駆けつけて、許してもらうまで謝りまくるか。
どうしてもダメだというなら、別の日にしてもらうか――だな」
しばし、沈黙が漂った。
おもむろに受話器を掴もうとするのを、別の手が止める。
「なにをする!?」
「本当に、それでいいのか?」
「なに?」
「今日と言う日は、今しかないんだぞ?
明日でも回す事のできるものがあるなら、今日しかできないことを優先すべきじゃないのか?」
「しかし、これも、今日しか……」
机の上の資料を見て、呟くように言う。
「おまえ……。
俺のこと、忘れてないか?」
ため息混じりでそう言う声に、はっとする。
「けど、おまえだって……」
「大丈夫、俺は一人身だ。
誰も、帰りを待っちゃいないよ」
ちょっと苦笑しながら、掴んでいた腕を放す。
「それに、俺もサンタになってみたくてな」
「サンタに!?」
「そっ。俺からのおまえ達へのプレゼントってわけさ」
「……」
「ほら、そうと決まったらさっさと支度する!
まったく、相変わらず、おまえは服装に無頓着なんだからなー」
笑いながら言うと、自分の机の足元から大きな紙袋を取り出した。
「一応、おまえのサイズに合わせたつもりだが……きつかったらすまん。
その一張羅よりはマシだろう」
「俺にか?」
「それ以外、誰がいるんだよ」
「……確かにな」
「時間もあまりないんだから、さっさと着替える!」
「お、おう」
数十分後、真新しいスーツに身を包んで、事務所を出て行く人影を見送る彼がいた。
「メリー・クリスマス。
少しは妹に優しくしてやれよ、兄貴」
※ このお話に出てくる“彼女”とは、公式Webの設定で採用となった妹さんのことです
季節外れの投稿ですが^^;
当作品は、投稿ノベル受賞作品です
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最終更新:2009年09月05日 21:42