植木鉢の思い出
【日下部 春流】
植木鉢の思い出
『誕生日のプレゼントぉ? なに、あんたがくれるっての? 嬉しいじゃない』
あぁ、これは昔の思い出。
夢の中に出てくるだけの甘美なるひと時。
相手は……耳にする分にはちょっとそっけない声だけど、それでも、自分にだけこんな風に言ってくれる人だった。
そう、もうとうに思い出になってしまったものだけれど……。
ぼんやりとした頭で、今自分が何処にいるのかを確認しようとした。
瞳を巡らせて、そこがなんてことはない、自分の部屋だと気付くのに数秒を要してしまった。
頭が重い……。
窓辺に目をやると、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
その向こう側にベランダが影になって見える。
小さな植木鉢が、殺風景さにそぐわないシルエットになって見えていた。
ふと思い出すのは、これを世話していたあの人のこと。
『花好きにはね、悪いやつはいないものさ。
あんたも花のひとつくらい置いてみたらどうだい?
これなら手入れもらくだから、あんたでも大丈夫だろうよ』
そう言って、この鉢を半ば強制的に置いていったっけ。
確かに世話は楽だった。
と言うか……ほとんど、贈り主であるあの人がやってくれたようなものだったけれど。
『あぁあ、ほら。仕事もいいけど、少しはこういうの構ってやらなきゃ。
心も錆付くってもんだよぉ』
などと言っては茶化していく。
あの頃は、単に鬱陶しいものだって思ったものだったけど。
今にして思えば、幸せな時間だったのかもしれない……。
身内と言うわけでもないのに、恋人と言う関係でも勿論なくて。
ただの知り合いと言うか、お隣さん。
それだけの関係でしかないのに、いろいろと世話を焼いてくれた。
どうしてって問うと、少し淋しげに微笑んで言ったっけ。
『息子をね、思い出すんだよ。あんた見てると……』
よく自慢話をしてる、あの息子さんの事か……。
『でもさ……。本当は、もっと頼って欲しかったよ。
親孝行なんて、金目の物を贈るだけじゃあないって事さね……』
そう遠い目をして呟くように言ってた。
しばらくして目線を植木鉢に戻し、語りかけるように話してた。
『出来の悪い子でも構わなかったんだよ。そばに居てくれさえすれば……。
もう少し、頼って欲しかったね。
なんでも一人で出来ちゃうんだから、あたしなんている必要はなかったのかもしれないけれどね』
「そんなことはない」
そう咽喉まででかかったのに、言えなかった。
何か、その言葉が嘘っぽく聞こえる気がしたから。
自慢の息子でも、母親にしたら不満があるって訳か……。
俺なんて……どうなんだろうな?
そばに居たとしたら、迷惑かけっぱなしだったんじゃないかな?
でも、それはそれで……彼女の論理から言えば、嬉しい事なのかもしれない。
『この花はね、息子が好きだった花さ。見かけるとついつい買っちまうんだよ。
もう、コレを贈る相手もいないって言うのにね……』
耳を疑った。
贈る相手がいない?
そんなこと、一言だって――そうか。言えなかったんだ。
彼女自身、信じたくない事だったのかもしれない。
最愛の息子がもういないなんて事を。
『あんたもさ、お母さんには少しは安心させてあげなよ。
行き来できるうちにさ』
あまりに哀しそうな瞳で言うから、頷く事しか出来なかった。
そして、贈った誕生日の贈り物。
満面の笑みで受け取ってくれたあの顔を忘れられはしない。
あれからまもなくだった。
彼女が病気でこの世を去ったのは。
見た目、病気なんてしてなさそうに見えていたのに、彼女はそれをみんなに隠して生活を続けていた。
病人扱いされるのが、何より嫌がっていた彼女だから……。
随分と前の話だ。
カレンダーを見て、ふと思い出した。
あぁ、そうか。
今日は彼女の誕生日なんだ……。
もういない彼女だけれど、お酒が大好きだったからな。
なにか見繕って、あげてあげよう。
勢いよく開いたカーテンの向こうに、風に揺られる植木鉢が見えた。
小さな赤い花が、ようやく蕾をつけていた。
まるであの人のように……。
{ end.}
※思い出の中にいる彼女……名前とか特に決めてなかったんですが^^;
初老に差し掛かった淑女――みたいな方です。
もう既に亡くなっている方なので、設定は必要ないかと。
日下部さんのお隣さんと言うことで、よく部屋を訪れては世話を焼いていたという方。
まぁ、なくなった息子さんとダブらせて、お世話していたという事です。
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最終更新:2009年08月18日 23:27