Fall~散りゆく様の儚き如し~
【醍醐 小太郎】
Fall~散りゆく様の儚き如し~
「うっわぁ……」
何気なく、空を見上げた。
いや、正確に言えば、上を見上げた――だろう。
なにしろ、ここからでは、“空”が見えない。
見上げた視界の一面、薄桃色。
種類によって、微妙にその色合いを違え、グラデーションを作り出している。
ここまで視界を埋める、それは圧巻だった。
「こんなに綺麗なの、はじめて見たかも……」
言葉を失いかけるほどに、それに見とれていたかもしれない。
胸に湧き上がる感動を、誰かとともに共有したくて、みんながいる方へと視線を向ける。
けれど……。
既に「出来上がっている」面々は、それどころではない。
毎日浴びるほどに飲んでいるのにも拘らず、場所が違えば違うとばかりに、どんちゃん騒ぎの様相を呈している。
これでは、いつ顰蹙(ひんしゅく)をかってもおかしくは無いかもしれない。
あまりの煩さに、誰かが怒鳴り込んでこなければいいのだが。
何しろ、若手の集団。
こんな状態で、文句を言われたら……。
考えるだけでも恐ろしい。
けれど、幸いと言うか。
この時期は、それさえも、若干は大目に見られる。
何しろ、ここは“花見の名所”とも言える場所だから。
まぁ、きっと、中に入ってしまえば、一緒になって騒いでしまうだろう事は目に見えている。
この身に流れる日本人の血が疼くと言うか……こんなお祭り騒ぎは嫌いではないけれど。
でも――と思う。
たまには、こんな風に、純粋に花を愛でると言うのも悪くないんじゃないかって。
精一杯咲いている花たちを、その瞬間を心に焼き付けておくことは、悪いことではないだろうと。
現実問題として、それは、やや難しいようだけれども。
少しどこか冷めた心で、肩を竦めやれやれと言った感じで首を振った。
その時――。
視界の隅に、ただひとりで佇んでいる人の姿を認めた。
「?」
いつもなら、率先するくらいに騒ぎの中心となったりするその人が、みんなから離れて空を見上げている。
まるで別世界のような、清涼とも言える空気をその身に纏って。
そこだけ、時の流れが違うような気がした。
凛とした静かな――荘厳さと言うのは、少しオーバーかもしれないけれど。
さわりと吹き抜けていくそよ風に、その髪が揺れる。
はらりと散りゆく花びらが、一枚また一枚と舞っていく。
向こうに見える川面に月の光が揺らめいて、少し逆光に見えるその姿が、どことなく物悲しさを醸し出している気がした。
いつも明るい彼が少し憂いているように見えるのは、冴え冴えとした青白き月光の中だからなのか。
月の光の織り成す陰影が、彼をそんな風に見せるのか……。
なぜか、目が離せなかった。
何故だろう?
自問しても、答えは見出せなかった。
ただ、その彼の周りの静寂さを打ち壊したくないと思った。
そう思えるほどに、その瞬間は、印象深くて。
でも、時は永遠ではない。
例え時を止められたとしても、たゆたう川の流れのような時間の流れを止められるわけではないだろう。
けれど、記憶には、心には残すことが出来る。
忘れたくない――そう思えた一瞬であることは確かだった。
彼は、何を思っていたのだろう。
彼は……何を見ていたのだろう……。
桜の、その先を見ていたような気がする。
こちらの視線に気がついたのか、ふっと顔が動いた。
暗くて良くわからなかったけれど、柔らかい笑顔で微笑まれた気がした。
一瞬躊躇するも、思い切って歩みを進めた。
そばに来るなと言われたわけではない。
でも、ちょっと近寄りがたかった。
瞬間彼に近づくことにためらいを覚えるほど、厳かだったから。
いつもとは、雰囲気が違っていたから――かもしれない。
だから、視線を上に向けたまま、近づいていった。
「どうした? タクヤ。
みんなと飲まないのか?」
「この桜に、見惚れちゃいましたよ」
そんなことを言いながら、微笑う。
ふっと微笑んだ表情は、今まで見たこともないくらいに優しいものだった。
「あぁ、そうだな。
ここの桜は、見事だ。
俺も、さっき、見惚れてしまっていたよ」
「美堂さんは……」
「ん?」
「桜、お好きなんですか?」
本当に聞きたかった事は、そんなことじゃなかったんだけど。
口から出た言葉は、それでしかなかった。
「そうだな……。
嫌い――じゃないよ」
そう言いながら、なぜか苦笑している顔に見えた。
「嫌いじゃないって、好きって事ですよね?」
「まぁ、そうとも言うかな?」
「どうして、素直に好きって言えないんですか?」
その言葉に、一瞬驚いたように目を見開いたような気がした。
なにか、聞いちゃいけないことでも聞いてしまった様な……そんな気分になった。
数呼吸の間があいて、ぽつりと彼は呟くように言葉を紡いだ。
「短い命が、儚すぎてね……」
「え?」
「ま、儚いからこそ、美しいのだろうけども」
「……あ、あぁ……」
やっと、言いたい事が解ったような気がする。
だから、あんな表情になっていたのかな?
美しさばかりに見とれていた自分が、なんとなく気恥ずかしくて。
軽く、目を閉じた。
瞼の裏には、先ほどの風景が切り取られて焼き付けられていた……。
※ このお話は「タクヤ」視点で書かれているものです
珍しくヒロさんが出てきませんが(苦笑)、たまにはこんな感じもいいかな――なんて^^
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最終更新:2009年08月26日 00:26