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 なあ、ハルヒ。天国とここで、恋は結べるかなあ。
 きっと結べると思うんだあ。
 結んでも何もないかもしれないけど。
 きっとそう遠くないよ。
 紐で結ぶなら、ちょうど雲の辺りが真ん中かなあ。

 雪が降っている頃に戻れたらいいなあ。
 そしたらおれお前に告白するよ。
 もう蝉が鳴いてるもんなあ。
 窓、開けるか?多分夕暮れが綺麗だぞ。
 いい?そうか。

 そろそろ五時だなあ。
 寒くないか?
 ああ。俺は平気だよ。
 うん。いや、聞こえる聞こえる。

 ああ。やっぱり窓開ける?
 ほら。開いたぞ。
綺麗だろ。夕焼け。
 高校見えるか?あれだ。
 蝉の音聞こえるか?
 そう、あの丘。俺の家があるところ。
 あの丘のせいで日暮れが早いのか。

 顔赤くないか?
 平気か?
 え?何?わかったよ。
 ほら。
 お前の手さらさらしてんなあ。

 そろそろ5時半だ。
 明日持ってきて欲しいものとかあるか?
 いい?
 そうか。

 俺の椅子の裏から、紅い光が差してくる。この部屋は西向きだ。
 一人には大きすぎる病室が、赤く、赤く照らされた。

 眩しい?平気か。
 ああ、悪い。手が離れちまったな。
 喉、苦しくないか?

 そろそろ退出時間だけど、看護婦さんに言われるまでいてやるからな。
 そうそう。さっき言うのを忘れてたけど、俺の家の玄関さ、改装したんだぜ。
 雨が溜まっちゃうところがあったんだけど、そこのみずはけをよくしたんだ。
 絵、描いてやるよ。ほら。ここを変えたんだ。
 笑うなよ。うまいだろ?
 ここが入り口だよ。

 左手は繋いでいるから、紙切れに、右手だけで描いた。
 ハルヒは俺がたまに描く絵を、大事に大事に取っておいている。
 夜、それを見ているのだそうだ。
 俺が絵を描くと、ハルヒはいつもみたいに笑う。
 それが嬉しい。

 廊下で音がした。きっと、看護婦さんだろう。俺を帰しに来たのだ。
 これからが粘りどころだ。
 おれとハルヒは、いつも、手を繋いだまま、粘る。
 看護婦さんも、本気で帰そうとしているわけではない。
 茶番のようなものだ。
 ハルヒと俺の為に、茶番の悪役を演じているとでも言おうか。
 本気で帰れとは言わない。

 おばさんは、優しかった。
 俺が病院に来ると、俺を励ましてくれたり、ハルヒのことを教えてくれたりする。絵のことも、この人に教えてもらった。
 小さな紙切れはこの人が隠しているらしい。
 ハルヒも、このおばさんが好きで、いろいろ頼っているそうだ。
 この人が病状のことを話すことはなかった。俺も聞かなかったし、聞きたくなかった。
「あ、そうだそうだ。おばさん。ここに、ビデオプレイヤーありますか?」
「うん。」
「明日、俺の小さい頃のビデオ、持ってきて、ここで見たいんですけど、いいですか?」
「うん。」

「そろそろ帰りなよ。」
 おばさんが言う。簡潔に。
 確かに、ハルヒは体調が悪そうだった。
 病状のことは聞かないことにしているから、なぜかわからないが、いつもより体がだるそうだった。
 ハルヒは、声が出にくいのを風邪をこじらせたといっている。喉が痛い。と、そういうことで声が小さいという。
 それが本当かはわからない。
 起き上がるのも、だんだん億劫になっていっているように感じる。
 おばさんは、何も言わない。
 本当に風邪なのだろうかと、不安になる。
 声が出にくくなったのは三日ほど前だ。まだ、はじめの方は、少し離れても聞こえるくらいの声は出ていた。しかし今はもう、ほとんど聞こえない。
 時計を見る。面会時間は五時半までだが、もう六時になろうとしている。
 粘るのもこれくらいにしておこう。俺はハルヒにそう耳打ちした。少し、くすぐったそうだ。
 ハルヒの身体には、なにも医療器具はついていない。
 白い肌の上に、白い服を羽織っている。ベッドも白いし、部屋の中も白い。
 テレビが一つと、掛け時計が一つと、それとハルヒの荷物。あるのはそんなものだった。
 病院の外は、悲しい林だ。
 そこには蝉やらの虫がいて、夜によく鳴く。
 今も鳴いている。その音だけが病室に響くこともよくあった。
 俺はハルヒを撫でてから、リュックをしょって病室を出て行った。後ろ髪ひかれる思い。だ。廊下に出ると、病院の廊下の窓から、網戸越しに夏の空気がやってきた。長い廊下だ。
 右側が窓で、左側が病室だ。どちらも長く伸びている。
 ハルヒの部屋は3階にある。エレベーターもあるが、なんだか怖い。だから俺はいつも階段を下りて帰る。
 それはそれで怖い。ああ、駆け下りていく。

 八月になったばかりのことだ。さっきまでは晴れていたのに、もう、空は雲ばかりだった。しかも、厚いようだ。節電中の、病院の玄関を出て、ハルヒの病室を見る。もう暗い。多少の明かりが見えるのは、きっとスタンドがついているからだ。4日前ごろはまだ、俺が帰るときには窓から顔を出してくれていたのだが。
 俺は走った。自転車などない。
 夏風邪か。
 免疫力が低下して、ひどい風邪も併発してしまった。本当にそうだろうか。
 俺は、病状は聞かない。それに、調べない。図書館にある医学書も、開くことはできなかった。
 あるいは、末期症状かもしれない。
 雨が、唇に落ちて、跳ねた。後続の粒もどんどんやってくる。
 俺は商店街の、なにかの店の、軒下に雨宿りした。
 振り返ってみたら、病院はもう、雨に隠れている。
 死にかけた商店街だ。街灯はところどころ点いていない。
 雨の音しか聞こえない。リズムなどなく、商店街に打ちつける。

 雨はなかなか止まない。


昔の、子どもの頃を思い出した。
 なんだか雨の音が、懐かしかったのだ。昔住んでいた家では、雨のときこんな音が響いていた。
 そう。あれは寝る前だ。俺は泣いていた。なんだか、恐ろしいことを考えていたのだ。
 そうだ。夢と現実について。だ。
 おそらく、あの年頃の子は、そういうことを考える。なんとなく。自我が芽生えてくるころだろうか。
 簡単に言うと、どっちが夢か。ということだ。
 本当は、寝ていて見る夢は。夢の中で夢を見ているということなのではないか。これも、夢なんじゃないか、と。
夢と、現実は、わからない。
と。これも夢ならば、起きたときあるのはどんな景色だろう。と。
 きっと、起きたらもう、今のことなんて何も覚えていなくて。
 その起きた世界で、なにも不思議に感じないで生きていくのではないか。
 あるいは、人生は夢で、死によって目覚めるのかもしれない。なんて。

 まあ、そんなことを思ったこともあった。
 何故だろう。そのあと、俺は泣いて泣いて、お母さんと一緒に寝ることになった。そんな思い出だ。
 店の、閉まったシャッターによりかかって座っている。背中が冷たい。
 雨が、コンクリートを伝って、俺のほうにやってくる。どうやら、威力を増したらしい。本当に参る。
 夏休みが始まって、sos団がどんな活動をするのか、呆れながら、楽しみにしていた。今も、そうだ。
 決して、活動は無いのに、なんだかワクワクしている。もう、活動は無いのだ。そう思うと、空しくて空しくて、現実に悲鳴をあげたくなる。

 少し涙を袖で拭いた。
 雨が止んだ。俺はまた歩きだす。
 水溜りが多すぎる。商店街の中、たまに飛んだりして歩いて行った。
 八月朔日のことである。


 六月九日。
 たしか、短縮授業の日であった。授業は早くに終わった。
 その後、各自1時ごろに部室に集合だ。俺はハルヒと一緒に屋上で昼食をとっていた。曇りの日だ。雨こそ降ってはいなかったが、眺める街は少し、黒くくすんでいた。暑い日だった。
 不良グループがタバコを吸っていたらしい。屋上の角に、匂いが残っていた。
 校舎の中も暑かったが、屋上も凪で、まったく蒸し暑かった。そう記憶している。
 たまたま、長門も上がってきた。
 このとき、ハルヒは少しむくれたように見えた。
 振り返ってみると、この日のハルヒは朝から少し変だったかもしれない。
 きっと朝から、ずっとこのタイミングを狙っていたのだろう。かわいいものだ。
 ただ、残念なことにこの直後に雨が降ってしまった。
きっとハルヒの計画は、この時崩れてしまったのだ。雨と長門によって。

 計画が崩れて、残ったのは溢れんばかりの思いだけだ。三人で昼食をとっているとき、あいつはそわそわしていた。屋上の屋根のあるスペースでのことだ。
 昼食を食ったあと、少し談笑したら、もう12時40分になっていた。
 ハルヒは俺の手を引っ張って、どこかにつれていこうと、階段を駆けた。
 手は、少し湿っていたと思う。
 ハルヒの後ろ髪が、さらさらとたなびいて、どんどん階段を下りていく。
 中庭だ。
 中庭の木々が、雨に濡れている。紫陽花の葉には、蝸牛がのそのそ這っている。
 不意に手を離され、あいつがこっちを向いて、何か言おうとしている。

 入梅ね。

 そう言った。
 たしかに、このときの雨は、じめじめした梅雨そのものであった。
 面白いのは、二人とも顔が真っ赤だったことだ。このとき、たまたま朝比奈さんも中庭に居たらしく、後日彼女は、こっちまで顔が赤くなってしまいそうだったと言った。
 すっかり雨に冷やされた空気が痛いほど、顔が熱くなっていた。
 そう。そういえば、このとき、俺はこんなことを考えていた。
 「どちらが言うべきなんだろう?」
 本当の告白というものは、溢れる感情が言葉になって破裂するものだ。水風船のように。
 だから、先に破裂した方が言えばいい。
 そんなことだ。

 言ったのは俺だった。
 ちょうど一時十分だった。
 その後部室にいったら、他の部員全員と、鶴屋さんが、そわそわしてにこにこしていた。
 長門は少し悲しそうな顔だったかもしれない。
 きっと、鶴屋さんがばらしたのだ。
 その後、二時頃に解散した。
 ハルヒが倒れたのも、この日だった。

 、、八月二日に、話は戻る。
 朝の四時である。
 二度寝しようとしたら、つい、この日を思い出してしまった。
 この日のことを思い出すと、心が闇に落ちていくような、そんな心地がする。
 雷が鳴っている。昨日、帰ってからまた、雨が降り出した。強い雨だ。それが続いているのだろう。
 今日も見舞いにいくつもりだ。もちろん、矢が降ろうとも、毎日見舞いはしている。
 病状は知らないと言っても、おぼろげに話は聞いた。
「寿命は長くないです。残念ながら、一年は不可能です。」
「どうにかならないのですか?」このとき俺は妙に落ち着いていた。
「あるいは、奇跡が起きれば。」変な医者である。奇跡なんて言葉を使いやがった。
「奇跡というと?」
「例えば、新しい薬品が見つかるとか、新しい発見がされるとか。」ますます変な医者である。俺を子ども扱いして、こんなことを言ったのだろうか。
「とりあえず、延命を行っていきます。ただ、、。」
「、、もう、次の夏には。」

 そう。これからの残りの夏と、秋、冬、春。それしか残っていない。
 最後の夏だ。かといって、四時に起きても仕方が無い。が、もう目が冴えてしまっていて、寝付くことは出来なかった。
 今日も、雨だ。



 結局、早くついてしまった。
 いつもは十時頃に病院につくのに、病院の玄関の時計は8時にもなっていない。やはり早く起きすぎた。
 さすがに早すぎる。
 病院の周りを散歩しよう。
 てくてく、ぴちゃぴちゃ。コンクリートに靴をつけるたび、水がついてくる。
 だんだん靴下にも浸水してきた。
 散歩といっても、足元しか見ていないものだ。どこの景色も味気ないから。
 傘が、誰かの傘にぶつかりそうになった。
 他人だ。顔を上げて謝って、俺は散歩を続けた。濡れた靴で。

 玄関の上に風見鶏をつけた喫茶店がある。結構歩いたように感じたし、そこで休むことにした。
 からん。と、中に入って、窓際のボックス席に座った。
 店主が、電気ストーブを持ってきて、足元で炊いてくれた。気の利くひとだ。
 客は俺だけだ。紅茶を頼んだ。アールグレイだ。
 冷えた身体に、香りとともに沁みこんでいく。おいしい紅茶だ。
「どうも、今日は、寒いですねえ。」
「そうですね。紅茶がおいしいです。」
「冷たい雨でしたでしょう。」
「ええ、最近は、本当に雨ばかりですね。」
 店主と雑談をしていたら、九時になった。
「あ。モーニングセットありますか?」
「ああ、じゃあ、一つ下さい。」
 食べ終わったら、ちょうどいい時間だろう。
 窓の外を見ると、雨が止んでいる。ところどころの雲の隙間から光が差しているのがわかる。
 多少、気持ちも晴れていくような気がした。
 靴下も、すでに乾いている。
「おまたせしました。」
 サンドウィッチが綺麗にカゴに収まっている。味も申し分ない。おいしい。
 からん。と、外にでた。歩いていると、どんどん暑くなっていくのがわかる。
 夏を感じる。俺は、まっすぐ前を見て、かさを弄びながら歩いていった。
 晴れによって、全てが、夏色に変わり始めた。

 病院に行くまでに迷った。十時半になってしまった。馬鹿だ。
「、、おまたせしました。」
「あ、おはよう。キョン。」
「風邪いいのか?」
「うん。だいぶ。」
「そうか、そりゃいいな。」
 ―なんだ。取り越し苦労だ。ただの夏風邪だったんじゃないか。
 多少かすんだ声だったが、声色は元気だった。

 晴れたわね。
 ああ。晴れたな。お前、それ何読んでんの?
 まあとりあえず座りなさいよ。
 ああ。、、椅子はどこだ?
 ベッドに座っていいわよ。椅子はおばさんが持ってっちゃったのよ。
 そうか。
 窓開けて。
 ああ。
 ―がらっ。
 窓をいっぱいに開けて、深呼吸した。
 俺はベッドの脇の狭い場所に座った。ハルヒも腰を上げて、外を見ている。
「それで、何よんでんの?」
「坊ちゃん。」
「読感文のか」
「うん。」
「俺は何読もうかなあ。評論も読まなくちゃいけないんだよなあ。」
「読み終わったら貸してあげようか?」
「そうする。悪いな。」
「あら、こんにちは。」
 おばさんが入ってきた。白衣がまぶしい。
「おばさん、プレイヤーを貸して下さると幸いなのですが。」
「、、はい。じゃあ、ちょっと手伝って。」
 おばさんに着いて階段を下りていくと、着いたのは地下一階だった。最下層である。そこの奥の、雑用具室に向かっていくらしい。廊下の途中、雰囲気が違う部屋の前を通った。なるべくその部屋を見ないように進んだ。
 地下の廊下には、蛍光灯が点いていなかった。地下といっても、堀の中にある一階のようなものなので、壁の上のほうに窓があって、そこから太陽光が入ってくる。
「ごめんね、一番奥なの。」
「いえ。平気です。」
 家庭用ビデオプレーヤーを探すのは困難を極めた。
 収納がなっていない。もう、ほとんどしらみつぶしで探した。
 最近、全くこの部屋は使われていなかったそうだ。
 壁の上からの光だけで探すわけだが、窓のすぐ外の草が伸びているらしく、木漏れ日ならぬ草漏れ日であった。暗い。「あっ。あった。ありましたよ。おばさん。」
 、、これは壊れているそうだ。何故捨てないんだ。
「ねえ。涼宮さんて。」
「え?」
 ちなみにこのおばさんはおばさんではない。33頃だろうが、なんとなくおばさんっぽいので、おばさんと呼んでいる。綺麗と言えなくもない。
「あの子、可愛い子ね。いい子ね。」
「ええ。」

「、、おまたせしました。」
「なにやってんのよ、あんた。遅いわ。」
 確かに遅い。
「悪い。探すのに手間取った。」
 窓から1メートルぐらい離れたところにベッドが直角に置かれている。ベッドの右側が、窓側である。この部屋は六畳あるらしい。
 小さいテレビが、ベッドの左に置いてある。そこにコードとプレイヤーを繋いで、リュックからテープを何本か出した。
「どれがいい?」
「一番古いやつがいい。」
「これだな。」
 ハルヒは、ベッドの縁に座ってうずうずしている。可愛い。好きだ。
 カーテンが揺れて、膨らんで、しぼんだ。
「よし。準備完了。」
「うん。」
 電気を消して、隣同士に座った。
 始まると同時に、画面の俺が話し始める。
 幼い顔をしている俺が、面白いらしく、身を乗り出して、じっと見ている。
 笑いすぎて死ぬんじゃないかと思った。笑いすぎである。こいつは。
「ちょっ、キョン、何してんのよ!」
「わ。甘えてる。可愛い!」
「あはははは」

「あの子。引越したほうがいいの。」
「え?」
 プレイヤーを持って、病室に戻っているとき、急におばさんが口を開いた。
「空気が綺麗なところで、ゆっくりしたほうがいいの。
 彼女のおばあちゃんの家、いいところにあるの。
 そこに移るほうがいいの。」
 そういう意味の言葉を、優しい言い方に変えて言ったようだった。おばさんは、複雑な顔をしていた。きっと、俺の顔が、それほどに辛そうに見えたのだ。
 血の気の引いた顔をしていたのだろう。
「それは、、どこですか?」
「岡山の奥。星の綺麗な場所よ。」

「あはははは」
 左隣に座ったハルヒが、ベッドの上で笑い転げている。服がめくれて白い足首が見えた。綺麗な色である。
 画面の中の俺は、ちょうど今頃の季節、庭で空気プールに入っている。今じゃ妹も入れないだろう。
 そこで、俺が滑って転んだりする。
 そうするとハルヒは心の底から笑う。

「、、本当は、これは彼女と親で決めることなの。」
「はい。」
「でもね。あの子は、君が(一番)好きだから。」
「はい。」
「本人には、まだ言っていないわ。もしよかったら、話し合ってみてくれないかしら。」
「もちろんです。」
「ああ、そうそう。明後日から、ちょっと外出許可がとれるわ。岡山に行って、一日泊まるぐらいなら、いいのよ。」



 二日後、小さな旅が始まった。旅行という名目の、静かな、静かな川に流れる、笹のように流れる、そんな、どうすることもできない流れに、身を任せていく。
 別れに向かって。



白い足首



 かたかたと、君の肩が揺れている。麦藁帽子と、白い長袖だ。
 顔と首以外の肌は見えない。直射日光がいけないらしい。全身が白だ。
 薬の副作用でか、ずっと眠っている。
 木漏れ日が、電車の床を走っている。まるで、川である。
 外は森ばかりだ。広葉樹か針葉樹か、ようわからん木の森である。
 森をぬけると、橋の上に出た。
 下にあるのは、綺麗な川だ。僕たちの町の川にはない色をしている。

 日が、首に当たっている。俺の手を、首の裏においた。

 生と死について、考えていた。
 昔のことだ。いや、違う、ずっと考えているのだ。
 死に直面したのは、つい最近のことである。
 死は、生の一部であると、そういう話を聞いたことがある。
 論理的にはそうかもしれない。ただ、納得いかなかった。
 このことについて、病院のベッドの上で語り合ったことがあった。昨日のことだ。
 意味がわかりません。抽象的すぎます。と、そんな話をしていたとき、朝比奈さんがやってきた。流石に一つ上なだけあって、わかりやすく説明してくれた。
「死に方が、その人の一部だということでしょう。」
 ああ、なるほどね。
 ということになった。ちなみに今ハルヒが被っているのは、昨日朝比奈さんが外出祝いにくれたものである。中原中也先生の詩に、こんなものがある。

 愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

 愛するものが死んだときには、
それより他に、方法がない。

 けれどもそれでも、業(?)が深くて、
 なほもながらふことともなつたら、

 奉仕の気持ちに、なることなんです。
 奉仕の気持ちに、なることなんです。

 愛するものは、死んだのですから、
 たしかにそれは、死んだのですから、

 もはやどうにも、ならぬのですから、
 そのもののために、そのもののために、

 奉仕の気持ちに、ならなけあならない。
 奉仕の気持ちに、ならなけあならない。
(略)
―春日狂想

 さて、電車はそろそろつくようだ。次の駅で、乗り換えしなければいけない。俺はハルヒを揺すぶって起こして、手をつないで外にでた。全自動キョンである。田舎の駅である。ベンチがぼろぼろだ。ホームに屋根がない。
 線路にはさまれたホームは、石でできている。歩道橋を登って、駅長さんに次の電車をきいた。
 30分後ごろらしい。

三時だ。夏草に埋もれた線路。日差し。
ハルヒは、折りたたみ日傘を差して、駅のはじ(先端)のへりに座っている。
 冷えたジュースを頬につけた。ベタである。キャッツ!と、驚いて、少し膨れた顔をした。
 ハルヒの右隣に座って、線路の奥を見つめた。遠近法である。小さくなって、消える。
 この世界が、この世界である所以である。三次元である。
 それだけの景色が、なんだかとても美しかった。
 隣にハルヒがいるから、大きな雲が少し、麦わら帽子によって見えづらい。
 この世界に、確かにある。僕たちは生きている。
「今、一番してほしいことはなんだ?」
「きす。」

 甘い、切ない空だった。
 唇が近づいて、はじけた、、、ように感じた。
 ところで、なにやってんだ。おれたち。
 電車がやってきた、どんどん近づいてきた。
 ところで、この旅行は、ハルヒの親の理解によって成り立っているものである。引越しの決断は、他人が、決めるところではない。それに関われるのは、血縁のあるものだけなはずだ。だが、俺とハルヒの懇願に、こころよく応じてくれた。
 旅行は安全第一のもとにおこなわれているから、先方(ハルヒの祖父母)と、ご両親との連絡が重要になってくる。
 公衆電話で、到着時刻の連絡など、常に気をつけていなければならない。
 ハルヒ第一であることが、この旅行の条件だった。
 八月四日、今日。俺達が新幹線に乗り、安全第一で到着する。
 八月五日、ご両親も到着。
 八月六日以降、未定。ハルヒの決断による。
 決断とは、ここに留まるか、留まらぬか。だ。
 引越しについての説明は、ご両親とともにした。おとつい、ビデオを見終わってから、公衆電話で連絡した。すぐにやってきたご両親と、病室でハルヒと話し合った。
 善は急げ、だ。と、お父さんが言っていた。様子見に、あさってぐらいに行ってみないか。どうだ?
 私はキョンと行きたい。お姫様がおっしゃった。
 ああ、じゃあ行きは二人で行きなさい、次の日に行くから。
 うん。
 ものわかりのいいご両親である。びっくりした。
 その後、ご両親とお話した。例の喫茶店だった。立ち居振る舞いに気をつけて、拝聴させていただいた。
 大事にしてください。と、潤んだ目で言われた。もちろんです。と、深みのある声で、答えた。
 電車の中は空であった。大きな窓から、空が見えるだけであった。
 ハルヒはまた眠ってしまった。眠り姫のようだ。
 死ぬときも、こんな風にして、眠るのだろうな。そんな思いが、顔を熱くさせた。

 予約済みのタクシーに、行き先を告げると、俺も疲れて眠ってしまっていた。このままずっと、眠っていたい気もした。
 そうもいかねえな!うん!起きる!
 ハルヒは起きていた。窓を開けて夕暮れを見ているようだ。蝉の音もした。
「おい。寒くないの?か?」
「ちょっと寒い。」
「寄り添っていいか?」
「うん。」
「寒くないのか?」
「暖かい。あの夕暮れみたい。」
「こっちのセリフだぜ。」
 ばかー。

 確かに、空気が美味い。ご飯三杯はいけるよな。
 そうね。
 しかも景色もいいよな。違う国みたいだよね?
 そうね。うん。
 話にならない。夕暮れにたそがれてしまっている。その、影のついた横顔を見ているのも楽しいが、運転手さんに話しをふった。
 夏祭りありませんかね~?
 ございますよ。ちょうど今日の七時からです。てっきりそれを見にいらっしゃったのかと思いました。
 おい、ハルヒ!夏祭りあるってよ!
 そうね。うん。
 もしかして、花火とかあっちゃったりします?!
 ございます。
 おい、ハルヒ!花火あるってよ!

 振り返ってみると、俺がハイテンションなだけで、二人がそっけないわけではなかった。
 こういうところの旅行は初めてだから、結構楽しんでいるのだ。

 花火だってよ!見ような!絶対みような!
 可愛いわね。キョンは。ビデオの中の頃と、変わらないわ。
 閉口。
 砂利道の上を走っている。随分奥にあるもんだ。
 腹減った。もうそれくらいのことしか考えられなくなっていた。ハルヒの腿に、頭を乗せた。
 ハルヒが無理やりそうさせた。俺の頭を掴んで、腿に持っていった。
 どうやら俺の幼い部分に、母性本能かかきたてられたのだろう。
 まあ、そんなのもいいかな。今日は移動ばかりで、本当に疲れた。ちょっと寝よう、、。
 と思ったらすぐ着いた。この姿を、おばあちゃんに見られた。
 この、小悪魔が!

天国に結ぶ恋

 縁側から花火がよく見えた。まるでその為にあるかのような、綺麗な縁側であった。
 風鈴も鳴っている。最高のロケーションである。気を使ってか、おばあちゃんとおじいちゃんは席を外してくれている。切れたスイカもある。子どものころから望んでいたような時間だった。
 隣の恋人は、花火の光で顔に影を作って。扇風機で髪を揺らしてる。綺麗すぎる。
 浴衣ではない。ややもすると寒いもんね。浴衣は。白い服のままだ。
「はじめての、デートね。」
 あっ!そうだ。
「ああ、そうだな。」
 なんとなく、うちわをぱたつかせる。
「ちょっと、お祭り見てこようか」
「それもいいかもな。」
 花火はクライマックスだ。その光を頼りに、祭りのほうに降りていった。
 おばあちゃんの家は、見晴らしのいい丘の上であった。丘の下は、まあまあの町で、そこで祭りをやっていた。
 丘は、草原であった。そこではさながら映画館のように、たくさんの人が花火だけを見ていた。
 ハルヒを前にして降りていく。
 どこかで見たような光景だ。
 初めてあった時と、そうだ。告白されたときだ。
 トロンコトンという音頭が、どんどん大きくなっていく。出店が並ぶ商店街にやってきた。
 ここは、どこかに似ている。
 出店の中をゆっくり歩いていく。
 小さな子どもが、僕たちを見ている。
 手を引っ張られて歩いていっているわけだ。
 ハルヒは大判焼き店の前で止まった。
 四つ買った。
 余談だが、うちの近くの大判焼き店ではクリームだかチーズだかの大判焼きは精子の匂いがする。

 (続)

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最終更新:2008年06月14日 18:18