今部室にいるのは俺と長門だけである。
ハルヒは機嫌が悪く、無言で俺を睨んでから先ほど帰宅、
朝比奈さんは課外授業、古泉はバイトだ。
ハルヒの不機嫌オーラで息が詰まりそうだった部室は束の間の平和を取り戻した。
ハルヒが不機嫌なのは俺が諸事情から二人きりの不思議探索をすっぽかしたせいだ。
俺はその言い訳をするために部室にやってきたものの取りつく島はなし、
教室では言わずもがなだ。昨日の晩、電話口でさんざん怒鳴ったうえに、
妹を使っていやと言うほど嫌がらせをしてもまだ不満らしい。
素直に悪いとは思うが、せめて話くらい聞いてくれ。
俺は意味もなく大きなため息をついた。
「今回の件はあなたが悪い」
突然、長門が口を開いた。
「涼宮ハルヒがわたしとあなたとの関係を疑っていることは理解していたはず」
ハルヒは、とある出来事から俺と長門の関係を疑っている。
俺も長門もそんな事実はないと否定したのだが、未だに疑っているようだ。
まぁ、俺が冗談で
『本当に長門と付き合ってるとしたらどうするんだ』
なんて言ったのが原因なんだろうけどな。
「にも関わらず、あなたは涼宮ハルヒとの約束を守らなかった」
それには理由があるんだ長門よ。
ハルヒとの約束と言うのは先ほど出てきた二人きりの不思議探索のことだ。
ハルヒは遠出できるのがよほど嬉しかったのか、いつも以上に期待していたらしいし、
俺もなんだかんだで楽しみにしていた。
ハルヒは『デートじゃない』と主張していたが、はたから見れば完全にソレだろう。
思春期真っ只中の俺は少しばかりそれに惹かれていた。
それを何故すっぽかしたかと言えば突然朝比奈さん(大)から意味深な警告があったからだ。
何でもハルヒとの不思議探索の中に世界の運命を変えてしまう程の出来事があるとかないとか。
しかもそれが俺にかかっているらしい。
詳しい内容は禁則事項らしく聞くことはできなかったが、俺は早速決断をした。
何かが起きるのだったらその出来事そのものをなくしちまえばいい
そう考えてハルヒとのデート・・・もとい不思議探索をドタキャンしたのだ。
一応ハルヒには連絡したが、その晩、ハルヒから怒りの電話を受けることになる。
事情を知った妹の俺を見る目は今でも忘れられんな。
「理由は知っている。しかし、あのまま出かけていてもその後の選択で回避は可能だった」
それはそうだろうが、あんな話を聞かされたあとじゃ身が持たないだろ?
「なら、あなたは彼女にきちんと謝るべき」
やっぱりそれしかないか
俺はもう一度大きくため息をついた。やれやれ、今度は俺から誘ってみるかな。
おそらく、おごりにおごらされていつも以上に振り回された挙げ句、
体力も貯金も使い果たしそうだ。
「もう一つ、聞きたいことがある」
何だ?
「あなたが私のことを、どう思っているのか」
長門はハルヒに誤解されてすぐに聞いてきたことと同じことを聞いた。
途中で微妙な間があいたのは同じ質問をしたことを思い出したからか?
「前にも言ったが、お前と同じだ」
「もっと具体的に」
「あぁ、だからな、お前は俺にとって普通の友達だと思ってる。
・・・まぁ、命を助けられたり、いろんな場面で世話にはなってるから
”普通の”とは言えんのかもしれんがな」
「・・・そう」
長門は短くそう言って、再びハードカバーに集中した。
俺に質問する間も本から目を離すことはなかったが、
それを読んでいないのは、ページがめくられていないのを見て分かった。
それからしばらくは、しばらく静かな時間が続いた。
聞こえるのは、ページをめくるかすかな音と、不規則に響くキーボードを叩く音だけだ。
俺がお気に入りのサイトの掲示板を開くのとほぼ同時に、再び長門が声を出した。
「涼宮ハルヒのことは?」
聞いてすぐには長門の言いたいことが理解できず、ようやく分かったところで
「あなたが涼宮ハルヒのことをどう思っているのか知りたい」
と、具体的な説明があった。
「ハルヒは・・・」
普通の、とは言えず、しかも、ハルヒのことを形容する言葉が見つからない。
迷惑で、自分勝手ではあるが不思議とそれが許せてしまう。
理不尽だ、わがままだ、と思うこともあるが、
それに振り回されているのが楽しい時もある。
まぁ、命を狙われたり、死にかけたりなんてこともあったが。
とにかく、ハルヒに関しては何とも言えなかった。
代わりに朝比奈さんについてならすらすら言えるぞ、
このSOS団唯一の癒しだよ。朝比奈さんの入れるお茶でご飯三杯は食えるな。
古泉?あぁ、あいつはどうでもいいだろ
「・・・つまり、涼宮ハルヒはあなたにとって特別な存在」
いや、それは大げさすぎる。もっと単純なもんだと思うがね
「そう」
結局、長門が何が聞きたかったのか分からないまま沈黙が訪れた。
やがてとっぷりと日が暮れると長門が本を閉じた。帰宅の合図だ。
結局、朝比奈さんは来なかったな。そんなことを思いながら立ち上がる。
「あなたに言いたいことがある」
長門が俺の方をじっと見ている。
その顔は無表情なのに、何かを決心した思いつめたようなものが見え隠れしていた。
「何だ?」
俺はわざといつも通り、気楽に構えているようにふるまった。
「わたしは・・・わたしと今度また図書館に」
何か他に言いたいことがあるのは、一度言葉に詰まったことからも明らかだった。
「あぁ、いつでも連れてってやるよ」
それでも俺はそれに気づかない振りをしてそう返事をした。
長門が言い淀むほど大切な事なんだろう。きっとそれは今聞くべきことではない。
「それじゃ、また明日な」
俺は長門にそう告げて、部室を後にした。
彼が部室を出たあと、私は再び椅子に座って窓の外を見た。
夕日はすでに見えなくなっていたけれど、代わりに小さな星と月が小さく光っている。
「私が言いたかったこと」
私は誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「私はあなたと同じようにあなたのことを考えていない」
私はしばらく秋の風を見つめて、
いつか失くした眼鏡を再びかけるようになるのかな。
と、自分らしくないことを想った。