そして、三日が過ぎた。
四日目。久しぶりに外に出た俺は、妹とデパートに向かっていた。
夏期講習を黙って休んだということが、恥ずかしながら尾を引いていた。誰かにあうのが怖かった。自意識の感情が、ハルヒのせいで高まっていた。
俺は彼女を悪く思おうとしていた。そうしていずれ、「ああ。あいつね。いろいろあったなあ。」と言える日を待つのだ。
彼女の家には、まだ荷物が置いてあると聞いていた。行けば居るのかもしれないが、そのとき俺は行くなんて少しも考えなかった。考えないようにしていた。自分が傷つきそうで怖かったのかもしれない。
なんで俺がいかなきゃいけねえんだ。俺は何も言うことなんかないし。彼女だってそうだろう。
それは全てうそだった。口にすることで自らに暗示させようとしていたのかもしれない。そんな考えばかりが三日を過ぎさせ、気がついたら俺は、ハルヒのことを、少しづつ忘れているのであった。
俺を案じたのか、妹は明るかった。演技のそれから、本当のそれに行くまでは短かったが、俺は少なからずその気遣いに喜び、感謝もした。
交差点で、人の量に驚いた。俺は彼女の手だけを持ってそれに流された。ハルヒの顔が忙殺されたり、突然現れたり、信号のように瞬いた。見送るときの、感情が大きすぎて訳のわからない顔だった。
人の流れに乗りながら歩くと、空を見ていられた。そろそろ街灯がつく、夕暮れの前で、俺だけが群集から顔を出して、月を見ていた。いつまでも見ていたいと思ったのは、優しく、全てを受け入れてくれたからだ。
彼女の少し暖かい手に引かれ、思い出したのは子どもの頃、同じようにして見た月だった。人の頭と雲に隠された月が、ちらちら現れるのが嬉しかった。
俺は自分が子どもじゃなくなっていると思った。俺はきっと、大人になっているんだと思った。なぜなら俺はもう、月を見るのをやめてしまっていたから。
人の流れに乗って、前の人の頭だけを見たから。しかも背景も、遠近法も無い、一枚の絵のような景色を。
俺は二次元の中を歩いているようだった。俺はもう、遠さもわかるようになってしまっていた。手の先にいる彼女の手の暖かさから、若さを感じずにはいられなかった。
若さ、、ハルヒのあの顔を思い出した。彼女の顔に浮かんだ、あの勇気に満ちた、紅い、躍動感のある表情を。
俺は季節を感じていた。彼女と一緒にいた季節を。それは大人になってから気づく若さのようなもので、一度消えないと存在を理解できないものだった。そして、二度と戻らないものなのだと感じた。
女のことが思い出された。それは間違いなく思い出だった。悲しさと切なさだけをもって、俺の頬を熱くさせた。
彼女と、その後ろの景色が。めぐる、廻る。
涙も拭かずに月を見た。誰もそれには気づかなかった。目だけが熱く、今までの涙とは違った。
コンクリートを踏む俺は、彼女と、全ての思い出の中で歩き回っていた。古ければ古いほど、俺に干渉を与えた。
廊下を歩いたとき、彼女の髪が動いたとき、踏み切りを待ったとき、振り向くと、仏頂面のあいつが、座っているときの空気。
石畳を歩く俺の、後ろを束になってついてくるそれは、だんだんと少なくなって、そして消えた。思い出すらも消えた。それは全く嬉しいことじゃなかった。思ったよりも、ずっと、喪失感の大きいものだった。かけがえのないものだった。
俺は妹の先を歩いた。涙は止まっていたが、彼女は少し不思議そうな顔をした。
振り向いて笑うと、ささあと夏風が顔に吹いた。見れば遠くまで、ずっと遠くまで見えた。
俺は彼女を忘れた。
そう、思った。
新しい人生を始めようとすら思った。
そう考えて一番に思い出したのは、長門の顔だった。
この夏空の下、彼女の細いからだを抱きしめたいと思った。
俺はこのときから、長門に恋をした。
長門は、その提案を、とても簡単に受け入れてくれた。うん。とそれだけだった。これ以上の肯定はないと思った。恋をしてまだ一日しか経っていない、夏期講習の日だった。熱すぎて、無人の教室は妙に恥ずかしかった。狂ったように鳴く蝉の音とともに、長門を抱きしめた。彼女は何も言わずそれを受け止めた。なんだかそれが、恋人のそれより、少し、迷いが感じられるような気がした。その証拠に、俺は彼女の顔を見ることができなかった。目が、慰めるような目をしているような気がして。
提案というのは、何も告白ではなく、夏祭りの誘いであった。抱きついたのは俺の衝動だけであったが、SOS団という繋がりが消えた以上、こうしても、嫌われても一人からだけだから。というのもあったし、こうでもしないと離れていってしまいそうで不安だったからでもあった。
思えば、俺は、SOS団としか付き合っていなかったのだ。それから外されるのが怖くて、個人的な関係を持つのを恐れた。
でも、ハルヒとはどうだったろう。
あいつと俺は、間違いなく似ていた。その二人は、あるいは一番深かったのかもしれない。
そう思って、それをすぐ消し去った。
なんにせよ、彼女とこうした思い切った行動ができるのは、とても嬉しかった。
玄関で古泉に呼び止められて、二人横にして歩いた。彼と二人きりになるのも、、、精神の上で、、、初めてなような気がした。
「古泉、よお。」
「なんでしょう」
「俺、長門と、祭り行くんだぜ。」
「ほほう」
「楽しみだなあ。マジ」
「何時でしたっけ。」
「三日、かな」
「それじゃあ、涼宮サンの引越しの日ですね。」
「え?」
初耳だった。驚いた。それに驚いている自分に。
「最後の引越しですよ。借家の荷物を運び出すんですって。」
「へえ、、。」
無感動だった。そう感じた。
「何時からは言いませんでした。彼女。きっと見送らないで欲しかったんでしょう。悲しいですね。僕たち」
「はは、、。」
似ているな。俺達。似ていたな。そうだ。
そっくりだったんだ。あいつと俺。
「まったく、、だな。」
「長門さんのこと好きなんですか」
「ん、ああ。」
「へえ。」
「いい天気だな。明後日、晴れるかな。」
「どうでしょうね。お祭りは、雨降りは困りますよね」
「お前は、行かないのか、祭り。」
「一人で行っても面白くありませんからね。きっと、SOS団で行くものだと思っていましたから、少し切なすぎます」
「、、嫌味か」
「いえいえ。応援していますよ。二人でおしあわせに」
時間の流れがもとに戻った。街灯の下の雑草で、虫が絶えず鳴いていた。戻った。あるいは長門が、ハルヒの代わりをしているだけかもしれないのだけれど。
朝が待ち遠しくなった。俺はそれを喜んだ。これが生きるということなのかもしれないと思った。
明日は何をしよう、という想像が溢れてくる。生命の氾濫とも言えるような、それほどにまで大きい期待。
俺はハルヒに恋をしていたのだ。失ってから気づくそれは、思い出でしか無かった。
「勝手なものだ。恋なんて。失ってみりゃあ、なんにもありゃしない。」
口に出したのは、迷っていたから。明後日の目的地を。ハルヒと長門を。
街灯の光が瞬いた。また一つ時間が過ぎた。夕焼けの奥に太陽があった。明日は晴れるんだ。
でもきっと俺は、あいつの方に行くのだ。それは心のどこかで思っていた。
明後日が待ち遠しかった。
次の朝起きたとき、迷いは振り切れた。俺は間違いなく、あいつのほうに行くだろう。その日の夕焼けも美しかった。きっと全てうまくいくというような、肯定的な大空だった。俺は長門に言う言葉を思い描いていた。
それでも、ハルヒの顔がちらついた。駅での切ない顔がちらついた。
俺は、悔しくて長門を好きになろうとしている訳ではなかった。長門を好いていた。なのにちらつくハルヒの顔は、不思議に俺の心を奮わせる。
俺は公園にいた。俺の部屋には、ハルヒの思い出が多すぎた。
ブランコがきしむ音を聞きながら、夏の匂いを嗅いでいた。きっとこのうちこの嗅覚も、消えてしまうに相違ない。
過ぎ去った時間を思い出すのは、とても切なく心震える。
その心の奮えを追い求めるのは、悪いことでは無いけれど。
俺の心は戻ることを拒む。俺はハルヒを忘れようとする。それは全然悪いことではないだろう。
過ぎた時間を掴まえてみても、そこにあるのはただの、場面でしかないかもしれない。
「それなら、新しい一歩を踏み出そうと思うのだ。悪いことではないだろう?俺」
独り言は公園の土に吸い込まれて消えた。
「ハルヒ。お前はこれでいいんだよな」
「お前は俺と似ているから、きっとこれでいいんだよな」
「なあ」
溢れ出す独り言は、遠くの工場の煙のように、やがて別れて見えなくなる。
俺はあいつの家のことを思った。一度も行ったことのないその家だが、場所は知っていた。
「私の家の前のスーパーで、接触事故があったのよ。」
そんなことを聞いたことがあった。
ハルヒの話によくでてくるスーパーの名前。サカタ。サカタスーパー。
彼女がよく口ずさんでいたメロディ。
こんな思い出も、知らぬ間に大きくなってくる。
でも、そう。
長門との思い出は、これから作ればいい。
そう思うと、悩みは少し軽くなった。
「これでいいんだよな。ハルヒ」
俺は学校に行ってみようと思った。あいつとの思い出の一切に、決着を着けてしまおうと思った。
教室、廊下、玄関、部室。
あいつのいないその空間を、じっとみてやろうと思った。そうしないと、長門に失礼な気もした。
いつのまにか走っていた。時計屋の前を通り過ぎるとき、時刻は5時を過ぎていた。施錠は6時だから、間に合うはずだ。商店街を走り抜け、右に曲がれば学校だ。車にぶつかりそうになりながら、全速力で駆け抜ける。
玄関や階段を飛ぶようにして走り抜ける。合唱部の声が聞こえた。
息を整えながら歩くのは、あいつと歩いた廊下だ。
ファースト・インプレッションは強烈だった。ここを引きずられたとき、俺は驚きながら喜んでいた。彼女は、不普通の象徴だった。それはあのときの俺の心の中の、深く深くまで震えさせた。
教室、仄暗い、夕焼けの教室はまだ、カーテンが閉じられていなかった。教室からそれを見るのは初めてだと、気づいた。
俺の席の後ろ、一つ、取り払われていた。いつの間にやったんだろう。ついに彼女は、教室にさよならは言わなかったらしかった。
そのぽっかりと開いた空間は、彼女が去ったことを明確に教えてくれた。教室のみんなは気づいたろうか。一番後ろ、窓際の一番後ろの席が、大きく開いたことに。
俺は涙を堪えて、部室へと歩いた。部室までの道に、期待を感じることはもう無いに違いない。
ぽろりと出た涙を、拭くのはいけない気がした。熱くなった胸と目はそのままにして、歩いていかなければいけないと感じた。
涙がどんどん出た。俺は立ち止まらずに、風を受けて歩いた。廊下は長かった。仄暗く、電気も着いていなかった。
でも、部室に電気が着いていて、笑い声が聞こえるような気がした。そこだけ明るいように感じた。俺はそこに歩いていった。
部室から光が漏れているように感じた。開いたらそこに、長門と朝比奈さんと古泉、そしてハルヒが、テーブルの真ん中を見て話している気がした。
冷えたドアノブを廻す。力強く押すと、埃っぽい、冷えた空気があるだけだった。
俺は自分の席に座って、泣いた。冷たいテーブルの上で、暑かったあの、みんなで見た空を思い出しながら。
涙はどんどん溢れた。隣に座っていた朝比奈さん。本を読んでいた長門、前で笑っていた古泉、そして右で空を見ていたハルヒ。
全てが思い出されて、消えた。袖を濡らす涙はとても熱かった。
団長と書かれたポールの下に、小さな便箋があった。
手紙に書かれた言葉を読んだ。これを読み終えて涙が止まったとき、俺はあいつを忘れられると思った。
そこには、別れの言葉が書かれていた。
解散します。と終わる。
じゃあね、キョン。
涙が止まる。
俺は廊下に出て、精一杯空気を吸った。涙を拭きながら、廊下を戻った。
「じゃあな
ハルヒ
部員第一号
キョンより
ばいばい
SOS団」
SOS団はここに終わった。
、、、、、、、、、、、、、、、そして、一夜が過ぎて、また夜が来た。
ハルヒを思い出す余地は全く無かった。俺はいそいで河川敷へと向かった。そこに、長門が待っているのだ。
3
余裕を持って行ったから、まだ彼女はいなかった。待ち合わせ場所の、河川敷の公園には、色とりどりの浴衣があって、日本に来た外国人が見たら、きっと異国情緒を感じさせるものだろう。
6時半になった。待ち合わせは40分だ。晴れていた。
暗い空の下、屋台と提灯の赤い光は、確かに何かを崇めているようだった。
いくつかの男女が、行き来している。周りから見ればああなってしまうのかと思うと、少し恥ずかしかった。
Tシャツ一枚の薄着だけれど、少し暑かった。彼女の服装が楽しみだった。
妙にさらりとした風が吹いていた。虫も途切れ途切れ鳴き、特に切なさ満点なのは、ビルの合間の月だった。
俺は一つの緊張があった。長門に告白する、ってことだ。
でも、思ったほどの緊張じゃなかった。
吹っ切れたからかもしれない。彼女のことが。
緊張は心地よかった。ぴりりぴりりと、遠くで聞こえる祭囃子のように、心地よかった。
彼女が歩いてくるのが見えた。しずしずともすたすたともつかぬ様子で。
出店の真ん中を歩いてくる。俺には彼女が綺麗過ぎて、彼女のためだけに、祭りが行われているかのように感じられた。
彼女とともに歩き出す。いろいろな匂いに驚いているようだった。彼女が子どもの顔になったり、大人の顔になったりするのが、なんとも嬉しかった。同じリズムで、囃子が鳴っていた。歩幅を合わせて歩いていると、何かいい匂いがした。
飴屋さん。
彼女はそこで止まった。財布からお金を出して、いくつかの飴を選んでいた。
頬に入れると、頬の内側がじわじわ熱くなる。俺にとっては懐かしい感じだったが、彼女は始めての感じかもしれない。
ビニールの中のその飴玉は綺麗だった。
少し膨らんだ頬のまま歩くと、なんとも懐かしい。右頬から左頬に移動させるのも一苦労。
囃子の音も昔の通り。いつか憧れた、美人の女の子もいる。
彼女の頬も膨らんでいて、可愛かった。
静かに過ぎる時間が心地よい。何も考えなくても良い、賛美。
彼女を抱きしめたくなった。黒いワンピースごと。
「これからどうする?」
「?」
「なんか食べるか」
「ええ」
「お好み焼きでも食うか。」
「なにそれ」
「、、、、お好み焼き」
「?」
「また図書館に行こうな」
「ええ」
「長門」
「なに」
「有希ってどういう意味だか知ってるか」
「?」
「いい名前だよな」
彼女とともに見る山車は、いつもより大きかった。
いろいろなものを食べて、いろいろなもので遊んだ。彼女は笑っていなかったけれど、楽しそうで、俺も楽しくなった。
知らぬ間に時間は過ぎ、8時を超えたころ、俺達は俺の家に向かっていた。祭りから離れるとき、彼女は少し切なそうだった。空気全体が切なかった。
何故俺の家に行くかというと、そこから花火がとっても綺麗に見えるはずだからだ。
それに、彼女と二人きりになりたかった。
どんどん囃子の音が小さくなった。
坂を上り終えると、俺の家がある。玄関を開けると、誰もいない。皆祭りに行っているらしかった。
俺の部屋に入った長門は、いつもと何も変わらなかった。かくいう俺は、どきどきバクバク。これほど沈黙が痛いのは初めてだった。
俺は告白しようとしていた。ホームグラウンドで。
彼女はベッドに腰掛けて、飴玉を見ていた。甘い香りが、部屋中を包んだ。俺は彼女を抱きしめたときの匂いを想像して、いてもたってもいられなくなる。
好きと言う。
それだけのこと。
でも、俺にとって、すばらしく難しいこと。
花火が、三回なった。窓から光が入ってきた。三色の光。それは俺を勇気付けた。そして俺の気持ちを浮き彫りにさせた。
「だめ。なにもいわないで」
「え?」
「なんで、、俺のこと嫌いか?」
「、、、!その、服。あなたが旅行のとき着ていた服、、。」
「それが、どうかしたか」
「ポケット。」彼女は黒いジーパンを指差した。
「あなたは、そのポケットの中を見ていないでしょう」
「それを見ないで私に告白すると、あなたは絶対に後悔する」
「な、なんでだよ。俺はお前が」、、好きだから!、、
「バカ!」
ビシッ!
不意に頬が熱くなった。彼女の手が俺の右頬を打っていた。
「読んで、その手紙。ポケットの中に入ってる。あの人からの、最後の言葉」
「え?」俺は驚く。
「いいから、読んで」
俺は旅行のとき着ていた、黒いジーパンのポケットを漁った。
長門は。外に出た。「早く、、行って」と言葉を残して。
俺はそれを読み終えると、彼女の家に走って行った。
間に合うかどうかなんて、気にしなかった。俺は思いっきり駆けていった。
振り向いて、叫ぶ。長門は切なそうに、俺を見ていた。
「ごめん、、!ありがとう!長門!」
彼女は泣いているように見えた。それは気のせいじゃなかった。
祭囃子の音を聞きながら、駆けていく。サカタスーパーまで、息を切らしながら。
「ごめん。長門。でも、俺はお前も好きだった。ごめん、こんなにいい加減な奴だったなんて。でも、俺も、あいつを諦めない。あいつも、俺を諦めていなかったんだから。」
「ごめん。長門。俺はお前をあいつの代わりにしていたのかもしれない。」
「俺は、諦めるなんてことを知ってしまったのかもしれない。」
「でも俺は、もう絶対あいつを離さない。」
「絶対掴まえてやる。」
「離さない。絶対」
俺は走った。
疲れも知らず走り続けた。
手紙を握り締めて走った。
彼女のことだけを考えて。
「キョン。
あんたにこの手紙を送ります。
もしも来たければ、七日後の午後八時ごろ、私の家に来てください。
サカタスーパーの前です。
もしも来たくなければ、こなくて良いです。
じゃないと、悲しいから。
引越しが終わるのはその時間です。
私は、あんただけとお話がしたいんです
だから、来たければ、八時までに来てください。それ以上は、きっと待てません
ハルヒ」
彼女の家まで、思い切り走った。
サカタスーパーが見えた頃、俺はトラックが去っていくところを見た。
走っても、走っても追いつかない。
足が止まった。
もう動けない。そう思った。でも動いた。ゆっくりゆっくり。
それでも追いつくはずは無かった。声も出せやしなかった。
俺は地面に倒れた。スーパー帰りの人たちが、怪訝な顔をして見ていた。
地面に耳をつけて、バイクの音を聞いた。俺は仮面ライダーを思い出した。ピンチになるとやってくる、正義の味方、、。
十分もそうしていただろうか。俺は駅に行こうと思った。この前の駅に行けば、どうにかなるはずだ。
いったん家に戻ろうと思った。お金が無ければ電車に乗れない。
重い足を引きずって歩いた。
心はまだまだ折れなかった。が、からだはもう音を上げていた。
「ブロロロオオン」
「ブロロン。ブロン」
「キョンくん!乗ってください!追いかけましょう。」
古泉、、!
古泉の腹をがっしり掴んで、ハイウェイをぶっ飛ばす。バイクに乗るのは初めてだった。光がどんどん現れ消えていく様は、とても美しかった。オレンジ色の光に照らされた道路の上を、車の合間を駆け抜けた。彼の声は聞こえなかったが、体温で、二人は分かり合っていると感じた。
ヘルメットを付けた俺は、全てを彼に任せて、呑気に景色ばかり見ていた。
本当にいろいろなところを駆け抜けた。ビルの合間を走る高速道路の上では、アメリカの繁華街を思い出した。
海と川の境目も見た。月の光と、都会の光とが、混ざり合う場所も見た。
東京タワーも見えた。
空を見上げると、星はひとつも無かった。でも、なんだか綺麗だと感じた。
渋滞で少し遅くなったとき、やっと彼と話をした。
「古泉い!お前、バイクもってたんか!」
「ええ!」
「ていうかあ!これ、ちゃんと追っかけてんだろう!」
「おそらく!」
「ちゃんとしろよ!」
「大丈夫です!」
風が声を途切れさせた。
「古泉!ありがとうな!」
「当たり前のことを、したまでです!」
「ありがとう」
俺は古泉を強く抱きしめた。彼の背中は少し悲しそうだった。
「俺さ!間違っていたと思うんだ!」
「、、何をですか!」
「俺は、あいつに近づこうとしなかった!それに、あいつの勇気を受け取ってやることもできなかった!挙句の果てに、代わりに長門を好きになった!」
「俺はそれでいいと思った!未練なんて持ったら、後で嫌になると思った!俺は、あいつを忘れようとしたんだ!」
「でも、、違うんだ!未練があるから、生きてるってことなんだ!」
「諦めたら、、、そこには何も残らないんだ!それは未練よりも、ずっと、ずっと悲しいことなんだ!」
自分がなにを言っているのかわからなかった。でも、彼は俺に頷いてくれた。
「俺は、まだ、諦めちゃいけないんだ!俺はまだ、あいつと一緒にいたいんだ!」
「長門がそう、教えてくれたんだ!一発のビンタが、俺を生き返らせたんだ!」
「うまいこといいましたね!」
「じゃあ。ボクも、、諦めませんよ。キミを、、、。」
「何言ってんだお前!」
「しつこくならない程度にね!」
「別に、俺は友達として付き合うからな!」
「ふふっ、しっかりつかまってて下さい!飛ばしますよおおお!」
「はや、、怖いからあ!うわ、ははははふぁああ」
第二幕 終