名  前:古宮芳子
年  齢:19
性  別:女
職  業:芸術家
階  級:
開 眼 点:
体  力:14
外見の負傷:無し
存在力:
ヒーローポイント:

能力
能力 初期値 成長 現在値 役割
炎の翼  4+8 12 ダメージ
空腹   2+6 8 命中
直感 3+4 7 回避
懐郷病  2+2 4 防御

総獲得成長ポイント:
残り成長ポイント:

必殺技:
必殺技:


設定(始まりに至る経緯)

───それでは、彼女の話をしよう

彼女が生まれたのは、日本という国の海に面したとある地方都市だ。
それなりに自然が豊かで港湾都市としてそこそこに発展したそこは、温暖な為かのんびりした気風の土地柄だった。
だから、彼女がそこに生まれついたのは、まあ、幸運だったと言えるだろう。
風土と人間の気質の関係は言及するまでも無く深いものであるから、ひょっとしたらそれらは彼女の独特の人格形成に一役買ったのかもしれないと思えるので。
しかしながら、彼女の境遇自体は決して幸運なものとは言えず寧ろ過酷ですらあったから、この考察も少々微妙なところではあるのだが。

両親は、彼女が物心がつく前に多額の借金を残して他界した。
それからというもの、歳が離れた兄達が必死になって働き家計を支える事になった。
だが、年若い彼らでは稼ぎは少なく日々の食べる物にも困窮する生活。
さらに、迫ってくる債鬼達からも時には逃げなくてはならなかったというから、始末に悪い。
貧困であるというのは、人間が社会的な生物である以上もっとも心を磨耗させやすい不幸の形の一つだ。
要するに彼女の幼き頃の毎日は決して平穏なものとは言えず、狭窄な現実の不幸に艱難辛苦を強いられる日々だったのだ。
こういったことは悲しいことに別段珍しくも無い訳だが、それだけに克服が困難なものでもある。

さて、幼少期からこのような境遇にあるとなればその人間の心根が荒んでしまうのはもはや必定というもの。
我が身の不幸を嘆き、世の無情を恨み、他人の幸福を妬む。
それらは多かれ少なかれ誰の心にも巣くうものであり、人間は自身への少々の負荷でそれらの感情に身を任せる。
ましてや、生い立ちによって大多数より明らかに多くの苦労を背負った者達にとってはそれはもはや権利というものだ。
が、彼女の心にそのような兆候が殆ど現れなかったのが不思議なところだった。
ああ、いや、細部を辿っていけばそれほど奇異な事でもないのかもしれない。
例えばそれは、保護者であった二人の兄が彼女に出来る限りの愛情を傾けたことだったり
例えばそれは、彼女自身の性格が悲惨な境遇など物ともしないほどにあまりにも呑気で屈託が無いことであったり
例えばそれは、彼女に才能が溢れていたことであったり
そのような事が複雑に絡み合って、少しずつ事態が好転していったのが要因だったのだろう。
よくある話だ。
しかし、彼女が『何とかなるよ』と笑って言う度に本当にそうなっていったのには注目するべきか。
事実、その当時の彼女の傍から見れば余裕が無い波乱に富んだ日々を追っていくと、どういうわけか陰りらしい陰りが見受けられない。
それどころか、何故か本当に楽しそうですらある。
耐えるのではなく、思うままに振舞って自身の不幸を撥ね退けるというのはそれなりに稀有な資質だ。
無論、そういう人物達の例に漏れず本人にはあまり自覚は無いわけだが。

そう、彼女には才能があった。
それは様々なことに発揮されたのだが、あえて総括してその才能の方向性を言うならば『何かを創ること』ということになるのだろうか。
絵を描くことであったり、彫刻であったり、粘土細工であったり
貧困の中で彼女は自らが楽しんで出来ることのみをとにかく無邪気に色々とやっていたら、自然と周囲の目を引き賞賛されていたのだ。
おかげで、彼女は周りの人々から次第に『芸術家の卵』として認知され期待を集め、援助を申し出てくる奇特な人間達まで現れた始める始末。
その効果もあってか兄達の仕事も軌道に乗り出し、彼女が思春期に入りかける頃には借金も何とか返済していた程だ。
つまり、彼女には本格的に創作者としての道が選択できる余地が生まれたのがこの頃だった。
とは言え、その才に目を付けて海外への留学すら面倒を見るといった申し出や、いっそ養子にして本格的に英才教育を施したいというような著名な芸術家の申し出などは流石に断ったようだ。
ま、兄達も頑固であったから、伸び伸びと自由奔放に振舞う彼女の意志を尊重し過度の援助を受けなかったのだ。
その為、家の生活は借金が無くなったとは言え相変わらず貧しかったのだが、それはそれで彼女の感性を伸ばした良い選択だったように思える。

そして、彼女にとって一つの転機が訪れる。
彼女は兄達を含めた周囲の勧めもあり、自身の生まれ育った土地を離れて首都圏の有名な美術科のある高校を受験することにした。
が、別にそれは周囲の期待にこたえてという事でもなく、彼女らしくそれもまた色々と面白そうだという極めて楽観的な期待に基づいての決断だったらしい。
しかしてその期待は外れることなく、それどころかその決断こそが彼女の運命を決めるものとなったのである。
そこでの学校生活は、彼女のこれまでの人生において最良の時間だった。
同世代の同じく美術を志す才能ある人々に囲まれ、多くの新鮮な刺激を受けた。
良き師の指導の下に創作の難しさを認識し、その楽しさを改めて学びなおした。
さらに何より、彼女にとって得難い一人の親友を得ることが出来たのだ。
それは、どうということは無い日常の日々。
陽だまりの中に居るような、穏やかで何気ない時の積み重ね。
ああ、だが、それこそが───

『あの……悦に入って私の事を語っているなか、誠に恐縮なのですが。しかも、映像つきで』

彼女は、不満げな顔で言う。
まあ、そろそろ何か言ってくる頃だろうとは思っていた。
だから、何かな? と、私は質問を促すように静かに答えた。

『まず、此処はどこなんでしょーか? なんか周り中真っ青で下の一面が水みたいなんですが? あと、私ふわふわ浮いてるんですけど。何故か、こんな格好で』

彼女は、自分の服装を不思議そうに見渡す。
彼女が着ているのは、端的に言えば振袖だ。
陽光色が基調のそれは、彼女になかなか似合っていると思う。
しかし、私には彼女がそれを着ている理由までは答えられない。
寧ろ、君のほうこそその服装には見覚えが無いのかと私は尋ねた。

『あ、うん。これ、お兄ちゃんたちがよせばいいのに無理して買ってくれた着物に似てるかな? 小さい時だからよく覚えてないんだけど。ところどころ、ちょっと違うみたい』

なるほど。
では、それが君のイメージに基づいて再現されたのだろう。
君は自身の服装に基本的に無頓着のようだが、幼少期にそれを着た時の歓喜の情動が残っていたのだ。
細部の違いは、それが今の君の理想に合わせて補正されているからだ。
そう言ってやると、彼女は腕を組んで首を傾げた。

『うーん。じゃあつまり、これは夢の中なの?』

近いと言えば近いだろう。
そう、例えば死の直前に見る走馬灯と呼ばれるものも現象としては同じだ。
が……

『やっぱり……私、死んじゃったんだ』

流石に、彼女も顔を曇らせて大きく溜息を吐く。
こちらが言うまでも無く、状況としては既に何となく察していたようだ。
だが、少し訂正させてもらうと君は“死んだ”のではなく“死につつある”という所だ。
どうしてそうなったのか……その経緯を憶えているかな?

『えーっと、確か───壁に絵を描いてたら、ケイティがやって来て凄く嬉しそうな顔したんだ。その絵がお母さんに似てるって。で、作った人形とか見せてそれもあげたら、ぜひ村に来てくれって……』

そうだ。
君は、件の高校を卒業した後に何を思ったか、日本を出て放浪の旅に出た。
色々なところで色々なものを見て色々なものを創りたいという、極めて曖昧で漠然とした衝動によってだ。
しかし、君とて一応は年頃の女性だ。
当然、それは無謀で危険な試みであると多くの親しい者達が反対した。
特に、君の親友であるあの穏やかな少女は珍しく激して最後まで反対していたな。
その時ばかりは君の『何とかなるよ』も通じなかったようだ。

『美代は怒ると凄く怖いから。しかも、なかなか機嫌直してくれないしー』

彼女は、力なくたははと苦笑して呟く。
私は、その親友の怒りがよく分かる。
彼女は、少々自分を蔑ろにしすぎる悪癖がある。
彼女が訪れた国は、あまり治安自体も良くない地域……どころか、はっきりと戦火にあった。
事前に警告も受けていただろうに、何を考えてそのようなところに出向いたのか。

『いやー、だって……あそこの壁画が取り壊されるって聞いちゃって。で、居ても立ってもいられなくなって』

ああ、確かにそういう理由だったようだな。
君は、機転も利くし要領が良く、運もすこぶる良い。
女の一人旅でありながら、これまで決定的な危難すら悉く潜り抜けてきたのは驚嘆に値する。
まあ……結局はこういうことになったわけだが。
そのケイティという少女の村にのこのこと呑気に出向き、君は盛大に歓待された。
だがその村は、殆ど盗賊と変わらない軍隊に蹂躙されて突然の戦火に巻き込まれたのだ。
それで君も逃げ惑うことになったのだが、その最中に一緒に逃げていたその少女を庇って……。
確かに、君の行為は賞賛に値する。
人間としては非常に尊い行為だ。
しかしだ。
君は、自身がもしこのようなことになったら、その結果君に連なる者がどういう運命を辿るのかを少しは想像した事があるのかな?

『えーっと……お兄さん、もしかして怒ってるのでしょーか? というか、そもそもお兄さんは誰なのです? 神様?』

……君には私がどう見える?
試すように私が言うと、彼女は真剣な面持ちで目を細めた。

『むー。何か、募金すると貰える赤い羽根みたいなのが動き回ってるように見えますな、はい。ちょっと、かわいいかも』

それはどうも。
そう───今の私は、君が見ているようにその程度の欠片に過ぎない。
勿論、神様ではない。
どちらかと言うと、その逆の存在だな。
だから、君に取引を持ちかけにきたというわけだ。

『取引? 神様の逆って言うのは、つまり───』

ああ、人間に取引を持ちかけるのは同じ人間以外では悪魔と相場が決まっている。
“メフィストフィレス(愛すべからざる光)”───それが、今の私の現象を表している名称だ。
“ラムペンパック(起動の五騎)”つまりは、十二層から成り立つ純粋理論『重積層弦可換展開に基づく統一場色相投射』を担う一騎ということになる。

『はあ? えーっと???? ラム? つまり羊肉? ───あ、お腹が鳴っちゃった』

……………。
いや、その辺りの名称は、それ程気にする必要は無い。
極めて衒学的なもので、言うならばはったりとそう大差は無いのだ。
案の定、頭の中を疑問符一杯にして困惑した彼女に、私は自嘲を含んでそう言ってやった。

『その……取引って、私はどうすればいいのでしょーか? それと、やっぱり悪魔っていうことは、魂とか取られる?』

根本的に呑気な気質を持つ彼女をして、この状況と悪魔という符合は不安を抱かずにはいられないらしい。
らしくもなく、おずおずとした口調だ。
だから、私は意地悪く一拍の沈黙を挟む。
その質問に答える前に尋ねよう。
君は、これからまもなく終わりを迎える。
短い人生ながらも、君が今まで積み重ねたものは全て無に帰す。
その感性も、その情動も、その思考も。
君が君であるべく象られた個は、この世界に引き伸ばされて薄れ消えうせる。
それを、君はどう感じる?

『えっと、死ぬのが怖いかってことなのかな? そりゃあ、怖いけど……結局は自業自得みたいだし』

彼女は、腕組みし首を傾げつつ考え込む。
その顔には悲壮感が無い。
それは、実感が無い故の言葉では無く、正しく自身の運命を受け入れた末のものだと私には解る。
彼女は、死に逝く自身の行いに後悔はしていない。
その潔さと達観は尊敬には値する。
だが……

では、君には未練が無いわけだ。
君は、君を思う者達を断ち切るというのだな。
君を愛する家族の元へ。
君を必要とする友人達の元へ。
何より、互いが互いを半身とも考えている───あの親友である彼女の元へ。
帰りたいとは思わないという事か?

『…………』

途端、彼女は押し黙り硬直した表情で唇を噛んで俯く。
息を飲んだ身体が小刻みに震えている。
いったい、その僅かな間にどれ程の痛みを伴う思いが脳裏に駆け巡ったのか。
平穏に満ちた日常と非情なる運命は、あまりに断絶しかけ離れているのに、それはいつだって隣り合わせだ。
とかく過酷なるこの世界には、その類の陥穽がそこかしこに待ち構えているから底意地が悪い。

『───そ、そんなの、帰りたいに決まってるじゃないか。───みんなに会いたい。また、みんなに会いたいよ。───美代にだって、ちゃんと謝りたいのに……』

彼女は俯いたままで、途切れ途切れに押し殺した呟きを漏す。
何故、彼女が決して涙を流すまいとしているのか。
私には理解ができる。
彼女は、自らの悲哀を無意識に踏破してしまう人間だ。
だから、他者の為に嘆くことは出来るが己の為に流す涙は無い。
きっと、その本質に気づいている者は殆ど居ない。
だが震えて響くこの言葉には、自身だけに向けられた魂の慟哭が私にも垣間見えた。

……宜しい、とりあえずは合格だ。
それこそが、私が君から引き出したかった全てだ。
その帰還の意志こそが、瞬きにおける無秩序な悠久の中で指標となる。
君なら、きっと大丈夫だろう。
故に、君の願いを聞き入れる。

では、まず具体的に私が出来ることを示そう。
今の私では、君の現在の事象を消去することは難しい。
要は、完全に無かったことには出来ない。
だが、君に
“奇跡的に、爆風に巻き込まれながらも命に別状は無く”
“奇跡的に、気絶している中でも爆発の残骸に紛れて蹂躙する軍隊に見つからず”
“奇跡的に、村を救う救援部隊が即座にやって来て君を救助し”
“奇跡的に、何の問題にもならずに故郷である日本に送還される”
という事象を辿らせる事は出来る。
観測と認識により決定される、事象への俯瞰位置からの干渉。
無数の出鱈目に散らばった賽の目を全て手で揃えて、同じ目にするようなものだな。
これらは実際に私が特に手を下さずとも起こり得るから区別はつきにくいが、同時に起こり得る確率がほぼゼロであるのは理解できるだろう?
つまり、君への報酬はこういう些細なものだ。
それと、誤解されないように最初に断っておくが、私は君に魂などというものを対価として求めない。
その価値は理解できるが、残念ながらそのような高尚なものを自在に獲得できる手段など持ち合わせていなくてね。

『───へ? だって、悪魔だって……』

それは、君が神様などというものを引き合いに出した故の言葉のあやに過ぎない。
私はもちろん悪魔などではないし、立ち位置の違いはあるにしろ、それ程に君とはかけ離れた存在ではないさ。
だから、私から君に対価として課すのは単純に労働だ。
もっとも、それにより君に背負わせる運命を思えばこれは悪魔的な所業であるとも言える。
故に、私の事を例えば誰かが悪魔だと指差すならば、それは正当な評価であり決して否定はしない。

君にはこれから、様々な世界を巡りその世界における災禍を救うという事を行ってもらう。
言うなれば、節操の無い救世主というところか。
そのような者達を統合する組織があるという事だから、恐らくそこに所属することになるだろう。
『黒の黙示録』───そう称されるものを巡っての戦いとなる筈だ。
ああ、無論。
私もただの人間である君に、そのままでこのような過酷な任を行ってもらおうなどという無体なことは言わない。

『お? おおおおおおおっ!?』

これより彼女の守りとなり刃となるもの。
それを具体的な形として空間に像を結ぶと、彼女は目を見開いて声を上げた。
全身を鎧う、金属とも生体とも思える装甲然とした真紅の外皮。
節々の黒金に似た鈍い輝きを帯びた関節部から時折舞い散る炎。
手足共に刃となる長大な爪を備え、各部には羽根を歪に形作る意匠。
頭部は鳥類を象徴的に直線で模ったようであり、眼部となる鋭利な隙間からは琥珀そのものである硬質な瞳が脈動する光を発しながら覗いている。
そして背には、天を圧するほどに広がる災禍そのものであるかのような炎翼。
それは、揺らめくたびに灼熱の響きを轟かせていた。
あえて喩えるならば、猛禽と昆虫を機能的に合成し擬人化した造形とでも言うべきか。
奇怪にして異質なその姿に、流石に彼女も呆然となり

『……か、かっこいい』

? かっこいい?
私がその呟きを不審に思い疑問を投げかけようとする前に、彼女は何故か眼を輝かせ 

『なにこれ!? なにこれ!?  ライダー? ねえ、ライダー? 巨大化は? 巨大化はするの!?』

……いや、そういった機能は無いな。
それに、これは君の考えるようなライダーなどと言う無邪気なものでも……ああ、いや、あれはあれで過酷な戦いを強いられる物語ではあるな。
そうだな、まあ似たようなものかもしれん。
しかし、私が託すものは確かに超人的な力を与えるが、可逆変化とは言えこのような異形に君を変貌させてしまうということでもあり───

『変身!? 私が? 私がこれに変身するのですか!?』

……ああ。君が立ち塞がる敵と対峙した時、これにより戦わざる得なくなるだろう。
そう重々しく告げる私をよそに、彼女はおお! と感激の声をあげ何やら手を振り回して嬉しそうにポーズをつけている。
まあ───何にせよ、やる気になってくれたのは良いことなのかも知れない。

『これ、名前は? 私は、ライダー何と名乗ればよいのですか!?』

……ライダーは付かないが。
君に託すそれは、やはり私の欠片で構成されている以上“メフィストフィレス(愛すべからざる光)”の延長上のものということになるだろう。
その根源は、実際にはこの炎の翼こそが全てで、“メフィストフィレス(愛すべからざる光)”とはその名称でもある。
元々は“クレイモア”という特殊な寄生体が、時空を超越した多元的事象の跳躍を繰り返しざる得なくなった私に合わせ、その同一性を放棄した事により変異に変異を重ねて歪曲し───

『おお! メフィラス星人! では、私はメフィラス星人としてショッカーを倒せば良いのですね!?』

それは……一体どういう状況なんだ。
私の記憶が確かならば、メフィラス星人というのは某光の巨人に敵対したかなり悪辣な宇宙人だった筈だが、それは君としては大丈夫なのか?
……まあ、いい。
そろそろ、君を然るべき時空に色相として投射することにしよう。
私はその維持に自身の現状のほぼ全資源を投入することとなる為、君の支援はほぼ不可能だと考えるように。
だが、そこには君を必要とし支援する者が必ず存在するから無用な混乱はしないで済むだろう。 
とは言っても、彼らにもこの状況は説明しきれないだろうが、君は余計な事を考えず自らの帰還の意志さえ堅持して感じるままに彼らに協力し行動すれば良い。

『んー……一つだけ聞いても良い? お兄さんは、結局なにを私にさせたいのでしょうか? いや、やらせたいことは何となく分かったけど、それでお兄さんに何の得があるのかが良く分からない』 

なるほど。
確かに、私自身の目的は告げていなかったからそこに不審を抱くのは当然だ。
だが、それを説明すると非常に長くなるから、君の理解が追いつかず納得が出来ずとも簡潔に説明しよう。
この場は確かに“グレートヒェン”に支えられたものだから時間など無意味だが、肝心の私の資源が有限なのでね。
まず最初に告げておくことは、私が惨めなる敗残者であり、その属する世界が既に滅びているということだ。
私にはもう帰還する場が無い。
戦い抗ったが、我々の世界はあまりにも安易かつ理不尽に蹂躙され徹底的に消去された。
いや……正確に言うと戦いにすらならなかった。
何しろ我々にはその因果すら理解出来ず、最期の時に至るまで何が敵だったのか不明だったのだからな。
出来た事と言えば、逃避に近い延命行為のみ。
つまりは、主観時間を圧縮し確定した滅びに至る瞬間を識内でほぼ無限とするシステムに依存するしかなかった。
それは折りたたまれた次元に存在を投射するというある意味では侵略に他ならなかったが、その辺りは省略する。
さて、我々はあまりにも往生際が悪かった。
このような状態となって尚も滅びの運命を受け入れず、せめてその因果を解明したかったのだ。
このままでは、我々は墓碑に何を刻めばいいのかすらも解らない。
まあ、共通したのはそういう後ろ向きな無念だったわけだ。
『闇の黙示録』───そう呼称されているものが関与していると判明したのは、多元的事象観測の手段を手に入れてからだ。
我々も多元論は把握していたものの、実際に無限であるそこに因を求めるのはあまりに無謀と二の足を踏んでいたのでね。
が、その試みは奇跡的にも功を奏し、私は我々の世界の尖兵として多元世界を渡り歩いたのだ。
しかし、その途上において『闇の黙示録』の真相に肉薄しようとした私は、極めて危険な敵に遭遇し敗北した。
だからこの今の私は、奴に……“喰らうもの”に存在を断ち斬られた残滓とも───ふむ、意識が閉じかかっているな。
やはり、君にとって殆ど理解できない話は詰まらなかろうな。
だが、一応は君が尋ねてきた事項の筈だが。
私は話を中断し、半分瞼が落ちかけている彼女に少々皮肉混じりにそう言った。

『ふぁ……いやー、肝心なところさえ分かればだいじょーぶ。要は、その何だか録ってやつを何とかしてお兄さんも助ければ良いのですね。きっと何とかなるから、この古宮に任せてください! マリーセレスト号に乗った気持ちで!』

……何かを言い間違えているのだと思うが、少々複雑な気持ちだな。
では、今度こそ君を送る。

『はい。古宮、行きマース……って、おおう!?』

自身の背に突如として現れた巨大な炎の翼へ驚嘆の声を上げる彼女。
それは、蒼く彩られた静謐なこの空間を黄昏色に染め上げる。

『あ、それと、お兄さんの本当の名前は? あと、その何だか小難しそうな喋り方って、実は違うでしょ? 何となく、私と同じくらいの歳かなって感じたけど』

───ふむ。
君は、本当に感性で本質を捉えるな。
まあ、良いだろう。
私……いや、俺の名は八坂耀一。
確かにある意味、君と大して変わらないしがない大学生に過ぎなかったんだがな。
どういうわけか、こういう状況にいる。
まったく……何がどうなってるのか。
色々ありすぎて、今は皆遠い。
だから、君……いや、おまえに期待するよ、古宮芳子。

『まっかせなさい! って、おおおおおおおおう!?』

こうして不安な悲鳴と轟音を残しつつ、彼女は最高の笑顔のままこの空間から飛翔した。
蒼い蒼い空を切り裂いて。

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最終更新:2013年06月14日 22:55