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不屈 ◆nig7QPL25k


「がっ……!」

 無様な声を上げながら、男が一人倒れ伏す。
 包丁を片手に現れた、取るに足らない通り魔だ。確か、ハリウッドと名乗っていたか。

「こいつじゃない」

 不埒な男を見下ろしているのは、如意棒を携えた女――忌夢だ。
 眼鏡の向こうの眼差しは、不機嫌そうにひそめられている。
 当然だ。探していたはずの通り魔は、この男ではなかったからだ。
 サーヴァントを召喚することもなく、魔術礼装も持っていない。
 令呪を確認するまでもなく、これが噂のマスターでないことは、察することができた。

「喰え、バーサーカー」

 背後の暗黒騎士へと命じ、その魂を取り込ませる。
 恐らくこの男は、どこかに潜んだマスターによって、幻術か何かで操られたのだろう。
 あるいは、人を操る礼装によって、切り裂かれた被害者なのかもしれない。
 こんな奴が出歩いているということは、既に本物の通り魔は、雲隠れしているのかもしれない。
 であれば、これ以上の探索は無駄か。今夜はこのまま家に帰って、明日に備えて寝るべきか。

「……?」

 その時だ。
 遠くの方から、爆発の音が、聞こえてきたような気がしたのは。

(あっちは確か、特級住宅街か?)

 そういえばこの街にはもう一つ、噂があったことを思い出す。
 姿を現さぬ戦闘者の、正体不明の爆発音だ。
 あるいはその音の主が、この先で戦っているのかもしれない。
 潰し合うのなら好きにすればいいが、生き残った者を仕留められれば、こちらも優勝に近づける。

(行ってみるか)

 無理はしない。だが見逃すこともしない。
 忌夢は爆発の方に向かって、ゆっくりと歩みを進み始めた。

◆

 時間は少し巻き戻る。
 これは開戦の直前――一撃目をかわした高町なのはが、襲撃者と対峙した時のことだ。
 黄金の鎧を身にまとい、不敵に笑う大男を、視界に捉えたその時のことだった。

「……戦う前に、一つ聞かせて。貴方とそのマスターの目的は何?」

 抱え込んだマスターのルイズを、ゆっくりと道路へ下ろしながら。
 油断なく襲撃者を睨み据え、メンターのサーヴァントは問いかける。
 戦闘は避けたいのが本音だ。聖杯の完成は、できることなら、阻止したいと考えている。
 願いを叶えることよりも、その過程で失われる、命を守ることの方を優先したい。
 それはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールもまた、理解してくれていることだった。
 理解して、くれているはずだ。

「知らねぇよ。俺のマスターはそんなこと、聞いても話しちゃくれなかったからな」

 それを一笑に付したのが、現れたキーパーのサーヴァントだ。
 粗野な顔立ちはならず者のそれだが、身にまとう金色のオーラには、強者の放つ気迫がある。
 単純な戦闘能力では、あるいは自分すらも上回るかもしれない。
 打算で考えたくはないが、今後の戦況を考えても、敵にしておきたくはない男だった。

「望みも持たずに人を襲うだなんて……」
「英霊の倫理にもとる、ってか。そいつは見当外れだな。
 ここまで生き残ってきた連中は、どいつもこの戦いを受け入れ、勝ち抜いてきた奴ばかりだ。
 殺しも殺されも覚悟して、戦場に立った奴を相手に、そいつを言うのはお門違いだろ?」

 それは違う。ルイズにそんな覚悟はない。
 偶然巻き込まれた上に、自分勝手な戦いはしないと、面と向かって言われているのだ。
 そう言いかけた己の言葉を、しかしなのはは飲み込んだ。
 分かっていたはずだ。それはあくまで少数派。
 あのスバル・ナカジマがそうであるように、多くのマスターとサーヴァントは、聖杯を獲る覚悟を決めている。
 それを考えられなかったのは、予選の全ての戦いを避け、結界に閉じこもっていたが故か。

「……そっちの理屈に巻き込むな、とは、言わせてもらえないんだね」
「あんまり興ざめなことを言うんじゃねえよ。マスターの願いなんざ知らねぇが、俺にはやりたいことってのはあるんだ」

 これ以上の言葉は通じない。
 少なくとも、交渉の前提条件を知らないキーパーには、どんな取引も通用しない。
 であれば、戦いは避けられないか。
 できるのか。未だ身を守る術しか知らない、未熟なマスターを庇いながら、この敵を退けることが。
 張り詰めた空気がその場を満たし、月明に頬の汗が光る。

「っ!」

 瞬間、敵の姿が膨れた。
 先に動いたのはキーパーだ。策もブラフも何もない、真っ向からの突進だ。
 恐らく速度は敵の方が速い。不意を打たれたこの状況では、回避の加速は追いつかない。

「このくそったれた状況で、少しはマシな戦いをする――そいつがこの俺の望みってやつよ!」

 至近距離。次に来るのは拳か。
 低く踏み込んだ姿勢から、恐らくはアッパーが来るだろう。
 杖を繰り出す。呪文を紡ぐ。防御のラウンドシールドを展開。

(え――!?)

 何だ、これは。
 明確に知覚できたのはそこまでだ。
 その疑問の内容が、いかなものであったのかも、認識することはかなわなかった。

「あぅっ!」

 その前に猛烈な鉄拳が、杖ごとなのはを吹き飛ばしたからだ。
 砕け散る桜色の魔力光と共に、白いジャケットが宙を舞う。
 重い。とてつもなく強い。思考が途切れてしまったのは、意識が飛んでいたからかもしれない。
 サーヴァントとして強化されたはずの体が、ぎしぎしと軋み始めている。
 痛む体を強引に動かし、飛行魔法で姿勢制御。杖の先端に魔力を込めて、牽制の準備を整える。

「アクセルシューター!」

 解き放たれたのは流星雨。
 光り輝く奇跡を描く、高速の誘導射撃魔法だ。
 出し惜しみはしない。総計32の魔力弾を、発射タイミングをずらしつつ、次から次へと叩き込む。
 夜空を切り裂く魔弾の数々を、しかしキーパーは捌ききった。
 ほとんど不可視と言っていい、とてつもない速度の手捌きで、次々と弾丸を叩き落としたのだ。

(あれだ……!)

 攻撃を低速のディバインシューターに切り替え、ルイズを庇うように位置取りながら、なのはは敵を見定める。
 先の拳に感じた驚異は、正確には重さに対してではなかった。
 キーパーの放った鉄拳は、あまりにも素早すぎたのだ。
 予測通りの攻撃だった。防御の展開時間もあった。
 にもかかわらず、黄金の右アッパーは、ラウンドシールドの完成前に命中し、不完全な防御を打ち砕いた。

「レイジングハート!」

 己が宝具へと問いかける。
 『不屈の心はこの胸に。そしてこの胸に小さな勇気と奇跡を(レイジングハート・エクセリオン)』へと、拳の正体を問いただす。

『敵の攻撃速度の平均は、29万9千メートル毎秒。光の速度に匹敵します』
「光速!?」

 音速の間違いではないのかと、なのはは相棒へと問い返した。
 そもそも数度見ているとはいえ、そこまで出鱈目な速度を、よくもまあ計測できたものだ。

『マスターが初撃を回避できたのは、サーチャーで襲撃を察知し、攻撃を実行する前から、回避行動を起こしていたからです』
「つまり、それは……」
『まぐれです』

 まともに相手をしていては、とてもかわしきれはしないと。
 インテリジェント・デバイスが導いたのは、絶望的な回答だった。

「知らずにかわしたってのか。そいつはある意味すげぇ話だ」

 せせら笑うキーパーに対して、なのはは緊張した表情を浮かべる。
 それほどの速度があるのなら、もはやマスターの力量が、整っているいないの話ではない。
 一瞬でもマスターの懐に入られれば、ルイズでなくても間違いなく即死だ。
 であれば通すわけにはいかない。距離が開いた状態のまま、一歩も動かさずに制圧する。

「バスター!」

 もはやなのはに躊躇はなかった。
 足を止めるための攻撃ではなく、敵を倒すための攻撃に移った。
 砲撃魔法、ディバインバスター。高火力での遠距離戦を得意とする、高町なのはの必殺技だ。
 膨大な魔力の奔流は、太陽の光輝すらも飲み込み、塵一つ残らず焼滅させる。

「――無理すんなよ!」

 その、はずだった。
 しかし耳に飛び込んできたのは、直撃を受けたはずのキーパーの声だ。
 それもそのはず、なのはが狙った太陽の鎧は、既にその場には見当たらない。
 そこにいたのは太陽ではなく、暗がりに溶けて潜む闇だ。

「シャドーホーンッ!」

 振り返った背後に現れたのは、不定形の黒い影。
 それが形と色をなし、再び現れたのが黄金の鎧だ。
 恐らくは身を歪め姿を変えて、縦横無尽に駆け巡り、ここまで回り込んできたのだろう。

「ぐっ!?」

 それだけの思考ができたのは、背後から殴り飛ばされて、距離を開けられた後だった。

「メンター!」
「別にこのガキが目当てじゃねえんだ。お前を倒すことができれば、それでも勝利条件は整う」

 ルイズの上げた声に対して、キーパーは振り向きもしなかった。
 その存在をまるきり無視し、あくまでも道路に転がるなのはに対して、鎧の男は語りかける。

「雑魚の骨をへし折ったって、大して面白みもありゃしねえんだ。それよかお前と戦った方が、いくらか戦り甲斐もあるってわけよ」
「くっ……!」
「さぁ、来いよ! タイマン張ってやるって言ってんだ! 他のことなんざ全部忘れて、ぶっ殺すことだけ考えて来いや!」

 両手を大きく広げながら、キーパーは高らかに宣言した。
 易い敵を眼中にも置かず、強い敵だけを狙って戦う。それは間違いなく驕りだ。
 しかし彼ほどの大英霊ともあれば、それは相応の自信に変わる。
 やれるのだ。そんな非効率な戦いが。
 そう確信できてしまうことが、何よりもぞっとする話だった。

◆

「勝手言ってんじゃないわよ、キーパーの奴……!」

 そしてそんな状況を、苛立ちと共に見る者がいる。
 恐らく戦いの現場で、最も不機嫌そうな顔をしているのが、キーパーのマスターであるはずの両備だ。
 屋根の上に身を潜めながら、彼女はしもべであるハービンジャーの姿を、じっと見下ろしていたのだった。

(どう考えたって、あの貧乳チビを殺した方が、さっさと片付く話じゃない!)

 自分の体型は棚に上げながら、両備はそんなことを思う。
 警備の連中が騒ぎだそうと、魔術師達が割り込んでこようと、そんなことは問題ではない。
 あの激烈な強さを持ったハービンジャーなら、NPC連中ごときは造作もなく、蹴散らすことが可能だからだ。
 両備が問題視しているのは、NPCではなくPC――他のマスターの介入である。
 あのメンターなるサーヴァント、実力で劣っている割にはよく粘る。
 タイマンでなら勝てるだろうが、他に一人二人と数が増えれば、また結果も変わってくるかもしれない。

(もういい! あいつは両備が殺る!)

 そうなっては危険だ。
 魔力の少ない両備には、長期戦をする余裕などないのだ。
 長大なスナイパーライフルを取り出し、眼下の敵マスターに狙いを定める。
 敵味方が好き勝手に暴れ回り、照準を遮る戦況下においては、狙撃の難易度は跳ね上がる。
 だが、何もしないよりはマシだ。自分はお荷物ではないのだ。
 魔力がなかったとしても、只人を超越した忍であるなら、こうして戦うことはできる。
 それを分からせてやると考え、両備は一人スコープを覗き、トリガーを引くタイミングを待った。

◆

「エクシードモード!」

 高町なのはの装束が変わる。
 ミニスカートの丈が伸び、赤いリボンが姿を消す。
 より戦闘的になったスタイルこそ、高町なのはの本領だ。
 燃費を犠牲にしながらも、長所を伸ばしたこの姿ならば、彼女の戦闘能力を、100%発揮することができる。

「はっ!」

 マスターの魔力を使い切らない程度に、それでいて最大限の火力を展開。
 無数の弾丸を織り交ぜながら、敵の退路を塞ぎつつ、大火力の砲撃を叩き込む。

「ぬぉおおッ!」

 それでも致命傷には至らなかった。
 爆煙をかき分け現れるのは、絢爛豪華な暴れ牛だ。

「嘘でしょ!? 今のも効いてないの!?」

 ルイズが悲鳴にも似た声を上げる。
 正確にはそれは誤りだ。鎧から覗いた強面の顔には、微かに傷がついている。
 問題はそのダメージが、奴にとってはあまりにも、些細なものにしかならなかったことだ。

『Protection!』

 攻撃動作に入られてからでは遅い。どこから攻められても構わないように、全身を覆うタイプの魔法を選択。
 サーヴァント化して強化された感覚を研ぎ澄まし、なおかつ経験則で攻撃の狙いを予測しても、恐らく攻撃の先を打てるのは一発。
 これがかのアーサー・ペンドラゴンのように、超高度の直感スキルの持ち主であれば、四度か五度は凌げるだろう。
 それができないのであれば、無理に捌くことはしない。真っ向から受け止める以外に防御策はない。

「でぇいっ!」

 それでも、その目論見をご破産にするのが、キーパーの豪腕の破壊力だ。
 振りかざす拳が雷を纏った。バリアと接触するストレートが、炸裂し稲妻を撒き散らした。
 ルイズも巻き込まれるのではないか。一瞬そう思えるほどの余波が、スパークを形取って爆散し、石畳を次々と抉り壊す。
 今のでバリアの耐久力の、そのほとんどが削り取られた。恐らく次は耐えられない。
 無駄な壁は壊される前に、壊して有効に使わせてもらう。

「バースト!」

 攻勢防御、バリアバースト。
 展開した防壁を爆発させ、対象を吹き飛ばす荒業だ。
 魔力の調節を行えば、衝撃だけを自分にも伝え、無理やり距離を開けることもできる。
 目眩ましの爆煙から飛び出し、上空で姿勢制御を取った。
 敵がラッシュを仕掛けてくるのではなく、一撃の重みで仕留めにかかるタイプだったのは、ある意味では僥倖だったと言える。
 そういうタイプの人間であったなら、こんなことをできるような、隙を作られることもなかった。

(あれは……!)

 これもまた、だからこそなのかもしれない。
 飛び退ったその先で、銃を構える何者かの姿を、見下ろすことができたのは。

(間違いない! あの子……このサーヴァントのマスター!)

 茶色い髪を二つに結んだ、ティーンエイジャーの女の子だ。横顔から感じられる年齢は、ルイズや響と同じくらいか。
 屋根の上に寝そべりながら、その手に握っているものは、物々しいスナイパーライフル。
 これはキーパーも承知しているのか、あるいはマスターの独断なのか。
 黒光りする銃口は――地上のルイズへと向けられている!

《マスター、危ないっ!》
「えっ!?」

 念話で危険を訴えながら、自身は杖を少女へと向ける。
 アクセルシューターを形成し、手元目掛けて一発発射。
 引き金を引くその直前。なんとか着弾が間に合った。

「きゃっ!?」

 悲鳴と共に、トリガーが引かれる。
 ぱぁんと撃たれた銃弾は、しかし狙いからは大きく外れ、明後日の方向へと消えていった。

「何すんのよ!」
「それはこっちの台詞!」

 こちらを睨みつけキレる少女に、なのはは至極真っ当な反論を返した。

「余計なことすんじゃねえ! 勝負が終わっちまうだろうが!」
「何よ! 終わらせようとしてんじゃな……、ぅあっ!?」

 揉めているところを狙って、マスターにバインド魔法を仕掛けた。
 キーパーには通用しないだろうが、相手は生身の人間だ。すんなりと拘束は成功し、銃は無様に屋根を転がる。

「ごめんね。お話は後で聞かせてもらう。だから今は、そこでじっとしてて」
「……ふん! 両備を懐柔しようったって、無駄よ」

 先の話のことを言っているのだろうか。
 どちらにせよ、今の自分には交渉の余裕はない。
 何しろ敵の実力を考えれば、逃走という選択肢すら取れないのだ。
 すぐさまなのはは戦線に戻り、敵サーヴァントを睨み据えた。

「今までの流れで、だいたい分かった」

 対峙するなのはを見据え、キーパーが言う。

「お前のその戦い方……俺を恐れてるってだけでもなさそうだ。
 どうやら殴り合いを避けて、飛び道具で制圧するスタイルが、元から得意だったってクチみてぇだな」

 小休止のつもりなのだろうか。
 両腕を胸の高さで組んで、黄金のサーヴァントが語りかける。

「そいつは俺の趣味じゃねえが……まぁいい。だったらこっちもお望み通り、そいつに合わせてやろうじゃねえか!」

 否。違った。
 あれは余裕の構えではなく、攻撃の予備動作だったのだ。
 それを悟ることになるのは、異常な魔力の高まりを、なのはが感じた瞬間だった。

(これは、何……!?)

 迸る黄金が空気を歪める。
 轟然と唸る雷が、キーパーの周辺でぱちぱちと弾ける。
 何をしようとしているのか。そこまでは理解が及ばなかった。
 だが確実に、何かがある。恐らく相手が狙っているのは、宝具クラスの必殺技だ。
 これまでとは比較にならない一撃が、来る。

(シールドとバリアを最大出力……!)

 間に合え。そう心に念じ続けた。
 防御魔法を限界まで強化し、迫り来る何かに向けて備える。
 当然突っ立っているつもりもない。光の翼を羽ばたかせ、上空への退避を図ろうとする。
 しかし、そちらは遅かった。
 これより放たれるキーパーの絶技を、完全にかわし切るためには、加速が足りなかったのだ。

「――『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』 ッ!!!」

 そのことを理解することすら、高町なのはには許されなかった。
 雄叫びが戦場を揺るがした瞬間、メンターのサーヴァントの思考は、爆音と雷光の彼方へと消えた。

◆

「なっ……」

 何よそれは。
 それを言うことすらかなわず、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、へなへなとその場にへたり込んだ。
 目の当たりにした光景は、それほど衝撃的なものだったからだ。
 キーパーが何事かを叫んだ瞬間、世界の光景は一変した。
 荒れる突風と轟く光が、突然キーパーの目の前から噴き出し、メンターの腰から下を飲み込んだのだ。
 そのままちぎれ飛んだりするような、スプラッターな光景は見ていない。
 しかし攻撃を受けた高町なのはは、引きずられるようにして衝撃波に呑まれ、全身を滅多打ちにされながら吹っ飛ばされた。
 さながら竜巻が通り過ぎたような、激烈な破壊痕の向こうには、ぴくぴくと震えるメンターが、無様に倒れ伏している。
 あのなのはが、為す術もなくやられた。
 自在に魔法を使いこなし、それを教えてくれた師匠が、ゴミのように蹴散らされたのだ。
 輝きを失った白のジャケットは、ルイズに残された希望の全てを、残らず摘み取るには十分な光景だった。

「いい音だな。骨の折れる音ってのはよ」

 どこか悦を含んだ声で、黄金のサーヴァントが呟く。
 大地に刻まれた破壊の痕を、のしのしと悠然と歩きながら、キーパーは戦果の余韻に酔う。

「だがな、お前の心はまだ折れちゃいねぇ。まだ立ち上がる気でいやがる」

 遂に金色の具足は、なのはの元へと到達した。
 ゆっくりとしたその歩みを、止めるための力すら、なのはには残っていないのだろうか。
 未だダメージの抜けきらぬ体は、伸ばした指を震わせながら、地を掴もうとするのが精一杯だった。

「その音を聞かせてもらうまでは、終わりってわけにもいかねぇからな」

 無理だ。こんなの勝てっこない。
 もはや戦いを続けるどころか、立ち上がる力すら残ってないはずだ。
 もういい。自分など見捨ててくれていい。いっそ令呪で命じてもいい。
 メンターは十分に頑張った。十分過ぎるほどに戦ったのだ。
 だからもうやめてくれ。せめて逃げることを考えてくれ。
 相手が死人であることも忘れ、ルイズは声ならぬ声で必死に祈る。

「きっちりと、とどめを刺させてもらうぜ……!」

 黄金の右手がなのはに伸びる。
 白服の体を掴み上げんと、キーパーの手が伸ばされる。
 誰か。どこの誰でもいい。奴のその手を止めてくれ。
 悔しいが自分には力が足りない。ゼロでなくなったとはいえど、未だ力のないルイズには、奴を止める手立てがない。
 だからどうか。誰か来てくれ。
 誰か。

(誰か……っ!)

 誰か――メンターを助けてくれ。

「――ぅおおおおおおおおおおっ!!!」

 その、瞬間だ。
 彼方から聞こえる雄叫びと、エンジンの音を耳にしたのは。
 闇を切り裂き駆け抜ける、青き彗星を目にしたのは。

「うん……?」

 黒鉄の拳が胴を捉える。
 白銀のタービンが唸りを上げる。
 爆裂する魔力は衝撃となり、キーパーの懐へ叩き込まれる。

「ここから……離れろぉぉぉッ!」

 瞳を緑に燃やすのは、スバル・ナカジマの横顔だった。
 先ほど同盟を結んだばかりの、キャスターのサーヴァントの拳があった。
 大恩ある師匠の窮地に駆けつけ、怒りを燃やす姉弟子は、暴虐のサーヴァントの体躯を、その場から猛然と押し出したのだった。

◆

 手応えは大したものではない。恐らくはダメージもないのだろう。
 金の甲冑を身に纏う、黄金の英霊を退かせたのを見ると、スバルは素早く飛び退り、己が師匠のもとへと降り立つ。

「スバ、ル……」
「揺れます。一瞬だけ我慢して!」

 それだけを短くなのはに告げると、スバルはその場から飛び退いた。
 ルイズのいる辺りへと降り立ち、ゆっくりとその体を下ろすと、自身は再び敵を睨む。

「メンターさんのこと、お願い」
「あ……え、ええ」

 かけた声はなのはではなく、すぐ傍のマスターに対してのものだ。
 頷いたのを確認すると、すぐさま鋼の両手を構え、臨戦状態へと移行する。
 衝撃と破壊を司る、右手のリボルバーナックル。
 反撃と粉砕を司る、左手のソードブレイカー。
 攻防一体のシューティングアーツが、正体不明のサーヴァントに対して、油断なく構えを取り相対する。

《響、屋根の上にマスターがいる》
《分かりましたッ! こっちは任せてくださいッ!》

 戦うことのできない響は、敵マスターの見張りに向かわせた。
 どれほどの戦闘能力があろうと、強固なバインドで縛られた身だ。危害を加えられることはないだろう。

「どこのどいつかは知らねぇが、せっかく機嫌のよかったところに、横槍かましてくれたんだ」

 興ざめさせたら許さねぇぜと、金の鎧が不敵に笑う。
 相手の手の内は分からないが、全盛期の肉体を持つ高町なのはを、ここまでズタボロにした男だ。
 勝てる勝てないはさておいて、恐らくは、ただでは済まないだろう。

「要らない心配だよ」

 だとしても、一つだけ、確信していることがある。

「これ以上は他の誰にも、手を出させるつもりはないから!」

 たとえこの身が砕け散っても、なのはとルイズは守ってみせる。
 よしんば響に手を出そうとしても、絶対に守り通してみせる。
 否――砕けるわけにはいかないか。
 立花響という少女を救い、聖杯を渡してやるためにも、生きて切り抜けなければならないのだ。

「おおおぉっ!」

 足の車輪を走らせる。
 『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』を、トップスピードで猛進させる。
 跳躍し、回し蹴りを見舞った。左手で防がれたもののそのまま落下し、着地と同時に足を払った。
 ぐらついた体躯にストレートを打ち込み、リボルバーキャノンを発動。
 シュートの時には放つ魔力を、そのままゼロ距離で炸裂させて、金色の巨体を吹っ飛ばす。

「なるほど! お前はそっち側のタイプか!」

 そうだろう。そんなことだろうと思った。
 あれほどなのはを痛めつけた相手が、この程度のコンボをいいように食らって、宙を舞ってくれるわけがない。
 こちらの力量を見極めるため、敢えて攻撃を食らっていたのだ。
 そうだと分かっていながらも、スバルは突っ込まずにはいられなかった。
 攻撃し続けることでしか、止められない相手なのだろうと、本能的に察知していたのだ。

「面白ぇ……面白ぇぞ!」

 その姿勢を、黄金は讃える。
 対等に戦うライバルとして、という意味の言葉だとは思えない。
 力差を自覚しながらも、それでもなお立ち向かってくる、その健気さを可愛がっているのだ。
 屈辱だ。だが受けたままでは終わらない。
 この悔しさはその悪人面を、地に叩きつけることで返す――!

「ふんッ!」

 その、はずだった。
 振りかざされたハンマーパンチを、頭部に叩き込まれるまでは。

「ぁっ……」

 何だ。
 一体何が起こった。
 揺らされたのか。戦闘機人の肉体が、脳震盪を起こしたというのか。
 いいやそもそも、自分はいつ、今の攻撃を食らったというのだ。
 速い遅いの問題ではなく、両手が視界から消えた次の瞬間、既に殴られていたような感じがした。

「気をつけて! そいつ、光の速さがどうとかって言ってた! よく分からないけど、凄く速い!」

 朦朧とする意識の片隅に、そんな声が聞こえた気がした。
 なるほど、光速の拳ときたか。それは確かに速いわけだ。師匠が嬲られるのもうなずける。
 恐らく自分の世界では、そんな速度に至れた者など、誰一人としていなかっただろう。
 次元世界とは実に広い。こんな怪物じみた男を生み出し、英霊の座へと送り出し、この場に招いたというのだから。

「ぬぅぅりゃあっ!」

 次の一撃が迫り来る。
 知覚した瞬間にはもう手遅れだ。
 がら空きの脇腹を目掛けて、必殺の光速拳が叩き込まれる。

「………!」

 一瞬、足元がぐらついた。
 だがそれだけだ。倒れてはいない。どころか黄金の拳には、黒鉄の右手が伸ばされている。

「あん?」
「いくら、すごいと言ったって……!」

 その身を光で覆う姿が、金色のサーヴァントには見えただろう。
 なのはと同じ防御魔法の、プロテクションを使っていたのだ。
 意識を揺さぶられた瞬間に、それを発動できたのは、ひとえに己が相棒のおかげだ。
 『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』には、いくつかの魔法の発動を、自己の判断で発動するよう、生前から示し合わせている。

「たかだか――音速の、90万倍ッ!」

 ならば平気だ。戦える。
 たとえ迫り来る拳が、どれほど素早く重かろうとも。
 急所を打たれた体が軋み、口から血反吐を吐き散らそうとも。
 それでも死んでいないのならば、まだ十分に戦える。
 たとえ何十発叩きこまれようと、即死に至らないのであれば、全て受け止め耐え切ってやる。

「ディバイィーンッ……!」

 そうして打ち合い続ければ、待っているのは、自分の勝利だ。

「バスタァァァーッ!!」

 スバル・ナカジマは確信していた。
 本気でそう信じ込んでいた。
 でなければ勝てる戦いも、決して勝てはしないのだと、己にそう言い聞かせていた。
 奇跡が起きなければ勝てないとしても、その奇跡を掴み取るためには、自身が諦めずに戦う姿勢が、絶対に必要不可欠なのだと。
 故に彼女はその手を伸ばした。直伝の砲撃魔法の魔力を、再びゼロ距離から叩き込んだ。
 砲撃魔法の適性のないスバルに、長距離攻撃を放つことはできない。
 それでも、これだけの距離で放てば、魔力減衰などは関係ない。持てるポテンシャルの全てを、ダイレクトに叩き込むことができる。

「うぉぉぉりゃぁあああああっ!」

 今度は本当の直撃だった。
 軽く驚いた様子の金ピカ男を、本当に宙へと浮かせてみせた。
 その隙を決して逃しはしない。飛び蹴りを見舞ってダメージを打ち込む。
 着地したところにも手心を加えず、次々と拳打を叩き込んだ。

「やるじゃねえか! 代打としちゃあ、不足はねぇぜ!」

 にぃと不敵な笑みを浮かべて、敵が拳を振り下ろす。
 回避は当に捨てていた。振り上げた腕から攻撃を予測し、急所をそれから庇っただけだ。
 左肩が鉄拳を受け、バリア越しに揺さぶられる。
 問題ない。『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』の判断で、すぐさまバリアの強度を補強。
 それだけの余裕のある魔力は、己がマスターである響から、十分すぎるほどにもらっている。

「まだ、まだぁっ!」

 この程度ではやられはしない。
 ここに来る直前に耳にした、恐らくは宝具によるものであろう爆音を、スバルはまだ聞いていないのだ。
 なのはが受けた切り札を、受けないままに倒れたのでは、弟子として彼女に顔向けできない。
 故にどれほどの拳打であっても、スバルは必死に耐え抜いた。
 迫り来る攻撃の全てを受け止め、持てる力のその全てを、徹底して攻撃に注ぎ込んだ。

《スバル、聞こえる……!?》

 だからこそだろう。その念話を聞けたのは。
 ダメージからようやく復帰し、デバイスを杖とするなのはを、視界に収めることができたのは。

《この場を打開できるかもしれない……そういう方法が、一つだけある。だからそれまで、時間を稼いで!》

 だからこそ、突破口は開けた。
 逆転のための選択肢を、彼女から受け取ることができたのだ。
 合点承知だ。異論などない。
 弟子を頼ってくれるという、最高の栄誉を前にして、断る理由などどこにもない。

《了解っ!》

 必ず時間を稼ぎきり、勝利の策へと導いてみせる。
 それが彼女を奮い立たせ、前へと進む力と勇気を、全身へと巡らせたぎらせていた。

◆

 眼下で起きるその戦いを、響には見下ろすことしかできない。
 いやむしろ、現在の自分を思えば、マスターの監視という仕事があるだけ、役に立てている方なのだ。
 であれば、役目を果たすべきだろう。自分にそう言い聞かせながら、響は足元のマスターへと向かった。

「ねぇ……どうして戦うの? 聖杯を手に入れて、何をするつもり?」

 屋根に寝転がり倒れる、茶髪の少女へと、問いかけた。
 恐らくは同い年であろう、オッドアイの娘へと尋ねた。
 敵と相対した時には、まずは話し合いから始める。戦いを避けることができないかどうか、まず最大限の努力をする。
 それは聖杯の獲得以上に、優先しなければならないことだ。
 聖杯を手に入れたいとは確かに思うが、避けられる戦いがあるなら避けたいという思いは、きっとそれ以上に強い。
 それで聖杯をどうするのかなど、後から考えればいいだけのことだ。

「フン……何よ、あんたもあの女と同じクチ?」

 返ってきたのは、憎まれ口だ。
 青と緑の視線を背け、不機嫌そうに少女は言う。

「まぁ、同盟関係だからね……だけど多分、メンターさんがいなくても、私はそう聞いてたと思う」

 そういう性分なんだ、と響は言った。
 誰かが悲しむ争いがあるなら、この手で止めたいと思う。
 誰かが悩んでいるのなら、それを聞いてあげたいと思う。

「この手を伸ばし続けることが、立花響の戦いだから」

 だからこそ、自分はここまで来たのだと、少女へ立花響は言った。

「……どうせ理解できないわよ。そういう奴には」
「何も決めつけなくったって――」
「復讐よ! それが両備の戦う理由。聖杯にかけるべき望みなの」

 復讐。
 恨みを晴らすということ。
 両備と名乗った少女の放つ、鋭く暗い五文字の言葉が、響を遮り突き立てられる。

「復讐ッ!? って、そんな……そんなことしたって、何も……ッ!」
「何もならないでしょうね。喜んでくれる人がいるかなんて、死んじゃった今では分からない。
 だけど、両備達はずっとそうしてきたの。この憎しみを晴らさない限り……何にもなれやしないのよ……!」

 仇討ちが何かを生むことはない。
 より多くの悲しみを生みこそすれど、喜ぶべき人間がいない以上、報酬を得ることはないのだろう。
 それでも、それを果たさない限り、自分たちは恨みと憎悪に、一生囚われ続けることになる。
 そうやって両備は生きてきたのだ。今更それまでの道筋を、なかったことにはできないのだ。
 たとえその仇討ちが、見当外れの勘違いだと、咎められたものだとしても。

「でも……でもそれって、どうしても聖杯に願わなくっちゃいけないものじゃ……ッ!」
「どうかしらね……でも、ないよりはマシなのは確かよ。
 悔しいけど、まともに殺り合おうとしたら、とてもかなわないような……そういう奴が相手だから」

 同じことを問われ続け、うんざりして吐き出したのだろう。
 分かったらこれ以上踏み込んでこないでと、両備は顔を背けながら言った。
 響には、何も言葉を返せない。
 それは間違っていると言うのは簡単だ。だが、彼女を理解し説得するには、それでは足りないような気もする。
 その足りない言葉というものが、今の響には見つからなかった。
 考えなしに踏み込めるような、単純な問題ではないのだ。

「!?」

 その時だ。
 不意に爆音が轟き、光が眼下に炸裂したのは。
 敵サーヴァントによるものではない。光の主はメンターだ。
 高町なのはを中心に、莫大な魔力が渦を巻き、何らかの攻撃態勢を整えている。
 恐らくは、切り札を切るつもりだ。
 この戦況を打開するための、最後の一手を打つつもりなのだ。

「……両備ちゃん。私には今、両備ちゃんに対して、かける言葉が見つからない」

 勝負を決めようとしている。
 この一撃で、恐らくは、何かしらが決することになる。
 だとすれば、マスターである立花響も、知らぬふりではいられなかった。
 何ができるか分からなくても、覚悟は決めなければならなかった。

「っ……何よ、馴れ馴れしく名前で……!」
「だけど、生きることだけは諦めないよ」

 この場を戦い生き抜けば、いつか両備ちゃんにかける言葉が、見つかる時が来るかもしれないから。
 決然と口にした響の顔には、既に迷いも戸惑いもなかった。

◆

 何よ! 一体何考えてるのよ!
 キャスターが食い止めてるうちに、最大宝具の準備をして、真っ向から迎え撃つですって!?
 あいつ、今の自分の状況を、分かってそんなこと言ってるの!?
 そんなボロボロの体で、そんな無茶なことしたら……どうなるか分かったものじゃないのよ!?
 信じられない! そんな相打ち覚悟の攻撃……下手したら自爆も当然じゃない!
 メンターが死んだら、私だって、強制的に脱落になるのに……!

 ………

 ……分かってる。分かってるわよ。
 そうしなければこの状況を、切り抜けることはできないってことは。
 キャスターは凄く強いけど、それでもメンターと同じくらい。
 キーパーの宝具を一発でも受けたら、きっと同じようにボロボロになっちゃう。
 そうなったら賭けるまでもなく、確実に敗北することになる。
 そうすれば、確率を問うまでもなく……私もここで命を落とす。

 そうよ。分かってたわよ。
 みんな私を生かすために、必死に戦ってたってことくらい。
 私を死なせないようにするために、強い敵に立ち向かい、決死の賭けにも臨んでる。
 それくらい言われなくったって、分かりきってたことだったのよ。

 情けないわ。
 そうまでして戦ってくれているのに、何もできない私自身が。
 そうまでして想ってくれていたのに、真っ先に諦めようとしていた自分自身が。
 何が貴族よ。笑わせるわ。
 力ある者は、力なき者を、その力をもって守らねばならない。
 大きな力に伴う責務――それがノブレス・オブリージュ。
 使い魔達が私のために、必死に戦っているというのに、ご主人様であるはずの私は、何一つその責任を果たしていない。

 ……そんなの嫌よ。御免だわ。

 何ができるかなんて知らない。
 できることがあったところで、通用するかどうかも分からない。
 だけど、それは何もしないってことを、肯定する言い訳にはならない。

 分かったわよ。やってやるわよ。
 それが貴族の務めだから。
 そうあってこそのメイジだから。
 ゼロのルイズでなくなった、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの、果たさなければならない責任だから。
 あんたはその背中をもって、それを伝えたかったんでしょ。

 そうなんでしょ――高町なのは!

◆

「っははははは!」

 渦巻く極大の魔力を前に、黄金のサーヴァントが高らかに笑う。
 自分たちの逆転の一手、『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』。
 その気配を察した敵が、その気概を前に大笑している。

「本当に面白い奴らだぜ! これだけやられておきながら、まだそういう手を選んできやがる!」

 ここに来てもなお、この男は、迎え撃つ側でいるつもりなのだ。
 格下からの挑戦を、面白がって受け止める。そういう心構えでいるのだ。
 他人の優越感に対して、これほど不快感を覚えたのは、スバル・ナカジマの人生の中で、一度もなかったことかもしれなかった。

「いいぜ! 相手をしてやるよ! その心、俺のこの小宇宙をもって、真正面からぶち折ってやる!」

 黄金のサーヴァントが魔力を練った。
 稲妻が駆け抜け大気が歪み、揺らめく力場が具現化した。
 その背後に幻視したものは、太陽の光を身にまとう、雄々しくも荒々しき猛牛の姿か。

《スバル! 防いで!》

 恐らくは敵の宝具が来る。
 エースオブエース・高町なのはを、満身創痍にまで追い込んだ、奴のフェイバリットアーツが来る。
 それをこのタイミングで放たれれば、この作戦はご破産だ。
 ならば、守り切ってみせよう。どれほど圧倒的な力であろうと、必ず凌ぎ切ってみせよう。
 そうする他に、この状況を、打開する手などないのだから。

「――『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』ッ!!!」

 雄叫びと共に、衝撃が駆けた。
 最大出力の防御魔法が、びりびりと震え悲鳴を上げた。

「ぐぁっ、ぁああ……!」

 魔力の補填が追いつかない。シールドを張ってそれでもなお、壁越しに肉体が痛めつけられる。
 これまで受けてきた拳とは、根本的に異なる威力だ。
 これが宝具というものか。これが神話の英霊の、必殺の一撃というものか。
 耐えろ。耐え抜けスバル・ナカジマ。
 あれほど膨れ上がった魔力だ。恐らくなのはの切り札も、あと数秒で完成する。
 完全に凌ぎきれなくてもいい。それまでの時間を稼げればいい。
 たとえシールドが砕けても、その時星の煌めきが、大地を照らしさえすれば――

「――わぁあああああああああーっ!!!」

 その時だ。
 もう一つの声と魔力の光が、すぐ傍らで弾けたのは。

「るっ……ルイズ!? どうして……!?」
「全く! 何なのよアンタ達は! ご主人様の許しもなしに、勝手に話ばかり進めて! 勝手に無茶ばかりやらかして!」

 割り込んできたのはマスターのルイズだ。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、なのはから教わったシールドを張り、スバルの隣に並び立ったのだ。
 あまりにも危険すぎる行動だ。
 そもそもそうやって身を張ったどころで、所詮は人間の力でしかない。サーヴァントの宝具を前にしては、気休め程度にしかならない。

「やるじゃねえか! 雑魚とばかり思っちゃいたが、見直してやるぜ!」
「うっさいわよ、この筋肉ダルマ!」

 それでもルイズは、必死に叫ぶ。
 黄金のサーヴァントすら一蹴し、懸命に魔力を張り続ける。

「困るのよ、ご主人様のこと無視して、勝手に死にに行かれたら……!」
「マスター……!」
「まだ私は、メンターに、何も大切なことを教わってない……それを教えてもらうまでは……絶対に死なせないんだからっ!」

 守られっぱなしではいられない。
 守られて死なれてしまったところで、何も嬉しくは思わない。
 それはプライドが許さないから。それでは目的を果たせないから。
 何よりそういう生き方を、貴族(メイジ)たるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、決して許すことはできないから。
 小さく幼い貴族の娘の、精一杯のプライドの叫びだ。

「……ありがとう、マスター!」

 そしてその小さな叫びは、高町なのはに確かに届いた。
 たとえ気休めの力であっても、それが切り拓いた一瞬こそが、逆転への道を確かに繋いだ。

「『胸に宿る(スターライト)』――」

 魔力が集う。光を成す。
 戦場にばらまかれた己の魔力。味方の魔力に、敵の魔力も。
 それら全てを一点に束ね、己が力へ転換し、一挙に放つ集束魔法。
 絶望的な戦場であろうと、小さな希望を拾い重ね、勝利の確信へと変えてきた、エースオブエースの必殺魔法。
 それこそが闇夜を照らす光――スターライトブレイカーだ。

「――『熱き彗星の光(ブレイカー)』ァァァァ――ッ!!!」

 遂に彗星は放たれた。
 持てる力の全てを込めた、文字通り全力全開の光が、荒れ狂う金牛と激突した。
 宝具対宝具。
 最強対最強。
 神話にその名を刻まれた、古今無双の一撃同士が、世界樹の頂でぶつかり合った。

「うぉおおおおおおおおっ!!」

 スバルもまた、その攻勢に加わる。
 左手でルイズを後方へ押し下げ、右手はディバインバスターを放ち、『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』へと束ねる。
 更なる魔力を得た集束魔法は、桜と空色の螺旋を描き、金色の衝撃を迎え撃つ。

「大したもんだ……」

 一瞬、敵サーヴァントのトーンが落ちた。
 面白がるばかりの男の声が、シリアスな響きを宿して聞こえた。
 認めたのだ。この瞬間に。
 戯れるばかりの相手ではなく、本気で挑むべき相手なのだと。
 この一撃の担い手を、遊び相手としてではなく、ライバルと見なすべきなのだと。

「なら! 俺の方も遠慮はしねぇ! 牡牛座の黄金聖闘士の全力――食らいやがれぇぇぇッ!!」

 瞬間、咆哮は爆裂する。
 黄金のサーヴァントの渾身の叫びは、全霊の破壊力となって戦場に満ちる。
 ぶつかり合う力の中心点から、ばちばちとスパークが迸った。
 さながら地上に降りた雷雲。荒れ狂い全てを飲み込むハリケーンだ。
 稲妻は石畳をひっくり返し、遂には家屋を薙ぎ払って、住宅街を炎で染める。
 神話の力がもたらすものは、神話に刻まれた黙示録。遠き伝承の時代に起きた、カタストロフの再現だ。

「駄目! 相手の力の方が、少し強い!」
「せめて……せめてあと、もうひと押しッ……!」

 ここまできて、まだ足りないのか。
 これほどの力を束ねてもなお、奴に打ち勝つことはできないのか。
 いいや、そんなことは認めない。
 なのはが、己が、そしてルイズが。皆が必死に戦い抜いて、掴み取ったこの拮抗を、決して破らせるつもりはない。
 探り続けろ。次の一手を。
 奴の力を打ち砕く、最後の最後のひと押しは――

「――ぉおおおおおおおお――ッ!!!」

 見つけ出すべき最後のピースは、四人目の仲間の歌だった。

「響っ!? その姿……それに、その力は……!」

 現れたのは立花響だ。
 あれほど禁じたシンフォギアを、その身に纏って現れた、スバル・ナカジマのマスターだ。
 おまけに突き出して右拳から、渦を巻き放たれるエネルギーは、今までに見たことのない力だ。
 可能性は一つしかない。
 FG式回天特機装束・シンフォギア、その最終決戦機能――絶唱。
 身の安全を度外視し、聖遺物の力を限界以上に引き出す、自滅覚悟の滅びの歌だ。
 それこそ今の響にとっては、ガングニールの侵蝕を加速させかねない、禁じ手中の禁じ手のはずだ。

「死にませんッ!」

 されど、それを否定する。
 スバルの脳裏によぎった思考を、立花響は切り捨てる。

「生きることを諦めない……そのために伸ばしたのがこの手だからッ! だから何があったって、死んでも生きて帰りますッ!」

 なんとも滅茶苦茶な理屈だ。死んだら生きて帰れないだろうが。
 そう言ってため息をつく気になれないのは、自分も同じ穴の狢だからか。
 いいだろう。ならば頼らせてもらおう。
 力強く笑みを浮かべ、スバルは意識を集中する。
 途切れた戦意を繋ぎ直し、再び攻勢へと転じる。

「胸に宿ったこの歌が、神話の調べであるのなら……ッ!」

 渦を巻く力が星へと宿る。
 七色に輝くフォニックゲインが、彗星の煌めきと重なって、虹色の道を切り拓く。

「――伝説を貫けッ! ガングニィィィィ―――ルッ!!!」

 響き渡る少女の叫びが、戦場を揺るがす力と変わった。
 未来へと伸ばすその右腕が、奇跡をもぎ取り握り締めた。
 二人分のサーヴァントの、宝具クラスの必殺魔法。
 そして世界樹の影響を受け、それに匹敵する出力を得た、暴走状態の絶唱。
 一つに束ねられた三つの奇跡は、その力を乗算式に束ね、太陽を目指す翼となる。
 黄金の暴威に真っ向から挑み、日輪すらも突破して、どこまでも羽ばたける力となる。

《脱出っ!》

 なのはの念話を耳にしたのは、ちょうどその時のことだった。
 撤退を指示する号令と、抑えきれない力の破綻は、ほとんど同時に起きていた。
 一歩も退かない二つの力が、最後に行き着く終着点は、双方共倒れの対消滅。
 破綻を来たした均衡は、想像を絶する大爆発となり、戦場を音と光で染めた。

◆

 『胸に宿る熱き彗星の光(スターライトブレイカー)』をもって、敵の宝具を迎撃する。
 最悪突破できなかった場合は、その混乱に乗じて戦線を離脱。各自の判断で撤退する。
 それが高町なのはの考案した、状況を打開するための作戦だった。
 荒れ狂う雷鳴と爆煙の中、スバルはなんとか響を抱き上げ、それを実行してのけた。
 極限状態での行動力は、半生以上を費やした、レスキュー現場での経験則か。
 死してなお、役に立つとは思わなかった。人生とは一度終わってからも、何が起こるか分からないものらしい。

「………」

 立花響は、眠っている。
 限界を超えた力を使い、シンフォギアの変身も解かれ、気を失い瞳を閉じている。

「お疲れ様」

 その無茶を、責める気にはなれなかった。
 死にに逝くための戦いではなく、生きるために挑んだ姿を、今は叱るつもりにはなれなかった。
 もちろん、二度とあんなことはするなと、目を覚ましたら言うつもりではいる。
 それでも今は、起こしたりせず、このまま寝かせてやることにしよう。
 己がマスターを抱きかかえながら、スバルは柔らかな笑顔を浮かべて、素直に労いの言葉をかけた。

(なのはさんには悪いけど……)

 現状を振り返りながら、思考する。
 こちらのマスターは、この状況だ。これ以上戦場にはとどまれない。
 自己の判断で動けという、彼女の命令に従い、この場は撤収を選ばせてもらおう。
 じきに騒ぎを聞きつけて、人が集まってくるはずだ。見つからないようにしなければなるまい。
 なるべく人目につかない道を選び、スバルは響の学生寮へと、帰還する選択肢を取った。



【E-3/学術地区・路地裏/一日目 深夜】

【立花響@戦姫絶唱シンフォギアG】
[状態]気絶、魔力残量2割、ダメージ(中)、疲労(大)
[令呪]残り三画
[装備]ガングニール(肉体と同化)
[道具]学校カバン
[所持金]やや貧乏(学生のお小遣い程度)
[思考・状況]
基本行動方針:ガングニールの過剰融合を抑えるため、メンターから回復魔法を教わる
1.………
2.学校の時間以外は、ルイズと一緒にメンターの指導を受ける
3.ルイズと共に回復魔法を無事に習得できたら、聖杯戦争からの脱出方法を探る
4.両備の復讐を止めたい
5.出会ったマスターと戦闘になってしまった時は、まずは理由を聞く。いざとなれば戦う覚悟はある
[備考]
※シンフォギアを纏わない限り、ガングニール過剰融合の症状は進行しないと思われます。
 なのはとスバルの見立てでは、変身できるのは残り2回(予想)です。
 特に絶唱を使ったため、この回数は減少している可能性もあります。

【キャスター(スバル・ナカジマ)@魔法戦記リリカルなのはForce】
[状態]全身ダメージ(大)、脇腹ダメージ(大)
[装備]『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』、リボルバーナックル、ソードブレイカー
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:ルイズ・なのは組と協力し、マスターの願いを叶えて元の世界に帰す
1.一度帰宅する。夜が明けたら、なのは達と合流するため、ルイズの家を目指す
2.金色のサーヴァント(=ハービンジャー)を警戒
3.ルイズと響に回復魔法を習得させる
4.戦闘時にはマスターは前線に出さず、自分が戦う
5.ルイズと響が回復魔法を習得できたら、聖杯戦争からの脱出方法を探る
6.万が一、回復魔法による解決が成らなかった場合、たとえなのはと戦ってでも、聖杯を手に入れるために行動する
[備考]
※4つの塔を覆う、結界の存在を知りました
※ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール&高町なのは組と情報を交換し、同盟を結びました。
 同盟内容は『ルイズと響に回復魔法を習得させ、共に聖杯戦争から脱出する』になります
※予選敗退後に街に取り残された人物が現れ、目の前で戦いに巻き込まれた際、何らかの動きがあるかもしれません。



◆

「………」

 小宇宙を込めた右腕で、強引に拘束を引きちぎる。
 乱暴な助け方をしても、両備は文句一つ言わなかった。
 急激な魔力の消耗により、意識を失ってしまったからだ。
 恐らくこのまま戦えば、彼女は枯死してしまうだろう。腹立たしいが、それはハービンジャーにとっても本意ではない。

「潮時か」

 面白くなさそうに呟きながら、牡牛座の黄金聖闘士は、身に纏う聖衣を解除した。
 教皇の大仰なローブではない、Tシャツとジーンズというラフな姿に戻り、両備を乱暴に肩に抱える。
 ついでに近くに転がっていた、長いスナイパーライフルも、左手で回収してやった。

「俺が最初に一抜けとはよ。カッコ悪いったらありゃしねえ」

 一番有利なはずの人間が、真っ先に戦闘を放棄する。こんな情けない話はなかった。
 同時に、魔力に乏しいマスターというのが、これほどに大きなハンデになるのかと、改めて思い知らされた。
 たった二発の『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』で、戦闘不能に陥ってしまう。
 こんなことは生前には、一度も経験していなかったことだ。
 どうやら戦いを楽しむためには、相応の工夫というものが必要らしい。

「あん……?」

 その時、ハービンジャーはそれを見た。
 見覚えのある人間が、遠くの方からこちらに向かって、歩み寄ってくる姿を。
 否、目的はこちらではない。確かあっちは、メンターのサーヴァントが、小娘を連れて飛び去った方向だ。

「この俺の上前を撥ねようとは、いい度胸じゃねえか」

 今はこちらにも手立てがない。だから見逃してやることにしよう。
 だが、せっかくのライバルを奪った報いは、いつか必ず受けさせてやる。
 額の開いたヘアスタイルをした、眼鏡の女性を遠目に見据え、ハービンジャーはそう呟いていた。



【F-3/特級住宅街/一日目 深夜】

【両備@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[状態]気絶、魔力残量1割
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]秘伝忍法書、財布
[所持金]やや貧乏(学生の小遣い程度)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる
1.………
2.復讐を果たすこと、忌夢と戦うことに迷い
[備考]
※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』の噂を聞きました
※忌夢が本物であるかどうか、図りかねています。また、忌夢の家が特級住宅街にはないことを調べています

【キーパー(ハービンジャー)@聖闘士星矢Ω】
[状態]ダメージ(中)
[装備]『牡牛座の黄金聖衣(タウラスクロス)』
[道具]なし
[所持金]スナイパーライフル
[思考・状況]
基本行動方針:両備について行き、共に戦う
1.一度帰宅する
2.獲物を横取りする忌夢を許さない。次に会ったら倒す
3.両備の迷いに対して懸念
[備考]
※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』の噂を聞きました
※忌夢がマスターであると考えています



◆

「ここまで来れば、もう大丈夫かな」

 抱えたルイズの体を下ろし、高町なのははそう呟く。
 最善の成果は得られなかったが、何とか敵を振り切って、戦線を離脱することはできた。
 拘束したままの敵マスターや、はぐれてしまった響達など、懸念すべき要素はある。
 それでも最低限、ルイズ達の安全だけは、こうして確保することはできた。

「………」

 であれば、やらねばならないことがある。
 左手の甲を突き出して、真紅のルーンを光らせる。

「令呪を持って命ずる。今後私の許可なしに、独断専行をしないこと」

 輝く令呪の一画が消えた。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの言葉は、絶対の拘束力となって、メンターのサーヴァントに課せられた。

「マスター……?」
「ごめんなさい。でも、これはやらなきゃいけないことなの。けじめはつけないと駄目なのよ」

 そもそもの発端となったのは、なのはの勝手な行動だ。
 彼女が夜中にルイズを連れ出し、目立つ行動を取ったからこそ、敵に捕捉されてしまった。
 同じことを繰り返さないよう、身勝手な振る舞いを取った使い魔には、罰を与えなければならない。
 それが主人たる貴族の、つけるべきけじめというものだ。
 響達との同盟は、失点を帳消しにするための言い訳にはならない。
 聖杯戦争の打倒は、ルイズにとってはついでであって、絶対条件ではないのだから。

「……そうだね。ごめん、マスター」

 言わずとも、聡明なメンターは、その考えに気付いたのだろう。
 どこか寂しげではあるものの、納得したという表情で、謝罪の言葉を口にする。

(嫌な気分だわ)

 そしてルイズはなのは以上に、強く胸を痛めていた。
 何がけじめだ。笑わせる。
 あの場で一番役に立たなかったのは、他でもなくこのルイズ自身だ。
 一番のお荷物であった自分が、他人の行動を咎めて、罰まで与えようなどと、図々しくて反吐が出る。
 恩を仇で返すような、そんな真似しかできない自分が、情けなくて仕方がなかった。

「……まぁ、でも。助けてくれたことは、嬉しかったわ。ありがとう」

 それでも、礼だけは言っておかねばなるまい。
 どの口がほざくと言われようが、本心であることに違いはないのだ。
 ばつの悪そうな顔をして、言葉を選ぶように区切らせながら、ルイズはなのはに向かって言った。

「ふふ……ありがとう」
「っ! なっ、何よ! 気持ち悪いわね!」

 何を察したのかは知らないが、静かに笑みを浮かべるなのは。
 それが何だか照れくさくて、顔を真っ赤に染めながら、ルイズはムキになって言い返す。

「ごめんごめん。じゃあ、一度帰ろうか。ちょうど家も近くだし」
「まぁ、そうね……今から響達を探す余裕もなさそうだし。ここは素直に撤収しましょ」

 とりあえず、これ以上会話を続けると、色々とボロが出そうなので、なのはの提案に応じる。
 幸いにして、周囲に敵の気配はない。自宅へ帰るまでの道のりを、気取られる心配はなさそうだ。
 仮に何かがあったとしても、メンターの仕掛けたサーチャーが、敵の気配を察知してくれる。
 そう考え、ルイズは共に、家路へとつくことにした。

「とりあえず、帰ったら――」

 風呂にでも入って汗を流したい。
 そんな他愛のないことを、言いたかったつもりでいた。

「……え?」

 その、はずだった。
 呆然としたなのはの顔を、視界に収めるその時までは。
 装束の色が変わったなのはの姿を、目にしてしまうその時までは。
 腹部を突き破り現れる――漆黒の光を放つ剣を、目の当たりにしてしまうまでは。

「メンターッ!?」
「ぁ……」

 悲鳴のようなルイズの声。気の抜けたようななのはの声。
 それらからワンテンポ遅れて、ずるりと剣が姿を消す。
 ただでさえボロボロになったなのはの体は、最後の糸を切られたように、無様に路傍に転がった。

「討ち取ったぞ」

 おどろおどろしいその声は、これまでに聞いたことがない。
 なのはの背後から現れたのは、全くの未知の存在だ。
 見上げるような大鎧――その特徴は、キーパーのそれとも一致している。
 しかし、その色が違った。太陽のような黄金ではなく、宵闇そのものの暗黒の鎧だ。
 全ての希望を喰らい尽くし、絶望の闇で塗り固める。そんな印象を受ける黒だ。
 そのクラスは、バーサーカー。
 神話のケルベロスのような、おぞましい狼のヘルムを被った、未知のサーヴァントの姿がそこにあった。

「マス、ター……逃げ――」

 それが最期の言葉となった。
 力を使い果たした英霊は、白い光の粒となって、呆気無く闇夜に融けて消える。
 ルイズに刻まれた残りの令呪も、僅かな痣を残して消えた。
 自分を教え導いてくれた、あのメンターのサーヴァントが。
 強敵にも屈することなく立ち向かった、エースオブエースの高町なのはが。
 たった一刀を受けただけで、あっさりと命の糸を断ち切られ、再び死の闇へと沈んでいったのだ。

「だそうだ。お前はどうする?」

 新たな声は、鎧の背後から聞こえる。
 恐らくはバーサーカーのマスターだろう。
 額を広く露出した、ツリ目の女性がそこにいた。
 眼鏡の奥の厳しい視線は、自身の姉であるエレオノールを、いくらか若くしたようなものだ。
 もっとも、衣服の下から主張する、その豊満に過ぎるバストサイズは、姉とも自分とも異なっていたが。

「ッ……!」

 サーヴァントを失ったマスターがどうなるか。
 それはつい先程に、考えたばかりの結論だ。
 このまま数時間以内に、新しいサーヴァントを見つけられなければ、この場から強制排除される。
 その後どうなるかまでは知らないが、もうこの世界樹にいられるのは、その数時間の間だけだ。
 選ばなければならない。
 残されたその時間を駆使して、自分が一体何をすべきか。

「……こんのぉぉぉっ!」

 覚えてなさい、とまでは言わなかった。
 それが意味を持つことは、決してないのだと理解していた。
 ルイズが取った行動は、逃走。
 なのはの最期の願い通り、勝てない戦いに挑むことなく、自宅へとまっすぐに逃げ去ったのだ。

「捨て置け。サーヴァントを失ったマスターなど、もはや何の価値もない」
「分かってるよ、そんなことくらいは」

 そんなバーサーカー達の会話は、ルイズの耳には届くことなく、夜の闇へと静かに消えた。



【G-3/特級住宅街・ラ・ヴァリエール邸近く/一日目 深夜】

【忌夢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]如意棒
[道具]秘伝忍法書、外出鞄、財布
[所持金]普通
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、聖杯を雅緋に捧げる
1.帰宅する
2.明晩になったら、また街を出歩き、『魔術礼装を持った通り魔』を誘き出す
3.呀には極力そのままで戦わせる。いざという時には、装着して戦う
4.そこらのNPCでは、呀を使いこなせないらしい。無理に代わりの体を探すことはしない
5.呀を再び纏うことに、強い恐れ
[備考]
※特級住宅街以外のどこかで暮らしています。詳細な家の位置は、後続の書き手さんにお任せします
※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』『姿の見えない戦闘音(=高町なのは)』の噂を聞きました。
 後者の主がなのはであることには気付いていません。
※両備が本物であることに気付いていません
※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません

【バーサーカー(呀)@牙狼-GARO-】
[状態]健康、魔力増(一般人の魂二つ分)
[装備]魔戒剣、暗黒斬
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる
1.戦う
[備考]
※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。罪歌を受けなかったため、その特性には気付いていません



◆

「ちびルイズ! 一体どこに行っていたの! こんな時間までうろついて!」
「ごめんなさい姉様! 急いでいるの! 話は後からにさせてちょうだい!」

 偽物とはいえ、姉エレオノールに、そんな強い言葉で話したのは、これが初めてかもしれない。
 怒る家族には目もくれず、汗を風呂で流すこともせず、ルイズは自宅の階段を登り、自分の部屋へとまっすぐに駆け込む。
 時間がない。こうして移動する時間はおろか、考えている時間すら遅いのだ。
 自分が消えるその前に、できることをしなければ。
 あの場で戦ったなのはは、決して無駄死にをするために、戦っていたわけではなかった。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという、命を残すためという、意味ある戦いをしていたのだ。
 彼女の宝具にも名付けられた、「不屈の心」というものだ。

「絶対にこのままじゃ終われない……!」

 であれば、それにならわねばならない。
 それがなのはが教えてくれた、最期の教導であるのなら、それに応えなければならない。
 自分はゼロのルイズではないのだ。役立たずから卒業したのだ。
 であるなら、どんな形であっても、たとえ魔法が絡まなくても、何かを遺さなければならないのだ。
 それがメイジである以前の、貴族としての務めなのだから。
 お荷物のくせして偉そうに、恩人に罰を与えたままで――嫌な気分のままでは終われないのだ。

「見てなさいよ!」

 適当なノートのページを破る。
 ペンを取り出し走らせる。
 彼女が遺すのは文書だ。同盟を組んだ響達への、最期のメッセージを託した手紙だ。
 もう自分には何もできない。けれど響達が生きていたなら、まだ何かをすることはできる。
 自分の無事を確認するため、明日にでもここに来るであろう響には、何かを遺すことができる。
 とにかく文字を書き続けた。その時間すらもどかしかった。
 回りくどい言い回しなどしていられず、乱暴に殴り書きしたような、無様な手紙が出来上がる。
 全然貴族らしくなどない。それでも今はこれがいい。
 一刻一秒を争う状況で、優先すべきは体裁でなく、成果だ。

「エレオノール姉様! お願いがあるの!」

 出来上がった手紙に封をし、どたばたと自室を飛び出し叫ぶ。
 明日立花響という、日本人風の少女が来たら、この手紙を渡してやってほしい。
 それがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、最後に遺した成果だった。

◆

立花響へ

 あんたがこの手紙を読んでいる時には、もう私はここにいないと思う。
 悔しいけど、あの戦いの後、メンターがやられてしまったの。

 相手のクラスはバーサーカー。見たことのないサーヴァントだったわ。
 全身真っ黒の鎧を着て、犬みたいなマスクを被ってる、変な奴。
 それを連れてるマスターは、眼鏡をかけた女だったわ。
 広く開いたデコが印象的で、うちのエレオノール姉様みたいに、つんけんとした顔してた。
 その上邪魔くさいことこの上なさそうな、でっかいチチまでぶら下げてた!

 一方的に呼びつけといて、先に一抜けしちゃうのは、本当に申し訳ないと思ってる。
 もう私には何もできない。でも、敵の存在だけは、こうしてあんたに伝えとくから。
 鎧のサーヴァントを連れた眼鏡の女よ! そいつには絶対に気をつけて!

                          ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール





【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔 & 高町なのは@魔法少女リリカルなのはシリーズ 脱落】
【残り主従 22組】





[全体の備考]
※エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールに、
 上記の文章を記した、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの手紙が預けられました。
 立花響がラ・ヴァリエール邸を訪れた時には、エレオノールの手で渡されることになっています。
※F-3・特級住宅街にて、火災が発生しました。間もなく消防隊が駆けつけ、消火活動が行われます
※『姿の見えない戦闘音』の噂に、若干の変化が生じる可能性があります。
 変化の内容は、後続の書き手さんにお任せします



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メンター(高町なのは)
立花響 祈りと呪い
キャスター(スバル・ナカジマ)
両備 刻まれるカウント
キーパー(ハービンジャー)
闇に吠える氷の呀 忌夢
バーサーカー(呀)

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最終更新:2016年02月11日 03:45