衛宮士郎&キャスター ◆7CTbqJqxkE
夢を見た。
俺とは違う、ある男の夢を。
男はある儀式を執り行っていた。
闘争の末に生き残った最後のひとりの願いを叶えるという、この聖杯戦争に酷似した儀式を。
男は願いが叶えられるという言葉を餌に参加者を集め、そして自らが最後のひとりになるよう事を進めた。男は参加者の願いなど叶えるつもりなどなかった。
そもそもその儀式に施された機能は、十二の命を贄として新たな命を作り出すという置換魔術(フラッシュ・エア)。万能の願望機のような力は持っていない。
新たな命を作るために願いを抱く者をかどわかし、その身を闘争の渦中へ投げさせた。その儀式のために作り出された怪物によって無辜の人々の命が散った。
どうあっても収支の合わない劣化交換。だれもが悪と断ずるであろう男の所業に――――俺はそれを責めることができずにいた。
男には大切な人がいた。
男にとってなによりも大切なその人は、逃れられない死の未来が約束されていて。
逃れられない運命ならばと、運命に反逆せずに未来を与える方法として男は新たな命を作ることを思いついた。
それは他の願いを抱いた者と同様の、純粋な願い。男のたったひとつの想い。ただただ生きて欲しいと考え、行動した結果であった。
意図せずして儀式に巻き込んだとある男によって、約束の瞬間が目と鼻の先になるまで儀式は長引いた。
しかしその男も倒れ、ついに最後のひとりを決める戦いが始まることとなる。
残ったひとりを打ち倒し、新たな命を手に入れる。その未来はもう手を伸ばせば届くところまで来ていた。
だが、男の願いは挫かれることとなる。男にとってなによりも大切であった、最愛の妹自身の拒絶によって。
「優衣を失いたくない、俺を一人にしないで!」
男は嘆く。
どうあっても彼女が助かることはない。彼女が助かる選択肢(みらい)は存在しない。
初めから選択肢が存在しなければ、仮令何度繰り返そうと残酷な現実を覆すことは叶わない。
その現実に、その現実が助けると誓った妹によって齎されたという事実に、男は深い絶望の闇へと落ちかける。しかし――
「私はいつでもお兄ちゃんの側にいるよ」
絶望の闇へ落ちようとした男は、光と消えた彼女の言葉によって救われた。
救われた男は最後のひとりとなった戦士を認め、新しい命を託して消える。
男が消えると、世界は作り変えられた。そもそも『鏡の向こうの世界』など存在しない世界へと。
それは戦いなど初めからなかった普通の世界。
それは怪物に襲われることがない平和な世界。
そしてそれは――ある兄妹が存在しない世界。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
夜の帳が下りた商業地区の一画にて、極小規模の嵐が発生していた。
巻き込んだもの全てを両断する嵐の中心にいるのは、西洋風の鎧を着込んだ若い男だ。
なんの素養のない人間が男を見ても、その逞しい体格や自信に満ちた顔つきから只者ではないと察することができるだろう。
そして素養のある人間が男を見たならば――――その圧倒的な神秘に驚愕し、彼我の存在の格の差に打ち震えることだろう。
嵐を発生させている男はサーヴァント。その武勇を以って歴史に名を刻み、人々の想念によって人類種から精霊種へと昇華された幻想――英霊の現身である。
聖杯を手に入れるべく魔術師によって召喚された彼は、主の命を受け同じく聖杯に招かれたひとりの少年を切り伏せようとしていた。
人智を越えた速度で繰り出される不可視の刃は、しかし無駄な破壊をすることなく少年のみを追い続ける。
無駄な破壊をしないというのも主よりセイバーが受けた命令であった。魔術師が人口の半数以上を占めるこの魔術都市において、聖杯戦争のことを気取られるのは下策だからだ。
魔術師の本懐は根源に至ることであるが、自分の代では不可能。子孫に託したところで辿りつくことはまずない。
それが多くの魔術師たちの自己認識だ。それでも一縷の望みに賭けて魔術を研鑽し、次代へと想いを繋げていく。
そんな魔術師たちの耳に聖杯戦争の話が入れば、どうなるかは想像に難くない。命を落とす可能性の方がどれだけ高くとも、根源に至る可能性を得られるということは賭けに出るには十分な理由となりえる。隣を歩いていたはずの魔術師の家系が零落し消えているなど当然なこの世界で、己の代で根源に至る可能性を手にするなどありえない奇跡だからだ。
もしも魔術師たちの間で聖杯戦争の噂が広まれば、敵は他のマスターだけではなくなる。魔術師などサーヴァントの前では雲霞に等しい存在であるが、マスターにとっては別だ。腕は確かであっても、NPCの中にはより優れた魔術師もいるだろう。暗殺に特化した魔術師もいるかもしれない。十年来の友人であると設定された魔術師に突然襲われるかもしれない。
アサシンのサーヴァントほどの脅威はないにせよ、狙われる可能性が増えないようにすべきであるというマスターの意見は、まさしくその通りであると彼も賛同した。
建造物やユグドラシルの枝葉を切り倒して事故死に見せかける戦術も用いたかったが、仕方あるまい。そのような戦術を用いずとも最優の称号を持つクラスに召喚された己が他のサーヴァント相手に遅れを取ることもありはしまい。セイバーはそう考え、マスターが昼に見かけたという令呪を宿した少年にマスターと共に襲撃をかけた。
少年は赤色の頭髪の一部が白く脱色し、肌も左手の一部と左目から首筋にかけて浅黒く変色しているという、如何にもな風貌をしていた。
少年の近くにサーヴァントの気配は存在せず、一刀の下に終わる――そのはずだった。
少年は突如現れたセイバーに反応し、あろうことか不可知の一撃を投影で召喚した白と黒の双剣で防いでみせた。
想像していなかった事態にセイバーが一瞬硬直した内に、少年はセイバーから距離を取る。
そこで我に返ったセイバーは追撃をかけるべく踏み込もうとし、しかしそれをやめてすぐにマスターの側へと戻った。
「何をしているセイバー。はやく追わねば人払いの範囲外に逃げられるぞ」
「ここで仕留めるかどうか、お決めくださいマスター」
「こちらの顔と貴様の得物を知られて撤退する理由がどこにある」
「わかりました。では失礼」
言うがはやいかセイバーは己のマスターを抱え、逃走する少年を追った。
セイバーが一度退いた理由は単純であった。
「あの少年、戦い慣れています。だというのにサーヴァントを従えずに行動するなど考え難い」
それはセイバーの攻撃を防いだという、ただそれだけのことだ。
ただそれだけのことであるが、果たしてこの魔術都市にそれが可能な魔術師など何人いるだろうか。
セイバーが奇襲をかけた際、驚愕こそしたが少年はすぐに表情を変えた。その目が見ていたものは一瞬の後に訪れる死ではなくその直前の生と死の境界線。
それを見据えることができる者という時点でこの都市には一握りしかおらず、そして生き残る術を実行できる者となるとさらにそこから数える程度にしかいないだろう。
それは魔術で決闘を行う魔術師では得られない実戦経験。連続した死線を越えることによって得たであろう研ぎ澄まされた思考がなければ、不可視の一撃を読み切り生を勝ち得ることなどできはしない。
それができるだけの経験を積んでおきながら、この聖杯戦争が催されている地でサーヴァントを引き連れないという選択を取るわけがないとセイバーは判断した。
「おそらくはアサシンが気配を殺し潜んでいるか、もしくはキャスターやアーチャーが控えているといったところでしょう」
だからこそマスターはサーヴァントと共に行動をする。
アサシンが主人に牙を突き立てないように常に近くで剣を揮う。
アーチャーやキャスターが主人を害さないよう、盾となるべく隣に侍る。
それが聖杯戦争におけるセオリーとも呼べる立ち回りだ。
当初は相手が少年ということもあり、戦争に巻き込まれたことを実感していないただの愚か者と侮って行動したセイバーであったが、考えを改める。
初撃を防がれたことは戦闘経験もあるが、運の要素も大きい。だがそれはセイバー相手だったからであり、他のクラス相手ならば生き残る可能性は十分にある。
そして一撃で仕留められず、相手が逃げ出せば当然追撃を加えるべくサーヴァントは追いかけることとなる。そこで残された敵マスターと距離ができてしまえば、遠距離からマスターを攻撃するなり暗殺するなりといった手が打てる。
つまり、己自身を囮としてサーヴァントを敵マスターから離し、その隙に暗殺するという奇策を用いている可能性がある。あのマスターの戦闘能力ならその選択肢も十分ありえると、セイバーは推察していた。
「とにかくマスター自身が狙われている可能性があります。心してください」
その言葉を聞くとセイバーのマスターは竦みあがり、慌ててセイバーに離れるなと命令する。
その様にセイバーは笑いつつ、逃げ出した少年の背を捉えた。
「追いつきます。マスターを抱えたまま戦うわけにもいかないので、追撃の際はマスターも一緒に移動してください。速度は合わせます」
「この場で仕留めろ」
「承りました」
それが今までの経緯。この場でマスターである少年を仕留めるべく不可視の斬撃の嵐を繰り出すセイバーは、しかし未だにその少年を捉えきれずにいた。
すでに十以上の裂傷を与えはしたが、そのどれもが致命となるものではなく、必殺となる一撃は防ぎ、いなし、回避される。
マスターが襲われないように全力で踏み込まず、いつでも迎撃できるように余力を残しているとはいえ、まるでサーヴァントでも相手取っているかのような錯覚がセイバーを襲う。
敵のサーヴァントを釣るべく二回ほど全力に近い力で打ち込んだが、どちらも得物を破壊するという結果しか得られず、新たに投影で作り出された武器を相手にするだけとなった。
このマスターは強い。それは最初に認めたことであったが、ここまで来ると異常である。どうして全力ではないとはいえ、サーヴァント相手にただの魔術師が三十合以上切り結ぶことができるだろうか。
そこまで考え、セイバーはひとつの可能性に気付く。それはマスターを強化することに特化したキャスター。
キャスターは魔術師のクラスである。強化の魔術程度は扱えるだろうが、正面からサーヴァントと渡り合わせることは困難だ。
しかしキャスターのクラスには魔術師のみならず、作家なども存在する。彼らは魔術師のキャスターのように自ら戦うという手段を持たない。
そこで彼らは己のマスターを戦いの矢面に立たせる。時には物語の主人公として。時には言葉を以って武具に強力な神秘を与え。時には原典を上回る宝具すら生み出す。
これならば隙を作り出した際にも敵のサーヴァントが攻撃を加えてこなかった理由になると考え、賭けに出るか思案しはじめた。
それはマスターの守りを捨て、全力を以って目の前のマスターを討ち取るかどうか。
もしも作家のキャスターであった場合、時間を掛ければ今なおセイバーの攻撃に刻まれつつも、必死に人払いの範囲外を目指して逃亡する少年が勝利する物語ができるかもしれない。投影によって召喚されたあの双剣がより強力な物となるかもしないし、もしくはセイバーの愛剣を超える宝剣を身につけるかもしれない。
しかしそれ以外のサーヴァントで、このままセイバーのマスターに危害を加えることもなく戦線に加わることもしなければ、幾許もなく双剣のマスターはセイバーによって倒されることとなる。赤髪の少年の全身は大小合わせて三十箇所以上が刻まれ血に塗れ、疲労が荒い吐息となって現れる。未だ動きが衰えない様にセイバーが驚嘆するほどだ。
「いつまで遊んでいる! それともこれが最優のクラスを宛がわれたサーヴァントの実力か!?」
セイバーのマスターが声を荒げる。己が狙われているという恐怖とマスターがサーヴァントに抵抗できているという奇怪な現状に気が滅入っていた。
「申し訳ありません。ここまで戦える魔術師というのが珍しく、幕を下ろすことが寂しく感じまして」
対してセイバーは冗談めかしてマスターからの嫌味に返す。もちろん遊んでいるというのは嘘であるが、マスターを落ち着かせるため、そう言わざるをえなかった。
それに、セイバーはここで遊んでいたということにした方が都合が良かった。
「では幕引きといこうか、双剣使いの少年よ。きっとあなたは今回の聖杯戦争に集まった魔術師の中でも上位の強さだろう」
「…………」
「最期に、あなたの名前を教えてくれないか。この聖杯戦争で最初に戦った相手があなたで良かったと私は考えている。
さすがに誰に聞かれているかわからないので私の真名は明かせないが、その無礼を許してくれるのであれば教えてくれ」
「…………」
「……今は喋るだけの呼吸も大切か。あなたのその生への執着も見事だ。名を知ることができなかったのは残念だが、私はあなたのことを忘れないと誓おう」
そこまで言って、セイバーはまたもマスターに何を遊んでいるのだと咎められる。
だが、こうした小休止でもなければ人の身でセイバーに食い下がった少年の名を尋ねる機会を得られなかったので仕方がない。
結局その名を聞くことは叶わなかったが、その勇姿をしかと焼き付けたセイバーは、出血と疲労によって動けなくなった少年を倒すのではなく、まだ動くことができる彼を倒したいという欲望に従うことにした。ここまで尻尾を見せなかった以上、奇襲をかけてくる可能性は低く、もしも奇襲を狙って息を潜めているというならば、それは肩で呼吸する目の前の魔術師の根性勝ち。作戦勝ちであるだけのこと。
そうしてセイバーは全力の一撃を放つべく体勢を傾け――――
「――――!!」
再び己のマスターの側へと退き下がった。
「セイバー」
「サーヴァントです」
血濡れの少年の向こうから、セイバーたちのもとへとサーヴァントの気配が近づいてきた。
もしもアーチャーや投槍の逸話を持つランサーならば、突進の際にカウンターを叩き込まれる。そうでなくともアサシンならばダガーの投擲、キャスターならば魔術による攻撃で隙だらけとなったマスターを攻撃できる。
いつまでも姿を見せないならばマスターを叩き切って終わりにしようとしていたセイバーであったが、姿を現すならば是非ともそのサーヴァントと戦いたいと考えていた。
これほどまでに己の主人をひとりで戦わせておきながら、今更現れる。どれほど面の皮が厚い英雄であるのか、一目見てから切り伏せねば気がすまない。
セイバーは自然と剣を握る拳に力を込め、敵のサーヴァントが視認できる距離まで来るのを待つ。
そうしてサーヴァントの気配が呼吸を整え出した敵マスターの傍に来るが――――そこにはなにもない。
「……霊体化しているのか?」
「この距離では仮令敏捷に優れたランサーであろうと、実体化してからでは私の剣を防ぐことは間に合わないというのに…………最期までふざけた輩ですね」
怒気を孕んだ声ひとつ、セイバーはアスファルトの舗装を瞬発の爆発で踏み砕き、サーヴァントの気配がする地点へと一瞬で跳躍すると渾身の力で不可視の剣を振り抜く。
もはやどのような面構えをしているかなど知りたくもなく、一言も喋らせることなく絶命させねば気がすまない。そんな怒りを込めた神速にして不可避の一撃。
――――しかし
「なっ!?」
セイバーの剣は文字通り空を切り、サーヴァントの気配はそのままセイバーをすり抜けセイバーのマスターの元へと近づいていく。
同時に血濡れのマスターは逃走を再開した。
それを無視してマスターの安全を優先したセイバーは再び気配がする場所へチャージするが、あえなくすり抜けてしまう。だがそのまま流れる作業でマスターの元へ駆け寄ると、再びマスターを抱えて少年を追いかけた。
「いったい何がどうなっている」
「キャスターによる幻惑の類か、もしくは気配がそこにあると偽装できるアサシン……といったところでしょうか。前者はともかく、後者は最悪です。今この場であの者の首を盗らなければ、いつ寝首をかかれるかわかりません」
そう言いつつ、セイバーはまずアサシンの可能性は低いと判断した。もしアサシンならば、セイバーが見当違いなところへ斬りかかった時点でマスターの暗殺に成功したはずだ。
少年を休ませる目的があったと思われるタイミングでの介入と、逃走させるための時間稼ぎと思われるマスターへの牽制。
一貫したサポートから作家のキャスターが少年のサーヴァントであると見当をつけ、セイバーはついに決着の時を迎えたと結論した。
マスターを気にせず全力を出せば、おそらく三合で少年の首を盗れる。逆にここで盗らねば、セイバーの首が盗られる可能性が出てくる。
キャスターが時間を掛ければ掛けるほど難敵となるクラスであることは周知の事実であり、セイバーがここであの少年を討ち取らねば逆転を許してしまうこともありえるのだ。
投影魔術のマスターは歓楽街まで逃走していたが、そこはまだ人払いの範囲内であった。
歓楽街は魔術師よりも魔術の才がない一般学生がメインの客層となるため、人払いをしていてもそれに気付く者はまずいないのだ。
そこだけ寂れてしまったような町並みの中で、鏡のようなショーウィンドーを背にして少年はセイバーと相対する。
その手に握られているのは先ほどまでの双剣ではなく、掌ほどの茶色い箱。それ以外、セイバーを迎撃するための武器の類はどこにも見当たらない。
「まさか諦めた、ということもあるまい。またブラフですか。それとも――――――それがキャスターから与えられた切り札といったところでしょうか」
「…………!」
「なるほど、どうやら当たったようだ」
敵マスターの動揺を確認し、セイバーは最後の不安を拭う。
ならば行うべき事はひとつだけ。その魔術礼装を使用する暇も与えずに倒す。
人間には対応不能な速度で行われた踏み込みで言外にそう語ったセイバーの一振りは、しかし少年に届くことはない。
「これは…………!」
セイバーが少年の身を引き裂くその寸前、極厚の大剣が空から降り注ぎ、二人の間を遮る壁としてセイバーの一撃を阻んだ。
今まで使われなかった防御に驚きつつも一息でそれらの壁を砕き、再び少年の姿を捉えようとしたセイバーの視界に入ったのは、舞い散りながら光を反射して輝く剣の欠片と――――淡い光を燈して輝く黄金の羽根であった。
「これは……、貴様はいったい……何者だ?」
そして舞い降りる光の中心に、黄金の鎧を纏った仮面の戦士が立っていた。
――――その者の名は、仮面ライダーオーディン。
――――いずれ訪れる運命の日に、戦士達の魂を集める者。
――――北欧神話における最高神の名を冠した戦士が今、ユグドラシルへと光臨した。
「ハッ――――!!」
自ら投げかけた問の答えを待つことなくセイバーは仮面の戦士へと斬りかかるが、空間転移によって逆袈裟の一撃は回避される。
背面に出現した気配を頼りに、セイバーが振り返りながらの一刀を加えようとした瞬間――――
《――STEAL VENT――》
セイバーの手の中から剣の感触が消失し、仮面の戦士の前で徒に腕を振り下ろすだけとなった。
セイバーは生前、死を迎えるその時まで手放すことのなかった愛剣の消失に錯乱しかけ、そして気付く。
仮面の戦士が構えている右手に、それがあることを。
不可視の剣であるが、幾つもの戦場を共にした片割れとも言うべき存在を感じ取れないほどセイバーは愚鈍ではない。
共に伝説を築き上げた己の分身に気安く触られていることに憤慨しかけるが、そこで踏み止まると剣士は参ったという風に笑顔をひとつ零して。
「すごいなぁ……」
仮面の戦士が振るった不可視の剣によって、聖杯戦争から脱落した。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「ぐっ……ぅッ…………!」
人払いが解かれ人の流れが戻った歓楽街の裏道で、
衛宮士郎は倒れていた。
わずか三分ほどの攻防の中で受けた傷の数は、血に濡れていない箇所を探すことが困難なほど膨大であった。
フルマラソンを全速力で駆け抜けたかのような極度の疲労が全身を襲い、戦いが終わって数分は過ぎたというのに今なお身体は酸素を求めている。
「ぁ……、ああッ……!」
そして無理やり大量の魔力を引き出した影響か、肌はさらに褐色の部分を増やし、身体は悲鳴を上げていた。
「危なかったな」
まだ喋れるほど呼吸が整っていない士郎へ、誰かが語りかける。
その場には士郎の他に誰もいない。しかし士郎は声の主がどこにいるか知っていた。
セイバーによって砕かれた大剣の破片へ目をやると、そこにはひとりの男が映っている。
「だがオーディンはお前には負担が大きすぎるようだ。その様子ではそう何度も変身はできないだろう」
破片が映している場所を見ても、やはりそこには誰もいない。
だが男は確かに存在する。鏡の向こうの世界に、ミラーワールドに
神崎士郎は立っていた。
「…………わかっているさキャスター。だけど俺にできることなんて、この身を犠牲にすることだけだ」
ようやく喋れるようになった士郎は、キャスターからの忠告を受け入れた上でなお自らの命を削る選択を取る。
それは貪欲な神が、己自身を捧げることで知識を得たように。
「ここが俺の命の使い所だ。どんな敵を相手にしても、俺は聖杯を獲らねばならない」
「……転移とアドベントカードは多用するな。下手に使えば、その命、使う前に失うことになるぞ」
「わかっている。……でもきっとこれからも頼ることになる。さっきのセイバーみたいなのが、この先にはまだまだいる」
オーディンの力を使わざるをえなかった、さきほどの英霊。
一切の反撃を許さず、あろうことかこちらのサーヴァントを看破したあの剣士に士郎が勝利を勝ち取れたのは、幸運という他になかった。
もしもあれが初めから全力で攻撃を仕掛けていたならば、士郎は今頃商業地区にてその身を晒して死んでいたはずだ。
キャスターがカードデッキを完成させるのがあと少し遅かったならば、やはり同じ結末を辿っただろう。
・・
この英霊だけの力では、勝ち残ることなど不可能。そのことを誰よりも理解しているのは士郎自身であった。
「…………はは」
不意に士郎の口から笑いが零れた。
「どうした」
「いや……、結局俺も、あいつらと変わりはしないと思ってな」
それは自嘲の笑い。
「エインズワースから美遊を諦めさせるために、俺は聖杯を利用して世界を救う。
圧倒的な多数を救うために、少数に犠牲を押し付けようとしている。
だけど、本当はただひとりを救うための犠牲。一の犠牲で済むものを、悪戯にその数を増やす行為。
エインズワースと変わらない。いいや、エインズワース(正義)にすらなりきれない、完全な悪そのものだ」
そう言った士郎の顔は、現在も残っている苦痛ではなく、己の在り方に対する嫌悪によって苦々しく歪んでいた。
「……ならばどうする。元正義の味方よ、お前は何を為す? お前はいったい何となる?」
士郎は問いかける。かつて正義の味方を目指した少年に、何を掴むか問い質す。
かつて、悪を為しても掴むべきものの為に奔走し、そして失敗した男が、少年が何を選ぶかを確かめる。
「俺の願いは誰もが悪と断ずるものだ。だがこの胸の願いが悪というならば――――俺は進んで悪と成ろう。
一のために立ち塞がる全てを倒し、聖杯(美遊)のために聖杯を掴む。
その為ならばこの命、如何様にも使ってみせる。
だからお前も力を貸せ――――キャスター」
自身の在り方に嫌悪しながら、しかし後悔など一切見せない眼差しで士郎はキャスターを見つめる。
己のマスターの視線を受け、士郎は過去の自分を思い出す。
少年が選んだ道は、似て非なるも自分のそれを辿っているようで。
「いいだろう…………ならば戦え。最後のひとりとなる、その瞬間(とき)まで」
男は運命に抗う少年が、どのような結末を迎えるか見届けると心に誓った――――――――
【クラス】キャスター
【真名】神崎士郎
【出典】仮面ライダー竜騎
【性別】男性
【属性】混沌・悪
【パラメーター】
筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:E 幸運:D 宝具:EX
【クラススキル】
陣地作成:EX
魔術師として自らに有利な陣地「工房」を作る能力。
キャスターは召喚された時点でミラーワールドという特殊な陣地を構築する。
ミラーワールド内では『鏡界存在』以外は世界から修正力を受け、耐性を持たない者は数分と経たずに消滅する。
道具作成:A-
魔力を帯びた器具を作成可能。
キャスターは『カードデッキ』と呼ばれる特殊な礼装を作成することができる。
本来ならばミラーモンスターと呼ばれる怪物も作成可能であったが、怪物は兄妹が自分たちを守るために考え付いた存在であり、本来の歴史では兄妹がそれらを必要としなくなったため消滅。同時にキャスターもミラーモンスターを作成することはできなくなっている。
【保有スキル】
自己保存:A
自身はまるで戦闘力がない代わりに、マスターが無事な限りは殆どの危機から逃れることができる。
鏡界存在:B
鏡の中の住人。
ミラーワールドにいる限り魔力供給を一切必要としなくなるが、現実の世界へ現れると世界からの修正力を受け、通常の何倍もの魔力消費が必要となり、維持に必要な魔力を供給したところで世界からの干渉により数分と経たずに消滅してしまう。
しかし魔力供給を必要としないことと現実世界からの干渉を受けない特性から、マスターとの繋がりが消失してもミラーワールド内にいる間はキャスターは二日ほどであれば現界しつづけることが可能となる。
また、ミラーワールド内であっても接近すればサーヴァントには気配を察知されてしまう。
【宝具】
『十二の夢より生まれし命(ライダーバトル)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
キャスターが生前に行った儀式、ライダーバトルを再現する宝具。
道具作成によって作り出したカードデッキが最後のひとつとなった時、その装着者に誰かひとりの蘇生権利を与えるという規格外の宝具。
ここで注意すべき点は、あくまで最後のひとりが蘇生権利を使用可能なのであり、キャスターやキャスターのマスターが必ずしもこの宝具を使用できるわけではないところである。
NPCや他のマスターがカードデッキを手に入れ最後のひとりとなった場合であろうと、その者が任意のタイミングで発動することができる。
対象としてはマスター、サーヴァント、NPCを問わず蘇生可能であるが、権利使用と同時に最後のカードデッキとキャスターは消滅する。
これによってマスターが蘇生された場合、サーヴァントと再契約できればマスターとして復帰可能だが、再契約をしなくてもNPCとして扱われ強制退場は免れる。
【weapon】
なし
【人物背景】
ライダーバトルと呼ばれる『戦いに勝ち残れば、どんな願いも叶えられる』という戦いを企てた人物。
幼少期に両親を失い、叔母に引き取られた妹の優衣とは別にアメリカの知り合いに引き取られ向こうで他界したことになっていた。しかしその後日本に戻って清明院大学に通っており、そこの江島研究室で「ある実験」をし、それ以降、消息不明。その実験こそ鏡の向こうの世界、ミラーワールドで活動する事が出来る「仮面ライダー」というシステムの開発である。
その後、神崎士郎はミラーワールドの存在となり、様々な想いを抱えた人々に自身が開発したカードデッキを与え、というライダー同士の戦いを開始する。
神崎士郎自身は直接手を出す事はないが言葉巧みにライダー達の心理を揺さぶり続け、更に鳳凰型モンスター達を従え、戦いの進行を妨害する者や優衣に危害を加える者の抹殺を命じている。
最終的には「仮面ライダーオーディン」を従え、自身の代わりに最後のひとりとなるべく戦わせた。
彼がライダー同士の戦いを始めた理由は妹の優衣にある。優衣は幼い頃に一度士郎の目の前で死亡しており、彼がその死を嘆き悲しんでた時、鏡の中からもう一人の優衣が現れた。鏡の中の優衣は死んだ優衣と融合し彼女を蘇生させるが、それは一時的な蘇生であり仮初の命は二十歳の誕生日を迎えると同時に消滅することを士郎へと告げた。
それから神崎士郎はやがて訪れる優衣の決められた死を回避し、優衣に普通の生活を送らせる為にどうすればいいか考えた。その結果「ライダー同士の戦いで生き残った者は新しい命を手に入れられる」というシステムを考案し、ライダー同士の戦いを開始するに至ったのである。
しかし城戸真司や手塚海之といった戦いに消極的なライダーの出現で思うようにライダーバトルは進まず、タイムリミットである優衣の二十歳の誕生日が近づいてしまう。真相を知ってしまった優衣自身が蘇生を拒否したこともあり、最後はオーディンを消滅させて蓮に新しき命を与えた。
【サーヴァントとしての願い】
なし。士郎の運命を見届ける。
【基本戦術、方針、運用法】
キャスター本人に戦闘能力は存在しない。
そのためマスターをオーディンの装着者にしたり、NPCを十二人捕らえて洗脳し、仮面ライダーとして使役することがメインの戦法となる。
ただしオーディン以外のライダーはカードデッキこそキャスターの作成したものだが伝説の担い手は別に存在することと、契約モンスターが存在していない(ブランク体となっている)ことも合わせてサーヴァントには決して届かないほどに弱体化している。
または現実世界には存在しないが気配はサーヴァントに察知されることを利用し、戦闘中に敵マスターに近づくだけでアサシンとして警戒させて行動を制限させることができる。
【マスター】衛宮士郎
【出典】Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ ドライ!!
【性別】男性
【令呪の位置】手の甲
【マスターとしての願い】
美遊が聖杯として求められない世界を創り、当たり前の幸せを掴めるようにする。
【weapon】
投影魔術によって生み出した武装の数々
主に干将・莫耶という夫婦剣を愛用する。
オーディンのカードデッキ
キャスターから与えられた魔術礼装。仮面ライダーオーディンに変身することができる。
【能力・技能】
経緯は不明ながらアーチャー(英霊エミヤ)のクラスカードの力を引き出しており、その真髄までも理解し使いこなしている。
【無限の剣製】
アーチャーの心象風景を展開する錬鉄の固有結界。
結界内には、あらゆる「剣を形成する要素」が満たされており、目視した刀剣を結界内に登録し複製、荒野に突き立つ無数の剣の一振りとして貯蔵する。
ただし、複製品の能力は本来のものよりランクが一つ落ちる。
刀剣に宿る「使い手の経験・記憶」ごと解析・複製しているため、初見の武器を複製してもオリジナルの英霊ほどではないがある程度扱いこなせる。
士郎が扱う投影、強化といった魔術は全てこの固有結界から零れ落ちたものである。
過去に使用したことを匂わせる発言があるため展開することも可能かもしれないが、同時に発動によって自滅したと推測される発言があることからまず使用はしないだろう。
【人物背景】
エインズワースに攫われた美遊を救うため、エインズワースの工房に潜入したイリヤが独房で会話をした人物。
その正体は美遊の義理の兄、平行世界の衛宮士郎である。
本来の衛宮士郎同様、幼い頃に衛宮切嗣の手で救われており、その時に彼のようになりたいと憧れを抱く。
かくして衛宮切嗣の養子となった士郎は助手として切嗣とともに魔術や礼装、儀式、伝承といった人類救済に繋がる方法を求めて各地を転々とする。
ある時、冬木の地で神稚児信仰の生き残りと思われる情報を得た切嗣と士郎は、今回も空振りであるだろうと期待せずに冬木へと赴くとそこで正体不明の災害と遭遇。全てを飲み込む謎の闇に人々が逃げ惑う中、正義の味方はその人たちから背を向けた。
どこまで広がるかわからない闇は、しかしある家屋を破壊したところで何かによって消し去られる。その家屋とは切嗣たちが目指していた神稚児を継承し続けている朔月家の屋敷であり、そこに駆けつけた士郎はひとりの少女と出会う。その少女の名は朔月美遊。人の願いを無差別に叶える、天然の聖杯であった。
美遊を使い、人類を救う。ついに辿りついた人類救済の方法を前に、切嗣は美遊を願望器としてしか見ることができずにいた。というのも原因不明であるが切嗣ももうそこまで長く生きられない状態であり、最期の可能性として見つけた神稚児に救済のすべてを懸けるしかなかった。そのことを理解しつつ、正しいのは切嗣であると信じようとする士郎であったが、人として扱ってはいけない美遊に情を捨て切れず、父と妹との狭間で懊悩することとなる。
それから月日は流れ、人類を救済するために美遊を利用しようとするエインズワースと戦い、美遊の幸せを願って彼女を平行世界へと逃がした。正義の味方に憧れた少年は、正義になることは叶わなかったようだ。しかし彼の、美遊が優しい人たちに出会って、笑いあえる友達を作って、あたたかでささやかな幸せを掴めるようにという願いはエインスワースが彼女を取り戻すまでは確かに叶えられていた。
世界とひとりを天秤にかけ、ひとりを選んだ彼は、己自身を「最低の悪」と評している。
【方針】
優勝狙い。基本は投影魔術やキャスターの支配下に置かれて仮面ライダーに変身した魔術師たちによる奇襲を主体に戦うが、投影魔術のみでは勝てないと判断した相手にはオーディンの力も使用する。
【備考】
仮面ライダーオーディン
キャスターが道具作成によって作り出した魔術礼装『カードデッキ』を鏡の機能を果たす鏡面に映すことによりベルトが装着され、その前側にデッキを挿入することで変身可能。
他の仮面ライダーと違い伝説の担い手が存在せず、またキャスターが最後の勝者となるべく作った存在であるため、その力は他の仮面ライダーほど劣化していない。
その最大の特徴として、契約するミラーモンスターが存在しないために他の仮面ライダーは全員ブランク体となっているのに対し、契約モンスターの残滓であるサバイヴのカードが常時発動しているためブランク体になっていない点が上げられる。
またオーディンには空間転移の能力があるが、それを使用する際の魔力消費は相当量で、連続して使用するとすぐに士郎の魔力は枯渇してしまう。なお転移時に舞い散る羽根は、接触すると小規模ながら爆発を起こす。
【パラメーター】
筋力:B 耐久:B 敏捷:C 魔力:B 幸運:E 宝具:-
【アドベントカード】
アドベント
ミラーモンスターが存在しないため使用不可。
ソードベント
ゴルトセイバーを召喚する。
ガードベント
ゴルトシールドを召喚する。
タイムベント
時間を巻き戻す。
時間旅行を可能とする第五魔法の域に達するカードであるため、その魔力消費量は到底士郎ひとりでは賄いきれるものではない。
令呪一画を用いてようやく三秒ほど過去に戻れる程度である。
スチールベント
相手の装備を奪う。
身につける物であれば宝具すら奪取可能であるが、使いこなせるかどうかは別の話である。
また、奪う際には対象の持つ神秘に比例して魔力消費量が増大する。
ストレンジベント
使用することによって任意のカードを引くことができる。
これによりオーディンが所持していないアドベントカードが使用可能となる。
ファイナルベント
ミラーモンスターが存在しないため使用不可。
【ブランク体】
オーディン以外の十二人の仮面ライダーの状態。契約モンスターが存在しないためパラメーターは全てEランクとなっている。
それでも並みの魔術師を凌駕する戦闘能力を有しており、鏡の世界を行き来できることやサーヴァントに気配を察知されない利点を活かした奇襲は脅威となりえる。
最終更新:2015年09月05日 04:30