~人生を変える力=私を忘れない主への信仰~
イギリス人で、初めてオーストラリア大陸を探検したハミルトン・ヒュームが率いる探検隊が、シドニーからメルボルンへ向かっている途中、次から次へと続く峰の数々に隊員たちは挫折し、もうシドニーへ戻ろうと言いだしました。ヒューム隊長は、「あそこに、ひときわ高い山がある。あれを登ろう。あそこに立てば、海が見えるはずだ。そして、戻って報告しよう。『我々は、あの山の先を見た。海が見えた』と」と、みんなを説得し最後の力を振り絞って、とうとう山頂に立ちました。しかし、そこから見えたのは、ただ一面の山、そして谷。延々と続く山脈だったのです。ヒュームは、その山を「失望の山」(Mount Disappointment)と名づけました。
がっかりした時、あきらめたくなる時、先がまったく見えない時、みなさんは何に希望をおきますか?どうやったら、絶望の中で、もう一度立ちあがる希望が与えられるのでしょうか?
旧約聖書の創世記に登場する、波乱万丈な人生を生きたヨセフ。彼の父ヤコブは12人の息子をもち、最も愛した妻ラケルを通して11番目に生まれたヨセフをとりわけ愛しました。そのため、10人の兄たちは嫉妬心に駆られて彼を殺そうとします。命だけは助かったものの、エジプトに奴隷として売られてしまいます。ヨセフは当時17歳。家族と引き離され、異国の地に売られ、孤独と絶望の中、兄たちへの怒りや望郷の思い、涙をぬぐって立ちあがることなど、簡単ではありません。異文化の中、奴隷としての生活を受け入れ、主人の信用を勝ち取るまで涙ぐましい努力があったことでしょう。しかし、悲惨な人生は、ここで終わりません。主人の妻から濡れ衣を着せられて投獄され、さらに獄中で同胞の夢を解き明かして助けた恩も、すっかり忘れられてしまいます。
この忘れ去られた孤独の2年間はもとより、自分を襲った悲劇的な運命を乗り越えられたのは、彼の信仰でした。創世記39:21「主がヨセフと共におられ、恵みを施し」てくださったので、ヨセフは兄弟を憎んだり、主人の妻や同胞を恨んだりというマイナス感情にのまれることなく耐えることができたのです。エジプトに売られてから数えること17年、信仰による忍耐の末、彼はエジプトの宰相に抜擢されるにいたります。
いつの時代も、希望を失った人は、叫ぶことをやめると言われます。失望の山脈をみながら、だんだん口をつぐんでしまい、祈らなくなってしまうのです。しかし、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない(ヘブライ13:5)主は、こう言われます。「私を呼べ。わたしはあなたに答え、あなたの知らない、隠された大いなることを告げ知らせる。」(エレミヤ33:3)と。
失望の山に直面したとき、失望の山を越えられるのは、祈りです。主は、ヨセフを忘れなかったように、あなたを決して忘れません。同様に試練に遭われ、あなたのすべてを知っておられる主イエス・キリストが、あなたを励まし、時宜にかなった助けを与えて下さいます(ヘブライ4:15-16)。
最終更新:2011年11月28日 20:14