「イエスキリストが贈る4つのプレゼント」
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネによる福音書3:16)
イエス・キリストは今から約2000年前にユダヤのベツレヘムで、聖霊様によって乙女マリアより生まれました。その生涯は、罪とは何の関係もなく、悩む者、苦しむ者の友となり、深い愛を示され、福音を告げ知らされました。イエス様は33歳で十字架につけられました。十字架刑はローマ帝国で行われていた最も残酷な死刑の方法でした。全く罪のない方がどうしてこのような刑を受けたのでしょうか。ユダヤの指導者たちの妬みによって無実の罪を着せられたのですが、しかし、イエス様は逃れようとはしませんでした。
「…わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」(ヨハネによる福音書10:10~11)
イエス様は全ての人間の罪を身代わりに負って、ご自分の命を捨てるためにこの世に来られました。そのイエス様は3日目には死者の中から復活し、40日間にわたり、弟子たちの前に現われ、いろいろな教えと再臨を説いた後に天に昇っていかれました。
このイエス・キリストだけが贈ることのできる4つのプレゼントがあります。イエス・キリストを通して私たちはなにを得ることが出来るのでしょうか。
(1) 赦し(Pardon)
神様だけが私たちの罪を赦し、贖うことができます。罪を赦すと宣言した人はイエスしかいません。イエスはご自身が罪を赦す権能をもっていると主張しました。罪を癒された経験を語る、数千万の証言は統計学的にも臨床学的にも、イエスが罪を赦してくださる唯一の方であることを立証しています。イエスはご自身を受け入れる者に神様の子どもとなる資格を与えられました。
(2) 平安(Peace)
人間は皆幸せを求めています。しかし、その幸せをつかむことは容易ではありません。聖書はイエス・キリストとの人格的な関係によってのみ、真の幸せを手に入れることができるといっています。高度な文明と共に物質主義が蔓延し、人間が機械化されていくにしたがって、人間の幸せもその実像が変わりつつあります。しかし、イエスはどんな状況においても環境を超越する真の平安を与えてくださいます。「わたしは平和をあなた方に残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを世が与えるように与えるのではない」(ヨハネ14:27)。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)。「主にあって休むまで、私に平安はない」(アウグスティヌス)。「人間の心には神が作られた空白があります。神がキリストを通して満たしてくださるまでは、この空白が埋まることはありません」(パスカル)。「実に、キリストはわたしたちの平和であります」(エフェソ2:14)
(3) 究極目的(Purpose)
イエスだけが、人生の究極の目的を教えてくださいます。イエス・キリストは私たちを変え、新しい被造物にし、私たちに新しい目標と新しい姿勢を示してくださいます(Ⅱコリント5:17)。「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」(ヨハネ10:10)。イエス以後、約二千年の歳月がたちました。しかし、人生の意味と価値、そして究極的な目標に対して、イエスのように教えた人は一人もいません。ヨハネ14:16で、イエス・キリストはご自身だけが神に至る唯一の道であると宣言されました。後でペトロは「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」(使徒言行録4:12)と言いました。福音が伝えられるところは、どこでも新しい命と新しい希望、新しい人生の目的が生まれます。虚無主義とは結局イエスのいない心を指しているのです。
(4) 生きる力(Power)
イエスは憎しみを愛に変える力、罪に打ち勝つ力を与えてくださいます。Ⅰヨハネ5:12‐13には、キリストが私たちのいのちの中に入ってくるならば、私たちは永遠のいのちを所有するようになり、私たちの罪は赦され、祈りによって神の御前に進み出ることができると書いてあります。つまり、私たちが神の子となり(ヨハネ1:12)、キリストが私たちのいのちのうちにおられるなら、私たちは神さまにあって平和を得るようになるのです。イエス・キリストと共に歩むときに、私たちは永遠のいのちと豊かな人生を得ることができます(ヨハネ10:10)。
最終更新:2012年01月11日 20:57