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キリスト教は十字架と復活の二つの柱の上に建てられている


ヨハン早稲田キリスト教会・ヨハン教会

1.復活の確実性と信憑性を調査する理由
「そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。更に、わたしたちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。……しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(Ⅰコリント15:14‐17,20)

キリストが死者の中から復活しなかったなら、私たちは嘘を言い続けていることになります。もしそうなら、私たちは本当に惨めな人です。しかし、イエスの復活に関しては充分な証拠があります。キリスト教は復活の真偽に存亡を賭けている宗教なのです。

2.復活は旧約聖書に予言されている
「あなたはわたしの魂を陰府に渡すことなく、あなたの慈しみに生きる者に墓穴を見させず」 (詩編16:10)
「死ぬことなく、生き長らえて、主の御業を語り伝えよう」 (詩編118:17)
「主よ、あなたはわたしの魂を陰府から引き上げ、墓穴に下ることを免れさせ、わたしに命を得させてくださいました」 (詩編30:4)

3.イエス御自身が復活を預言された
「この神殿を壊してみよ。三日で建て直して見せる。……イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」 (ヨハネ2:19,21)
「このときから、イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。」(マタイ16:21)
「一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。」(マタイ17:9)
「一行がガリラヤに集まったとき、イエスは言われた。「人の子は人々の手に引き渡されようとしている。そして殺されるが、三日目に復活する。」弟子たちは非常に悲しんだ。」(マタイ17:22‐23)
「「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。そして、人の子は三日目に復活する。」」(マタイ20:18-19)
「しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く。」」(マタイ26:32)
「彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。」(マルコ9:10)

イエスの復活は弟子たちの作り話ではありません。明らかな歴史的事実です。弟子たちはキリストの復活を命懸けで証言しました。イエスのように自分の復活を預言し、またその通りによみがえった人はだれもいません。

4.復活の歴史的証拠

(1) イエス・キリストは歴史的人物であった。
人類のすべての歴史はキリスト以前(BC)と、キリスト以後(AD)の形で記録されています。イエスの誕生が歴史の起源になったのです。イエスについて一世紀から二世紀の初めにかけての人たちは、次のように記録しています。

① ローマの有名な歴史家タキトゥスは、クリスチャンとクリストスの名前や起源とを関連づけて説明し、クリストスがティベリウス(ネロ皇帝の息子)統治下のユダヤ総督ポンテオ・ピラトによって死刑に処されたと書いています。
② ポリニウスは、中央アジアのビテニアとポンタスの総督でした。彼は111年頃トラヤヌス皇帝にクリスチャンをどう扱えばよいのかと聞く上申書を書き残しています。その報告書の中でクリスチャンは一定の日(日曜日)の朝、集まってイエス・キリストを神として讃える歌を歌っていると書いています。
③ 歴史家のルシアンは、「パレスチナでイエスという人が十字架刑を受けた。新しい宗教を伝えのが罪名で、イエスは弟子たちに自分のおきてを守らせ、互いに強大であることを教えている。十字架で処刑されたこの詭弁哲人を礼拝するのは、実に愚かな事である」 と記述しています。
④ ユダヤ人で金持ちの歴史家であったヨセフスは、ローマ人にユダヤ教を正当化しようとしました。彼はイエス・キリストのことも書いていて、キリストの兄弟ヤコブに関する記録の中で、イエスが預言者の預言どおりに三日目によみがえられたと書き残しています。

(2) イエス・キリストは本当になくなられた
① イエス・キリストのことを非難する人の中には、イエスが一時的に窒息していて、墓の中から目を覚まし逃げたという人がいます。しかしイエスが本当に亡くなられたことを示す証拠はたくさんあります。
② ローマの百人隊長がイエスの死を確認しました。ローマ軍の百人隊長は戦争の経験が豊富で、判断力が優れた古参兵士でした。彼は人を殺した経験も、処刑の経験も多く、抜け目のない検屍官でした。彼はイエスの死を確認する責任を持っていました。その彼が 「この人は本当にかみの子だった。」(マタイ27:54)と告白しています。彼は未完了過去形の動詞を使っています。(ギリシャ語の過去形には不定過去と未完了過去があります。前者はある動作が一同切りであることを、後者は過去に何度も継続していた動作、あるいは反復していた動作を表しています)つまり、イエスが真の神の子であるという意味を込めてイエスが死んだと言っているのです。
③ 兵士たちがイエスが亡くなれたことを確信しました。「イエスのところに来てみると既に死んでおられたので、その足は折らなかった」(ヨハネ19:33)、「兵士の一人が槍でわき腹を刺した。すると、すぐ血と水が流れ出た。それを目撃した者が証しており、その証しは真実である」(ヨハネ19:34-35)医学者の話によると、心臓破裂で死んだ人からは血と水が分離して流れ出るそうです。
④ ピラトがイエスの死を確認しました。「アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。ピラトは、イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思い、百人隊長を呼び寄せて、既に死んだかどうかを尋ねた。そして、百人隊長に確かめた上、遺体をヨセフに下げ渡した」(マルコ15:43-45)
⑤ アリマタヤのヨセフがイエスの死を確認しています。彼はサンヘドリン公会の会員で、金持ちでした。サンヘドリン公会はユダヤ民族の最高会議で、彼はイエスを密かに従う人でした。イエスに少しでも息が残っていたならば葬式はしなかったに違いありません。
⑥ マタイ、マルコ
⑦ 百歩譲ってイエスが完全に死んでいなかったとしても、死体に塗った香料や刺され傷による出血多量で死は免れません。
⑧ イエスの体を亜麻布で包み、百ポンドのきつい香料を塗りました。当時のユダヤ人の埋葬法はエジプトのミイラと似ていました。息が出来ないほど亜麻布で体をくるくる巻いて、その透き間にべたべたと松脂のようなものを塗り、死体が腐らないように約百ポンドの香料を体中に塗りました。イエスが生き返ったとしても、息をするのは無理です。

(3)イエスの空の墓は歴史の事実である
イエスの墓はローマ皇帝の印により封印され(マタイ27:66)、許可なしにその封印を剥がすものは死刑に処せられることになっていました。そして一トンもする大きい石を墓の入り口に置きました(マタイ27:60)、許可なしにその封印を剥がすものは死刑に処せられることになっていました。そして一トンもする大きい石を墓の入り口に置きました(マタイ27:60)。墓はローマの兵士たちがずっと見張りをしていました。イエスの死体に万一のことでも起きたら彼らは死刑に処せられるのです(マタイ27:65,66)。ヨハネとペトロはイエスが亡くなられて三日目に墓を訪ねました。そこで、空になった墓を見て驚きました。死体を包んでいた亜麻布は巻かれたまま、抜け殻のように置いてあり、頭を包んでいた布は別のところにまとめてあったのです(ヨハネ20:5-7)。エルサレムにあるイエスの墓は今日も空のままです。イエスの死体を見た人はだれもいません。

● 批評家たちの異説
① 弟子たちや女たちが違う墓を訪ねたのではないかという説。
しかし、そこは共同墓地ではなく、個人の墓だったので他の墓はなく、婦人たちはその位置を前もって確認していたので、それはあり得ません。
② 弟子たちが持っていったという説
持っていく理由がないです。イエスの死体は環境のいいところに埋葬されていました。それに、持っていきたくても成功する可能性が低いのです。規律のもっとも厳しいローマ兵士たちの警戒網を潜って墓の入り口の大きい石を移し、亜麻布を原型のまま脱がし、武装した軍人の目を盗んで持ち出すようなことはだれが考えても無理です。亜麻布は体を包んだ時と同じような形で置かれていました(ヨハネ20:6-8)。そして、香料や塗料はすぐ固まります。もしそうだとすれば何より弟子たちのそれ以後の生活をしていたということになるのです。弟子が死体を持ち出したという話は、実はサンヘドリン公会に最初にイエスがよみがえったという公式報告をしたローマ兵士たちが、賄賂を受け取って作り出した話なのです。彼らは墓を見張っていました。
③ 幻視幻想説
しかし、あれほどの多くの人が同じような錯覚と幻想を四十日間も見続け、単なるお化けを見たに過ぎないのに、あの使徒言行録の輝かしい命の歴史を作り出すことが出来るのでしょうか。
④ 弟子たちの捏造(ねつぞう)説
捏造したという話自体がもっとも悪性の捏造です。
⑤ 神話説
神話は目撃者たちの生きている間には作られないのが普通です。福音書はイエスの復活を目撃した人たちが生きている間に書かれました。
⑥ キリストの敵が盗んだという説
イエスの敵の最大の悩みはイエスの復活とそれが述べ伝えられることでした。イエスの教えを抹殺する唯一の武器は、復活を反証する死体を提示することでした。しかし、彼らは死体を提示できませんでした。従って、この説は矛盾です。イエスは間違いなく、生き返られました。

(4)イエスが40日間弟子の前で現れられたのは歴史的事実である
福音書やパウロの書簡書によると、イエスは復活された後、十一回弟子たちに現われ、ともに過ごされました。その時の場所や状況、会った人などがはっきりしていたのでイエスの復活は決して幻想や幻視、幻覚ではありません。エマオへ行く二人の弟子に現れました(ルカ24:13-35)。トマスにも現れました。トマスはイエスの傷を見て「私の主、私の神様」と告白をしました。パウロの証言によると、五百名以上の兄弟に現れたと言います(Ⅰコリント15:8)。イエスは肉の姿で復活されたことを立証するために魚を食べ、御自身を触ってみなさいと言われました(ルカ24:39,43)

(5)弟子たちの生活に劇的な変化が起こったのが何よりの証拠である
イエスが復活される前、ペトロは三回もイエスを知らないと言いましたが(マルコ14:67-72)、復活した後のペンテコステに行なったペトロの大胆な説教内容を見ると、彼の変化の源は復活にあると言えます。(使徒言行録2:14-36)。ペトロだけでなく、他の使徒たちもイエスの復活を伝えました(使徒言行録4:2)。そのために彼らは殉教もしました。うそを証言するために殉教までするのでしょうか。初代教会における説教の中心テーマは復活でした(使徒言行録1:22)。ペトロのペンテコステの説教(使徒言行録2:41)を聞いて三千名がイエスを信じました。イエスの復活が事実でなかったら、ペトロは三千名によって石で殺されたに違いありません。しかし、わずか五十日前にイエスを十字架にくぎつけたあの市民が三千名も集まった中で、ペトロはイエスが復活された事実を大胆に宣べ伝えたのです。初代教会の成長と力が復活にその基盤を置いていることは改めて言うまでもありません。

5.復活の重要性
復活の教理が否定されればキリスト教は意味を持ちません。復活はキリスト教の礎石、主柱です。キリストの復活が事実なら、イエスが御自身について主張されたこと、言われたこと、約束されたこと、使徒たちがイエスに対して証言したすべてのことが事実になります。クリスチャンになるためにはこのイエス・キリストの復活を心から信じなければなりません(ローマ10:9)。イエスの復活は私たちクリスチャンの復活に対する約束であり、初穂です。イエスの復活はキリストがサタンを敗北させ、罪と死に打ち勝ったのを証することにもなります。復活はまたイエスが今日も生きておられることを確かな証拠をもって語っています。マホメット、孔子、釈迦などの宗教指導者はすべて死に、墓に葬られ、墓の中に眠っています。しかし、イエスは生きておられます。

6.復活の込められた意味
キリストが死からよみがえられたなら、これはすべての人に関わる最大の事件であると言わざるを得ません。私たちは決してこの事実から目を背くことは出来ないのです。私たちが自分の運命を考え、信仰の決断をする時にこのキリストの復活は重要な意味を持ちます。復活されたイエスこそ「私の主、私の神様」(ヨハネ20:28)としてふさわしいです。私たちはこのイエスを自分の神様として信じ受け入れ、イエスに自分を委ね、謙遜に従順し、従っていかなければなりません。神様にすべての栄光を帰し、真の幸せを享受しようではありませんか。

最終更新:2012年04月13日 01:30