5回目を迎えた横浜読書会の課題書は、ロス・マクドナルド『さむけ』。
いよいよハードボイルドに挑戦です。
簡単なあらすじは以下の通り(www.aga-search.comより)。
実直そうな青年アレックスは、茫然自失の状態だった。新婚旅行の初日に新妻のドリーが失踪したというのだ。アーチャーは見るに見かねて調査を開始した。ほどなくドリーの居所はつかめたが、彼女は夫の許へ帰るつもりはないという。
数日後アレックスを訪ねたアーチャーが見たものは、裂けたブラウスを身にまとい、血まみれの両手を振りかざし狂乱するドリーの姿だった……ハードボイルドの新境地をひらいた巨匠畢生の大作。
会場はJR関内駅近郊の公共施設。これまでとは少し雰囲気が異なる建物での開催となりました。
(写真奥には建物のシンボル「ジャックの塔」が見えます)
さて当日。
普段は女性参加者が多い横浜読書会ですが、この日はハードボイルドということも手伝ってか、いつも以上に男性が多い印象です。
中には全作を読破した「ロスマク博士」とも呼べる方までいらっしゃいました。これは心強い!
参加者の皆さまには受付でクジを引いてもらいました。
「アキレウス班」と「亀班」に分かれたところで(なぜアキレウスと亀なのかは、課題書の文中に答えが隠されている?)、18時30分に読書会スタート。
まずは前半戦、グループワークの時間です。
各班で出た感想や意見は以下のようになります。
◆アキレウス班◆
――キャラクターではなく「人間関係」で読ませる作品だと思った。
――背景の描写が少ないせいか、古さを感じさせない文章だった。
――暗く陰惨で救いがない。チャンドラー作品とは味わいがまったく違う。
――複雑で読みにくかった。
――久しぶりに読んだけど、昔感じたドロドロさは変わらなかった。
――事件が複雑な割には話が簡単に進み過ぎる。
――キャラクターにエンタメ性がなく、話に入っていけなかった。
――他のハードボイルド作品に比べて、純文学的な香りが強い。
◆亀班◆
――アーチャーのキャラクターが結局よくわからなかった。
――最後のさいごでびっくり! まさかの結末。
――女性の描き方が特徴的だと思った。
――淡々とした語り口が印象に残った。
――『ウィチャリー家の女』のほうが好みかも……。
――プロットが面白い。3つの事件がラストで上手くつながる。
――ヘレン・ハガティが魅力的。そしてアレックスの“若僧感”が半端ない。
――母と息子の同居って、現在の日本なら「孝行息子」と言われそうだけど、当時は気持ち悪がられたのでは?
などなど。
こうして全体を見渡してみると、初ロスマク組と再読組が半々といったところ。
評価としては「楽しめた」「ラストに驚いた」という方がほとんどでしたが、「プロットが複雑で難しかった」「登場人物に感情移入できなかった」という方もいらっしゃいました。
(幕間。ただいま休憩中……)
休憩時間を挟み、後半は全体討論の時間となりました。
ホワイトボードにグループワークで出た内容を書き出して、気になった部分について話し合います。
この時間に出た話題は以下のようなものです。
●リュウ・アーチャーという男
初めて『さむけ』を読んだ方からは「リュウ・アーチャーはイメージしていたハードボイルドの私立探偵像と違った」という感想が目立ちました。
確かにこの作品には、ベッドシーンも壮絶な殴り合いのシーンもありません。
ではどんな意見が出たのかというと、
――面倒見が良い、優しいおじさんという感じ。
――美学にスポットライトを当てていない。
――リュウ・アーチャーは徹底した観察者だ!
こんな感じ。
加えて「『さむけ』の頃に比べると、初期のリュウ・アーチャーはとってもアグレッシブ」なのだそう。
そういった観点で読み比べてみるのも面白そうですね。
さらに「アーチャーの一人称はどれがふさわしいか?」という話にもなりました。
『さむけ』における語り手アーチャーの一人称は<わたし>です。
そこで<おれ><ぼく><わたし>のうち、どれがふさわしいかを皆さんにお尋ねしたところ、9割の方が「<わたし>が最もアーチャーにふさわしい」と答えていました。
●レティシャとロイの関係
この内容はネタバレを含むため、階層を分けさせていただきます。
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いくつもの顔を使い分け、事件を裏で操っていたレティシャ。それを知りながら生活していた夫・ロイは、どのような気持ちでレティシャに接していたのでしょう?
これには「二人の間に愛は存在していた」という方から「弱みを握られて従うしかない、奴隷のような気持ちだったのでは?」という方、
さらには「ロイはレティシャに従っているフリをしているだけ。虎視眈々とレティシャを殺害する機会を伺っていたのでは……」という方まで。
もう少し時間を割きたいくらい、興味深い意見が続出しました。
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他にも「『さむけ』といえばコレ」とも言えるラスト1行について(後述)、ロスマク作品が原作になっている映画の話や、妻のマーガレット・ミラーの作品についても触れながら、読書会は終了。
その後は会場を後にして懇親会に繰り出しました。
参加された皆さま、お疲れさまでした!
●後日談――ラスト1行の余韻
『さむけ』を語る上で欠かせない、ラスト1行。
この印象的なセンテンスについて、東東京読書会世話人の島村さんからこんな便りがありました。
転載させていただくと、
さて、きのうのディスカッションでラストセンテンスの原文の話が出たのでちょっとググってみました。
“No more guns for you,” I said. No more anything, Letitia.
のようです。
シンプルだから、ここだけ見るとそれこそ訳者によって訳はいろいろ変わってきそうな一文。
小笠原さんの訳は印象的でかっこいいですね。
「あげるもの」はわりと意訳とも取れるのかな。ハードボイルドは台詞のかっこよさが大切な要素ですしね。
とのこと。小笠原さんのセンスが光る翻訳だったということですね。
さらに同じく東東京読書会世話人の青木さんからは、こんなメッセージが。
横浜読書会で出た、①ロスマクは米国でまだ読まれているのか ②文学的評価はどんんなものか、ですが、
①はアマゾンで調べたら、これまでも今年も再販を重ねているので、まだ現役のようです。
ちなみに今年出たのは「暗いトンネル」「トラブルはわが影法師」。「さむけ」は品切れで中古とキンドルのみ。
②文学的評価については、年初に出た文春の「東西ミステリーベスト100」によると、
「別れの顔」はミステリとしてはじめてNYTの書評の一面に載ったので、メインストリームの小説としても評価されていたようです。
青木さん、島村さん、補足をありがとうございました!
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