(1)『よしきた、ジーヴス』で一番印象に残っているシーンはどのシーンですか?
やっぱりガッシーのメフィストテレスが強烈です。
あと、バーティーの自転車行もかわいそ過ぎて印象強烈です。他にも、深夜の調理室でみんなして鉢合わせするところとか、ガッシーの演説とか、アナトールの部屋の天窓のガッシーとか……。
見どころ一杯ですが、表彰式から逃げ帰ってきたバーティーが眠って起きたらもう夕食の時間になっていてジーヴスと話すシーン。たいへんな一日の終わり、西日の差し込む部屋の気だるい感じが印象的です。
(2)印象的な名台詞「よしきた、ホー」(原文では「Right, ho」でしょうか?)はどのようにして生まれたのでしょう?
なぜ「よしきた、ホー」と訳されたのか、何かこだわりがありましたら教えてください。
それと「よしきた、ホー」という言葉はイギリスではよく使われる言い回しなのでしょうか?
一冊目はかたい感じにしたくて『比類なき』にしたので、二、三冊目はちょっと恥ずかしい感じにしたくて『よしきた』『それゆけ』と続けました。
バーティーたちの仲間の間では「Right ho」とか「Ho」は多用されています。
ウッドハウスがいっしょにミュージカルをつくった作曲家ジェローム・カーンの伝記映画『雲流るるままに』のカーンが、イギリス人のふりをして仕事を取ろうとするところで「Right ho!」と言っていて、
やっぱりこの時代のイギリス的な言い回しなのだなと思いました。ちなみにウッドハウス界以外で今の人が使っているのは聞いたことがありません。
(3)「むくむく子羊ちゃん」という表現はイギリスでは一般的なのでしょうか?
どうでしょう。
(4)『よしきた、ジーヴス』にはたくさんの料理の名前が出てきますが、森村さんがオススメのイギリス料理は何ですか?
また、イギリスに行かれた際に美味しかったイギリス料理があれば教えてください。
はじめてイギリスに行った時にはお金がなくってちゃんとしたものを食べなかったせいか、どうしてこの人たちはこういうもの我慢して食べて、
ここにマヨネーズ入れたらおいしくなるんじゃないかとか、考えないんだろうかと不思議に思ったのですが、今どきはロンドンでも地方でもどこのレストランもすごく勉強している感じでおいしくって感動です。
とはいえときどき外れることもあります。
パブで食べるフィッシュアンドチップスは外れたことがないので、定番ですがおすすめです。
あと、よく言われることですが、イギリスは朝食がおいしいです。焼いたトマトとかマッシュルームとかキッパーとか。
紅茶もやっぱりおいしい。安い紅茶でもおいしいです。
そうそう、何を食べたかの話ではないのですが、ロンドンのローストビーフの名店シンプソンズに行ったとき(ベジタリアンディッシュもメニューにあるんですよ)、
通路を挟んで隣りの席に若くてきれいな男性が一人で座って(絶対に一人でくるような種類の店ではないのに)、明らかにお相手にすっぽかされた風情でワインがぶがぶ飲みながらフルコース一人で食べてて、
見ちゃいけないと思いながらも見ずにはいられず、なんだかドラマでした。
(5)森村さんが特に気に入っている、もしくは思い入れがあるジーヴスシリーズの長編/短編はそれぞれ何ですか?
『よしきた』は一番好きかもです。
でも『ウースター家の掟』を読むとやっぱりこれがナンバーワンと思うし、
『サンキュー、ジーヴス』を読むと、タイプはちがうけどこれが大好きと思ってしまうので、あんまりあてにならないかもです。
短編は『それゆけ』が、バーティーがホテルでひとりぼっちで途方に暮れて人生の不幸について考えて、ジーヴスがうんとやさしく世話を焼きにきてくれるシーンとか、天の摂理がこの世のバカの面倒を見てくれるとか、
バーティーの二倍は脳ミソのある女の子になぜ好かれるかというと「種の均衡を守らんとする大自然の摂理かと」とジーヴスが答えるところとか、大好きなシーンが一杯です。
(6)森村さんが特に気に入っている、もしくは思い入れがあるジーヴスシリーズのキャラクターは誰ですか?
バーティー・ウースターです。
バカな子ほどかわいいのでうちの子にしたいです。
(7)ジーヴス作品の文中には、たくさんの引用が出てきます。ウッドハウスはどのような作家が好きだったかはご存知ですか?
ウッドハウスは母校ダリッジカレッジで古典学を専攻したので特に初期のものにはギリシャ詩人、ローマ詩人への言及がけっこう出てきます。
聖書の引用も多いですが、お気に入りの箇所がだいたい決まっていて、繰り返し繰り返し引用しています。
たとえばダニエル記の、炉に投げ込まれたシャドラク、メネク、アベドネゴ;詩編のdeaf adder;民数記のバラムのロバ。いかにも十代のこどもが面白がりそうな個所という感じがします。
シェークスピアの引用も多いですが、やっぱり同じようなところの繰り返しが多いです。
詩の引用も多く、コールリッジ、ワーズワース、キーツ、ブラウニングといった有名どころのごく有名な詩をしょっちゅう引用しています。
本人のお気に入りはテニソンだったようです。
ウッドハウスは非常な読書家で、少年期のヒーローはコナン・ドイル。書簡集を読むと今読んでる作家のこととかどっさり出てきます。意外なところでは、ダンセイニを好きだと書いていました。
ミステリ好きで、晩年アメリカに移住してからも「アメリカのできのいいミステリよりもイギリスのできの悪いミステリの方がいい」と言ってイギリスミステリを好んで読んでいました。
唯一例外的に気に入ったのがレックス・スタウト。イギリス作家では、クリスティやナイオ・マーシュがお気に入りでした。
(8)現在『天才執事ジーヴス』のDVDが第2巻まで発売されていますが、第3巻はいつごろ出るのでしょうか?
残念ながら未定なのです。第一シーズンの権利しか取ってなくって、1、2巻の売れ行き次第で続刊も、ということだったのです。
おかげさまで好評でけっして売れ行きが悪いわけではないのですが、やっぱり本屋さんのやってる慣れない仕事だし高コストなのでもうちょっと売れないとつづきは出せないみたいです。
とはいえ出ないと決まったわけではないので、わたしも気長に待っております。
(9)ジーヴスシリーズを訳していて、困った、大変だった作品はありますか?
困った話にかぎらず、訳している最中の面白いエピソードなどあればおうかがいしたいです。
『よしきた』のあとがきを最初、ジーヴスとバーティーの対話形式で書いて当時の担当さんにボツにされました。
以来ずっとこれはしてはいけないことと思って封印してきたので、
翻訳ミステリーシンジケートから『初心者のためのP・G・ウッドハウス入門』をジーヴスとバーティーの対話形式で書くようご依頼をいただいた時には、ほんとに緊張しました。
いまだに恥ずかしいです。
(10)森村さんのオールタイム・ベスト・翻訳ミステリと、最近のおすすめ作品がありましたら教えてください。
うーん、難しいです。そんなに読んでないからなあ。
ピーター・ラヴゼイの『偽のデュー警部』なんてどうでしょうか、時代も雰囲気もウッドハウス的です。
10月に帝国劇場で上演されるウッドハウスのミュージカル『エニーシング・ゴーズ』も船上が舞台です。
モンティ・ボドキンが主人公の大名作『ボドキン家の幸運』も船上が舞台で、ぜひ訳したいのです。
最近読んで面白かったのはクリスピンの『列車にご用心』。
国産では『謎解きはディナーのあとで(3)』が、同業他社でしかも地元が舞台なので売れててうらやましいけど面白かったです。
(11)森村さんの新しい翻訳の刊行予定がありましたら、差し支えのない範囲で教えてください。
年内にウッドハウスの短編集を刊行する予定です。年明けにもう一冊。その後もできれば続刊が出せるといいな。
(12)ウッドハウス作品が世界中で愛されている理由はどこにあると思いますか?
やっぱり面白いからだと思います。文章がものすごくうまいです。
ウッドハウスを読んでしまうと、他のものがあんまり面白くなくなってしまうのがよくないところかもです。
昔の人の書いたものなのだから、ここまで今日的なセンスでこんなに面白いわけがないとついうっかり思っていると、信じられないくらい面白くてびっくりします。
人生の深みも男女のドロドロも暴力もこの世の不幸も貧乏もまったくなし。出てくる人はジーヴス以外バカばっかりのパラダイスで、甘美と光明に満ち満ちているところがよいのではないでしょうか。
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