裕樹君捕獲大作戦 パート2
「……さん…ろき……、しっかり……。」
「…ん、うん…?」
「しっかりしてください、裕樹さん。大丈夫ですか?」
「その声は…。」
気が付いた裕樹が目を開けると、そこにいたのは髪の長い可愛らしい女性だった。
「し、しなしな、支那実ちゃん!?」
あまりに焦った裕樹は飛び起きようとするが、心配していた支那実は裕樹の顔を覗き込んでいた。
当然、裕樹は支那実に強烈な頭突きをかます事になる。
「ほんまいけるか? ごめんな。」
「はい、大丈夫ですよ。ちょっと赤くなっただけみたいですし。」
とりあえず、鏡を見ながら応急処置として絆創膏を額に張り、笑顔で答える
支那実。
心配そうに見る裕樹であったが、彼の頭には大きなコブができていた。
彼女の名誉のために言っておくが、支那実が石頭なのではない。
裕樹は頭突きする前に、寸止めをしようとした。
結果、支那実の額には軽く当たった程度で済んだ。
が、引き戻す力を入れすぎてそのまま床に『ゴンッ』である。
余談ではあるが、裕樹はそのときもう一度気を失いかけたが、支那実がいることで”恥”と言う心が彼を現実に引き止めた。
「そ、そんでなんでここにおったん?」
なぜだか、支那実には苦手意識がある裕樹。
「えっと…あの…、そうだ裕樹さんが出てこないから様子見てくるように言われて…。」
嘘がとてつもなく下手な支那実。
普通の人なら、顔を見ているだけで支那実の嘘は見抜く事が出来る。
真砂や
グラジオラス、来なんかは支那実が何も言う前から表情を見ただけで、嘘を言うかどうか分かるという。
「そっか、連絡してへんかったんやっけ。寝坊したんやけど、なんでか電話が使えんくてな。
携帯も壊してもうたから、連絡しようにも出来んかってん。 …いちいち来てもろて悪かったな。」
支那実の顔すらまともに見ることのできない裕樹に、彼女の嘘を見破る能力が無くて当然である。
「いえ、真砂さん達に言われたのもありますけど、私も裕樹さん遅いなーと思ってたんで。」
彼女の無邪気な笑みは多くの人々を和ませるが、裕樹は何か胸の中を掻き立てられるようで苦手である。
「ま…まぁ…、俺もすぐ行くから、先に行っといてくれんか?」
「え、せっかくですから一緒に行きましょうよ。
「あ、いや、折角って言われてもな…。」
しどろもどろになる裕樹と、それを笑顔で見つめる支那実。
姐さん曰く『初々しいわね』という状況である。
裕樹はグルグルしながらも、なんとかはっきり言わないと分からないという結論に至った。
「あの、支那実ちゃん。俺、まだ出かける準備もしてないんや。
一緒に行くんやったらだいぶ待ってもらわなあかんし、そんなん悪いから先行っといてもらえんかな?」
裕樹としてはかなり勇気を振り絞った一言であった、が。
「じゃあ、家の前の店で待ってますね。」
あっさりと返答する支那実。
そして、善は急げと言わんばかりにさっさと出て行く支那実。
(…そうじゃないんだ、支那実ちゃん…。)
裕樹は違う意味で泣きそうになっていた。
とはいえ、支那実を待たせている以上、そんなに時間をかけるわけにもいかない。
(とりあえず着替えて、朝飯は外で食うか。)
寝室へ行きタンスの引き出しを引く。
当然のように引き出しは勢いよく飛び出し、裕樹の腹に激突、そして落下。
さらに足の甲に命中。
はたから記述しているだけでも痛そうな状況で、裕樹は「はぐぁ…」とか情けない声を上げながら悶絶する。
少ししてなんとか復活して服を取り出し、引き出しを戻す。
ただ、引き出しが異常なほど滑りやすくなっているのは(都合よく)忘れていた。
ガンッ、といやな音を上げ、思いっきり指を挟む。
かろうじて残った気力を振り絞り、着替えを済ませ、玄関で靴を履く。
最初の一歩で靴の寿命は尽き、靴紐が綺麗に切れた。
まさに「下駄の鼻緒が切れる」の現代版である。
ちなみに、同じタイミングで靴に穴が開いているのを発見した。
この靴は裕樹の履きなれたお気に入りのブランド靴であった。
(…他の靴は無事やろうか?)
もはやこれくらいでは驚かない裕樹、人事のように感じ始めている。
とりあえず靴箱を確認し、大丈夫そうな靴を履きドアを開ける。
外はすでに日が高く、ずっと室内にいた裕樹は明るさに目を細める。
ただ、黒いものが目の前をよぎった。
瞬きをした後、すでにどこにもいなかったが、裕樹はその姿をはっきり見ていた。
(…なんで猫がいるんだ? ここは帝國だぞ。)
足元に残された足跡に気付かなかった裕樹が、その答えに行き着くことはなかった。
裕樹の家の前には、小洒落たカフェがある。
「あ、裕樹さん。こっちですよ。」
支那実、嬉しそうに手を振っている。
裕樹にはあまり心臓に良い状況ではない。
(この状況は…、とりあえず一緒に行かんとあかんのやろうな。)
「支那実ちゃん、すぐ出るけど、構わんか?」
支那実と二人で並んで座っている。
その状況は、裕樹にとって戦場となんら変わらなかった。
ある意味では戦場よりタチが悪い。
「せっかくだからお茶していきましょうよ。」
生殺し、悪夢進行中、な裕樹は逃げ出したい気持ちでぐるぐる。
結局なにがどうなったか分からない中、なんとか(裕樹にとっての)恐怖の時間が終了し店の外へ出ることが出来た。
ただ、横には支那実が笑顔で並んでいる。
前言撤回、恐怖の時間は続行中。
注釈:なぜあんな心理状況になるのか、裕樹本人は全く分かっていません。
(文責 らい)
最終更新:2007年05月25日 18:30