あなたのカニは、私のカニよ!(仮) 第二章「乙女の食欲」(仮)その1

四人の乙女が仲良く到着したのは、最近オープンしたヨンタ饅専門店『万饅亭』である。

「…たくさん並んでますね。」

長蛇、と言うより長龍のような人の列を見つめ、ため息混じりに言う、支那実。

「そうね。…どうしてこうなったか分かるかしら、ねえグラちゃん。」

一切の感情を排したような冷たい視線を送るのは、我らが姐さん、真砂である。

「え、ええ…、きっと誰かについている不幸の――」

「分かってるんでしょう?」

こうなった真砂に意見できるのは恐らく数えるほどしかいないだろう。そして、グラジオラスはその中に入っていなかった。

「ごめんなさい、真砂姐ぇ。でもでも…、私が寝坊してなかったらフィサリスちゃんと出会わなかったのよ? こんなにいい出逢いをしたんだもの。きっとこれは神のおぼしめ――。」

「しょうがないわね、なってしまったものは。フィサリスちゃんに逢えて良かったのは本当だし、今回は許してあげる。でも、次からは気をつけてよ。」

「でも、どうします? 並んでもいつ食べられるか分からないですよ?」

「並ぶ他に選択肢はないわ。諦めましょう。」

真砂の一言に意外とすんなり並ぶ事にした四人であった。が、フィサリスが列から少し離れたところに何か妙な雪山が出来ているのに気付いてしまった。

「あの、あれ何かおかしくはないでしょうか?」

支那実がそこを見ると、人の足のようなものが雪から生えていた。

「ひと…みたいですね。何してるんでしょうね。」

「あの、助けてあげた方が良くないですか?」

「どうなのかな。この国には変わった人多いから、好き好んであんな格好してる人がいてもおかしくはないし。下手に助けない方がいい時もありますから。」

無敵天然系、支那実の言である。メードガイが豊富なこの国において、常識と言う概念は少しずつ崩壊している。最近入国したばかりであるフィサリスが、この展開についていけないのも当然である。

「ちょっと、何してるの二人とも。私とグラちゃんだけに並ばせるつもり?」

ちなみに、グラジオラスはすでに列の最後尾に並んでいる。

「あ、すみません。あの、真砂さん、あれなんだと思います?」

「どれのこと? …って、あれはもしかして?」

真砂は雪に生えた足を両方掴むと、ぐいっと引き上げた。

「やっぱり。やしほちゃん、大丈夫?」

雪山から現れたのは、大村やしほであった。

「はふ~ぅ、た、助かった。どなたか存じませんがありがとうござい…。」

逆さまになったまま、真砂と目が合うやしほ。

「あ、真砂さんこんにちは。」

「どうして埋まってたかは、あえて聞かないわ。でも、どうしてこんなところに埋まってたかは教えてちょうだい。」

どんな差があるというのか、新人であるフィサリスには不思議でたまらない質問をしながら、やしほを降ろす真砂。

「ここのヨンタ饅屋さん、うちのハーブ使ってメニュー作ってるんです。飲み物にハーブティーも出しているんで、ハーブの納品とお手伝いに来たらこけちゃって…。」

てへっ、っといった感じでやしほは語る。姐さんは頭に手を当てながらそれを聞いている。

「まったく…、ああ、そうだわ。やしほちゃん。この子、新しく来たフィサリスちゃん。フィサリスちゃん、こっちはやしほちゃん。ハーブ園のお手伝いをしてるの。」

「はじめまして、フィサリスです。」

「はじめまして。ところで、皆さんはヨンタ饅食べに来られたんですか?」

「ええ、そうなんですけど、ずいぶん並んでてどうしようかなって。」

すでに三分の一ほど進んでるグラジオラスを(都合よく)忘れて、支那実は答えた。

「あ、じゃあちょっとだけ待っててください。」

そう言って通用口から店の中へ入っていき、数分で戻ってくるやしほ。

「店長にお願いしたら、控え室でいいならいいよって言ってくれてるんですけど、どうします?」

「並ばなくていいってこと? やしほちゃん、よくやった。よし、行くぞ。」

やはり半分を過ぎたグラジオラスを忘れた真砂の言葉である。そして言葉通り、やしほについて行く真砂と支那実。

「あ、あの、グラさんは?」

慌ててその存在を思い出させるフィサリス。この展開に対抗できるのは、新国民と言う一番まともな存在だけである。

「そうだったわね。グラちゃん、行くわよ!」

身も蓋もない真砂の一声でようやく状況に気付いたグラジオラス。

「ちょっと、みんなどこ行くの? 並ばないの? あ、置いて行かないで!」

列をどうにかこうにか抜け出し、グラジオラスは皆と一緒に通用口に消えていく。


その2に続く・・・

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最終更新:2007年05月25日 17:01