ある冬の日、静かな雨が降る夜の街角を、一人の少女が走っていた。
夜半過ぎには雪へと変わりそうな気温の中、傘もささずに。
よく見ると、服はあちこち擦り切れ破けており、素肌に刻まれた無数の傷痕が覗き見えた。
「‥…―――…‥」
一発の銃声が闇夜に響き渡り、程なくしてサイレンの音が聞こえてきた。
―だれ?
左手でPDAを操作し、右手で腰から拳銃を抜き、手近な物陰に身を潜めた。
その動きには一分の無駄もなく、長い間このような生活をしていた事が窺い知れる。
「チッ!」
PDAの画面を見て、少女は思わず舌打ちをした。
「場所は……北口公園か……」
少女は小さく呟くと、PDAを操作して北口公園までの最短ルートを検索し始めた。
「……よし。待ってて……今行くから」
ルート検索を終えPDAの画面に呟く少女、そこにはこう表示されていた。

Captured:Azusa Nakano


オモイのカタチ


『隊長!本気ですか!?』
『作戦に犠牲は付き物です!!』
『先ずは任務を遂行する事が先決です!!』
骨導型のトランシーバーからは、部下の悲鳴とも思える叫び声が矢継ぎ早に飛び込んできた。
「……みんな、すまない。だけど、聴いてほしい。梓は『仲間』だ。……私には『仲間』を捨ててまで任務を遂行する気など更々無い」
『貴女は優し過ぎる!!此処は戦場ですよ!!』
『「死と隣り合わせ」のこの場所で何を貴女は甘ったるい事言っているんですか!!』
―まぁ……仕方ないよね。この作戦はそれだけ重要な物だし、私達の任務はその中に於いてかなり重要な物だから……。
「みんなの気持ちは良くわかった。……だが、先程言った通り……『私は「仲間」を捨ててまで任務を遂行する気など更々無い!!』」
部下からのため息とも諦めともつかない声が耳に届く。しかし、その中に非難の色を含ませている者は誰ひとりとして居なかった。
『……わかりました。では、今後の作戦は副隊長の私が指揮を取らせていただきます』
「あぁ、すまないな。大まかな流れは事前に行ったシミュレーションの通りだ。細かい部分は……全てお前に任せた」
『了解!!では、隊長……作戦本部でお待ちしております。……遅刻したらタダじゃおかないからな!!』
「ふふっ……りょーかい。じゃぁ、また後で」

潜んでいた物陰から静かに出ると、唯は今まで進んできた道を戻りはじめた。
―梓!待ってて!!今すぐ助けるから!!


―この先を左か……。
目的地である北口公園まで残り半分を切った所で、唯は思案していた。
目の前には幹線道路。此処を横切りすぐ先の十字路を左に曲がれば、目的地まではほぼ一直線となる。
しかし、この幹線道路を駆け抜けるのは至難の業だ。物陰から手鏡で慎重に道路の左右を確認すると、七・八十メートル先に兵士が数名待機している。
全力疾走で現在の装備なら駆け抜けるのに約十五秒、敵兵がこちらに気付き、銃を構え、発砲するには充分過ぎる。
―練習の的になるのは真っ平ごめんだねぇ。
素早く他のルートを探してみるが、迂回路と思われる道には全て封鎖マークが示されていた。
―罠、か……。
捕われた梓を救出するのだから、自らが一歩後を進んでいる事は明白だ。ならば、先行く物の裏をかく以外方法が無い。
―此処で……こう使うと……八つ残る計算か……。よし!!
数度頭の中で動きをシミュレートし、再び左右を確認する。
「ふぅ」
一呼吸置いて、心を落ち着かせる。
―大丈夫、うまくいく、問題無い。
心の中で飛び出すタイミングを計る。

自分のカンだけが頼りだ。
そして、時は来た。

「……始めるぞ。ミッション・スタート!」

自らを鼓舞するために小さく呟き路地から飛び出て、その寸前にピンを抜いた手榴弾を、左右に投げる。
起爆時間を五秒に設定したそれは、地面に着くと同時に爆発した。
「もういっちょ!!」
それを合図に唯は走り出し、再び左右に放り投げた。
最初の爆発でこちらに気付いた兵士が走り寄って来るが、二個目の爆発がそれを妨げる。
「もひとつおまけっ!!」
目的の路地に体を滑り込ませる寸前、駄目押しで更に二つを後方に投げる。
―もうすぐ、もうすぐだからね!


「くぅっ!!」
撃たれた傷に簡易消毒を施し、その上から包帯を巻き止血処置をする。
―迂闊だった……。
幹線道路という難関を突破した事で気が緩んでいたらしい。警戒せずに道を横切るという有り得ないミスで、敵に見付かってしまったのだ。
「おい!そっちはどうだ!?」
「こっちは……居ないみたいだな……。お前の方は?」
「居ない……ん?おい!こっちに来てくれ!!」
「どうした?……ほぉ、血痕か……」
「向こうに続いているな……。よし、仲間を呼ぶぞ!……『こちらα-Second。血痕を発見、応援を頼む!場所は……』」
その間も、唯は息を潜めて隠れていた。傷は思ったよりも深いらしく、巻き付けた包帯にうっすらと血が滲んでいた。
「これ程の血痕だと……かなりの深手を負っているはずだな」
「はい!恐らくこの先に潜んでいるものの思われます!」「隊長、如何なさいますか?」
その問いに、隊長と呼ばれた男……Teamαのリーダーが答えた。
「……何処に潜んでいるか注意しつつ追い掛けるぞ!」
『ラジャー!!!』
兵士達は慎重に歩を進める。血痕は路地を曲がった先にも続いていた。
「かなりよろめいている感じだな……。恐らく脚を掠め……いや、この出血量だと撃ち抜かれているはずだ。ターゲットは近いぞ!」
血痕はほぼ等間隔に続いており、所々でよろめいたのか血溜まりが出来ていた。
「恐らく此処を曲がった先に居るな……慎重に行くぞ……」
一呼吸置き、兵士の一人が銃を構え路地に飛び出した。
「ホールドアップ!!って……あれ?」
「どうした!」
「隊長!血痕が……消えています!!」
「何だと!?」
隊長が慌てて路地に出ると、兵士が叫んだ通り血痕が跡形無く消えていた。
「平沢唯……一体何処へ?」


「ふぅ……。上手くいった、かな?」
傷付いた左腕を庇いながら慎重に下を伺う。
『捜せ!この近辺に居ることは間違いないんだ!!』
遠く離れた所から敵の隊長の叫び声が聞こえる。
「よしよし……流石は部隊一のメカニックが作っただけあるねぇ……あそこまで上手くいくとは思わなかったよ」

唯が身を潜めているのは最初に血痕が見付かった場所のすぐ上。廃墟となったオフィスビルの三階に居る。
内部は荒れ果てており、身を潜めるには絶好の場所だ。
「あと一つか……」
取り出したのは先程血痕を偽装した道具のパーツだった。
五つのパーツを組み立てる事によって一回り小さいラグビーボール大になり、登録者の歩速・歩幅に応じた血痕を残しつつ時速15kmで自走する。

タンクの人工血液が無くなると、時速30kmで走り去りGPSを使って手近な隙間に隠れるという優れ物だ。
「梓……。梓が作ったこれ……凄く役に立ったよ。……ちゃんとお礼を言わなくちゃね、……よし!休憩終了!!」
気合いを一つ入れて立ち上がり周囲を見回した。
どうやら電源は生きているらしい、非常口のランプが点灯していた。
「何処かにジャックは……あった!」
壁際にLANのジャックを発見した唯はポケットPCを取り出しケーブルを繋いだ。
「生きてるかな……お!オッケー!では、此処の見取り図を……えーっと、今いる所は……お、これだぁ~。フムフム……この感じだと地下に……やっぱりあった。よし!」
手早くジャックを抜き取り、周囲を伺ながら部屋を出て地下へと向かう。
先程確認した見取り図には共同地下駐車場の文字が書いてあった。そこを利用すれば目的地は目と鼻の先だ。

―でも、そうは問屋がなんとやらだよね~。……やっぱり。
地下駐車場に無事辿り着き暗視ゴーグルで周囲を確認すると、出口付近に数人の兵士が見えた。
―さて、それじゃぁ行きますか。
地下駐車場からビル内に戻り、すぐ脇の通路に入る。するとそこには『関係者以外立入禁止』と書かれたドアがあった。
―開いてるかなぁ……やっぱ無理か。
即座にツールボックスから小さな板状の物を取り出し、鍵穴に慎重に差し入れてケーブルをPDAに接続する。
待つこと数秒、画面に『successful!』の文字が表示された。
静かにドアノブを捻ると……。
―よし!
先程の『鍵』を手早く仕舞い中に入り静かにドアを閉める。その先には更に下に降りるための梯子があった。
音を立てぬよう慎重に頭を下にして降り、暗視ゴーグルを掛けて前後を確認する
―流石に此処までは警戒しないか。
約二百メートル先まで視認出来るゴーグル、かなり小さな音も捉える集音マイクそれぞれの情報は、この先に兵士が居ない事を伝えていた。
―さてと、一気に行くよぉー!!
誰も居ない共同坑を唯は一気に駆け抜けた。
目的地である公園の管理棟へ向かって。


―誰も……居ない?
管理棟に着いた唯は地下共同坑から慎重に一階へと上がったが、そこには誰も居らずもぬけの殻だった。
―おかしい、此処を空にするなんて有り得ない。……しまった!罠か!?
素早く拳銃を構えて窓から外の様子を伺う……が、警戒している様子はおろか兵士の姿すら見えない。
ゆっくりとドアを開け外に出てみると、室内からは死角になっている方向に明かりが見えた。
―あそこか!
木々に身を隠しつつその場所へと近付く。それに連れて兵士の数も増えてきた。
―さて、どうするかな?持っている物で使えそうなのは……良いのは無いなぁ。ん?待てよ、これを使って……うん!これなら良いかも!
唯が取り出したのは例の『偽装血痕装置』だった。
―うーん……そこの兵士が邪魔だなぁ~。ほれ、動け。こんな所で立ち止まるな。……よし、そう……もう少し……あと三歩……今だ!!
唯は素早く身を起こし向かいの茂みに向かってそれを投げ入れ再び身を隠した。
投げ入れられた装置は即座に行動を開始し、茂みの奥へと進み出した。
「今の音は何だ!?……おい!こっちに来てくれ!何かが居るぞ!!」
兵士の声で付近に居た数人の兵士が集まった。
「この奥から音がしたんだ」
「大方犬か猫じゃないのか?」
「そうかもしれんが……」
その瞬間、爆発音が茂みの中から響き煙が上がった。
「てっ、敵襲だ!!」
「こちらβ5、応援を頼む!」
無線で連絡をしている間も爆発音が数回響いた。
その音を聞いた兵士達と連絡を受けた兵士達数名が集まってきた。
「恐らくターゲットはこの奥だ!お前達は脇から入れ!行くぞ!!」
リーダーと思われる兵士の号令で、皆茂みの奥へと入っていった。
―よし、成功!
これは装置のもう一つの機能だ。
人工血液ユニットの代わりに爆弾ユニットを入れ、起爆モードにセットする。

装置は時速5kmで物陰を進みながら仕込まれた小爆弾をランダムなタイミングで周囲に撒き散らす。
小爆弾には殺傷力が殆ど無い代わりに大きな爆発音と煙を上げるだけだが、付近の兵士を誘導するには十分過ぎる。
そして、最終的には内蔵された小型爆弾を起動して自爆するというものだ。
―そろそろかなぁ?
唯がそう思ったその時、遠くの茂みから大きな爆発音が上がった。付近に残っていた兵士もそれを聞き慌ててそこへ向かい走り出した。
唯はそれを見届け、目的の場所へと走り出す。
―もうすぐ、もうすぐだからね!!


途中兵士に見つかる事無く無事に目的地付近まで近付いた唯は言いようの無い違和感を感じていた。
―変だ!いくらさっきのが上手くいったからって、こんなにも兵士が少ない訳はない!
潜んでいる茂みから梓が捕われているであろう場所を見ると、恐らくこれが本隊なのだろう、装甲車両数台と数名の兵士が待機していた。しかしそれ以外何も見えない。
慎重に、身を潜めながら、徐々にそこへと近付く。
雨はいつの間にか雪に変わっていた。
静かに、気配を殺し、ゆっくりと前へと進む。
―さて、どうする?
この茂みから先には身を隠す場所は全く無い。
距離にして約二十メートル。
手持ちの装備を確認すると、手榴弾が八個、閃光手榴弾が一個、催涙手榴弾が一個、拳銃の弾が数十発。
―むぅ……使える物が無いなぁ……。多分遮光グラスや赤外線カメラなんかも装備しているだろうし……。お?これはどうかな?
取り出したのは小さなネズミ型ロボットだった。
事前にプログラムをしておくとその通りに動くという『おもちゃ』だが、リモコンによる操縦も出来るという物だ。
―これにコイツをくっつけて……レッツゴー!
ロボットは唯の操作に従い茂みの脇を走り少し離れた茂みの中に入っていった。
「ん?なんだ、今の音は」
兵士の一人が茂みの方に近付くと同時に唯はリモコンのレバーを左右に細かく動かした。
「動くな!!そこに居るのはわかっている!速やかに出てこい!!」
兵士は銃口を茂みに向けて叫んだ。他の兵士もそこに近付き同様に銃口を向けた。
「もう逃げ場は無いぞ!大人しく出てこい!平沢唯!!」
その間も唯はレバーを操作し続けた。心の中でカウントしながら。
「十秒待ってやる!その間に出てこい!!十、九、八……」
兵士がカウントしている間もその時を待っていた。
「五、四、三、二……」
―今!!
「一!……っと!!なんだぁ!?」
茂みの中から勢いよくロボットが飛び出した。
兵士達は慌てて跳び退きそれを注視する。
「……おもちゃのネズミ?」
兵士の一人が呟いたその時、大きな爆発音と共に目も眩む程の閃光が兵士達を襲った。
そのタイミングで唯は茂みから飛び出し、一目散に装甲車両へと向かい、手榴弾を投げつけた。
「何だ!?……うわっ!!」
運悪く出てきた兵士の目前で手榴弾が爆発し今度は毒々しい煙幕が周囲を覆った。
その隙を突き、一気に装甲車両の中へと入り……。
「動くな!!!平沢唯!お前は完全に包囲されている!!」
「!!」
突然響いた声、頭上から降り注ぐ幾つものサーチライト。「まさか此処までたどり着くとはな……以外だったぞ」
未だ残る煙幕の向こうから現れたのは、顔を特殊マスクで覆った敵の……『恋愛正常化委員会』の総大将だった。
「一体どうやって此処まで来たんだ?」
「……共同坑だよ。人っ子一人居なかったからね、かなり楽に来させてもらったよ」
「そうか……見逃していたな」
「そんな事よりも……梓は無事なの?」
その問い掛けに無言で後ろを指差す。
そこには半裸の状態で後ろ手に縛られた梓の姿があった。「あずさっ!!」
「動くな!!!」
唯は今すぐにでも駆けよりたかった。だがしかし、目の前で鈍く光る銃口がそれを許さなかった。

「彼女はとても優秀なメカニックだからね……我々としても色々聞きたかったんだけど何も喋ってもらえなくて……でも、強情よねぇ。あれだけされてもまだ何も喋らないんのよ」
―!?この口調……まさか!!
「そりゃそうだよ。『私が必ず助けに来る』って信じているんだもん。ね!あずさっ!!今すぐ助けるからね!!!」
すると、その声が届いたのか僅かに顔を起こして正面を見た。
「ゆ……ゆい……?……きを……つけて……そのひと……は……」
「うん!わかってるよ!……ね、さ~わちゃん」
「……よくわかったわねぇ」
そう言うと、自らが被っていた特殊マスクを外し、唯の方へと向き直った。
「声を聞いた時点で『もしや』とは思ったんだけどねぇ~。さっきの口調で確信したんだよ~」
「そっかぁ~、迂闊だったわぁ~」
そこに立っていたのは『山中さわ子』、唯達『同性愛者解放同盟』の前リーダーであり、唯に戦闘術全般を教えた人物……唯にとっては師匠の様な存在だ。
「さわちゃん……なんで『そっち側』に居るんですか?」
「何か変かしら?よく考えてみなさい。私は唯ちゃん達と一緒に居た時に『同性愛』について一言も『肯定』なんかしていないわよ」
―まさか!そんな事は……。
唯はさわ子の言葉で共に過ごしてきた日々の事を思い返した。
「どうかしら?私がそんな事を言った記憶は有った?」

「あり……ません」
苦虫を噛みつぶしたような表情をして、絞り出すような声でに答えた。
『裏切られた』という気持ちだけが心を満たしていた。
「では……お聞きしますが……何故、私達と行動を共にしたのですか?」
するとさわ子は少し考えてこんな言葉を言い放った。

「そうねぇ……みんなの事が心配だったから、かしらね」

「心配……?」
「そう、心配だったのよ。だって、教え子が『間違った道』に進まないようにするのが『教師』の役目でしょ?」
「『間違った道』ですって!?なんで!どうしてそうなるんですか!?」
「じゃぁ聞くけど、子孫を後世に残すことが出来ない『同性愛』の何処が『正しい道』なの?」
「そ……それは……」
唯は言葉を失った。
さわ子の言ったこと、それは唯達にとって『正論』以外の何物でもなかった。
「ね、わかるでしょ?……でも、あなた達は誰ひとりとしてその考えを変える事が無かった。だから……」
「私達を止める為に、対立する組織を作った」
「良く出来ました。その通りよ。でも大変だったわぁ~、まさかこれ程の組織力と戦闘力を持っているとは思ってもいなかったわよ」
「……さわちゃんの、手ほどきがあったからね」
「そうなのよねぇ、信頼を得る為とは言え、唯ちゃんに色々と教えたのは失敗だったわ。次々と覚えてくれたからつい夢中になっちゃったのよねぇ~」
「お陰で、さわちゃんが失踪してからも統率力を失わずに済んだよ」
「そっか……。さて!昔話はそろそろおしまいにしましょうか……。平沢唯!両手を上げて即座に武器を捨てなさい!」
さわ子の言葉に従い、唯は両手を上げた。
「あ、間違えた。両手を『上』じゃなくて両腕を『水平方向』、ね」
―読まれてたか……まぁ、仕方ないね。
「私が教えていたわね、『切り札の使い方』」
「やっぱ、覚えていたんだ」
「そりゃぁね。さ、早く銃を捨てなさい!」
言われた通りに両腕を水平に広げ、拳銃を下に落とした。
「さてと、お次は着ている物を脱いでもらおうかしら?」
「……ここでストリップをしろって言うの?」
「そりゃそうよ。何処に何を隠しているかわからないからね。……変な動きをしたら即座に撃つから」
唯は無言で着ている戦闘用ジャケット、アンダーシャツ、戦闘用パンツを脱いだ。
「流石に雪が降る中でこれだけ脱ぐと寒いね。で?次は何をすればいいの?」
「まだ脱いでいないじゃない……私は『着ている物を脱げ』と言ったのよ?」
「はぁ……『下着も脱げ』と」
「靴も、靴下も全部、ね」
「んもぉ、わかりましたよ!」
唯は渋々と靴紐を緩め、両方の靴を脱いだ。

「靴下もだよね~」
「そうよ!はやくしなさい!!」
「へ~い」
そう答えると同時に、唯は素早く両方の靴底に隠されていたスイッチを押した。
「なっ!!」
左の靴が強烈な閃光を放ち、大量の煙を吹き出した。それは先程の手榴弾の比では無い。
「同士討ちになる!!誰も撃つな!!」
さわ子が命令を出したその時、右の靴が煙を突き破りさわ子目掛けて一直線に飛んできた。
「そんなっ!!」

そう叫んだ刹那、靴に仕込まれていた爆弾が爆発した。
耳をつんざく程の轟音が響き、爆風が周囲の煙を吹き飛ばす。
「あずさっ!!!」
唯は梓目掛けて走り出した。
―やった!うまくいったよ!!梓のお陰だよ!!!
全速力で走る唯、梓の下まで後数メートルだ。
―梓!梓!!あずさぁっ!!!

その瞬間、一発の銃声が、闇夜に響き渡った。

「……ゆいぃぃぃっっ!!!」
梓の悲鳴が木霊するなか、唯が胸から血を流しながら倒れ込んだ。その後ろには、爆弾で吹き飛ばされた筈のさわ子が立っていた。
「なん……で……」
「『切り札は最後まで取っておく』……ちゃんと実践していたのね、嬉しかったわよ」
「そんな!あの爆発で無傷なんて……」
梓は驚きを隠せなかった。先程の爆弾は手榴弾数個の破壊力があるものだったからだ。
「唯ちゃん、梓ちゃん、よく見てみなさい」
さわ子が指差す先を注視すると、空間に水滴が浮かんでいた。
「強化……ガラス……」
「そう、しかも対戦車砲ですら防ぐ優れ物よ。あの程度の爆発じゃびくともしないわ」
そう言うと、さわ子はゆっくりと唯に近付いた。
「でもまぁ、切り札もこれでおしまいのようね……。最後は、私が始末してあげるわ」
拳銃を取り出し、銃口を唯に向ける。
「あなたは立派な生徒だったわよ……思想以外はね。……じゃぁね」
「ゆいぃぃぃぃぃっっっ!!!」

梓が悲鳴をあげると同時に銃声が鳴り響いた。

「な……どう……して……?」
そんな言葉を呟きながら、背中から血を流してさわ子が倒れた。
梓の足元からは硝煙が立ち上っている。
「先生、切り札は……最後まで取っておくんですよね」
梓の靴に仕込まれた銃弾は殺傷能力に重点を置いているため、隙が大きい上に至近距離でしか効果を発揮することが出来ない。
さわ子が唯に気を取られていたが故にこれを撃つ事が出来たのだ。
「唯……しっかりして!」
後で縛られた両手もそのままに、唯の下へと駆け寄る。
「あずさ……遅くなってごめんね……」
「そんなこと無いよ!私、凄く嬉しかった!まさか唯が……」
「梓!後ろ!!」
その叫び声の直後、梓は背中に熱い何かを感じ、衝撃と共に前へと倒れた。
「……あずさぁぁぁぁぁ!!!!」

「フゥ……フゥ……さ、さすガに、さっきノ、一撃は、きイたわよ……」
「まさか……そんな……」
有り得る筈が無い、先程の銃弾は命中後にその内部で爆発する物……つまり、さわ子の体内で極小爆弾が爆発したのと同じなのだ。
「ありヱないとおモっているワね……」

「あ……あなた……さわちゃんじゃ……ない?」
「いヰえ……わたシはさわコ……やマナかさワこよ……そう、やまナカサわこ……サワこ……さワコ……」
背中の傷が塞がり、そこから二枚の翼が生えてきた。
それは純白の翼と漆黒の翼だった。
「な……なん……なの?」
「我は『混沌』!人の世を乱す為にのみ生まれた存在!!」
「こん……とん?じゃぁ、さわちゃんは……」
「我が依り代となり、一足先に黄泉へと旅立って居る」
「そん……な……、一体いつから……?」
「……そんな事を聞いて何になる?……まぁいい、おぬしらの場所から離れる直前だ」
「じゃぁ……さわちゃんが……失踪したのって……」
「おぬしが今考えている通りの理由だ。……少々話しが過ぎたな、では……平沢唯、中野梓、共に黄泉へと旅立つがよい!!」

山中さわ子だった者……『混沌』の拳が唯と梓の下へ振り下ろされ……。

「ぬっ!何故に動かぬ!『唯ちゃん!梓ちゃん!』」
「えっ!今の声って……」
「山中さわ子!邪魔をするな!『私が抑えている間にお願い!!』」
「『お願い』って……何を!?」
「えぇい!『あなたたちには秘密があるの!両手をお互いの胸に当てて口づけを』死に逝く者が邪魔をするなぁ!!」
『混沌』の拳がゆっくりと持ち上がる。
「『今よ!!』させるかぁ!!!」
その隙に唯は梓の両手を自分の胸に当て、自分の両手も梓の胸に当てて口づけをした。


「『すると二人の身体が輝きだし……』って……。なぁムギ、これって……決定なのか?」
ここは事務所の会議室。
「えぇ……途中に継ぎ足す可能性は有るけど、ほぼこれで決まりよ」
来年春に公開予定の映画、ムギちゃんから「脚本が九割方完成した」って連絡が来たから、それのチェックをするために集まったんだけど……。
「ちょっとこのラストは……どうかと思うぞー」
澪ちゃんやりっちゃんが言う通り、これはちょっと……って感じ何だよねぇ。
「あのー、ラストをもう少し変えてみるのはどうでしょうか?例えば……さわちゃんを異形化させないとか」
「でもそれだとラストシーンの盛り上がりに欠けないかしら?」
「『盛り上がり』って……唯と梓が一体となって『愛の化身ゆいあず』になるあたりか?」
「そう、そこよ澪ちゃん。『愛の化身ゆいあず』となった二人がその『愛』の力で異形化したさわちゃんを……」
「はいストーップ!そこの所はよくわかってるんだけどさぁ……一体それと映画のコンセプトである『同性愛者への偏見をなくす』ってのがどう繋がるんだ?」
「あ、ムギちゃんゴメン。私もよくわからないんだけど……」
「私も唯や律先輩と同じです。ムギ先輩、どんな繋がりがあるんですか?」
するとムギちゃんは何故かうつむいて両手をいじり始めた。
ん?もしかして……。
「ムギちゃん……まさかとは思うんだけど……」
私がそう言うと、ムギちゃんは照れ笑いを浮かべながらこう答えてくれた。

「……あのね……色々と思いついた事を詰め込んだら……コンセプトから外れちゃった。テヘッ」



その後、私達が必死で脚本を修正して、クランクインまでに何とか間に合わせたのは……言うまでもないよね……ハァ……。



おしまい!!


  • これ映画でやってくんないかな…素晴らしい -- (名無しさん) 2010-10-22 09:37:48
  • 読むのに疲れたwいい意味で -- (とある学生の百合信者) 2011-03-08 16:52:28
  • さわちゃんは果たして子孫を残せるのか -- (名無しさん) 2014-05-07 21:50:47
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最終更新:2010年10月20日 21:06