今日は久し振りに、彼女と顔を合わせる。
普段からメールを欠かさないので、再会の感動に浸ることはない――そう高を括っていたはずだけど、昨晩は興奮してしまいなかなか寝付けず、結果として今日という大事な日に寝坊してしまった。
布団の中ではずっとずっと今日のことを考えていた。私自身も、すごく楽しみにしてたんだと思う。寝坊の言い訳にはしたくないけど――仕方ない、よね。
息を切らせて待ち合わせの駅前に駆け付けると、彼女は平静として待っていた。私から約束したのに遅れるなんて、申し訳ない気持ちで一杯一杯で、平謝りをするしかない。繰り返し頭を下げると、彼女は「全然変わってませんね」と笑って、あっさり許してくれた。
呼吸が整わずに肩で息をする私を見兼ねてなのか、彼女は「とりあえずお茶でも飲んで落ち着きましょう」という提案をしてくれたので、近くのカフェへに入ることにした。
そこから始まる、今日のおはなし。
*
「『喧嘩するほど仲が良い』って言うけどさ、あれはきっとあの二人を表す為にある言葉だと思うんだよね。家が近所で幼馴染で、小さい頃から一緒だったんだもんね。今まで……いや、今もだよね。ずっとずっと一緒に居てさ。たくさん笑って、怒って、泣いて、その度に慰め合って。そのひとつひとつの積み重ねが今の二人の絆になっているんだと考えたら、どうにも素敵な関係だと思わない?」
「……唐突に切り出すには込み入った話題じゃないですか、それ」
「えへへ。実は最近、よく考えちゃうんだよね」
「大学に進んだ影響ですか?」
「かもしれないねー」
「良い傾向かもしれませんね」
彼女は手元の紅茶をすこし口にしてから、話を再開する。
「喧嘩……ですか。あの二人と言えば、部活でもありましたよね。確か、学園祭を目前とした頃に……」
「あー、あったねぇ。でも、私たちがお見舞いに訪ねた頃にはすっかり丸く収まってたよね」
「私、ちょっと怖かったんです。いつもふざけあって楽しそうにしてる人たちが、一変して急に不仲になるなんて。日常がいとも容易く破綻してしまうのを見せつけられているような気がして、とても悲しくなりました」
「あの時はみんなそう感じてたよ。でも、ちゃんと仲直りしたし、そこまで悲観することでもなかったよね」
「……そうですね。仲直りが早いっていうのも、お互いを思いやっているからこそ――なのかもしれませんね」
「うん。――そういえば、私たちって言うほど喧嘩してないよね」
「……喧嘩って別に良いもんじゃないと思うんですけど。イメージを美化してませんか?」
彼女は物憂げな顔をして、答える。
「うーん、そうかも。でも、私たちが喧嘩したら、どうなるのかな?」
「きっと、些細なことが発端になるんでしょうね。どっちかの小さなこだわりが分かり合えないところから始まって……」
「『大事に取ってあったのに……私のお菓子を勝手に食べたでしょ!?』みたいな?」
「あー、ありそうですね」
「悔しい気持ちもあるけど、心の底から怒れないから、ちょっとだけ無視してみたり……とか」
「そうそう。怒っているのに相手のことを悪く言えなくて、時間が経つにつれて冷静さを取り戻して」
「空気に耐えきれずに謝って、あっと言う間に仲直りしちゃいそうだよね」
「すごく分かりやすい図ですね……」
「平和的でいいと思うよー」
喧嘩と言えば――と、彼女は切り出す。
「今もこうしているように、一緒にいる時間が長くなりましたけど――先輩の怒ってるトコ、見たことないですね。見慣れなさすぎて、今じゃどんな風になるか想像できなくなっちゃいました」
「そうかもねー。でも、私はずっと怒られてばかりだった。……ね?」
「……それは……その」
「たくさん怒られたけど、それが喧嘩に発展することはなかったよね。実はちょっとした奇跡じゃない?」
「……私が勝手に怒って、それを皆さんに宥めていただいたと云った感じでしたから……。空回りしてばかりで、私ったら」
彼女は少しだけ眉を顰めた。
――もしかして、気にしていたのかな?
「いいのいいの。そういうところが、元気な子猫ちゃんみたいで可愛かったもん」
「…………きっと、その優しさですよ」
「ん?どゆこと?」
「先輩は何があっても張り合わないどころか、却って優しく包み込んでくれるんです。私はそんなトコに、惹かれちゃったんだと思います」
「……いやーん、なかなか恥ずかしいことを言ってくれますな」
「なっ…!誰が言わせたと思ってるんですか!」
彼女が照れ隠しに口を尖らせる。
その顔が可愛いくて、ついついやっちゃうんだよね。
「――あ、そろそろ時間ですよ」
「うん?……おお、ホントだ。じゃあ、出よっか」
「映画の後の予定は、ちゃんと組んでくれたんですよね?」
「ばっちし!まず映画を観るでしょ。その後にショッピングして、頃合いを見てご飯を食べて、そのまま私のお部屋に来てもらって、朝までお喋りするの。それで次の日は二人でお昼頃にふら~って起きて、一日中お家でごろごろする。よかったら手料理とか作ってもらえると嬉しいなぁ。それでその次の日からは大学があるから、私の為に朝起こしてもらう予定なんだけど――」
「……私も学校がありますし、明日の夜には帰りますよ?」
「やだなぁ。ジョークだよジョーク」
「……叶えてあげられるようになるまで、もうしばらく待ってくださいね」
頬を少し染めながら、彼女は約束してくれた。
*
会計を済ませて、私たちはカフェを後にした。その歩みで、駅前にあるシネコンへと向かう。
「うーん。蒸し返すようで悪いけど、やっぱり喧嘩してみたいかも」
「またですか?……別に良いんですよ。する必要がないものは、しなくても良いんです」
「もしかしたら、もっと仲良くなる為の糸口が分かるかもしれないよ?」
「喧嘩なんてしなくても親密にはなれますよ。今の私たちが、その証拠じゃないですか」
「……そうだね」
そうやって同意しながら、不意を突くようにして彼女の右腕に抱きついてみた。
彼女は、微動だにしない。
「……ちょっと前まで、こんなことしたら『ヤメテクダサイ!』って言って怒ってたのにね」
「そんな野暮なことは言わないでください……。今は……嫌と言うよりも恥ずかしいんですけど」
「じゃあ、今日はずっとこのままで居ようかな」
「そ、それはちょっと……」
そう言って照れくさそうにはにかむのは、私の大好きな彼女だ。
【おしまい!】
- 感動した。魂が震えるゼッ! -- (とある学生の百合信者) 2011-03-08 16:22:14
- 百合はいいな -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 02:06:13
最終更新:2010年10月20日 21:10