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「初めて」のバレンタイン

367  「初めて」のバレンタイン  [sage]  2010/02/15(月) 01:53:36 ID:bYNIlOtBO

「憂、ちょっと和ちゃん家行ってくる!」

金曜日、お姉ちゃんはまた和さんの家に出掛けた。これで今週に入ってからは毎日だ。
別に和さんと仲がいいのは今に始まったことでもないし、気にするようなことでもないかもしれない。
でも…今週末のイベントを考えると、どうしても気になってしまう。

「憂はまた唯先輩にチョコあげるの?」

その翌日、土曜日の夕方。一緒に出掛けた純ちゃんにそう聞かれて私はドキッとしてしまう。なんとなく、触れたくなかったのだ。
…バレンタインのことなんて。

「…どう、かな」
「え?あげないの?」
「わかんないけど…もしかしたら、お姉ちゃんはいらないかもしれないから」
「へ?なにそれ…あ、噂をすれば唯先輩だよ!」

純ちゃんに言われて目をやると、前方にお姉ちゃんがいた。どうやら誰かを待っているようだ。
…和さんを待ってるのかな。もしそうだとしても、声を掛けない理由にはならない。でも、なんとなく近づきたくなかった。

「…純ちゃん、こっちの道から行こ」
「え?声掛けなくていいの?」
「…うん」

…正直、見たくなかった。お姉ちゃんが和さんと仲良くしてるところなんて。



368  「初めて」のバレンタイン  [sage]  2010/02/15(月) 01:55:42 ID:bYNIlOtBO

その夜お姉ちゃんが帰ってきたのは、20時過ぎだった。…普段なら遅くても19時前には帰るのに。
私は色々な感情を抑えて、お姉ちゃんに話しかけた。

「…今日、遅かったね。どうかしたの?」
「う、うん。ちょっと部活の皆とね」
「……」

…お姉ちゃんは、嘘をついた。どうしてそんな嘘をつくんだろう。
和さんと一緒にいることを隠す理由。私に言えない理由。考えたくない。聞きたくない…なのに…

「…どうして嘘つくの」
「え…?」
「今日和さんと一緒にいたんじゃないの?私、お姉ちゃんが一人でいたとこ見てたんだよ」
「そ、そう?見間違いじゃないかなぁ?」
「なんでとぼけるの?別に和さんといたっていいじゃない。なにかやましいことでもあるの?」
「え…えっと…」

お姉ちゃんは黙りこんでしまった。そんな態度に、私の苛立ちはつのっていく。
…どうしちゃったんだろ私。なんでこんな気持ちになっちゃうんだろう…

「…もういいよ」
「え…」
「夕飯できてるから、食べ終わったらお皿水に浸しといてね。おやすみ」
「う、憂…」

お姉ちゃんの言葉を振り切るように、私は自分の部屋へと戻った。
…もう、何も考えたくない。



369  「初めて」のバレンタイン  [sage]  2010/02/15(月) 01:56:48 ID:bYNIlOtBO

バレンタインの朝、家にお姉ちゃんの姿はなかった。
代わりにあったのは、台所のテーブルの上の置き手紙。

『和ちゃんの家に行ってきます』

…結局お姉ちゃんは、今日も和さんの家に出掛けたんだ。言い様のない感情を飲み込んで、私は椅子に座りこんだ。
ここ何年か、毎年お姉ちゃんのためにチョコを作ってた。それは当たり前のように今年も続く…そう思ってた。
でも…お姉ちゃんはもういらないんだ。いや、もしかしたらとっくの昔から私のチョコなんていらなかったのかもしれない。

…多分、今頃和さんにもらったチョコを美味しそうに食べてるんだろうな。
その光景を思い浮かべた瞬間、急に視界が潤んだ。

だったら、私なんてもう――

ピンポーン…

不意にチャイムが鳴った。誰だろう…

「はい…?」
「憂ちゃん?私だけど」

その声の主は、和さんだった。それがわかったとたんに私の体は強ばる。
なんで和さんが?お姉ちゃんは和さんの家にいるはずなのに…」

「…ちょっと話があるんだけど、聞いてくれる?このままでいいから」
「は…はい」
「唯のことなんだけど…最近、私の家によく来てたでしょ。それはね、今憂ちゃんが考えてるようなものじゃないの」



370  「初めて」のバレンタイン  [sage]  2010/02/15(月) 01:57:58 ID:bYNIlOtBO

「…唯はね、私の家でチョコ作りの練習をしてたの」
「チョコ作り…?」
「今までずっと憂に作ってもらってたから、今年は私が頑張るんだーって、一生懸命ね」
「そ…そんな…」

考えてみたら…昨日お姉ちゃんを見たのは、スーパーの近くだった。あの時は、材料を買いに行ってたの…?

「驚かせたいから内緒ねって言われてたんだけど…今日の唯見てたら黙ってられなくて」

私に内緒にしたいから…昨日あんな風に黙ってたの…?

「わ、私…」
「あ…じゃあね、私はこれで」

…私、何考えてたんだろう。勝手にイライラして、お姉ちゃんに変な態度取って。
もし見当違いな嫉妬でお姉ちゃんを傷付けてたなら、私って最低じゃない…

「憂?」

扉の向こうから、聞きなれた声が聞こえた。でもその扉を開くことはできない。
今の私には、お姉ちゃんに会う資格なんて…

「…ごめん…お姉ちゃん…私…」
「…憂、開けて。渡したいものがあるの」
「いい…受けとれない。だって私、あんな…」
「いいから、開けて?」
「……!」

お姉ちゃんの声は優しかった。と同時に、今まで聞いたことがないくらいに力強いものだった。

私は、扉を開けていた。



371  「初めて」のバレンタイン  [sage]  2010/02/15(月) 02:01:54 ID:bYNIlOtBO

「…お、おねえちゃ…」
「はい!」
「え…?」
「ハッピーバレンタイン!これ、私から憂にプレゼント!」

お姉ちゃんが差し出したのは、透明なケースに入ったハート型のチョコ。その表面には『うい』と書かれていた。
それは、お姉ちゃんが一生懸命に作ってくれたチョコ。だからこそ…

「ごめん。やっぱり私には…」
「ほら、食べて食べて?はい、あーん♪」
「あ、ちょ……」

それでも、お姉ちゃんは私の口にチョコを押し込む。
…まるで、私の気持ちを全部見透かしているかのように。

「えへへ、どう?」
「…おいしい……」
「ホント?やったぁ!…最初は和ちゃんが手伝ってくれるって言ってくれたんだけどね、やっぱり、自分一人で作りたかったんだ」
「……」
「や、やっぱり和ちゃんと作った方がおいしかったかな…」
「…ううん。そんなことないよ。これよりおいしいチョコなんてプロでも作れないよ」
「そ、それは言い過…わ?」

私はお姉ちゃんを抱きしめていた。理由なんてない。ただ、抱きしめたかった。

「憂…」
「…ごめんね。私チョコ用意してないんだ。お姉ちゃんはこんなに頑張ってくれたのに。…最低だね、私」
「…最低なんかじゃないよ」



372  「初めて」のバレンタイン  [sage]  2010/02/15(月) 02:03:55 ID:bYNIlOtBO

お姉ちゃんは私の頭をポンポンと叩いて、あたたかい笑顔を向けた。

「去年まではずっと憂がくれてたんだもん。1年くらいお休みしたっていいんだよ。憂が最低だったら私なんか最悪だよ!」
「お姉ちゃん…」
「だから泣かないでいいんだよ。ね?」
「う…ぅ…」
「ほら、泣かない泣かない!さ、もっとチョコ食べて?あ、私も一口だけ味見していいかな」
「…ん。もちろんだよ」
「じゃあ決まり!じゃあ牛乳あっためてあげるね。憂は座ってて?」
「え、でも」
「いいから!ね♪」
「……!」

お姉ちゃんのあたたかい笑顔を見た瞬間、今まで抱えていた嫌な感情が消え去るのを感じた。
そうだ。私はこの笑顔が見たかったんだ。お姉ちゃんの、幸せそうな笑顔が。

「うん…じゃあ、お願い」
「よしきた!じゃあ…」
「お姉ちゃん」
「ん?」

…お姉ちゃん、今年のバレンタインのプレゼントは何も用意できなかったけど…
一言だけ、言うね。私の気持ち。

「ありがとう…大好きだよ」

END

遅くなったけど投下してみた
最終更新:2010年02月15日 23:36
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