初血

※鬱展開、流血あり

202  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:38:02 ID:VcYEghuo0 [2/11]

「え?うい、バイト始めるの?」
「うん、そうだよ」

妹の憂がアルバイトを始めました。
近所のコンビニで、学校が終わった後の時間だって。

「どうしたの急に?何か欲しい物でもあるの?」
「うん、ちょっと...」
何かを口淀む様子。気になっちゃうよ。

「何時から何時まで?」
「17時から22時までだよ」
「...はっ、私のお夕飯はどうなるの?」
「大丈夫だよ、おねえちゃん!
私が作ってから行くから!」
「おおー。さすがういー。できる子だー。」
「えへへ///」

と言う事で、憂はバイトに出かけて行きました。



203  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:39:37 ID:VcYEghuo0 [3/11]


「ういーごはん...あ、そっか。バイトだっけ」
私は憂の用意してくれたご飯をあっためて食べる事にしました。
...電子レンジちゃんはどのボタンを押せばチンしてくれるのかな?

いつも二人の食卓に一人だと、なんだかさみしい気持ちがします。
食べ終わった食器を流しに置きに行った時、私はひらめきました。
「そうだ!ういがちゃんと働いてるかどうか見に行こう!」

憂の働くコンビニまでは歩いて5分ぐらいのところです。
大通りに面しているので、結構お客さんも多いお店。
もちろん私もいつもお世話になってます。
おかし買ったり、おかし買ったり、おかし買ったり...

暗くなった街を歩くのは、いつもと違ってなんか不思議な感じです。
交差点を曲がって大通りに出たところで、いつもと違う事に気がつきました。
コンビニの前に人だかりができています。

嫌な予感がした私は、コンビニの前まで走って行きました。
近くにいたおじさんに声をかけます。

「おじさん!何かあったの?」
「ああ、強盗だってさ。店員の子が刺されちゃったみたいだよ。」

私はあわてて人ごみをかき分けて前に出ようとします。
「ちょっとごめんなさい...すいません...前に行かせてください...」
一番前に出てみると、救急隊員の人たちが立って人ごみを止めていました。
私はそれにかまわず中に入ろうとします。
すぐに救急隊員の人に腕を掴まれました。
「ちょっと、君!中に入っちゃダメだよ!」
「妹がここで働いてるんです!無事だけ確認させてください!」
大きな声を出した私に、救急隊員の人たちは顔を見合わせました。
「妹...?君、名字は...?」
「ひ、平沢...」
「...中に入ってください。」



204  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:41:15 ID:VcYEghuo0 [4/11]

憂は商品の棚の前に横たわっていました。
脇腹からは血が流れ出して、床に血だまりを作っています。
「お、おねえ...ちゃ...ん...」
「うい、うい!?」
私はたまらず駆け寄って、憂を抱えようとします。
「ダメだよ動かしちゃ!血がどんどん出てっちゃうよ。」
治療している救急隊員の人に止められました。
「じゃ、じゃあ手を握ってるのは!?」
「それなら平気だよ。」
私は憂の左手をしっかりと両手で包み込みました。
いつもは温かい憂の手が冷たく震えています。
「うい、しっかりして!うい、うい、うい!?」

すぐに救急車が来て、憂はストレッチャーで救急車に運ばれました。
集中治療室に運ばれるまで、救急車の中も、病院の廊下も、
私は憂の手を握って離しませんでした。
憂は眠らされて、緊急手術を受けています。
お医者さんの話だと、今夜いっぱいが山だって...
「ふぐっ、ふえっ、うい、うい、うい...」
私は海外にいる両親に連絡した後、待合室で泣きながら祈り続けました。



205  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:43:03 ID:VcYEghuo0 [5/11]

次の朝、一晩も眠れなかった私の前に、担当のお医者さんが来てくれました。
「うい...妹の容態はどうなんですか!?」
胸ぐらをつかみかからんばかりの私の勢いに、先生は優しく微笑んで言いました。
「なんとか安定しています。まだ安心はできませんが、
峠は越えたと思ってもらっていいですよ。」
私は安心して、また泣き崩れました。

その後、警察の人が来て、いろいろな状況を聞かせてくれました。
犯人は若い女の人で、包丁を持っていたそうです。
びっくりしたのは、犯人はお金をとる目的ではなくて、
一直線に商品を並べていた憂に襲いかかったのだそうです。

「それって...えーと、と...とう...とうりま?」
「...通り魔の事ですか?」
「そう、そうです!」
「いえ、そうではありません」
「え?」

「妹さんが刺された時間は夕方で、店内には他にもたくさんの人がいました。」
警察の人が説明を続けます。
「にもかかわらず、妹さんだけが刺されたという事は、計画的に狙われた物と考えています」
「...は、はあ。でもいったい誰が...?」
「それはこれから捜査します。どなたか心当たりはありませんか?」
そんなことを言われても、憂の事を恨むような人はいないと思うし、
恨まれるような子じゃないし...
「分かりました。クラスで仲のよい方とかはいましたか?」
私はあずにゃんと純ちゃんの名前を挙げました。



206  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:44:45 ID:VcYEghuo0 [6/11]

あずにゃんと純ちゃんにはすぐに連絡が行き、二人は病院に駆けつけてくれました。
二人とも刺されたのが憂だと知って、青ざめた顔をしています。
「憂さんから何か心配事を相談されたりしていませんか?」
警察の人の問いかけに、
「そう言えば...」
純ちゃんが何か思い出したようです。

「何日か前、憂が誰かにずっと見られてる気がするって...」
「ストーカーじゃないかって思って、警察とかに行った方がいいって言ったんだけど...」
あずにゃんも一緒に話してくれます。
「具体的に不審者を見かけたりとかは?」
「それは...分からないです...」

警察の人は、もっと聞き込みをしてみると言っていました。
でも、私はその話を聞いて、犯人が誰なのか気がつきました。



207  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:46:16 ID:VcYEghuo0 [7/11]


次の日、憂の容態は安定して、もうすぐ意識が回復しそうだとの事でした。
私は二日ぶりに学校に向かいました。

「唯、大丈夫?」
「大変だったね」
「みんなそばにいるから、何かあったら言ってね」
澪ちゃんやりっちゃん、ムギちゃんや和ちゃんには何があったかメールしてあったので、
暖かい声をかけてくれます。
「大丈夫だよ!ありがとう」
返事をしながら、私はずっと別の事を考えていました。

放課後、私は人目につかない体育館の裏へ向かいました。
昼休みにある人の下駄箱に、手紙を入れて呼び出していたのです。

その人が現れたとき、その人は青ざめた顔をしていました。
でも私の顔を見た時、すぐに不敵な顔に変わりました。
「...なんだ、唯センパイじゃないですか」
「どうして私が憂じゃなくて、唯だと分かったの?」
私は憂の名前で手紙を入れました。
そして今も、髪の毛を憂と同じように、後ろで結んでいます。
リボンも、二年生の赤をつけています。
ぱっと見た時に、よく区別がつきにくいと言われる私たち。
「それは、私がずっと唯センパイの事を見てたからですよ。
憂センパイと見分けるなんて簡単です」
「もう一つ理由があるんじゃない?あなたが、憂を刺したから。
憂がここに来るはずがないと、知っているから。」



208  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:47:52 ID:VcYEghuo0 [8/11]


一週間くらい前の事です。
放課後、私は1年生の子に告白されました。
「付き合ってください」と言われましたが、断りました。
「私には他に好きな人がいるから」というのが理由です。

その日、帰りは憂と一緒になりました。
いつものように手をつないで、いろんな事を話しながら帰ったのです。
きっとその時の様子を見て、憂の事を逆恨みしたのかなって思って、
彼女をここに呼び出したのです。

「...そうですよ?どうして分かったんですか?」
「テレビも新聞でも、一言も憂が刺されたとは言ってない。
その事を知ってるのは、警察や病院の人に私が話した人と、犯人だけ。だからよ」
「やれやれ...こんな罠に引っかかるなんて」
彼女は肩をすくめます。
「最後に聞くけど、憂の事を刺したのは、嫉妬したから?」
「そうですよ?聞きたい事はそれだけですか?」
彼女は邪悪な笑みを浮かべました。
「うん。聞きたい事はね」

私は持っていた鞄の中から、家から持ってきた包丁を取り出しました。
それを見た彼女の顔が、一瞬で恐怖に歪みます。
青い顔で後ずさりする彼女を、私は押し倒して、馬乗りになりました。
「小さい頃から、私と憂はずっと一緒。
憂が痛い思いをしたのなら、私がやり返す」
私は包丁を振り上げ、そして彼女の胸に―



209  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:49:31 ID:VcYEghuo0 [9/11]


「ダメ、おねえちゃん!」
聞こえるはずのない声が聞こえたのは、その時でした。
驚いて振り返ると、そこには―
「...うい!?なんで...?」
病院のパジャマを着たままの憂が立っていました。
足取りはまだ確かではなく、体育館の壁にもたれかかっています。
「え?うい...どうして?」
力の抜けた私の下からはい出した一年生が走り去るのにもかまわず、
私は憂のそばに駆け寄りました。

「なんでここが...それよりもどうして...?」
「病院...抜け出して...来たの...
お姉ちゃん...たぶん...仕返し...すると思って...
ここ...なんじゃないかなって...」
「ダメ...だよ。ちゃんと寝て...うい!?うい!!」
体力の限界に達したのか、憂は倒れてしまいました。
「しっかりして...今救急車呼ぶから...うい!!」



210  初血  [sage]  2010/06/29(火) 19:51:04 ID:VcYEghuo0 [10/11]

犯人はその後すぐに、警察に捕まりました。
そして病院へ再び運ばれた憂は、幸い容態が急変する事もなく、
無事に生き残ってくれました。
そして私と憂は、警察の人と病院の人に、たっぷりと怒られる事になりました。
私は勝手に犯人と対決した事、
憂は勝手に病院から抜け出した事。
私が犯人に仕返しをしようとした事は、なんとかおとがめなしに済むように、
警察の人が取りはからってくれたみたいです。

そして、三ヶ月後―

「お、おねえちゃん。私がやるよ!」
「だ、いじょうぶ。ういは、休んで、て...あいてっ!」
「あっ、おねえちゃん...」
憂が入院している間、私は一生懸命料理を覚えました。
憂ほどではないけど、簡単な物なら作れる...はず。
「いちち...」
「もー。じゃ、いっしょにやろ?」
憂が隣に来て、にっこり笑います。
「うい、ありがとう!」
憂が慣れた手つきで、包丁を使います。
やっぱり、包丁はこう使った方がいいです。

一緒に作った晩ご飯を食べた後、私は憂のおなかの傷の、
絆創膏を取り替えてあげます。
「うい、まだ痛い?」
「うーん、もう平気かな」
「あ、そう言えば、なんであのときバイトしようとしてたの?」
「え、あ...もうすぐおねえちゃん誕生日でしょ、だからプレゼント買おうと思って...」
私は嬉しくて、憂に抱きつきました。
「えへへー。うれしい!」
「もー。おねえちゃん///」

憂のキズはいつか消えます。
でも私たちの絆は、ずっと消えません。

最終更新:2010年06月29日 22:45
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