275 夏の名前 [sage] 2010/07/06(火) 22:13:47 ID:qo1MvTFA0 [2/5]
小さい頃、夏になると窓を開けて、風を浴びるのが好きだった。
隣には、いつも同じ人。
大好きなお姉ちゃん。
私の、一番大切な人。
時は流れ、私は高校二年生。
お姉ちゃんは三年生になった。
今日もお姉ちゃんは一日図書館に勉強しに出かけている。
私はお夕飯の支度をしながら、お姉ちゃんの帰りを待つ。
今日のお夕飯はちらし寿司。
きっとお姉ちゃん喜んでくれるはず。
ケータイの着信音が鳴ったのは、ちらし寿司がもうすぐ出来上がるという頃だった。
「もしもし?お姉ちゃん?」
『あ、憂?ごめーん、今日これから澪ちゃん達と夏祭り行く事になってー』
「そうなんだ。お夕飯は?」
『うんだから今日はいらない!みんなで焼きそば食べるんだー』
「...そっか。楽しんできてね!」
『うん!じゃーねー』
ガチャ。ツーツーツー。
276 夏の名前 [sage] 2010/07/06(火) 22:15:21 ID:qo1MvTFA0 [3/5]
電話が切れた後、私は呆然としてしまった。
せっかく一生懸命作ったのに。
お姉ちゃんの喜ぶ顔が見たいのに。
きっとお祭りは楽しいんだろうな。
お姉ちゃんの楽しんでる顔が目に浮かんでくる。
でもその楽しそうな顔、私は見られない。
出来上がったお料理を食卓に運ぶ。
ちらし寿司、サラダ、お味噌汁。
二人分作った今日のお夕飯。
でもテーブルに並ぶのは、私の分だけ。
一人で食事をしながら、私は言いようのない寂しさを感じる。
もし将来、お姉ちゃんに大切な人ができて、
その人のそばに行ってしまったら、
きっと私の毎日はこんな風になってしまうんだろうな。
そんな事考えてるうちに、私の目頭は不思議と熱くなる。
ぬぐってもぬぐっても、涙は止まらない。
どうして?どうして?どうして...
277 夏の名前 [sage] 2010/07/06(火) 22:17:03 ID:qo1MvTFA0 [4/5]
「憂、憂!」
気がつかない間に私は眠っていたみたい。
お姉ちゃんの声で目が覚めた。
あれ?お姉ちゃん?
「あ...お姉ちゃん...お帰り...」
「どうしたの?何かあったの?」
「え、どうして?」
「だって...」
お姉ちゃんは私の袖を指差す。
そこには、涙で濡れた跡がくっきりとあった。
「何かいやな事でもあった?大丈夫?」
心配してくれる、優しいお姉ちゃん。
そんなお姉ちゃんに、私はできるだけいつも通りの笑顔で答える。
「大丈夫だよ!それより、お祭り楽しかった?」
「うん!焼きそば食べてー焼きトウモロコシ食べてーかき氷食べてー...」
屈託のない笑顔で、楽しそうに話すお姉ちゃん。
その笑顔を見て、私は大切な事を思い出した。
そしてまた、涙が溢れ出す。
「え...憂?どうしたの?えっ?やっぱり何か...」
「ううん、何でもないの。
すごくすごく、大切な事を、思い出したから、嬉しくって...」
「そっか...ぎゅっ」
お姉ちゃんは私を優しく抱きしめてくれます。
そのあたたかな胸に顔を埋めて、私は泣きました。
お姉ちゃんが幸せなら、私も幸せ。
それが私の、一番大事な気持ち。
そっと窓を開けると、あの頃と同じような風が吹く。
大切な事を思い出したこの夏の名前を、私はずっと忘れない。
最終更新:2010年07月06日 23:18