377 『U&I』は終わらない・1 [sage] 2010/09/05(日) 22:33:22 ID:QALfVyus0 [4/10]
お姉ちゃんたち軽音部のバンド、放課後ティータイムが学園祭で感動のライブを行ってから、
早いものでそろそろ1週間になる。秋から冬へと、少しずつ季節はその色を変えていき、
進学を目標とする3年生は、今まで以上に腰を据えて受験勉強に取り組まざるを得なくなった、そんな日々。
私の周りでは、最近、ちょっとした変化がある。
校門で。廊下で。階段の踊り場で。生徒の何人かがグループを作って立ち話、という光景は、
女子高では何の変哲もないことなんだけど、話の内容がちょっと、問題アリなのだ。
今日も、生徒玄関から教室に向かうまでの短い移動経路で、聞こえただけでもいくつかのグループが、
私に意味ありげな視線を送って、こそこそと会話を交わしている。
「ほら、あの人。軽音部のボーカルの人の妹さんらしいよ」
「あ、知ってる知ってる。お姉さんが唯先輩で、あの人は憂さんでしょ? あの曲のタイトルの」
「そうそう。『U&I』だもんね。妹さんのことを歌った詞だよねー。キュンキュンしちゃう」
「だよねー。あんな素敵なお姉さんが詞に書いてくれて、そんでもって大勢の前で
自分のこと歌ってくれるなんて、幸せすぎるよー」
……すみません、聞こえてます。それにきっと、皆さんより私の方が重度のキュンキュン症候群です。
うちのお姉ちゃんが素敵なのは同意しますが。
特に目立つ要素のない私が、知り合いでもない人たちの注目を集めてしまうようになったのは、
言うまでもなく、学園祭で放課後ティータイムが「U&I」を披露して以来のことだ。
今さら客観的な立場で見ることはできないのだけれど、私の贔屓目を差し引いても、
放課後ティータイムはかなりの人気らしい。去年の学園祭も十分に盛り上がっていたし、
今年に至っては、軽音部員でもない私までが噂話の種になるくらいだ。放課後ティータイムの、
そしてお姉ちゃんが詞を書いた「U&I」のパワーが、ライブを見た人たちを圧倒したのは、大いに喜ばしいことだ。
でも、そう思えば思うほど私は、周囲の喧騒から取り残されてしまうような、言いようのない疎外感を
覚えるのもまた事実なのだ。
378 『U&I』は終わらない・2 [sage] 2010/09/05(日) 22:34:03 ID:QALfVyus0 [5/10]
表面では平静を装いつつ、どうにか教室にたどり着く。知り合いではない人たちに
見られながら歩くのが、私にはハードルが高いせいなのか、まだ授業も始まっていないのに
すっかりお疲れモードだ。自分の席に着くや否や、私は机を抱きしめるかように脱力していた。すると、
「おっはよー憂。どしたの今日は? なに疲れてんの?」
私を呼ぶ声に顔を上げると、いつも元気いっぱいの純ちゃんが、いつの間にか
すぐそばで私を見下ろしていた。
「あ、おはよう純ちゃん」
「調子悪い? また風邪でもひいたとか?」
「そんなんじゃないけど……あ、数学の宿題、ちゃんとやってきた? もしまだなら、
私のノート貸してあげようか?」
無理に笑顔を作り、何事もなかったように話題を変える。こう見えても結構、
純ちゃんは勘の鋭いところがあるから、私の中で行き場なく停滞してる空気を悟られないようにと思ったのに、
「もしかして憂、学祭の興奮が未だ覚めやらず、ってとこですかい?」
しっかりと痛いところを突いてくる。
「ううん、そういうわけじゃ――」
「わかってるわかってる。最愛のお姉さんに、公衆の面前で告白ソング歌われちゃあ、
無条件降伏するしかないよねー。その後、憂は唯先輩の想いに応えたの? ちゃんとOKの返事したの?
まあとにかく、結婚式には呼んでね」
「もう、そんなんじゃないってば。で、ノートは必要ないってこと? 今日は宿題してきたんだ?」
私が出しかけたノートを仕舞う真似をすると、純ちゃんは「待った待った、片付けるのストップ!」と焦り、
取りあえず学園祭の話題はうやむやのうちに終了となった。純ちゃんが宿題を写すのを見守りながら、
私はこっそり溜息をつく。
379 『U&I』は終わらない・3 [sage] 2010/09/05(日) 22:34:44 ID:QALfVyus0 [6/10]
純ちゃんは知らない。純ちゃんだけじゃなく、学園祭ライブの1回しか「U&I」を聴いてない
大多数の人も知らない、気付いてないと思う。けれど私は、お姉ちゃんが「U&I」を完成させた朝、
お姉ちゃんの手書きの詞を読んだ。何度も何度も繰り返し読んだ。お姉ちゃんが書いた詞だから。
お姉ちゃんが私に向けて書いた詞だから。そして気付かなくてよかったはずのことにも気付いてしまった。
「U&I」は、お姉ちゃんが飾らない言葉で自分の気持ちを表現した詞だ。そこには嘘も建前もなく、
ただお姉ちゃんの想いだけがある。だからこそ私は、お姉ちゃん大好きな妹として、
その想いをすべて受け取るべきなんだろう。
頭の中に、お姉ちゃんの可愛らしい文字で書かれた歌詞が浮かぶ。学園祭での歌声が響く。
それらのひとつひとつが私の宝物で、みんなに自慢したいという気持ちも確かにあるのだけれど、
反面、もしも私の手の中に隠したままにしておけるなら、それも幸せなのにと思っていた。
■
学園祭を期に、部室ではあまりギターを弾かなくなったらしいお姉ちゃんも、
家に帰れば今までどおり、リビングでギー太を抱えている。受験勉強は大丈夫なのかなと思いつつ、
私だってお姉ちゃんがそばにいてくれた方がいいに決まってるので、お姉ちゃんの後ろ姿を見ながら、
夕食の後片付けなどをこなしている。
受験に備えて、さすがの放課後ティータイムも新しい曲を作ることを控えているのか、
ここ最近お姉ちゃんが弾くのは、ふわふわとかホッチキスとか、今まで弾き馴染んできた曲がほとんどだ。
380 『U&I』は終わらない・4 [sage] 2010/09/05(日) 22:35:26 ID:QALfVyus0 [7/10]
そして今日は、それらの曲に混じって、「U&I」も聞こえてきたりする。
放課後ティータイムの曲は全部好きだけど、その中でも私にとって特別な歌。
聴くと暖かくなれるのに、今の私にはちょっとだけ切ない歌。
家事がひと段落付いたので、ふたり分のお茶をトレーに載せて、私はリビングに移動した。
「お姉ちゃん、お茶入れたよー」
「ありがと、憂」
柔らかな声と共に、お姉ちゃんは私に笑顔を向けてくれる。いつもの私なら、その笑顔を見るだけで、
心配事も何もかも吹き飛んでしまうのに、学園祭以降、いや、「U&I」の歌詞を知って以降、
私の心の小さなトゲは、なかなか消えてはくれない。
黙っていると物思いに沈んでしまいそうになるので、取りあえず何か話題をと思い、
私はお姉ちゃんに話しかけた。
「お姉ちゃんは、ずっとバンド続けるんだよね? 将来はプロを目指すの?」
湯飲みを持ちながらもギー太を離さないお姉ちゃんは、少しだけ首を傾げ、
「どうかなあ。プロになれば、みんなとずっと一緒にバンド続けられるから、そうなれたら
最高なんだけどね」
ほっこりした笑顔で答えた。
――みんなと一緒に。
この場合の「みんな」とはもちろん放課後ティータイムのことで、そこに私は含まれない。
なんで私、わざわざ自分からヘンなこと聞いちゃうんだろう。ますます心のトゲは深くなる。すると、
「ねー、憂?」
私の顔を覗き込み、お姉ちゃんが呼びかけてきた。
「最近さー、憂って元気ないよね? 言いたくないなら無理に言わなくてもいいけど、
私にできることあるなら、つまらないことでも何でも言ってよ」
放っておけないくらいだらしなかったり、ごろごろしてるのが1番の得意技だったりするお姉ちゃんでも、
ここぞというところはいつも鋭い。学園祭まで慌ただしかったことの反動や、受験勉強の忙しさで、
私のことなんて注意してないだろうと思っていたのに、やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんなんだ。
381 『U&I』は終わらない・5 [sage] 2010/09/05(日) 22:36:08 ID:QALfVyus0 [8/10]
「お姉ちゃん、あのね……」
「うん?」
「学園祭で歌った『U&I』のことなんだけど……」
ゆっくりと深呼吸をして、私はお姉ちゃんの目を見て言った。
「深読みしすぎかもしれないけど……、あの歌詞、いつか私がお姉ちゃんから旅立っていく、
そんな日が来ても、ちゃんと送り出してあげるよっていう風に受け取れたんだけど……」
私の話がまったく予想外のことだったのか、お姉ちゃんは一瞬表情を無くし、
その後ちょっとだけ真面目な顔をした。
「そうだね……。憂の言うとおり、それも心にあったよ。私は今まで憂に頼りっぱなしで、
憂のいない生活なんて想像してなかったもん。だけど、それを当たり前だと思わず、
憂がそばにいるうちに、憂がどこかに行っちゃう前に、ちゃんとお礼言わなきゃって思ったんだ」
「私は、お礼を言ってほしくてお姉ちゃんにいろいろしてるんじゃないよ? それに私、
お姉ちゃんがいるからちゃんとできてるだけで、ホントはひとりじゃ何もできないんだよ?」
お姉ちゃんは困ったような笑顔で、「わかってるよ憂」となだめてくれるけど、
それだけでは私の胸の切なさは消えてくれない。お姉ちゃんが何をわかって、
何をわかってないのかがわからない。だから私は、言葉を連ねてしまう。
「お姉ちゃんの中では、私がいつまでもお姉ちゃんのそばにいるっていう未来はないのかな?
私が私の意思で、お姉ちゃんのそばにいるっていう未来を、お姉ちゃんが受け入れてくれることは
ない、のかな……?」
形のない何かに押されるように、ずっと抱えていた想いを、とうとう言ってしまった。
言うつもりはなかったのに。そんなこと言われたらお姉ちゃんが困るのは、
ちゃんとわかってたつもりなのに。
予想どおり、お姉ちゃんの顔からは笑みが消えた。そして、家ではあまり見る機会のない、
真剣な表情で口を開く。
「憂の気持ちはうれしいよ、でもね――」
そのあとは聞きたくなかった。拒絶の言葉なんて聞きたくない、それならいっそ、
全部なかったことにした方がいい。拒絶されたらもう、仲良し姉妹ではいられなくなる。
だから私は、慌ててお姉ちゃんの言葉を遮ろうと思ったのに、
「私、ちゃんとスタートラインに立とうと思ったんだ」
「……え?」
返ってきた言葉は、私の思っていたものとはまるで違っていた。
382 『U&I』は終わらない・6 [sage] 2010/09/05(日) 22:36:50 ID:QALfVyus0 [9/10]
戸惑う私を見つめながら、お姉ちゃんは、真剣な表情を崩さないまま続ける。
「憂はいつも、私のこと大事にしてくれるよね? 私だって憂のこと大好きだから、
憂が私を好きだって言ってくれることに、何の疑問も持たなかったんだけど、
最近ちょっと不安になってきて……。憂が好きなのは、お姉ちゃんとしての私なのか、
それとも平沢唯という人間なのか、って」
「それは、……何か違いがあるの?」
「全然違うよ。『お姉ちゃん』は、好きでも嫌いでも『お姉ちゃん』でしょ? もしもこの先、
憂が私を嫌いになったとしても、憂は優しいから、私のことずっと構ってくれると思うんだ。
だけどそれは、姉妹って関係に甘えてることになるよね?」
「……」
目の前にいるのはお姉ちゃんのはずで、口調も柔らかな雰囲気も普段と同じなのに、
言葉のひとつひとつが力強く、私の深いところに響いてくる。
「だから1度、対等の立場からスタートしたいと思ったんだ。何でもできる憂と、正反対の私が対等だなんて、
おこがましいっていうか、図々しいにも程があるって感じだけど……。『U&I』にはね、
これから新しい道を進むための、目印というか、区切りの意味も込めてるんだよ。
少しずつかもしれないけど、私ちゃんと進むつもりだよ? それで、自分の足で立ってる私を憂が見てくれて、
その上で好きになってくれたら、そのときは――」
「……そのときは?」
「そのときは、勇気を出して言うよ。ずっと私に付いてきてって。私の手を放さないでくださいって」
「お姉ちゃん……」
お姉ちゃんはやっぱりお姉ちゃんだ。何も考えていないように見えて、でも実際には、
いろんなことをしっかり受け止めてくれる。うれしくてはずかしくて、つまらないことを気にしていた
自分がかっこ悪くて、私は思わず涙ぐんでいた。
383 『U&I』は終わらない・7 [sage] 2010/09/05(日) 22:37:42 ID:QALfVyus0 [10/10]
「憂……? なんで泣くの? 私ヘンなこと言ったかなあ……」
「ヘンなことは言ってないけど、お姉ちゃんがヘンなんだよ」
泣き顔を見られたのが照れくさくて、つい私は、心にもないことを言った。
まあ、ユニークであるという意味では、お姉ちゃんがヘンなのは事実だけど、
当のお姉ちゃんには、少々ショックだったようだ。
「えー、私ってヘン? どこかおかしい? プロポーズの予告みたいなものだったのに……」
落ち込むお姉ちゃんを見て、私は涙を流しながら笑ってしまう。プロポーズに予告があるなんて、
生まれて初めて知った。
「じゃあ、お姉ちゃん、ひとつお願いしていい?」
私は、ギー太ごとお姉ちゃんを抱きしめた。顔を見ながらでは話せないような気がしたのだ。
「もしも将来、私にプロポーズする機会があるとしたら、そのときはまた『U&I』を書いてくれる?
今とは別の、そのときにしか書けない『U&I』を歌ってほしいな……」
一瞬、呼吸も動きも止めたお姉ちゃんは、すぐに大きく何度もうなずき、私を抱きしめ返した。
「わかった、約束するよ。私、とびっきりの『U&I』書くよ。だから待ってて。
早くそのときが来るようにがんばるから」
「ありがとう、お姉ちゃん……」
目を閉じ、お姉ちゃんの胸に顔を埋めて、私はゆっくり息を吸った。懐かしくて新しい匂いがする。
すぐ下の、窮屈さに悶絶するギー太が気になるけれど、今日は、時間の許す限りお姉ちゃんを抱きしめていよう。
新しい「U&I」が生まれるには、私だってがんばらないといけないことがたくさんある。
でも、それが大変だとは思わない。お姉ちゃんと一緒なら、がんばることさえ楽しいに違いないのだ。
-終-
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- 全俺が泣いた… -- (唯憂は素晴らしいとは思わんかね?) 2012-01-23 00:30:38
- な、泣いた…… -- (名無しさん) 2011-02-05 01:48:00
- これは名作だ… -- (名無しさん) 2011-01-25 07:49:37
- 新しい「U&I」…。何だかそれはそれで楽しみですなあ。 -- (ナカヤマフェスタ) 2010-11-27 05:30:52
最終更新:2010年09月06日 18:05