389 軽音部員♪ [sage] 2010/09/13(月) 20:27:31 ID:J8YbWv520 [1/3]
失って初めて、大切さに気付く。よくあることだ。
誰もが皆、一度は経験したことがあるだろう。
あって当たり前だと思っていたものが突然消え、心にポッカリと穴が開いたようなあの感覚。
なんとも言えない寂しさ。孤独感。そして不安。
今の私は、まさにあの感覚に襲われていた。
……そう。大好きな姉の一人暮らしが決定したことによって。
「ねえお姉ちゃん、これは持っていくの?」
「あー、うん。そこのダンボールに入れておいてー」
それは突然の出来事だった。
高校を卒業した日の晩。お姉ちゃんはいきなり一人暮らしを始めると言い出したのだ。
私は驚くあまり、手に持っていた茶碗とお箸を落としてしまった。
始めはただのタチの悪い冗談かと思った。
しかしお姉ちゃんは本気のようだった。私に簡単な料理や、洗濯の仕方などを聞いてきたのだ。
もちろん私は丁寧に教えた。お姉ちゃんはそれを真剣に聞いて、学んでいた。
でも私は酷く焦った。お姉ちゃんが一人暮らし……?
もちろん、心配だ。全てが心配だ。
料理はちゃんとできるのか?偏った食事にならないだろうか?
掃除や洗濯はちゃんとするだろうか。清潔な暮らしを保ってくれるだろうか。
買い物は大丈夫だろうか。例えばキャベツを買うつもりがアイスを買ってたり……。
それに世の中、いい人だけでなく悪い人もいる。
もしそんな悪い人にお姉ちゃんが……。
そんなことを考えるだけで私の胃は不安と心配で痛むのだった。
それに……はっきり言う。
私はお姉ちゃんと、離れたくはなかった。
寂しい?それもある。
心配?それもある。
しかし何より私は―――お姉ちゃんのことが、好きだった。
もちろん恋人として……である。
昔、私が小さい頃。
意地悪な男の子にいじめられていた所を、お姉ちゃんに助けてもらった。
『憂をいじめるやつは、私が許さないんだから!』
と男の子に向かって啖呵を切るお姉ちゃんはとてもカッコよく、素敵だった。
そしてその出来事がきっかけで、私は気付けばお姉ちゃんのことが好きになっていた。
……でも、想いは伝えられなかった。
中学生になってもやっぱり言えず。
高校生になってもやっぱり言えない。
本当は『お姉ちゃん大好き!』と叫びたいくらいなのに。
同じ女の子同士だし、何より実の姉妹―――というのが、なかなか言い出せない理由だった。
そして今日。ついにお姉ちゃんはこの家を離れてしまう。
「うー……お腹減ったー……うーいー、ご飯にしようよー」
「えっ……あ、もうこんな時間なんだ……そうだね、ご飯食べよっか」
私は抱えていたダンボールを一旦床に置き、台所へと向かった。
そして料理をしながら―――考え事をしていた。
私は一体どうしたらいいのだろう。
大学へ行けば、お姉ちゃんにはきっと今度こそ恋人が出来てしまう。
……嫌。やっぱりそんなの嫌。
私は悩んだ。悩みに悩んだ。
本当は『一人暮らしなんかダメ!私から離れないで!』と言いたかった。
でも、そうするとせっかくのお姉ちゃんの成長を、私のワガママで阻害してしまうことになる。
390 軽音部員♪ [sage] 2010/09/13(月) 20:29:33 ID:J8YbWv520 [2/3]
お姉ちゃんに告白したい。ずっと一緒にいたい。
でもお姉ちゃんの成長の邪魔はしたくない。
ならどうすればいいか。今の私には何も思い付かない。
「はぁ……」
思わず漏れてしまう溜め息。
結局、料理が完成して、それを食べている間も良いアイディアは思い浮かばなかった。
「もぐもぐ……うーん、やっぱり憂のご飯は美味しいよ!」
「えへへ、ありがとう……」
お姉ちゃんと毎日ご飯が食べれるのも今日が最後。
明日からはずっと一人でご飯。
が、しかし……もし私がちゃんと自分の気持ちを伝えれば、そんな寂しい未来は回避できるかもしれない。
でも結局私は、何も言えなかった。
そして食事が終わり、入浴も済ませ……最後の追い込み。
私とお姉ちゃんは、黙々と荷物の整理をしていた。
心は荷物の整理なんか手伝うな、と言っていた。しかし体がお姉ちゃんの手伝いをするのを選んでしまう。
「ふう、憂が手伝ってくれたおかげで何とか終わったよ!ありがとね、憂」
「うん。どういたしまして」
時計が夜の12時を指す頃、荷物の整理は完了するのだった。
もう恐らくお姉ちゃんは、すぐ就寝してしまうだろう。
そして明日にはすぐ引越しだ。
私は拳をぎゅっと握った。
気持ちを伝えるのなら、本当に今しかない。
でも私は未だに悩んでいた。
一人で食事をする孤独な未来を想像する。……絶対に嫌だ。
でも私のワガママで、お姉ちゃんの成長を邪魔して、果たしていいのか。
それにお姉ちゃんは新しい生活に向けて、とても……そう、わくわくしている。
もし私が下手に告白をして、お姉ちゃんが迷ったりしたら、どうしよう。
迷いを残したまま、新生活を迎えるお姉ちゃん……。そんなの絶対駄目だ。
それに忘れてはいけない。もし断られたり、嫌われた場合。
もし嫌われて、避けられたら……私はこれから一体どうやって生きていけばいいのだろう。
私は思った。
ひょっとして、このまま仲良し姉妹のままの方が、お互い一番幸せなのでは……と。
お姉ちゃんはすっきり新しい生活を迎えれる。
私も少し寂しくなるが、お姉ちゃんとは今のまま良好な関係を送れる。
……そうだ。このままが一番いいんだ。
元々、姉妹では結婚も何もできない。不幸な未来しかないんだ。
私はともかく、お姉ちゃんまで不幸な未来に巻き込むわけにはいかない。
「それじゃ憂、疲れたからもう寝るね。おやすみなさーい」
「うん。おやすみなさい」
―――でも。この、最後のワガママだけは、許して欲しい。
「ねえお姉ちゃん、一緒に寝て……いい?」
「おー、おいでおいで」
私は部屋の明かりを消し、お姉ちゃんのベッドに潜り込んだ。
お姉ちゃんの温もり、お姉ちゃんの匂い……それがすぐ近くで感じられて、とても幸せだった。
391 軽音部員♪ [sage] 2010/09/13(月) 20:31:44 ID:J8YbWv520 [3/3]
少なくとも、朝まではずっとこうしていられる。
それだけで十分だ。
「すー……すー……」
お姉ちゃんは10分も経たないうちに寝息を立て始めた。よほど疲れていたのだろう。
私は起こさないよう、そっとお姉ちゃんに寄り添い、そして目を閉じた。
ありがとう。お姉ちゃん。最後に私のワガママを聞いてくれて。
もう私は満足だよ。
そして私の意識は少しずつ遠くなり―――
次の日の朝。
予定通り、お姉ちゃんは大学の近くにあるアパートに引っ越していった。
最後はお互い、笑顔で別れた。
やっぱり心配だけど、お姉ちゃんならきっと大丈夫。
でも、困った時は遠慮なく電話してね?なんて会話をしながら。
「それじゃ、憂……行ってくるね!」
「うん!行ってらっしゃい!」
もちろん、『さようなら』とは言わなかった。それだと最後の別れになっちゃうから。
そうだ。暗くなる必要なんてないんだ。
お姉ちゃんが巣立っていった、記念すべき日なんだ。
私は家に戻り、ソファーにゆっくりと座った。
いつもはお姉ちゃんがギターの練習をする音が聞こえていたが、今はとても静かだった。
そして夜。
今頃、お姉ちゃんは料理作って頑張ってるのかな。上手くいってるのかな。
電話が鳴らないってことは、上手くいってるんだよね。きっと。
私は昨晩の残りをテーブルに並べ、食べ始めた。
……この日、私の恋は終わりを告げた。
でも私はこれからもずっとお姉ちゃんのことを想い続けるだろう。
例えお姉ちゃんに恋人が出来て、結婚しても。
私の恋は心の奥底で、ずっと生き続ける。思い出と共に。
気が付けば涙が頬を伝っていた。
やっぱり一人で食べるご飯は寂しいよ……。
~♪
キミがいないと 何も できないよ
キミのごはんが 食べたいよ
もし キミが 帰ってきたら とびきりの笑顔で 抱きつくよ
キミがいないと 謝れないよ
キミの声が 聞きたいよ
キミの笑顔が見れれば それだけで いいんだよ
キミがそばにいるだけで いつも勇気 もらってた
いつまででも 一緒にいたい
この気持ちを 伝えたいよ
晴れの日にも 雨の日も
キミはそばに いてくれた
目を閉じれば キミの笑顔 輝いてる
おわり
感想をどうぞ
- 一人暮らし設定のせいで原作でのゆいういが・・・ -- (名無しさん) 2011-02-22 23:11:52
- 切なすぎる・・・・・涙がとまらん -- (名無しさん) 2010-10-11 12:49:01
最終更新:2010年09月13日 22:19