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いつか並んで歩けるように。

521           題:いつか並んで歩けるように。 [sage]


 十一月のある晴れた土曜日の夜、私はお姉ちゃんの家に向かっていました。

唯「あ、ういーっ!」

 相変わらず乗りなれない地下鉄の改札であたふたしていたら、ホームの中から私を見つけたお姉ちゃんが大きく手を振ってくれました。
 小さいときから変わらないお姉ちゃんの笑顔は、人混みを乱してしまいそうであせっていた私の心を、ちょっとだけ溶かしてくれます。

唯「えへへ、しばらくぶりですねっ」

憂「うん、楽しみにしてたんだ…!」

 手ぶくろごしにお姉ちゃんの柔らかい右手を握ると、お姉ちゃんはその手を少し離して、右手の手袋だけ脱ぎました。

唯「ひゃ……憂の手、つめたいよぉ」

憂「ごめんね、なんか冷え性なのかも…」


                          2010/11/08(月) 21:39:01 ID:SSrYrFW/O [2/16]

522           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


唯「んーん、そのぶん私があっためてあげられるもん!」

 そう言って、お姉ちゃんは私の冷えた手を握って自分のコートのポケットに誘いこんでくれました。
 ギターの練習で少しかたくなった指で、指の節々から手の甲まで暖められていきます。
 変わらないあったかい手のひらからお姉ちゃんの熱が伝わって、こころまでぽかぽかになるころ――電車のベルが鳴りました。

唯「――うい、のるよ?」

憂「あ、うん! ごめんね」

 思わず、お姉ちゃんのあったかさに少しぼうっとしてしまいました。
 そんな私を、お姉ちゃんはポケットの中の手をにぎって
そっと引っ張っていってくれます。


                          2010/11/08(月) 21:40:01 ID:SSrYrFW/O [3/16]

523           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 帰宅ラッシュとかちあったせいか、電車の中はとても混雑していました。
 狭い部屋に閉じこめられたみたいで息もままならなくて、満員電車はやっぱり慣れません。

 けれども――ドアの窓ガラスの向こう側には、なんだかうれしそうなお姉ちゃんの顔が映り込んでいました。
 背中をそっとお姉ちゃんに預けながら、ガラスに映ったお姉ちゃんを眺めている。
 ただそれだけで、混雑した電車の中も少し楽になるのです。

唯「もう冬だねえ」

憂「そうだねー」

唯「そうだ、隣のおばあちゃんと初詣に行ったのおぼえてる?」

 お姉ちゃんがふと思い出したようにつぶやきました。
 そっか……あれって、小学生の時だったかな?


                          2010/11/08(月) 21:41:06 ID:SSrYrFW/O [4/16]

524           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 小学二年の大みそか、私たちはとみおばあちゃんに連れられて明治神宮にお参りに行ってきました。
 あふれんばかりの人混みの中ではすぐはぐれてしまいそうで怖くて、私は手の汗が溶けあうぐらいお姉ちゃんの手を握りしめます。
 けれどもふだんは夜ふかししちゃいけない真夜中に、こんなお祭りのようなところをお姉ちゃんと歩くのはドキドキしました。

 カラフルにゆらめく屋台の灯りや騒がしくも楽しそうな学生さんたちの中をおばあちゃんとお姉ちゃんに連れられて抜けていきます。
 そこはまるで映画の中のような感じがして、そんなおとぎ話のような世界の中で手を引っ張ってくれるお姉ちゃんがとても頼もしかったです。
 なんだか懐かしいことを思い出してしまいました。


                          2010/11/08(月) 21:42:19 ID:SSrYrFW/O [5/16]

525           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 そういえば……初詣の帰り道でも、こんな風に満員電車に揺られていました。
 そのころは東京の混雑なんてまるで経験したことがなくて、はじめはいま以上に息苦しかったです。
 地下鉄では背伸びしても外の景色さえも見ることができず、ただただ閉塞感にさいなまれたのを思い出します。
 背中側のお姉ちゃんの方へ振り向くこともできず、握った手のひらだけでどうにか息をしているような感じすらしました。

 そんなとき、ガラスの向こう側のお姉ちゃんと目が合いました。
 すると――お姉ちゃんは頬をおもいっきりふくらませます。

憂「……ぷふっ、おねえちゃん、なにしてるの?」

唯「ういー、わらったらまけだよ!」

 お姉ちゃんはあろうことか、窓ガラスを使ってにらめっこをはじめたのです。
 思わずふきだしてしまったのは私やおばあちゃんだけではなかったです。
 隣のカップルの女の人や後ろのおじさんもお姉ちゃんの変顔にくすくす笑っていて、電車の中が少しあったかくなった気がしました。

                          2010/11/08(月) 21:43:34 ID:SSrYrFW/O [6/16]

526           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 窓ガラスに映ったお姉ちゃんをぼんやり眺めながら昔のことを思い出していたら、急に景色が変わりました。
 この電車は私鉄への直通運転なので、途中で地上高くに出るのです。
 私は陸橋の眼下に広がるきらきらした町並みにすこし目を奪われました。

唯「きれいだよねえ…」

憂「うん…」

唯「この辺ね、クリスマスになるともっときれいなんだって。バイト先の店長さんが言ってたんだぁ」

憂「……そう、なんだ」

 お姉ちゃんから自然と「バイト」という言葉が聞こえて、なぜか少しさみしい気持ちになりました。
 変わらないものはいくつもあるけれど、変わっていくものもそれなりにあって、それは喜ぶべきことなはずです。

 そう……わかっていても、置いて行かれるような気がして。


                          2010/11/08(月) 21:45:18 ID:SSrYrFW/O [7/16]

528           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 そのとき、お姉ちゃんがぎゅっと手を握ってくれました。

憂「……へ? ど、どうしたの?」

唯「んー? ういがにぎったからにぎりかえしただけだよ」

 心細くて、思わず手を握りしめてしまったみたいです。
 手の汗が広がる感じは、あの日の初詣と変わらない気がしました。
 そう考えると、少し気が楽になりました。

唯「そろそろ着くよ?」

憂「うん。……わかってるよ」

 私たちの前のドアが開くと、自然とお姉ちゃんは手を引いていってくれました。
 そんな当たり前のことが、きょうはとてもとてもいとおしく感じたのです。


                          2010/11/08(月) 21:47:43 ID:SSrYrFW/O [8/16]

530           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 駅を出ると人混みから解放されたせいか、よけいに冷え込んだ気がしました。
 さむいね、とお姉ちゃんがひとりごちて、そうだね、と返す。
 そうやってお互いの手と手を握りしめて歩いていると、身体は冷えても心は温まるみたいです。

唯「ねえういー、平日もこうやってあっためにきてよ!」

憂「ええっ……それはお姉ちゃん、学校があるもん」

唯「そっかあ……憂も受験だもんね」

 そうだよお姉ちゃん、私は受験勉強しに来たんだもん。
 恥じる相手もいないのに二人で決めた「いいわけ」をそらんじてしまって、少しして二人でふきだしてしまいます。
 人並みのめっきり減った静かな住宅街にお姉ちゃんと私の笑い声が響いて、ちょっと恥ずかしくなりました。

 けれども笑い声が街灯の影に溶けきったころ……これから先のことが頭に浮かんで、不安がまた身をもたげてくるのです。

                          2010/11/08(月) 21:49:29 ID:SSrYrFW/O [9/16]

535           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage さるってたすまない]


憂「おねえちゃん…」

唯「……うん。大丈夫だよ」

 まだなにも伝えきっていないのに、お姉ちゃんは振り向いて言います。

唯「あずにゃんからね、聞いたんだ。憂が……これから先のこと、心配してるんだって」

 あずにゃんにね、頼まれちゃったんだ。
 憂を元気づけてあげてって。
 そういうお姉ちゃんはなんだかうれしそうでした。

憂「そっか……ありがとう」

唯「お礼を言うのはあずにゃんの方だよぉ、私はなんも気づいてあげられなかったし……」

憂「ううん、ふたりともだよ。……でもね、私は大丈夫だから、お姉ちゃん心配しないで――」


 言い終わらないうちに、お姉ちゃんは私を抱きしめました。

                          2010/11/08(月) 22:01:38 ID:SSrYrFW/O [10/16]

536           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


憂「……えへへ」

唯「よしよし。いいこいいこ」

 手の温もりだけでは伝わりきらなかったお姉ちゃんのあったかさややわらかさが、私を包み込みます。

 ――憂一人で、大丈夫にならなくたっていいんだよ。
 それよりも……私は、ういと一緒に大丈夫になりたいかな。
 抱きしめた耳元で、お姉ちゃんは私の頭をなでながらそうささやいてくれました。


                          2010/11/08(月) 22:04:06 ID:SSrYrFW/O [11/16]

538           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


憂「……おねえちゃん」

唯「なあに、うい」

憂「……手、はなさないでね。これからも引っ張っていって、ほしい……かな」

 私はまた、お姉ちゃんに甘えてしまいました。
 けれどもお姉ちゃんはそんな私を片腕でもう一度抱きしめて、つないだ方の手をぎゅっとにぎります。

唯「うん……私も、憂についてきてほしいな」

 優しい声が聞こえたあと、お姉ちゃんの腕がそっとほどけました。
 顔を上げるといつも通りの笑顔がありました。
 時が経っても変わらないでいてくれた、大事なものの一つです。


                          2010/11/08(月) 22:07:06 ID:SSrYrFW/O [12/16]

540           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 ――さ、かえろ?

 ぬくもりに惚けていた私は手を引っ張られて、はじめて我に返ります。
 まばらな街灯の照らす方へと私を連れていくお姉ちゃんは、小さい頃の記憶とほとんど変わりません。

憂「……あのね、おねえちゃん!」

 すこし早足で追いついて、私は一つお願い事をします。
 んー、と首をかしげてお姉ちゃんは私の方を見つめました。

憂「……今年の冬、初詣に行きたいな」

唯「いいね! ういの合格祈願だねっ」

 とみおばあちゃんも連れていこっか、自然とそんな言葉が口に出た、十一月の土曜日の夜。
 これからますます肌寒くなっていきそうですが、お姉ちゃんのぬくもりさえあれば大丈夫な気がしました。


                          2010/11/08(月) 22:08:55 ID:SSrYrFW/O [13/16]

541           名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]


 そろそろ、お姉ちゃんの家に着きます。
 これから先……お姉ちゃんが私をどこに連れていってくれるのか、楽しみになってきました。

唯「えへへ、久しぶりのお泊まりだもんね…」

憂「ちょっとお姉ちゃん、勉強もするんだよ?」

唯「そんなこと言ってぇ、塾の課題を大急ぎで終わらせてたってあずにゃん言ってたよ?」

憂「……うん、だって久しぶりなんだもん」

 並んで歩く道の向こう側に、お姉ちゃんの暮らすマンションが見えてきました。
 来年は私も一緒に、なんてことを話すたびになんだか照れてしまうのです。

 お姉ちゃんはいまも私の手を引いて、あるべき場所に連れていってくれています。
 私は変わらず、つないだ手を離さないようにぎゅっとにぎりしめていこうと思いました。


おわり。

                          2010/11/08(月) 22:11:05 ID:SSrYrFW/O [14/16]

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  • 公式の憂キャラソンが、愛してる
    お姉ちゃん…だからねぇ。
    公式公認なのが嬉しい -- (名無しさん) 2011-01-24 20:46:54
  • 憂「手をつないで、外へ出よう」の続きはこれかな? -- (名無しさん) 2011-01-04 04:53:08

最終更新:2010年11月09日 21:22
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