931 名前:軽音部員♪[sage] 投稿日:2011/10/01(土) 05:45:10 ID:8F/PGTcQO
ひとつだけになった、マグカップとお茶碗。
色違いでおそろいだったものたち。
あのコップは持っていったのかな。
と食器棚をのぞくと、透明なグラスが申し訳なさそうに夕日のオレンジ色を反射していて。
きっと私と同じ気持ちだろうなんて考えた。
いつもは向かい側に浮かんでいた笑顔を、カフェオレの湯気越しに想像する。
お姉ちゃんが好きだった入れ方でいれてみたら、いつもよりずいぶん甘くて、思わず笑ってしまった。
でも今日の私には、もう少し甘さが必要。
お供に選んだのは紅茶の味のするキャンディー。
間を置かずにやってくる甘さの波に頭が痛くなるけれど、寂しさを紛らわすのにはちょうどよかった。
お姉ちゃんがいない生活には慣れてきた。
新しい軽音部の活動も軌道に乗ってきたし、私を取り巻く人たちも変わった。
私も楽しくやっているし、お姉ちゃんもきっとそうだろう。
でも、こんな風にお休みの日の夕方に部屋をオレンジ色に染められてしまうと、気持ちも揺らぐ。
どうして風に泳ぐ薄いカーテンのすぐ下にあの幸せそうなあの笑顔がないのか、なんて。
考えてしまうのは、私だけの秘密。
私と、置いていかれたみんなだけの秘密。
……だけだと思っていたのに。
同意を求めるためにまた目を向けた食器棚の奥に……
どうして?
お姉ちゃんが荷物を詰めるのは、私も手伝った。
確かあのとき一番最初にそれを手にしてなかった?
お姉ちゃんがいつも使っていた、見慣れたコップがどうしてこの家に?
急いで手前のお皿を取り出して、奥に追いやられたそのコップに手を伸ばす。
いつからそこにいたの?
どうして私は、もっと早く気が付けなかったの?
そして、気が付いた。
ばかみたいに素直におそろいばっかりだったから。
お姉ちゃんの一番のお気に入りの相手は、私の一番のお気に入りだったから。
そういえば最近その姿を見ていない。
今だって湯気をたたえているのは、別のマグカップだ。
思い出すと寂しいから、見ないようにしていたつもりだった。
違ったんだね、はじめからいなかったんだ。
それは今、お姉ちゃんのそばにいるんだね。
私に答えるように、コップの中でころころと音がした。
そこには『う、い、へ』と書かれた飴玉が3つ。
そして、やっぱり私のお気に入りの姿はどこにも見つからなかった。
しばらく飴玉を握りしめて、鼻の奥のつんとする感覚がどこかへ行ってくれるのを待った。
……勝てそうにないよ、お姉ちゃん。
今日だけは、許してね。
3つの中からひとつだけ取り出してなめてみる。
あとでちゃんと元に戻しておくからね。
『よ』と『り』を足しておくから、今は少しだけお姉ちゃんの助けをください。
そう思ってなめた飴は、とびきり甘いはずなのにどこかしょっぱくて、不思議な味がした。
おわり
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最終更新:2011年10月02日 12:55