「おかえりなさい!ご飯にする!?ライスにする!?それともお!こ!め!?」

男が会社から帰ると、玄関にひとつの饅頭が出迎えてくる。動くため、むしろ一匹のというべきか。
この子はゆっくりれいむ、ゆっくりと呼ばれる動く饅頭である。今では男の家の居候として生活している。
男が家から帰ってくるとその柔らかい体の弾力性を生かしてぴょんぴょん跳んで来る。
あまりに速く跳んでいるので、着地のたびに体がぺたり、ぺたりとつぶれている。
よっぽどうれしいのだろうか。
男の足元にまで来ると、すりすりとほっぺたを男の足に摺り寄せてくる。

「ただいま。いい子にしてた?」

「れいむゆっくりしてたよ!きょうはおともだちのまりさとあそんだんだ!」

「そう、よかったね。ゆっくりできてよかったね。」

れいむは男が帰ってくるととてもうれしそうにする。男はなつかれるてうれしいことはうれしいのだが、最近少し困っている。

「おにいさん!おなかすいてない!れいむたべる?おいしいよ!」

そう、ここの所れいむは自分を食べてもらうように催促してくる。今も顔を赤らめて「さあ、おたべなさい!!」と叫んでいる。
男は笑いながらその要求を軽く流す。

「今日はお米にするよ。チャーハンを作るから一緒に食べよう。」

れいむはしょんぼりと残念そうな顔をするが、すぐにいつもの陽気な顔になると、

「おにいさんのちゃーはんすき!れいむおてつだいするね!」

気を取り直して男の手伝いをする。れいむは食材と食器を運ぶ程度にしか役に立っていないのだが、
男は手伝ってくれるだけでもうれしいようで、仲良く料理をする。台所から「ゆっゆっゆっくり~♪」と歌が聞こえる。
できた料理を一緒に食べる。一人と一匹はとてもご機嫌だった。

「むーしゃ♪むーしゃ♪しあわせー!!」








ゆっくりれいむが自らを食べさせようとした理由は、ゆっくりの性質によるものだった。ゆっくりは基本的にお馬鹿で我侭ですぐに調子に乗るが、
誰かに恩を受けるとそれを返そうとする義理堅い一面もあった。それが恩人に自らの餡を食べてもらうこと。ゆっくりは再生力が強いので、
少し食べられた程度ならすぐに回復する。けれども痛みは感じるので、それなりの覚悟はいる。あのゆっくりれいむも、内心では震えていた。


だが、恩返しのゆっくりの餡はとてもまずい。その理由として苦痛を与えたゆっくりの餡はまったりと程よく甘くておいしいが、
愛情を受けたゆっくりの餡はべったりと甘すぎて、とても食べられたものではないためである。もしこれが逆であったらどれだけ多くのゆっくりが幸せな生活を送れるだろうか。
最も、ゆっくりに愛情を与えるような人はゆっくりの餡を食べることに抵抗がある人ばかりなので、
結局恩返しの餡は受けいられず、殆ど食べられることはなかった。








そんなある日の事、男が友人を連れてきた。れいむはお客さんを歓迎する。

「いらっしゃい!ゆっくりしていってね!」

客はいきなりの歓迎に驚いた。同居人?がいるなんて聞いていないためであった。

「このゆっくりどうしたの?」

「昔行き倒れていたから家で手当てをしたんだよ。そのときに情が移ったもんだから出て行くところを引き止めちゃってさ。
それ以来の付き合いさ」


れいむはお客さんに失礼がないように出迎える。リビングに案内した後、体をお盆の代わりにしてお茶とお茶菓子を持っていく。主人の客は大事にしなければならない。

「ありがとう。頭いいね。この子」

客はれいむの頭を撫でる。れいむはうれしかった。

「ゆぅ~~♪」

「あまりほめてはだめだよ。こいつはすぐに調子に乗っちゃってやりすぎちゃうから。大量のお茶とお菓子が運ばれてくることになるよ。」

そうはいいつつも男は笑っていた。れいむが男の近くに擦り寄っている。今は膝の上に乗って目を閉じてゆっくりしている。
男はまんざらでもなさそうだ。
そのとき客も口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。







「今日は酒でも飲もうか。これから買出しに言ってくるからここでゆっくりと一緒に待っていてくれないか。
だいたい一時間位したら戻るから。」

そういうと男は友人とれいむを残して出かけていった。後に残ったのはれいむと友人のみであった。



「おきゃくさん!いっしょにゆっくりしようよ!」

そう言って客に笑いかけるれいむ。その顔には微塵の警戒心もなかった。そう、全くなかった。


ゲシッ!

そのため、れいむは一瞬自分が何をされたかわからなかった。空中を飛んでいる。跳んでいるのではなく飛んでいる。
れいむは蹴り飛ばされていた。

「ゆぎぃ!!」

壁に叩きつけられてようやく何をされたのかわかった。その顔には痛みや驚きより、なぜ自分が蹴られたのかに対する疑問が占めていた。

「おきゃくさんいたいよ!どうしてこんなことをするの!おきゃくさんはゆっくりできないひと!?」


客人は汚物でも見るような目をれいむに向けると

「うるさいわよ。饅頭ごときが人間様に口答えするんじゃないわよ。油で揚げ饅頭にしてやろうか」

客は飼い主の男がいなくなったとたんに態度が豹変した。さきほどまでの友好的な様子はどこにもない。

「だいたいさぁ、おまえ馴れ馴れしいんのよ。なんでお前があの人にあんなにすりよるんだよ。理由を言ってみなさいよ?」

「なんでおにいさんといっしょにゆっくりしちゃいけないの!?れいむおにいさんのことだいすきなんだよ!」

れいむはそういわれても何が悪いのかわからなかった。何か悪いことをしたらお兄さんに叱ってもらえ、
きちんとしつけられてきたためである。そんなお兄さんの近くで擦り寄って何がいけないのだろうか。


客はれいむに向かって憎々しげに吐き捨てる。

「それが問題なんだよ。あの人はお前のことを迷惑がっているのよ。こんなに暑いのにべたべたしてきて気味が悪いって」

客はれいむの心を抉る。最も大事な部分をひたすら抉る。男がれいむを嫌っていたのは嘘だったが、
客はれいむを傷つけられればなんでもよかった。
客は男に好意を抱いていた。そんな中、仲良く擦り寄るこの目の前の饅頭に嫉妬していた。

「うそ・・・・・うそだよ!おにいさんそんなひとじゃないよ!れいむをたすけてくれたんだよ!おにいさんってとってもいいひとなんだよ!」

れいむの頭にお兄さんとの思い出が蘇る。行き倒れていたところを助けてくれたお兄さん。一緒に遊んでくれたお兄さん。
悪いことをしたら叱られたけど、そのおかげでれいむは悪いことがどんなことかわかった。
毎日お風呂に入った後に髪の毛をブラッシングしてくれるのがとても好きだった。
いつかお兄さんに食べて欲しい。お兄さんのおかげでれいむは幸せだから。だからその恩返しをしたい。

「ああそうだ。それと前相談を受けたんだけどさ、おまえ自分をあの人に食べさせようとしているらしいじゃん。私が見るにあんたってすっごくまずそう。気味悪。」

「おにいさんがそだててくれたんだよ!れいむまずくないよ!おにいさんをばかにしないでよ!!」

れいむにとって自分の味を馬鹿にされることは育ててくれたお兄さんの侮辱だった。目の前の客が敵であると認識する。
十数分前の和やかな雰囲気はすでに失われていた。

「いや、あんたの主人を馬鹿にしているわけじゃないんだよ。その主人があんたを食べないことっておかしくない?
つまりあんたはまずいんだよ」

れいむの主人がれいむを食べない理由は餡子の味ではなく、彼が元々餡子自体食べられないことと、
愛するれいむを食べることに抵抗があったためだった。しかし客はそれを知らないれいむを罵倒する。
客は嘘であっても目の前の饅頭は単純だから、すぐに騙されるだろうと思っていた。

「う・・・・・・・あ・・・・・・・・ぁ・・・・・・・ュ・・・・・・・ぅ・・・・・・・・・・。」

れいむは言われてみてようやく気づく。そう、その愛する主人にれいむは食べられたことがない。
いつも誘っているのに。食べられるときは痛い。自分の餡子を誰かに無防備にするのはすごく怖い。
だけど、お兄さんには食べて欲しい。れいむはふざけているような誘い方をするけど、
本当はすごく怖かった。痛いのは嫌だった。それでも、食べて欲しいという気持ちは変わらない。
でもお兄さんはいつも食べてくれない。

「何回でも言ってやろうか。おまえはまずい。まずいから食われない。わかりやすいだろう。
そうだ、なんだったら私が食べてやろうか。味見をしてやるよ」

客は嫌がるれいむを無理やり抱え、かじりつこうとする。れいむは近づいてくる顔が怖かった。

「やだよ!やだったらやだ!やだやだやだぁ!ゆっくりやめてね!おねがい!ゆっくりやめてよ!おにいさんだけ!れいむをたべていいのはおにいさんだけだよ!」

食べられることには覚悟がいる。好きな人以外には食べられたくなかった。

「ゅ・・ぁ・・ぁ・・・」

けれども抵抗むなしく、れいむの頬にがぶりとかじりつく客。そこには何の気遣いも無かった。
れいむの頭にはお兄さんに食べてもらうときの想像が頭をよぎった。

おにいさんだったらどう食べてくれたかな。あのお兄さんだったらもっとやさしくちょび、
ちょびと外の皮を食べて、中の餡子はなめるくらいかもしれない。あまりたくさんは食べないだろうな。
れいむが怖がることをきっとわかってくれるだろうから。
初めて食べてもらうのはおにいさんがよかった。
でも、もう無理・・・。


「うげぇ、まっじぃ。なにこれ・・・・・。甘すぎ・・・・・・・・・・・。
ここまでまずいゆっくりの餡は食ったこと無いわ・・・・・・・・・。ごめん、ちょっとトイレ」


客はトイレに駆け込んだ。あまりの甘さに気持ち悪くなってしまったのであろう。あたり前の事だった。
このれいむはたくさんの愛情を受けて育ったのだから。れいむは泣いていた。食べられたのがお兄さんでなく嫌いな人で、しかもまずいって言われた。だからお兄さんも食べてくれなかったんだ。れいむがまずいから。


「いや~、ごめんごめん。吐いちゃった♪しっかしここまでとは思わなかったわ。今度から友達と罰ゲームするときにはいいかもね。」
客は何にも悪びれた様子はなかった。

「もうかえってよ・・・・・・ゆっくりさせてよ・・・・・・・・・・・・・・。」

れいむの目から生気が失われていた。
れいむはもうひとつのことしか考えられなかった。れいむってまずかったんだ。それだけだった。

「ねぇ、おいしくなる方法を教えてあげましょうか・・・・・・。まずいまずいあんたがおいしくなれる方法を。」

れいむはおいしくなれるという言葉に反応した。おいしくなれる。おいしくなれればお兄さんが食べてくれる。
れいむは目の前の希望にすがりついた。

「なに・・・・・。ゆっくりおしえてね・・・・・・・・。れいむなんでもするよ・・・・・・・・」

その目は虚ろで生気がない。けれども愚かな饅頭は目の前の餌に食いつくしか選択権がなかった。
そしてそれがれいむを更なる地獄に落としていく。

「あんたがまずいのはね、辛い思いをしていないからなのよ。つまり今までのほほんと暮らしすぎたの。
苦労してないのよ。生き物はね、苦労して苦労して、ようやく一人前になれるの。あんたは甘やかされすぎ。
だからいっぱい痛い思いをしないとだめ」

れいむは考える。そうだった。いつもお兄さんを朝にゆっくり起こして、一緒にご飯を食べて、外で友達のゆっくりと遊んで、
おうちに帰って、お風呂に入れてもらって、ブラッシングしてもらって、一緒にご飯を作って、食べて、遊んでもらって、
ゆっくりして、一緒に寝て。
いつも幸せだった。だかられいむはまずいのかな。

「だからぁ、これ何かわかる。そう、ライターよ。これで今からあんたの事を焼き饅頭にするから。ゆっくり頑張ってね。死にはしないから大丈夫よ。そうすればお兄さんもあんたを食べてくれるわよ」

れいむに選択権はなかった。れいむは知っている。
ライターは火をつける道具。火はとっても怖いもの。
熱くて、痛くて、焦げる。焦げた食べ物はまずかった。
だけど、おにいさんが食べてくれる。その言葉にれいむは反応する。食べてもらえるんなら、痛い思いをしないとだめだ。

「いいよ・・・・・ゆっくりやいてね・・・・・・・・・」

れいむは涙目だった。体はぶるぶると震えていた。
客はその様子を見て満足そうにため息をつくと、ライターの炎をれいむの体に焙った。


「ゅぅっ・・・・・・ゅぅっ・・・・・・・・・っ・・・・・・・・・・・ゅ・・・・・・・・」

ちらり、ちらりと火を近づけては遠ざける。客は反応を楽しんでいた。れいむは涙を流しながら歯を食いしばって耐える。
息まで止めていたので顔は真っ赤だ。れいむは目の前の大嫌いな人に大声を上げてみっともないところを見せたくなかった。

「ほらほら、これくらいじゃ足りないかな。れいむちゃんのためにもっと熱くするね」

ライターの火を近づける時間を増やす。それだけの事だった。
たったそれだけでれいむは耐えられなくなる。

「ゆぐぅっ!あづ!ゆ゛ぅ゛ぅ゛ぅぅ!!」

その悲鳴は聞くにたえなかった。誇りも意思も、そんなものは片っ端から崩れ去っていった。

「ほらほら、それくらいでないちゃだめだぞ。みんなはふつうこれくらいでないたりはしないよ。」


ライターの火を直にれいむの体に当てる。当てられたところから黒く変色していく。焦げていた。真っ黒に

「あ゛づっあ゛べぇ゛ぉだずげでぇひ゛ぃぃい゛い゛ぃあ゛゛あ゛ぁあ゛ぁあ゛いだい、も゛う゛や゛べでぇぁ゛ぁぁあ゛ぁっ!」

れいむはグロテスクな悲鳴を上げる。それは例えるなら折れる心が奏でるオルゴール。
絶対に泣いたりはしないと誓っても、所詮は饅頭だった。人間でさえもひざまずかずにいられるかわからないのに。

ほかほかに熱せられるのが本来の役割。今、このときれいむは饅頭としての使命に一歩近づいたのだった。






「じゃあ、味見をするね。いっただきまーす」

客はそういうなりかじりついた。火を当てたあの場所に、焦げも気にせず噛りついた。
れいむはもう反応する気力がなかった。まるで並べられた魚のように無反応だった。
客はもぐもぐと咀嚼をする。味わっているのだろう。
少し微妙な顔をしたが、さっきのようにこの世の終わりのような顔はしていない。

「う~ん、ようやく食べられるようにはなったってくらいか。ほんの少しだけおいしくなったね。
でも、これからもっといたい思いをすればおいしく食べられるようになるよ。」

愛情を受けたれいむは餡の隅々まで甘くなりすぎていた。痛みをくわえてようやく甘みが抑えられ、
塩味が効いてきたくらいだ。本当においしくなるにはまだまだこれくらいでは足りないだろう。

「ほんとう?れいむおいしくなった・・・・・・?」



れいむはぱぁっとおいしくなったという言葉に反応する。おいしくなった。おいしくなった。
れいむはこれが自分に足りないものだと思った。つまり、もっともっと痛い思いをすれば、泣けばお兄さんは食べてくれる。


「・・・・・・・おねがいします・・・・・・・・れいむをもっとおいしくしてください・・・・・・・・・・
おにいさんにたべてもらえるようになりたいです・・・・・・・・・・・・・・・・何をしてもいいです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


客は満足げにうなづいた。これから憎い憎い饅頭を痛めつけられるとはなんともいえない喜びだった。
しかも目の前の饅頭は自分の事を完全に信用していた。これならたっぷりと遊べる。

かくして、れいむはこれより今までの幸せな日々とは別れ、苦痛の日々を送ることになる。
いや、愛するお兄さんに食べてもらえることを目指すので幸せともいえる。こんな幸せの形も世の中にはある。













しばらくして男が帰ってきた。何も知らずのんきなものだった。

「ただいま~、今帰ったよ。あれ、れいむ元気ないね。何かあった。」

「なんでもないよ・・・・ゆっくりしていってね。」

「ああ、ちょっとれいむちゃんと遊んでてさ。遊びつかれちゃってね。」

れいむの体は再生していた。何も攻撃手段を持たない弱い生き物ゆっくりだ。
こういったところだけは長けている。あのやり取りの証拠はどこにもない。

「ふ~ん、ならいいか。じゃあ乾杯しようか。そういえばれいむにはいってなかったけど、
こいつこれから家に住むから。何でも小説家を目指していてこっちに上京してきたんだって。
だからおれが留守の間はこいつと仲良くやってね」

これかられいむは毎日おいしくなれる訓練を受けることになる。
今日のようにたった数分火にあぶられるだけではない。もっともっといろんな痛いこと。苦しいこと。


「そういうわけよ。よろしくね。れいむちゃん。」

「ゆっくりしていってね・・・・・・・・・・」

そういうとれいむは力なくうなづいた。れいむは完全に折れていた。
目の前の人は嫌いだったけど、おいしくなるためには言うことを聞くしかなかった。
















「ところでおまえ、ここに住むのはいいけど、その女言葉になる癖、いい加減になおしたほうがいいぞ。
男の癖に誤解されんぞ。ノーマルだって言ってただろ。」

男は目の前の筋骨隆々な客に指摘する。

この場にある様々な思惑、知らずは本人ばかりなり。


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最終更新:2022年05月03日 17:20