「う、う~ん……、う~ん……」
「ZZZ……、ZZZ……」
……そこは、どこにでもあるような、普通の山の中。
日は既に沈んでおり、辺りは暗闇と静寂に包まれていた。
そんな山の中で、二匹のゆっくりが木の根元で眠っていた。
その内の一匹は滑らかな蒼い髪の毛に、頭にかんざしのようなお飾りが付いていて、薄い羽衣のような布を身に纏っており、何やらうんうんとうなされていた。
もう一匹は中華帽のような帽子をかぶっており、額にお札のようなものが貼られており、うなされている方のゆっくりとは対照的に、熟睡していた。
……普通なら、ゆっくりという生き物は巣穴など外敵から身を守る事が出来る場所で寝るものである。
「う~ん……、せ、せーがのゆんしーおうこくがぁ……、……はっ!?」
すると、先程までうなされていた方のゆっくりがガバッと起き上がった。
「ふぅ……、ゆめですか……」
そのゆっくりは全身に脂汗をかいており、相当嫌な夢を見ていた事が一目で分かる。
「むにゃむにゃ……、ごしゅじん、ぽんぽんすいたー……」
隣りで寝ていたもう一匹のゆっくりが、寝言を言いながら口から涎を垂らしていた。
「はぁ……。よしか、あなたはおきらくでいいですねぇ……」
寝言でせーがと呼ばれたゆっくりは、寝ている方のゆっくりに対して呆れ顔で呟いた。
「うへへー……、ごしゅじんはもちもちしてて、おいしいなぁ……」
よしかと呼ばれたゆっくりは、幸せそうな寝顔でさらに口から涎を垂らしていた。
「……ほんとうにたべちゃ、やーですよ……?」
よしかの夢が正夢にならない事を祈りながら、せーがは二度寝するべく瞼を閉じた。
「はぁ……、どうして、こんなことに……」
せいがは満たされていた。
己の野望と欲望に忠実に生きて、自分らしいゆん生を送り、満たされていた。
その筈だった。
満ち足りた日々は、ある日突然、失われてしまった。
続・邪悪なる者達・起
作:ぺけぽん
……それは、今から大体半日ほど前の事だった。
「ふふふふふ……」
せーがは広場らしき場所を眺め、とても悪い事を考えていそうな笑みを浮かべていた。
隣りには自分の第一の専属であるよしかがいた。
「ごしゅじーん、どうしたんだー?なにかかなしいことでもあったのかー?」
「なんでそうなるんですか!?わらっているんですから、うれしいことがあったにきまってるでしょう!?」
「そーなのかー。それで、うれしいことってなんだー?」
「ふふふ……。よしか、みなさい、このゆんしーおうこくを。すばらしいでしょう?」
「へ?ゆんしーおうこく?なにそれ、おいしいの?」
「たったいまつけた、このむれのなまえです」
「えー……。そのなまえはどうかと……」
「ふふふ。みなさい、よしか。このゆんしーおうこくのたみたちを」
せーがの視線の先には、広場で思い思いにゆっくりしている、せーがとよしか以外のゆっくり達の姿があった。
……が、そのゆっくり達は、何やら様子がおかしかった。
「ウヴァ……」
「ユッグヂィ……」
「ドガイハァ……」
「ヂンボォ……」
そのゆっくり達の目は虚ろで、片言の言葉をうわ言のように何度も呟いていた。
しかも肌が紫や青色に変色しており、その内の何匹かは肌が溶けかかっていた。
明らかに普通のゆっくりとは違う、異形の存在。
しかしせーがとよしかはそんなゆっくり達を目の当たりにしても全く動じる事はなかった。
……それもその筈、このゆっくり達は、せーがが意図的に生み出した存在なのである。
せーが種には、ある特別な能力がある。
それは、ゆっくりの死体を『ゆんしー』という名のゾンビとして蘇らせるというものだ。
ゆんしーは親であり主であるせーが種の絶対服従のしもべとなるのである。
よしかもまた、せーがによって生まれ変わったゆんしーであった。
「ふふふ……、かずおおくのあくぎょうをかさねてかさねて……、このゆんしーおうこくを、ここまでおおきくしましたよ」
「うん、よしかも、ともだちがたくさんできてうれしいぞー」
「きょうふをおそれぬ、ぜったいふくじゅうのゆんしーたちに、てきなんぞありません」
「すごいぞー、つよいぞー、かっこいいぞー」
せーがはありとあらゆる手段を用いて、ゆっくりの死体を集め、時には『作り』、ゆんしー達をどんどん増やしていった。
それ故に、他の群れのゆっくり達からは『化け物達の長』や『ゲスの中のゲス』などと忌み嫌われ、ゆんしーおうこくを潰そうとする者達も少なくはなかった。
当然せーがは、売られた喧嘩は全て買い続けた。
滅ぼした群れや殺したゆっくり達は数知れず。
餡子を餡子で洗う日々を送り、ついにせーがのゆんしーおうこくの周辺には、せーがの敵達は存在しなくなっていた。
無論、この山の全てのゆっくりの群れを滅ぼした訳ではない。
しかし、残った群れのゆっくり達のほとんどがは皆せーがを、ゆんしーおうこくを恐れ、喧嘩を売るような真似だけは絶対にしなかった。
……事実上、せーがはこの山の頂点に君臨する事となったのである。
「あらそいとさくりゃくにあけくれるひびでした……。ですが、これでせーがのじゃまものはだれもいなくなりました!」
「これで、おもいっきりゆっくりできるなー」
「このせーがこそが、このすばらしきゆんしーおうこくの、おうなのです!」
「あ、ごしゅじーん、よしか、そのゆんしーおうこくってなまえは、どうも……」
「あーっはっはっは!!」
(きいてないぞー。なんか、そのなまえははずかしいようなかんじがするのになー)
……ゆんしーおうこくの王、せーがは今、幸せの絶頂にいた。
数多くの同族達の命を犠牲にし、踏み台にし続け、己の満足のいく幸せというものを手に入れた。
せーがは、幸せであった。
「どすすぱーっくっ!!」
ゴオオオオォォォォッ!!
「ユグギャアァァァァッ!!」
「オゲェアアァァァァッ!!」
「ワガラナイィィィィッ!!」
……そして次の瞬間には、その幸せは呆気なく消え失せていた。
「……へ?」
「?」
せーがとよしかは、一体何が起きたのか訳が分からなかった。
突如、自分達の目の前の広場を光線のような光が通り過ぎ、広場にいたゆんしー達の大半が消滅してしまった。
消滅を免れたゆんしー達も、体の半分が吹っ飛んでいたり、潰れていたりと被害が大きかった。
「な、なんです!?なにがおきたんです!?」
「うわー!?よしかのともだちがー!?」
二匹は突然の事態にパニックになっていた。
目の前で群れのゆっくり達が突然消えたりすれば、当然の反応だろう。
(はっ……!?さ、さっきのまぶしいひかり……、ゆんしーたちがきえてしまった……、ま、まさか!?)
せーがは目の前の状況から得られる情報を元に、ある一つの可能性を見出していた。
……こんな事が出来るのは、『あの』ゆっくりしかいない。
「ゆーっへっへっへっ!!どすのどすすぱーくのまえには、てきなしなのぜぇ!」
……広場の向こうから、下品な笑い声が聞こえる。
その声の持ち主は、全長4メートル程の大きさのドスまりさだった。
ドスまりさの後ろには、普通のゆっくりまりさ達が数十匹程いた。
「あ、あれは、もしや、どすまりさ……!!」
「しっているのか!?ごしゅじん!!」
「えぇ……。じっさいにみたことはありませんが、うわさだけはきいています……」
せーがはドスまりさをこの目で見た事は一度もなかった。
風の便りで、普通のまりさの何倍も体が大きい、どすすぱーくと呼ばれる技を使う、位の話しか聞いていなかった。
正直たかが噂と思っていたが、今その技の破壊力をせーがは痛感していた。
「しかし……、このやまには、どすまりさなんていなかったはず……。いったいどこから……」
「それにしても、あのまりさ、でけえ!!ごしゅじん、よしかもあんなふうになりたい!」
「ごはんがたりなくなるからだめです」
「えー」
二匹はドスまりさを目の当たりにしながら、緊張感があるのかないのか分からない会話を繰り広げていた。
「おい!そこのげすせーが!どすをむしするとは、いいどきょうなのぜ!!」
ドスまりさの怒鳴り声により、二匹のコントのような会話は中断された。
「……あなたは、どすまりさですね?このちかくには、どすまりさはいないはずですが。……よそのやまからきたのですか?」
せーがはなるべく平常心を保つような形でドスまりさに語りかけ、少しでも情報を得ようとした。
最も、引越しの挨拶をしに来ただけというのは、まず考えられないとは思っていた。
「ゆっへっへ……、くそせーが。どすのことをわすれたのかぜ?」
「はい?」
「どすは、ちゃ~んとおぼえているのぜ!!そのよゆうぶっこいたかお……、わすれたくてもわすれられないのぜ!!」
「……?」
せーがはドスまりさの返答に疑問を感じていた。
こちらは相手の事をほとんど知らないのに、向こうは自分の事を知っているとはどういう事なのか。
「……せーがは、あなたにあったのは、はじめてのはずですが」
「とぼけるんじゃないのぜぇ!!どすのむれをほろぼしたくせに!!」
「むれをほろぼした?なにをいって……、……!?ま、まさか、あなたは……!!」
「ゆっへっへ……、ようやくおもいだしてくれたのぜぇ?」
「このまえほろぼした、でいぶばっかりのむれにいた、どれいまりさですか!!いやぁ、あのときはすっかりやせこけていましたから、きづきませんでした!」
「おちょくるんじゃないのぜ!!ぶちころされたいのかぜ!?」
「……じゃあ、あなたはだれなんです?せーが、ほんとうにわかりませんよ」
「だったらおもいださせてやるのぜ!『しっこくのけもの』……、このむれのなまえをおぼえているかのぜ!?」
「『しっこくのけもの』……?……あ。そういえば……」
ドスまりさから中二病臭漂う群れの名前を聞いたせーがは、やっと思い出した。
その『しっこくのけもの』とは、ゆっくりまりさばかりで構成された群れで、数ヶ月前にせーがのゆんしーおうこくに宣戦布告をした。
威勢よく攻め込んだものの、わずか数分足らずでゆんしー達になぶり殺しにされ、見事にしっこく(笑)っぷりを見せて滅ぼされた。
しかし群れの長だけは捕まえる事が出来ず、逃げられてしまったのだ。
「ん……?なおさらおかしいですね。あのむれにはどすまりさなんていませんよね?」
「そうだぞー!あのむれのまりさたちは、みんなまずそうだったから、はっきりおぼえてるぞー!」
「あなたはほんとうに、ごはんのことにかんしてはものおぼえがいいですねぇ」
「えへへー、それほどでもあるなー」
「ほめてません」
せーがの記憶が正しければ、『しっこくのけもの』にはドスまりさのような規格外のゆっくりは存在していなかった。
「それに、あのむれのおさは、ふつうのまりさだったはず……。……!!」
せーがはようやく、このドスまりさの正体に気付いた。
「ま、まさか、あなたは、あのおさまりさなのですか!?」
「ゆっへっへ……。ようやくおもいだしてくれたのぜぇ?そうなのぜ!!どすは、『しっこくのけもの』の、もとおさなのぜ!!」
「で、ですが、あなたはどすであって、むかしはまりさで……、あれれ?」
「ごしゅじーん、なにをなやんでるんだー?きっと、ごはんをたくさんたべたから、あんなにでかくなったんだぞー」
「そんなわけがないでしょう!?」
ドスまりさの正体に気付いたものの、何故その長まりさがドスまりさになっているのか、せーがには分からなかった。
「おまえにむれをほろぼされて、どすはひっしになってにげのびたのぜ!ふくしゅうするきかいを、かくれながらずっとまっていたのぜ!」
「できれば、ずっとかくれたままでいてほしかったんですが」
「ゆへへ……、ゆっくりのかみさまは、ちゃんとどすをみていてくれたのぜ!あるひとつぜん、からだがおおきくなって、どすになったのぜ!」
「はぁ!?いきなりおおきくなったんですか!?なんという、ごつごうしゅぎ……!!」
「ごしゅじんもよしかも、にたようなものだとおもうぞー」
「むむむ……」
ゆっくりまりさの中には、ドスまりさに成長する事が出来る遺伝子を持っている個体が僅かに存在する。
このまりさも、その遺伝子を持っていたのだろう。
「ゆっへっへ……、どすになったしゅんかん、かくしんしたのぜ。ふくしゅうのときがきた……、と!」
「……なるほど。そのうしろにいるのは、あたらしいおなかまさんというわけですか」
「どすのなのもとに、かずかずのもさたちがあつまったのぜ!しんせい『しっこくのけもの』なのぜ!!」
「みごとにまりさばかりですものね」
「ゆへへ……。ここにくるとちゅうで、なまいきなふらんたちのむれがあったから、かるーくほろぼしてやったのぜ!」
「えー!?ふらんたち、しんだのかー!?あそこのふらんたちは、つよくてかっこいいのにー!おしいゆっくりをなくしてしまったー!」
「つよさじまんですか。すごいですね。まんぞくしたらかえってください」
「ゆっひゃっひゃっひゃ!!このまえのふらんのむれのように、このむれもほろぼしてやるのぜ!!この『しっこくのけもの』が!!」
「……そのむれのなまえは、なんとかなりませんか?なんか、きいていて、はずかしいので」
「ゆんしーおうこくもにたようなものだぞー。なんか、きいててからだがかゆくなってくるんだぞー。なまえかえようよー」
「えっ、なにそれこわい」
「ゆがあぁぁぁぁっ!!おちょくるんじゃないのぜえぇぇぇぇっ!!」
せーがとよしかの子馬鹿にした態度に激怒したドスまりさは、二匹を潰すべく飛び上がった。
「あぶないっ!」
「おわぁっ!?」
ズシイィィィィンッ!!
二匹はドスまりさの踏み潰し攻撃を避ける事が出来たものの、ドスまりさの着地の衝撃で地面が大きく揺れ、危うく転びそうになる。
「ゆっへっへ……!ぶちころしてやるのぜ!」
「くっ……!よしか!にげますよ!」
「わ、わかったぞ!」
二匹は何とか態勢を立て直し、一刻も早くこの場から逃げる事を最優先とした。
いくら他の群れを滅ぼしてきたとは言え、それはゆんしー達による数の暴力があってのこそ。
ドスまりさのような規格外のゆっくりに対しては、一匹二匹のゆんしーはもちろん、せーがやよしかでは太刀打ちなど出来る筈もない。
「ゆっへっへ!おまえたち!そのにひきはにがすんじゃないのぜ!」
「「「「「「ゆっくりりかいしたのぜ!」」」」」」
ドスまりさの号令により、その場から逃げ出そうとした二匹の前に、配下のまりさ達が立ち塞がった。
「ゆへへへ……、このままにげられるとおもったのぜぇ?」
「どすのてをわずらわせるほどでもないのぜ!まりさたちでなぶりごろしにしてやるのぜ!」
「くっ……!!ゆんしーたち!せーがたちのみちをきりひろげなさい!」
せーがはまだ動けるゆんしー達に向かって叫んだ。
「ウウウゥ……!!」
「ユガアァ……!!」
せーがの命令を受けたゆんしー達は、一斉にまりさ達に飛び掛かった。
「ゆぎゃあっ!?まりさのほっぺがぁっ!!」
「このぉっ!!じゃまするんじゃないのぜっ!!」
「ユッグヂィ……!!」
せーがとよしかの目の前で、まりさ達とゆんしー達による乱戦が始まった。
「ちっ!ばけものゆっくりなんざ、どすすぱーくでふきとばして……」
「ち、ちょっとまつのぜ!どす!」
「ゆあぁ!?なんなのぜ!?」
ゆんしー達をどすすぱーくで再び消し去ろうと、ドスまりさは大口を開けたが、近くにいた配下のまりさに止められた。
「どすすぱーくをうっちゃったら、むれのみんなまでまきこんじゃうのぜ!」
「ゆぐっ!そうなのぜ……」
幸い、乱戦になったお陰でドスまりさはせーが達に手出しは出来なくなっていた。
……が。
「……いや、もんだいないのぜ。あのばけものゆっくりたちよりも、どすたちのほうが、かずはおおいのぜ」
ドスまりさの顔は余裕のある表情に戻っていた。
「しぬのぜっ!!ばけものゆっくり!」
「ユグゥ……!」
「ゆっへっへ!こっちもばけものゆっくりをにひきころしたのぜ!!」
……ドスまりさの言う通り、配下のまりさ達とゆんしー達の数は3:1程の差があった。
皮肉にも、ゆんしーおうこくの得意とする数の暴力をゆんしー側が受ける形となっていた。
一匹、また一匹と、ゆんしー達が潰されていき、もはや数える位のゆんしーしか残っていなかった。
「よしか!あそこににげますよ!」
「おぉ!」
せーがとよしかは乱戦の中を掻い潜り、群れの外へあと少しの所まで来ていた。
「ゆっへっへ!にがさないのぜ!」
「くそせーが!おまえはここでおわりなのぜ!」
「つぶしてやるのぜ!」
……しかし、三匹のまりさ達が、二匹の退路に立ち塞がる。
その口には鋭い枝が咥えられている。
「いくのぜ!」
「「おう!!」」
先頭に立っているまりさが、自分の後ろにいる二匹のまりさに呼び掛ける。
後ろのまりさ達はそれに応え、先頭のまりさの後ろ一列に並んだ。
「「「まりさたちのひっさつわざをくらうのぜっ!!」」」
三匹のまりさ達はそう叫び、縦一列に並んだまませーがとよしか目がけて突っ込んだ。
「ゆっへっへ!!まりさのこうげきをかわしたら、すぐうしろのまりさがこうげきをしかけるのぜ!」
「そのこうげきをかわされたら、いちばんうしろのまりさがさらにこうげきをしかけるのぜっ!」
「さんびきのれんぞくこうげきっ!かわせるもんならかわしてみせるのぜぇっ!」
「あ、あのわざは……!な、なんと、おそろしい……」
「しっているのか!ごしゅじん!」
「えぇ……。あれはほんとうにおそろしいわざです。……よしか!むかえうちますよ!」
「お、おぅ!」
せーがはそう言うと、髪に挿してあったかんざしを取り出し、口に咥えた。
「ゆーっへっへっへっ!!しぬのぜぇっ!!」
先頭のまりさが勝利を確信し、せーがに飛び掛かる。
「よしか!」
「ふんっ!」
対するせーがはよしかの頭の上に跳ね、よしかの頭上に乗り、そして……。
「とうっ!」
先頭のまりさ目掛けて思い切りジャンプした。
「ぶべぇっ!?」
せーがは先頭のまりさの頭上に着地し、先頭のまりさはその重みにより動きを止める。
「な、なにぃっ!?」
「ま、まりさをふみだいにしたぁっ!?」
先頭のまりさの後ろにいた二匹のまりさは、攻撃が止められた事に驚きを隠せなかった。
……せーがはその二匹の油断を見逃さなかった。
「とーうっ!!」
「「!?」」
せーがは再び跳躍し……、二番目にいたまりさの脳天目掛け、口に咥えていたかんざしを深く突き刺した。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
中枢餡にまでかんざしが到達したまりさは絶叫した後……、グリンと白目を向いて、それっきり動かなくなった。
「ま、まりさがやられた!?」
「ま、まりさあぁぁぁぁっ!?」
(なんという、おそろしいくらいにばかばかしいわざ……。あれではうしろのにひきのまえがまったくみえないでしょうに……)
先頭と最後尾にいたまりさ二匹は、仲間があっさりと殺された事に動揺しきっていた。
「いまのうちです!よしか!」
「おう!」
せーがとよしかはそんな二匹を尻目に、近くの茂みへと向かい、その茂みの中へ潜り込んだ。
「まりさあぁぁぁぁっ!!しっかりするのぜえぇぇぇぇっ!!」
「せ、せーががいないのぜ!!」
「あ……、あのくそせぇがあぁぁぁぁっ!!こんどあったときはかならずころしてやるのぜえぇぇぇぇっ!!」
……その場に残された二匹のまりさは、せーがに復讐を誓うのだった。
「ゆっへっへ!ざまぁみろなのぜ!!」
「まりさたちのかちなのぜ!!」
……そして、まりさ達とゆんしー達による乱戦も決着を迎えていた。
勝ち誇るまりさ達の周辺には、動かなくなったゆんしー達が転がっていた。
「せーがはどうしたのぜ?」
「ど、どす!……せーがはにげたのぜ!」
「ちっ……。まぁ、いいのぜ……。あいつをころせなかったのはざんねんだけど、ここまでたたきつぶせればじゅうぶんなのぜ……」
配下のまりさからせーがの逃走を知らされたドスまりさは、憎々しげに舌打ちをしながらも、せーがの群れを壊滅させた事には満足していた。
そしてドスまりさは群れのまりさ達を自分の前に集めた。
「せーがをにがしたのはざんねんなのぜ!けれど、どすたちはせーがにかったのぜ!!きょうというひを、しっこくのけもののきねんのひとするのぜ!」
「「「「「「えいえいゆー!!えいえいゆー!!」」」」」」
「「「「「「どすばんざーい!!」」」」」」
「「「「「「しっこくのけものばんざーい!」」」」」」
ドスまりさの高らかな勝利宣言に、群れのまりさ達は歓喜の雄叫びをあげる。
……こうして、せーがはこの山の頂点の座から転がり落ちる事となったのである……。
……そして、今に至る。
「はぁ……、どうして、こんなことに……」
あれから、何とか逃げ延びたせーがとよしかは、雨風を凌げそうな木を見つけ、その根元で一夜を過ごす事となった。
「うぅ、さむいですねぇ……」
「ぐがー……、ぐごー……」
夜は山の気温が自然と下がり、せーがは時折吹く冷たい風を一身に受け、ブルっと身を震わせる。
そんなせーがとは裏腹に、よしかはグースカと寝ていた。
「ゆんしーはあつさやさむさをかんじないから、そこはうらやましいですねぇ……」
「ずびびー……、ぷしゅるるる……」
「……ほんとうに、このこは……。せーががこんなにおちこんでいるというのに……」
「ぐごぉー……、ぐげぇー……」
「……はぁ。ねましょう」
夜明けまでまだ時間はある。
これ以上悲観的になって精神的にまいる前に寝てしまおうと、せーがは二度寝を決め込む事にした。
(……これから、どうしましょうか……。……あてはあるのですが……)
「うおぉ~……、ごしゅじ~ん……。よしかのおなかのなかで、あばれるな~……」
「……」
……よしかの寝言を聞きながら、せーがの意識はまどろみの中へと落ちていくのだった……。
……翌日。
「ふぁ……」
「ぐごー……、ぐごー……」
辺りは既に明るくなっており、せーがは目を覚ました。
昨日の悪夢のような一日が過ぎ去り、新しい一日が始まるのだ。
「ほら、よしか、あさですよ。おきなさい」
「うぉ……。……お!?ごしゅじん!?せーがのぽんぽんのなかにいたんじゃなかったのか!?」
「かってにたべないでください。……それじゃ、よしか。いきましょうか」
「え?ごしゅじん。いくってどこへ?」
よしかがせーがにそう尋ねる。
ゆんしーおうこくは今は昔の帰るべき場所。
それなのに、一体どこへ行くというのか。
「ゆんしーおうこくは、もうありません。……せーがはかなりつかれました。ここいらでやすむひつようがあります」
「ごしゅじん、やすむならここでもうひとねむりしようよ」
「いいえ。ここではやすみません。……せーがたちは、いまからかえるんですよ」
「かえるってどこに?むれはもうないんだぞー?」
「わすれたんですか?よしか。せーがたちには、もうひとつ、かえるばしょがあるんですよ?」
「うぇ?……あ!そーかそーか!」
せーがのその言葉に、よしかは何かを思い出したようだ。
せーがの言った事は、間違いではなかった。
自分が築き上げたゆんしーおうこくの他に、もう一つ、帰る場所があるのだ。
「よしか、かえりましょう。……せーがたちのほんとうのおうちへ。……『じゃせんていこく』へ」
……それから数日後、ドスまりさの群れにて。
「どす!どす!まりさたちのむれにはいりたいっていうやつらがきたのぜ!」
「きのうにきたやつらよりかずがおおいのぜ!」
「どうするのぜ?どす!」
広場にいる数匹のまりさが、ドスまりさからの指示を仰いでいた。
……ドスまりさがせーがのゆんしーおうこくを滅ぼしてから数日が経った。
せーがに代わって新たな山の支配者となったドスまりさの下に、群れに入れてほしいと他のゆっくり達がやって来るようになった。
山の支配者の下で、甘い汁を吸おうという魂胆なのだろう。
日に日に来るゆっくりの数は多くなり、それだけドスまりさの噂が広まっている事を意味した。
「ゆっへっへ。きまっているのぜ。そのゆっくりたちのなかから、まりさだけをえらんでいれるのぜ!」
「「「りょうかいしたのぜ!どす!」」」
ドスまりさの指示を受けたまりさ達は、広場を離れた。
「ゆっへっへ……、ほかのゆっくりなんかひつようないのぜ。まりさだけの、まりさによるむれ……、それが、どすののぞむむれなのぜ」
……ドスまりさは群れの一員に志願するゆっくり達は、全てまりさ種だけを引き入れた。
一種の選民思想である。
その内、まりさ種のゆっくりだけが群れに入れてほしいとやって来るようになるだろう。
「どす~!ただいまなのぜー!」
「たいりょうなのぜー!」
すると、ドスまりさの指示を受けたまりさ達と入れ違いで、帽子をパンパンに膨らませたまりさ達がドスまりさの前に来た。
「どうだったのぜ?」
「かんたんだったのぜ!どすのなまえをだしたら、あいつらたべものさんをおとなしくさしだしたのぜ!」
「こっちもおなじなのぜ!みるのぜ!たくさんあるのぜ!」
まりさ達が帽子を頭から下ろすと、帽子の中には大量の食糧が入っていた。
……ドスまりさは付近の群れのゆっくり達に、脅しをかけていたのである。
『群れを滅ぼされたくなければ、食糧を献上し続けろ』……と。
その脅しの効果はてきめんで、ドスまりさに対して恐れを抱いたゆっくり達は食糧を献上したのである。
恐らく、食糧が尽きるまで絞り取られ続けるのだろう。
「それで、ふもとのかわのほうはどうだったのぜ?」
「だめなのぜ!あいつら、かわをあけわたそうとしないのぜ!」
「まったく!かわのみずをひとりじめにするなんて、とんでもないげすどもなのぜ!」
「……まぁいいのぜ。そういうばかは、このどすがすこしいたいめをみせてやるのぜ」
……そして、自分達の要求を少しでも飲まない者達に対しては、即暴力に訴えていた。
実際、ドスまりさは食糧の要求に応じなかった群れを一つ滅ぼしていた。
……ドスまりさ自身の自分勝手な性格と、ドスという分かりやすい立場と実力が、ドスまりさの知名度を悪い意味で早く広めていた。
あと何日かすれば、もはや誰も逆らわなくなるだろう。
「ゆっへっへ……。どすはこのやまのしはいしゃなのぜ……」
ドスまりさは自分自身に酔いしれていた。
誰も自分に敵わない、誰も自分に逆らわない、これからは全て自分の思い通りになる。
ドスまりさはそう信じていた。
「いくのぜ!おまえたち!そのばかどもにおもいしらせてやるのぜ!」
「「「「「ゆっゆっおー!」」」」」
……ドスまりさとその配下達による、暴虐の一日が始まろうとしていた。
……こうして、せーがは表舞台から姿を消した。
あるゆっくりは、『せーがはどこかで野たれ死んだ』と噂した。
あるゆっくりは、『せーがはれみりゃに食われた』と噂した。
あるゆっくりは、『せーがは別の山へ逃げ出した』と噂した。
様々な噂が飛び交ったが、真相は誰にも分からなかった。
「ごしゅじーん、そのほっぺをすこしだけかじらせてー」
「すこしでもだめです!ほら!きゅうけいはおわりです!」
「ごしゅじんのけちー」
……そして、全てを失った支配者とその専属は、山を越え、谷を越え、とある場所を目指していた。
……自分達が生まれ育った、懐かしい故郷へと。
……自分達の、もう一つの帰る場所へと。
最終更新:2015年02月09日 21:50