元野良れいむの里帰り








「れいむはゆっくり里帰りするよ!」

食事中、口をモゴモゴとさせながら考え事をしていたれいむが
突然飯粒を撒き散らしながら叫んだ!

私は4つに割った豆腐ハンバーグの一つを口に入れてゆっくりと租借する。
最近はがっつり肉!縦横無尽に肉!などといった野性味あふれるメリケンチックな
食生活よりもこういったヘルシーな食事を好むようになっていた。
余り野菜の処分にも最適だ。そもそも日本人は何百年も穀物中心の食生活を送っていたのだ。
それをここ十数年で肉中心の食生活に移行する等という行為そのものが

「むししないでねっ!」

れいむがお膳に乗ってぽいんぽいんと跳ねる。
私は茶碗を持って視線を逸らす。うるさいったらありゃしないよ。

「ゆっくりきいてねっ!馬鹿なにんげんさんっ!」

れいむはやや踏ん反り返り気味の姿勢で眉毛をきりっ!とさせて
すぅっと息を吸い込むと元気一杯に叫んだ。

「れいむはゆっくり里帰りするよ!」
「そうか、じゃあブン殴っていいな」

れいむは自信ありげな、きりっ!とした顔のまま拳を頬にめり込ませて
残像を残しながら吹き飛んだ。

「ゆべしッ!」

そういえば「ゆべしもち」ってどんな食べ物なんだろう?餅なのか?
おぉ、ももてつももてつ。
殴られたれいむはもみあげで両目を押さえながら「目がみえねぇ」と咆哮して畳を転げまわった。



「おねがいしますから、ゆっくりきいてくださいね」

すんすんと咽び泣きながられいむが語りはじめた。
れいむは元々は野生のれいむであった。
れいむが住んでいたゆっくりプレイスはとてもゆっくりしたプレイスであったが、
たまにゆっくりが失踪したり、たまにゆっくりが茎を生やして死んでいたり、主にまりさが突然死んだり、
「とてもこわいわ」とぺにぺにからカスタードを垂らしながらありすが怯えだしたりと
ゆっくりながらも時折起こる「いへん」に困り果てていた。

「最後のありすが犯人だよね」

私の問いかけを無視してれいむが話を続ける。
れいむは新たなプレイスを求めて旅にでた。
苦難につぐ苦難。そしてありとあらゆる困難がれいむに襲い掛かった。
何度も心が挫けそうになった。いや、実際挫けて2、3日不貞寝したりした。
そんな長い長い旅路の末にれいむは新たなゆっくりプレイスを見つけたのだ。

「なんでそんなゆっくりがここで飯くってんの?」
「れいむは・・・れいむは「しあわせー」になったよっ!」

ポロポロと涙を零しながらも満面の笑みを浮かべてれいむが叫ぶ。

「だかられいむは「れいむはしあわせだよー」って群のゆっくりに報告しにいきたいよっ!」

私の足元で一心不乱にゆっくりフードを貪ってた筈のまりさが
「いいはなしなんだぜ」と澄んだ瞳からスーッと涙を流している。
また何時ものれいむの奇病か、と最初は思った私だが
中々どうしてこの暴飲暴食を繰り返すクソ饅頭にしてはいい心がけである。
そんなことを考えていたのか。知らなかったなー
私は茶碗をお膳に置いてパン!と手を叩いた。

「そうか、よし!じゃあ今度の休みはれいむの里帰りだね」



私は木の枝を杖代わりにしてフラつきながらも何とか歩みを進める。
進めど進めど視界に入るのは鬱蒼と茂った原生林。
唾を飲み込むも、ただ喉がゴクリとなるだけで、カラカラに乾いたそれを潤す事はできない。
思わず咳き込む。息を切らしながら辺りを見回す。今は一体何時であろうか?昼なのか?夜なのか?
今思い起こせば「れいむがみちあんないするねっ!」等という台詞そのものが死亡フラグ丸出しではないか。
そんな「沼に城建てたいです」と同意の無謀な申し出に何の疑問もなくついてきてしまった結果が

「ごらんの有様だよ!」

私は崩れ落ちるようにその場に倒れこむ。
そのはるか後方を「どぼじでぇぇぇ?」と変な呻き声を発しながら
僅か数時間でガリガリにやつれたれいむがフラフラとついてくる。
逆に聞きたい、どうして産まれて来ちゃったの?

「ぢぐり゛ん゛ざんどごいっじゃっだの゛ぉぉぉ・・・・?」
「竹林さんん?ここにはそんなの生えてないでしょぉぉぉ・・・・?」

ここにはブナの他にカツラ、ハリギリ、アサダ等の木が生い茂っているが、
れいむのいう竹林などこんなところには無い筈である。
そもそも竹林というのは栽培を目的として人間の手によって作られたものの名残りであり、
こんな山の奥地にそんな物があるのは考えられない。

「・・・・今日はここにキャンプを張るぞ」

私は背中に背負った大荷物を地面に降ろす。
れいむの群で一泊しようと考えていたので、
防災リュックに寝袋を詰め込んだ即席キャンプ用品を持ち込んでいた。不幸中の幸いである。

もはや里帰り所ではない。
私にはサバイバルの知識はあまり無かったが、
暫くここでゆっくりと体力を回復させた後、方位磁石で一定の方向へ進めばどこかへ出る筈だ。
とりあえず水分補給。そして体温を落とさないようにして体力を温存するのが賢明。
水分補給・・・・すいぶ・・・ん?・・・あれ?

「なにこれ」

中には何やらモニョモニョとやわらかい物体。
水は・・・・?缶詰は・・・・?寝袋は・・・・?リュックの大部分を占有したやわらかい物体。
その物体はなにやら申し訳なさそうな顔でダラダラと汗を流しながらこちらを見ている。
そんな物体が「ニコリ」と力の無い笑みを浮かべた。

「やってくれた喃」
「・・・ち、ちがうんだぜ」
「やってくれた喃」
「・・・ちょっとした「さぷらいず」のつもりだったんだぜ」
「やってくれた喃、まりさ」
「・・・まさかこんなことになるなんて思わなかったんだぜ」

私はまりさと初めて出会ったあの日の光景を思い出す。
あの時もこんな寒くて薄暗い夜の道だった。
コンビニ帰りの私の前にまりさが通せんぼするように現れて・・・

「ゆっくりしてい」
「死ねッ!」

あの日と同じように私はまりさを大空へ放りなげた。
願わくばこのまま天に召されますように。

トップーン!

この音!?
私とれいむが目を見開いた。

「水か!?」
「ゆっ!おみずさんはゆっくりできるよ!」

こんな所に池があるとは。まさに砂漠のオアシスだ。
息を切らせながら何とか音のした方向へ歩みを進める。

しかし眼前に広がったのは緑色に濁った水面。
湧き水によって構成された池ではなく、窪みに雨水が溜まっただけの沼だった。
こんな色をした水を見たことがある。バスクリンを入れたお風呂だ。
透明度は限りなく0に近く沼の深さはわからない。
まりさはそんな沼の水面に帽子を浮かべ、それに乗ってニヤニヤと笑みを浮かべている。

「あぶなかったんだぜ」

バッチーン!とウィンクしながらフヒュー!と口笛を吹くまりさ。
あぁ、死なねぇかなあいつ。
スカスカになったリュックの中にあった小さな鍋でその液体をすくってみる。
ドロリとした液体。もう何か寒天みたいにプルプルしてる。

「ゆっ!ごーくごーくするよ!」
「しないほうがいいな、これは」

私に制止されたれいむが「どぼじでぇ」とえぐえぐ嗚咽した。
それをいつの間にかれいむの傍らに戻ってきたまりさがなだめる。

「人間さん、まずは手持ちの荷物のチェックをするんだぜ」

無駄に男前の表情で私に提案するまりさ。無駄に眼光が鈍く光る。
残された荷物の中でこの状況の打開策を見出す。真っ当な意見だ。
しかしこいつが言うと無性に腹が立つな。
リュックサックの中から出てきたのは先程の小さな鍋、携帯ガスコンロ、
そして大量のごはんとベーコン

つまり残された食料はベーコンご

「なに出してるのぉぉぉぉ!?すぐにそれをしまってねぇぇぇぇ!」
「馬鹿なんだぜぇぇぇ!そんなのたべたらなんか色々あって最終的には死ぬんだぜぇぇぇぇ!」

クワッと形相を浮かべて激昂する2匹。
場合によっては死ぬまでゆっくりしてしまう餡子脳が
こんなときに限って即座に危険を察知し本能でそれを食する事を拒絶したが、
私がはふっ!はむっ!はっふっ!とベーコンとごはんを食べ始めると
先程の危険信号も御座なりに早々に「ゆっくりたべるよ」と群がりだした。

「やれやれ」

当然食料はこれだけでない。リュックの中にはまりさが中で食べ散らかした
スナック菓子が少々にミネラルウォーターが2本、それにポケットの中にはチョコレートが3枚程ある。
れいむの実家の群の連中へと沢山お菓子を持ってきたのが幸いした。

2匹に食料がある事が知れると寝込みを襲われたり、変な皮算用をして初日にして食料を食い尽くす可能性がある。
余裕を持たせて食料を配分して救助を待つ。狭い日本、嫌でもすぐに助けは来るであろう。
少々ひもじいかもしれないが5日は持つだろう。
私は遭難した不安よりも普段体験できない血沸き肉踊るサバイバルに少しばかり胸を躍らせていた。



・・・・がっ!それから13日後。

「ゆくり・・・・・・ゆくく」

半日ほど斜め45度に傾いたまま微動だにしなかったれいむが久しぶりに口を開いた。
その傍らにはパンチラスポットで一心不乱に女子が通るのを待つ小学生のような眼差しで天を仰ぐまりさ。
食料はとうに底をついた。
何処かで聞いた「遭難中はやたら動き回ると逆に危険だゾ」
という情報を盲信した為に既に動き回る体力は私たちには残されていなかった。

「むー・・・・しゃ・・・むー・・・・しゃ・・・」

木の根元に生えているキノコに見えなくも無い物体を貪るまりさ。
それを見てれいむがまりさの方へカタカタと顔を向ける。

「まりさ・・・だめだよ・・・・外の食べ物をむーしゃむーしゃ・・・したら・・・」
「・・・・ゆ゛っ?」
「・・・・お家のごはんが食べられなくなっちゃうよ」
「れいむ・・・いまは「ひじょうじたい」なんだぜ・・・そんなにゆっくりしてたら生き残れないんだぜ・・・」
「ゆ゛っ・・・!そうだね・・・ゆっくり理解したよ・・・」

普通逆だよね。
仲良くならんでキノコに見えなくも無い物体を貪る2匹を見つめながら
ボーッと携帯コンロのスイッチをつけたり消したりを繰り返す。
もはやツッコミを入れる気力も無い。
コンロの上でボコボコを湯気を立てる緑の液体。
はじめて見たときはとても腹に収める勇気は無かったが、
今となってはもしかしたら大丈夫かも知れないと思い始めた。むしろ全然いけそうな気がする。
いかんいかん、あぶないあぶない。
鍋をコンロからどかしてまりさをじっと見る。

「まりさ・・・こっちへきてくれ・・・」
「ゆっ?なんなんだぜ?人間さん?」

私の消え入りそうな声に気がつき、足元に寄って来るまりさ。

「・・・・この上に乗ってみてくれるか?」

私が指で指し示した先は携帯ガスコンロ。
まりさはコンロの上に飛び乗って怪訝な眼差しを向ける。

「あんまりゆっくりできないんだぜ?人間さん」

私はおもむろにガスコンロのスイッチを捻る。
青々とした炎がまりさの尻を焦がす、チリチリと煙が上がって辺りに甘い臭いが漂う。

「ゆっ!なんかいい匂いがしてきたんだぜ?ゆっくりゆっくり・・・・ゆ゛っぐおおお???」

まりさが華麗なバク転を決めつつ地面に顔をめり込ませた。

「もうすこしだったのに・・・!」

私は無念の表情で地面に拳をたたきつけた。
舌で火傷した部分を舐めようと舌を伸ばすが、届かずに変なポーズをとりながらまりさが叫んだ。

「なっなにしてるんだぜぇぇ!人間さんんんん!」
「虐待SSでしょおおおおお!焼かれなさいよおおお!虐待ばかりの所ですがゆっくりしていってくださいねぇえええ!」
「ゆっくりできるわけないでしょぉぉぉ!がえる゛!!おう゛ぢがえる゛ぅぅぅ!!」

他のえすえすさんだったらそろそろ畑を荒らしたれいむが足を焼かれて
「ゆぎゃー」とか言っててもおかしくない時間帯である。
それなのに何をやってるんだお前たちは!不甲斐ない!不甲斐ないよ!

「いいのか!お前ら!私が死んだらwikiにまともに収録されないんだからなっ!」
「ゆっ!しったこっちゃないよ!お先にどうぞゆっくりと息をひきとってねぇぇぇぇ!」
「飼い主さんに何てこというのぉぉぉ!ばかなの?しぬの?このおちんちん!」

何て醜い生き物だ。ゆっくり、ゆっくり、と連呼しながらも
その生涯でゆっくりする事なくただの一度も無く、ゴミを喰らい、無限に存在する外敵に怯え、
逃避するように無計画に繁殖し、宝物のように子供をかわいがる一方で自分に危機がせまればそれをあっさり

「やめてねっ!それもう終わったからねっ!過去にすがるのはやめてねっ!」
「すっきりしろ」
「ゆ゛っ゛?゛」
「そこのれいむとすっきりしろ」
「ゆ゛゛っ゛っ゛??」

私はまりさとれいむを鷲づかみにするとお互いの頬を無理やり擦りだした。
身を捩って私の手から逃れようとする2匹。

「やめてね!れいむとまりさは「ぷらとにっく」な関係だよ!」
「そうだぜ!すぐにやめるんだぜ!人間さん!」
「ネンネだねぇ、こういうのは初めてかい?」
「ゆっくりやめんほおおおおおおおおおおおっ!」
「やめるのぜんほおおおおおおおおおおおおっ!」

「すっきりー」

2匹はあっさりとボタボタと謎の液体を滴らせながら恍惚の表情ですっきりした。
れいむの頭からにょきにょきと茎が生えてそこからにっこりと笑みを浮かべた実ゆっくりが顔を覗かせる。
それを見て恍惚の表情で「んほぉんほぉ」言っていたれいむが目を輝かせる。

「ゆ~♪れいむのおちびちゃんすごくゆっ」

私はれいむの頭から生えた茎を毟り取ると煮えたぎった緑の液体に放り込んだ。
ニッコリと微笑んだ表情のままサッと茹で上がる赤ゆ達。
れいむは「すごくゆっくりしてるよ~」の顔のまま完全に停止している。

「ごめんね。テンプレ台詞最後まで聞くのめんどかったからごめんね」

緑の液体にプカプカと浮いた赤ゆ汁をお椀に移して自分と二匹の前にコトリを置く。
ようやくれいむの餡子脳の処理が追いついてクワッ!と形相を浮かべた。

「な゛に゛じ」
「バカっ!」

私はれいむに平手を食らわせた。これは暴力ではない。心の涙だ。
「ゆびゅ!?」とくぐもった声を漏らしながら地面を滑るれいむ。
顔を上げたれいむはどうして今殴られたの?今こっちが怒ってたよね?どういうこと?どういうこと?
と、言わんばかりの表情でキョロキョロと辺りを見回している。キョロキョロしても答えなど無い。

「良く聞きなさい、れいむ!」

私はブライトさんの「殴って何故悪いか」のポーズでれいむに説いた。

「もし目の前に玉子焼きさんがあったらどうする?」→「・・・ゆっ・・・?ゆっぐりとだべばす」
「卵さんは鳥さんのおちびちゃんだけど食べてもいいの?」→「・・・ゆっ!・・・でも卵さんはれいむのおちびちゃんじゃないよ」
「他人だったら食べてもいいの?私とれいむのおちびは他人なんだけど?」→「ゆゆっ・・・!そ、それは・・・!」
「それって差別じゃない?ゆっくりしてないよね?」→「ゆ゛っ!?・・・れっ、れいむはとってもゆっくりしているよ・・・!」
「いまどういう状況かわかってる?」→「と、とってもゆっくりしていないじょうきょうだよ・・・・!」
「今何問目?」→「おうどん!」
「何とか皆で生還しようっていう気はあるの?」→「ゆっくり!ゆっくりじだいです!」
「もし目の前に赤ゆ汁があったらどうする?」→「ゆっぐりだべばす!!」

「ではいただきます」

手をあわせて赤ゆ汁を貪る私とまりさ。
れいむは口をパクパクさせて虚空に目を泳がせるだけである。
しかし私とまりさの手は直ぐに止まる。
コトリと置かれるお椀。

「・・・・い」
「ゆ゛っ?」

かすかに聞こえた一言にれいむは正気に戻る。
しかしこれは聞き間違いである。そんな言葉がこの状況で出る筈が無い。
れいむは意を決して口を開く。

「い、いまなんて」
「まずい!」「まずいのぜ!」
「んおあゆ!!」

まったりとしていなくて、コクがなく、それでいてしつこい。
一見すると抹茶ぜんざいのようにも見えるそれは吐瀉物と甲乙つけがたい仕上がりだった。
生ゴミでも極上の本マグロになるこの状況でこの体たらくは一体どういう事だ。
こんな事をしておいて何だが、まずい!まずすぎる!無性に腹が立ってきた。

「どういうことだ!れいむ!」
「どういうことなんだぜ!れいむ!」
「ゆ゛っ!?ゆゆゆっ???」

れいむは人間とまりさと赤ゆ汁を何度も見回した後に正面を向いた。

「ご、ごべんな・・・・なにいってるのぉぉぉぉぉ!!れいむのおちびちゃんがまずいわけないでしょぉぉぉ!」

もうすこしで「ごべんなざい」する所だったれいむがすんでのところで踏みとどまり
お椀に顔をつっこんで一心不乱に赤ゆ汁を貪りはじめた。

「うめっ!これめっちゃしあわせー!しあばぶぜッ!」

探偵物語を思わせる芸術的な赤ゆ汁噴出をするれいむ。
まっず!これめっちゃまずっ!まずいっていうかなんか口が痛い!
にっこりと微笑んだ赤ゆが地面をころころと転がった。

「ひぎっ!まずひぎっ!ひぎがなえっ!?」

ビクッ!ビクッ!と痙攣しながら地面をのたうちまわるれいむ
赤ゆを差し出したのにまずいとか言われちゃてるぅ・・・・くやしい・・・!・・・・でもっ!ビクビク!
ビクビクするれいむを華麗にスルーしながらまりさが天を仰ぐ

「ゆっ!人間さん!何かがいるんだぜ!」

上空には羽音のような低い振動音が響いた。
虫かとも思ったがその音を発する物体の姿は見えない。
どんどん大きくなる音。もはや到底虫とは思えない。
ガサガサと物体が枝を縫う音が遠くからどんどんこちらに近づいてくる。

ヒュン!

物体が木の隙間から一瞬だけ姿を現して再びその姿を消す。
一瞬見えたそれは生首、振り乱した黒髪、引きつった表情、それは空を飛ぶゆっくりだった。
足元でカタカタと鳴る歯の音に気がついて足元の2匹に視線を移す。
れいむとまりさは目を剥き出し顔を真っ青にして震えている。

「きっ・・・きき「きめぇ丸」だぁぁぁぁぁ!いやぁぁぁぁぁ!」
「ゆっくりできない!きめぇ丸はゆっくりできないんだぜぇぇぇぇ!」

まだそんなに残っていたのかダラダラと冷や汗を流しながら怯える2匹。
ふふっ、なんだ・・・二人ともそんないい顔できるんじゃないか。
まるで心を閉ざした少女が見せた刹那の笑顔を見るご両親のような眼差しで私は2匹を見た。

しかし2匹が口にした「きめぇ丸」とはいわゆる希少種だ。
れいむやまりさといったその辺りの草むらを探せばアホみたいに居る通常種と違って
希少種はその姿を殆ど人前に現さない。
しかも通常種のゆっくり達がその存在を肯定しているだけで、
その姿を実際に見たという者も収められた映像も存在しなかった。

小さい頃、森の中を笑顔を浮かべながらフワフワと舞うように飛んでいる「捕食種」は見たことがあったが、
空を高速で飛びまわるゆっくりなどという荒唐無稽な存在など誰が信じられるだろうか?

「おぉ・・・・」

意外にも先に口を開いたのは希少種、きめぇ丸の方だった。
何時の間に回りこんでいたのか、私たちの後ろで笑顔を浮かべていたきめぇ丸。いや、それ笑ってるの!?

「おぉ・・・・ゆっくりゆっくり」

目の錯覚かと思った歪んだ顔は実際に歪んでいた。
こちらには視線を向けずに虚空に目を泳がせ、時折ヒュン!ヒュン!と音を出して首を振るきめぇ丸。
そのたびにれいむとまりさは「ゆっくりできない!」と恐れおののいた。
ゆっくりする事を信条として、ゆっくりした者ほど賞賛を浴びるゆっくり達にとって
高速移動という行為はゆっくりとは間逆。まさに異端。それが希少種たる所以か。

「お困りのようですね・・・・おぉ、くうふくくうふく」

その物腰は意外にもやわらかだった。
民家の窓を割って進入しておいて「ここは自分の家だ」と主張する通常種との格の違いを伺わせる態度。
しかし次の瞬間きめぇ丸が残像を残しながら移動する。

「私と同じですね」

上空に飛び立つきめぇ丸。その口にはれいむがくわえられている
いつの間にかまりさの隣でアホ面をぶら下げていたれいむの姿が無い。
一瞬にしてきめぇ丸に連れ去られたのだ。
ニヤァッ!と主に全身がキモい笑みを浮かべながら高速で首を振り回すきめぇ丸。
一緒にれいむも残像を残しながら高速で振り回される。

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

カッ!と目を見開いて絶叫するれいむと共にきめぇ丸は飛び去った。

「え?あ・・・ちょっ!ま、待てっ!」

私とまりさが地面を蹴ってそれを追いかけた。

「まるでおそらを・・・・とんでますぅぅぅぅ!!!」

素っ頓狂なれいむの絶叫を辿りながら漆黒の森を走る。
しかし、スピードの差は歴然としており、その差は徐々に離されていく。
徐々に小さくなっていくきめぇ丸とれいむのシルエット。
赤ゆ汁を少し飲んだとはいえ体調は最悪、その上この悪路の山道。見失うのは時間の問題だった。

「だずげでね゛ぇぇぇ!お゛ね゛え゛ざんんんんん!」

もはやきめぇ丸とれいむの姿は見えない。ただ叫び声のする方向へ全力で駆けるしかない。
しかしその時、辺りが俄かに明るくなり森全体を照らす。
姿を見失っていたきめぇ丸が再び視界に収まる。思ったよりもまだ遠くへは行っていなかった。

「ゆっ!人間さん!周りをみるんだぜ!」

まりさの驚いたような声に咄嗟にきめぇ丸から視線を移し辺りを見回す。
先程までブナを主とする原生林が生い茂っていた筈の光景が一変していた。
咲き乱れる竹林。それが回廊のようにどこまでも続いていた。
ボゥと青白い光を放つそれが辺りを明るくした原因だった。

竹林さんどこいっちゃったの?

れいむの言葉を思い出す。
ここがれいむの故郷なのか?こんな奥地に竹林があるなんて・・・?
光っているのはコケか何かだろうか?
様々な考えが脳裏をよぎったが、ひとまずそれを完全にシャットアウトする。
今は目の前の希少種かられいむを取り戻す事だ。それだけに完璧に集中する。

「まりさ!」

私の問いかけに「ゆっ!」と返事をしてまりさが大きくジャンプして帽子をポーン!と飛ばす。
帽子の中からこぼれ落ちたのはまりさが水面を移動するときに使う小さな木の棒、オールだった。
それを空中で武器の代わりに口にくわえたまりさは器用に再び帽子をキャッチして私の肩に乗る。

「まかせたぞ!まりさ!」
「ゆっくりまかせるのぜ!にんげ・・・・んざあああああああああああああ!?」

私はまりさの口の中に杖代わりにつかっていた棒を突っ込んでそれを大きく振り上げて加速させる。
手で投げると思ったの?ばかなの?しぬの?主人公気取りなの?
ありえないくらいに大口をあけて横に伸び上がるまりさ。主に存在がキモい。

懇親の力を込めて足を地面に叩きつける。
大地が振動して円形状に落ち葉が地面から跳ね上がる。
その衝撃を足から膝、膝から腰、腰から肩、肩から肘を経由して力に変換させて一気に棒を振り下ろす。
遠心力とてこの原理で大地から伝わってきた力は更に増幅してまりさに伝わる。

「んぎょぶばッ」

白目を剥いてまりさが変な呻き声を漏らしながらヒュバッ!っと棒から射出された。
遅れて地面に足を叩き付けた時の轟音が竹林に響く。
私はヘッドスライディングするような姿勢で地面に倒れこんだ。
空気を切り裂き、弾丸のように体を変形させながらまりさが
地球の自転、磁場、重力とかなんか色々な物に逆らいながらきめぇ丸に向かって突進する。

「おぉ、はやいはやい」

ヒュンヒュン!と首を振りながら、れいむを宙へ放り投げるきめぇ丸。

「とんでるのにそこからもっとお空をどんでるぅぅぅ!」

涙を撒き散らしながら上空へ昇っていくれいむ。
きめぇ丸は突進してくるまりさを事も無さげに避け・・・

「おぉ?」

避けたと思ったそれはまりさでは無く、まりさの帽子だけだった。
きめぇ丸の目がカッ!と見開かれる。
帽子は囮。二段構えの攻撃。
通常種ごときに一杯食わされるとは、おぉ、ぶざまぶざま。
何処から来る?後ろか横かそれとも上か?
何処から来ても主に余裕で避ける自信がきめぇ丸にはあった。

「ばやぐだずげでね!」

まりさはちょっと手前の木の枝に突き刺ささっていただけだった。
主にうっかりミスだった。

「おぉ、おろかお」

しかし次の瞬間きめぇ丸の後頭部に衝撃が走る。視界が歪む。
まさかまりさも囮の三段構えの攻撃?
再び見開かれるきめぇ丸の両眼。

「ゆ゛っぐり゛どおりまずがらね゛っ!」

完全に存在を忘れていたれいむが頭に直撃しただけだった。
きめぇ丸は「おぉ、おちるおちる」とフラフラ地面に落ちる。
それを追うように涙が尾を引きながられいむも地面へ吸い込まれていった。

「人間さん!れいむが落ちるんだぜ!そのまえにまりさを助けてね!」
「そこで死んでくださいね!」

人間は既に起き上がり、落ちるれいむに向かって突進していた。
しかし先程の投擲で殆どの体力を使い果たしてしまった為に、
もはや先程までの速度で走ることはできない。
地面に向かって落ちていく2つのゆっくりの影。届かない!私はそう思った。



れいむと初めて出会ったあの日。
餡子塗れのまりさのおさげを持ちながら家路を急ぐ途中だった。

「ゆ゛っぐりしでいってねぇええええ!」

スポーン!と森の中から愉快な形相を浮かべてれいむが元気に飛び出してきた。
それを咄嗟に殴る私。「ひゃぶえ」と声を上げながら電柱に激突するれいむ。
「ゆっ?ゆっ?」と餡子塗れで辺りを見回すれいむ。そんなれいむが私に気がつき声をかけてきた。
艶やかに輝く髪、もみあげをフワッと棚引かせて小首を少し傾げる。
その動きに連動して髪をまとめたリボンがピン!と動いた。目を輝かせて私を見ながら満面の笑みを浮かべる。

「人間さんはゆっくりできるひとっ?」
「そいつはこのまりさに聞いてみな」

おさげを掴まれてブラブラと揺れるまりさが
「ごゆるりとしていってね・・・」と呟いてニコリと力なく笑った。

「れいむはゆっくり帰・・・・」



餡子まみれで元居た場所から逃げだしてきたれいむ。
私は以前れいむが住んでいた場所はとてもゆっくりできない所だと思っていた。
しかしれいむは里帰りして自分は幸せに暮らしている事を伝えたいと言ってきた。
元住んでいた場所には仲間が居たのだ。ゆっくりできない場所ではなかった。
私はそれが少しうれしかった。そしてれいむが今幸せだと言った事が少しうれしかった。

気がつくと落ちてくるれいむは目の前にまで迫っていた。届く。もう少しで届く。
竹林の回廊が途切れる。眼前に広がる草むら。丸く大きな月。
私はれいむを受け止めて草むらを転がった。

「意外と走れるものだな、無事でよかったれいむ」

息を切らしながら胸に抱いたれいむの後頭部を優しく撫でる。
れいむがゆっくりと顔をあげる。
歪んだ顔、吊りあがった口、お飾りのぽんぽん

「おぉ、ぬくいぬくい」

それは頬を赤らめたきめぇ丸でした。
振り返ると腹に枝が突き刺さったままのまりさが苦笑いを浮かべている。
その傍らには綺麗な餡子の花を咲かせて「ギョッギョッギョッ!」と痙攣するれいむ。

「オゥフ」

私はどうしていいのかわからなくなり、とりあえず草むらを走った。しゃにむに走った。



「こんなふざけたえすえすさんじゃ無かったられいむは死んでたよ!ばかなの?しぬの?てぬきなの?」

ぷくぅ!と頬をふくらませて怒りを露にするれいむだったが
ファンタオレンジをかけてやると「あまい!」「しゅわしゅわする!」と怒りを忘れて喜びだした。
草むらを駆け回っているうちに元居た原生林の森に戻った事に気がつき
あんなに広大なジャングルのように感じた森も少し歩いただけでアスファルトの公道に出た。
これほどただの道路を見ただけで感動したことは生まれてから一度も無かった。
自販機を見つけて2匹に手当てをして現在に至る。私はこういう部分を3行で済ませる奴は死んだほうがいいと思った。

「にんげんさん・・・・あのちくりんさんは・・・ゆっ」

まりさの頭にもジュースをかける。途端に「あまい!」「しゅわしゅわする!」と喜びだす。
あの竹林。一体なんだったのだろうか?れいむはあそこから「こちら」へやってきたのだろうか?
私とまりさは見た。あの竹林の先の光景を。明らかに「こちら」とは違うあの光景。
あれは一体なんだったのか?れいむが「鍵」の様な役割を果たしてあちらへの扉を開いた?
ゆっくり達は元々はあちらに住んでいてれいむの様にこちらに移って来たのだろうか?
いやいや・・・考えるのも馬鹿馬鹿しい。赤ゆ汁で変な幻覚を見ていたという憶測の方がまだ合点がいく。

「人間さん!まりさはいいことを思いついたのぜ!」

まりさがぽーん!と跳ねて私の頭の上に乗る。
そしてそれが全てを解決する大名案であるかのように誇らしげに叫んだ。

「まりさはゆっくりと里帰りするんだぜ!」

まりさをつかみ森へ放り投げる。
どうか二度と帰ってきませんように。

「あぶなかったんだぜ!」

まりさは街灯に体をひっかけてパッチーン!とウィンクするとフヒュー!と口笛を吹いた。
あぁ、死なねぇかなあいつ。

「ゆっくりゆっくり」と妄言を垂れ流すゆっくり達。
しかし元は本当に人間をゆっくりさせる力があったのかもしれない。
街灯にぶら下がりながらニヤニヤと笑みを浮かべるまりさと
「あまい」「ゆっくりあまい」と嬉しそうに叫ぶれいむを見て私はふとそんなことを考えた。



そんな1人と2匹を上空から見下ろすまるい影。
歪んだ顔、吊りあがった口、お飾りのぽんぽん
きめぇ丸は顔をあげて辺りを見回す。
元居た場所とはかなり違う光景。まずい空気。夜の闇の中を生き物ように蠢く光。
全てが物珍しくきめぇ丸の興味を引いた。

「おぉ・・・・ひろいひろい」

そう呟くときめぇ丸は光り輝く街へと向かって飛び去った。
以後、その存在だけがゆっくりの口から語られてた
希少種、きめぇ丸が頻繁に人々に目撃されるようになる。
とか思ったんだけど、やっぱりナシの方向でお願いします。






おしまい



今まで書いたもの
  • ゆっくり見せしめ
  • ゆっくり電柱
  • ゆっくり脳内補完
  • 副工場長れいむの末路
  • 副工場長れいむの末路2
  • 副工場長れいむの末路3
  • 副工場長れいむの末路4
  • ゲスが見た夢1
  • ゲスが見た夢2
  • 元野良れいむの里帰り

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最終更新:2022年04月27日 23:30